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■春からの生活(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2017-12-30
 
その日葉月はアクア主演のドラマ『少年探偵団』で少女団員・山口あゆか役を演じていたが、夜10時が近くなったので、高校生以下の役者さんはあがりです、という声で挨拶をしてスタジオを出ようとした。
 
ところがそこに思わぬ人物がいるので驚く。
 
「おじいちゃん!東京に来てたの?」
「新しい番組の企画で相談に乗ってくれと言われて出てきた。でもお前、可愛いじゃん」
と祖父・北村圭吾は微笑んで言った。
 
「恥ずかしい〜」
 
この日の葉月は怪人二十面相に狙われている少女歌手を守るのに、その子のバックダンサーに紛れ込む役で、黒いミニスカートのドレスを着ている。
 
「恥ずかしいも何も、お前全国にその姿を曝しているのに」
「そうなんだけどね〜。でもボクのクラスメイトはいまだにボクが女の子役でテレビや映画に出ていることに誰も気付いてないみたい」
 
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「あはは、それも面白い」
と言ってから、圭吾は言った。
 
「そうだ。キャツアイの試写会見たぞ。お前、凄い格好してたな」
「もう見たの!?」
 
そして圭吾は小さい声で言った。
「あれって偽装だよな?それともお前、おっぱい大きくしてチンコ取った?チンコ付いてないように見えたけど」
 
「フェイクだよぉ。おちんちんは目立たないように隠すテクがあるんだよ。おっぱいもこれシリコンでできたブレストフォームを胸に接着剤で貼り付けているんだよ」
 
と言って祖父の手を取り胸に触らせる。
「まるで本物みたいだ」
「女の子役をする時はいつも貼り付けるんだよね〜」
 
「お前、女の子になりたい男の子とかじゃないよな?」
「別になりたくないよ。ボクは女の人と結婚したいし」
「女でも女の人と結婚する人はあるぞ」
「うーん。。。でもちんちんあった方がいい気がするし」
 
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葉月の答え方が微妙なので祖父は思わず突っ込んだ。
 
「あった方がいいって、無くてもいいわけ?」
「無くなっても何とかなる気がするけど、ホント女の子になりたい気持ちは無いよ」
と葉月。
 
「だったら、結局女形(おやま)ということか」
と圭吾は微笑んで言う。
 
「まあおじいちゃんの遺伝かもね〜」
と葉月は答えた。
 

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2017年11月10日(金).
 
青葉は夕食を取った後、仮眠してからNISMO Sで夜通し北陸道・上信越道・関越を走り、大宮の彪志のアパートまで行った。到着したのは翌11日の7時頃である。
 
「ああ、まだ居たね」
「うん。今日はお昼すぎに出社すればいいんだよ」
「たいへんね〜。だったら私を抱く時間はあるよね」
「当然」
 
「でもその前にこれ、早めの誕生日プレゼント」
「わっ、ありがとう」
「バッグはいくつもあっても構わないかなあと思って」
 
買ってきたのはポーラーの2wayバッグである。
 
「わ、これかなりいい奴じゃん。普段使ってるのなんて1000円なのに」
「それ1000円だったんだ!それも凄い」
 
「そうそう。これ私が居ない時に寂しくなったら使って」
 
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と言って、別の袋も渡す。彪志は中身を見て、笑っていた。
 

今回青葉は東京辰巳国際水泳場で開かれる「日本選手権(25m)水泳競技大会」という大会に参加するために出てきている。これは「FINAスイミングワールドカップ2017東京大会」を兼ねているのだが、ワールドカップを主眼とするのは上位の人だけである。
 
11日の午後、朋子から連絡があり、冬子からFAXが来ているということだったのでこちらにそのままFAXしてもらった。冬子が書いた『ふるさと』という曲の手書き譜面であった。
 
青葉は彪志が帰ってくるまで、その曲を「青葉が冬子風に書いた曲」に見えるよう調整をしつつCubaseに入力した。
 
青葉は11日の夜と12日は1日中、彪志と甘い時間を過ごした。13日朝は彪志を送り出した後、水着その他を持って辰巳国際水泳場に向かった。会場前で、今回監督をしてくれることになった3年先輩で東京の企業に就職した圭織さんと合流する。
 
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「すみません。わざわざ有休まで取ってもらって」
「水泳に関する活動に関してはわりと簡単に休みがもらえるんだよ。私もこんな大きな大会には出たことないから、ちょっとドキドキしている」
 
「ジャネさんは常連みたいですけどね」
「うん。昨日まで和歌山で合宿していたから、今日の練習は欠席して明日の本戦から参加みたいだけど」
 
「私、そのジャネさんと同じ種目ですよ」
「まあジャネさんは身体の問題で短距離ではさすがに健常者にかなわないから長距離専門だもんね」
 

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この日は11時から18時まで公式練習となっている。その他、17時から監督者会議があるので、それに圭織さんには出てもらう。
 
会場ではジャネさんとも会ったが、競技前でもあるし、少し言葉を交わした程度であった。
 
今回青葉が出場する競技は女子800m自由形と、女子400m個人メドレーである。大会日程は14-15日と2日あるのだが、この2つの競技はどちらも14日に行われ、どちらもタイム決勝なので、1回ずつ泳ぐことになる。
 
圭織とも話していたように、どちらの競技にもジャネが参加しているが別の組での予選となった。
 
先に行われた800m自由形では、青葉が参加した組は日本人4人と外国人2人で、青葉は外国人選手(ドイツっぽかった)の隣のコースになった。それでその選手がかなり飛ばして、青葉は必死に付いていったので、その選手に続く2位になった。
 
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また400m個人メドレーは日本人3人と外国人3人だったが、青葉は両側が外国人選手(アメリカとロシアかなと思った)で、やはりその2人が凄かったので、必死で追いかけて結局3位に入った。
 

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タイム決勝のレースは予選最終組を、他の競技で決勝が行われる時間帯にすることになっている。
 
それで結局、青葉は400m個人メドレーでは参加者中16位だったものの、上位8名のワールドカップ決勝進出者を除いた中では日本人4位で、日本選手権4位として賞状をもらうことになった。そして800m自由形では、参加者中13位で、上位8名のワールドカップ決勝進出者を除いた中では5位であるものの、上位に外国人が2人いたので、青葉は日本人中3位ということになり、日本選手権3位と認定されて、銅メダルをもらうことになった。
 
青葉はこの成績でメダルとかもらっていいのか〜?と思ったものの、もらえるものはもらっておく主義である。表彰台の低いところに乗って、銅メダルを掛けてもらった。観客から拍手されると、やはりメダルっていいものだなあとあらためて思った。
 
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ちなみに、ジャネさんは400m個人メドレーではワールドカップ6位だったものの、800m自由形ではワールドカップ2位で、銀メダルをもらっていた。
 
「それすごーい」
と青葉も圭織も言ったが
 
「まあたまたま取れたね」
などとジャネは淡々と言っていた。
 
ジャネと青葉と並んで記念写真も撮ってもらった。
 

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15日は参加する競技は無いのだが、圭織と一緒に競技を見ていた。ジャネはこの日の女子400m自由形ではワールドカップ決勝を逃したものの、日本選手権決勝でトップでゴール。日本選手権の金メダルを獲得した。
 
日本選手権は19:40に終了した。その後、青葉は圭織・ジャネと一緒に会場を出ると、地下鉄で有楽町に移動。銀座コアのしゃぶしゃぶのお店でささやかな打ち上げをした。
 
青葉はこの日、冬子から「もし時間があったら寄って」と言われていたのだが、あまり時間が取れなさそうだったので風花さんに電話して、申し訳無いが時間は取れないようだと電話しておいた。
 
「でも金メダル、銀メダル、銅メダルが揃っているのは凄い」
と圭織が笑顔で言う。
 
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「でもこの中で一番価値があるのはこの銀メダルなんですよね〜」
と青葉が言う。
 
「ワールドカップと日本選手権を兼用するという複雑なシステムだからね」
とジャネも苦笑いしながら言う。
 
「でもジャネさん、ユニバーシアードでは1人で金銀銅をコンプしましたよね」
「あれも本当は金を3つ集めたかったけどね」
 

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3人は20時半頃から閉店時刻の22時頃まで楽しくおしゃべりしながらしゃぶしゃぶを味わい、その後別れた。
 
「じゃジャネさん、スペイン合宿頑張ってください」
と青葉たちが言うと
 
「青葉もだいぶ改善されたけど、タッチの練習頑張ろう。じゃまた春の全日本選手権で」
とジャネは言っていた。
 
青葉は大宮に戻り、彪志と2人だけの誕生日パーティーをした。昨日の内に作っておいたローストチキンを暖めて、ワインで乾杯した。
 
「お誕生日おめでとう」
「銅メダルおめでとう」
 
その後、ゆっくりと愛の確認をした。
 

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15日に辰巳から銀座に移動して青葉が風花に「今回は行けない」という電話をした30分後、《青葉》は風花に電話をした。
 
「行けないと思っていたんですが、急に予定がキャンセルになったので行けるようになりました」
「そうですか!お疲れ様です。まだしばらく新宿のXスタジオに居ますので」
「じゃ、そちらに向かいますね」
 
そう連絡すると《青葉》はそのスタジオに向かった。青葉が大宮万葉名義で書いた『靴箱のラブレター』の音源がだいたい出来たので聴いてみて欲しいと言われた。2ヶ所、明らかに解釈の間違っている所があるのに気付いたので「ここはこういう意味なんですけど」と指摘する。
 
「なるほど。そこはその解釈の方がいいと思う」
と鷹野さんも言ったので再録することになる。
 
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しかし普段の冬子ならこんな解釈間違いしないだろうに、やはりまだ完全には回復してないな、と《青葉》は思った。
 
冬子はそこを修正する前提で、間奏部分に龍笛を入れてくれないかと頼む。そこで《青葉》はバッグの中から、やや赤っぽい色合いで赤糸を巻いている花梨製の龍笛を取り出し、現在の音源を聴きながら自由な感じで間奏を入れた。
 
(本物の青葉の花梨製龍笛にはこの赤糸が無い)
 

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その後、冬子からうちのマンションに来ない?と言われて《青葉》は恵比寿のマンションに行った。政子から
 
「彪志君を呼んでもいいよ」
と言われたが
「テンガを渡してきたから大丈夫」
と言っておいた。
 
冬子は青葉に、千里の回復状況を尋ねた。そこで《青葉》は、千里はまだ重症ではあるものの回復の目処は立って来たと言う。そして現状は元気なふりをしているだけであると伝えた。しかし《青葉》は言った。
 
「姉は必ず復活します。ですから冬子さんは4月までの姉が今もそのまま存在しているかのように思って、頑張ってください」
 
冬子も少し考えていたが言った。
 
「分かった。頑張るよ」
 

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その後、《青葉》は琴沢幸穂もかなり強力なライバルになってくるだろうという注意を促す。その上で、琴沢の代理人・天野貴子のアドレスを渡し、琴沢に連絡したい時はこの人に連絡を取ればよいと教えた(教えてよいことは千里2からも言われていた)。
 
ここで《青葉》が冬子に見せた携帯はピンクのアクオス・セリエで、実は千里3が持っている携帯のクローンである。本物の青葉が持っている携帯は同じアクオス・セリエではあるもののブルーで色違いなのだが、そのことに冬子は気付かなかったようであった。冬子の注意力が落ちているから多分気付かないだろうと思ってここは何も工作しなかった。
 
ちなみに渡した天野貴子のアドレスは《きーちゃん》専用のArrows NX F-02G の電話番号とメールアドレスである。《きーちゃん》は様々な工作をするため千里2の持つT-008のクローン、千里3の持つSerie miniのクローン、双方を保持している。
 
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なお、本物の青葉は天野貴子のことを知らない!
 
そしてこれは千里2から本当に頼まれたことであったのだが《青葉》は冬子に重要なメッセージを伝える。
 
「上島先生としばらく会わないようにしてください。何か頼まれたりしても適当な理由を作って断ってください」
 
「どういうこと?」
と冬子が戸惑うように言うので《青葉》は説明した。
 
「上島先生は近い内に大きなトラブルに巻き込まれます。冬子さんまで巻き込まれたら、日本の音楽業界が破綻します。気をつけて下さい」
 

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《青葉》はその夜は冬子のマンションに泊まり、翌朝、佐良さんに送ってもらって館林まで行った。恵比寿のマンションを出たのが8時頃で、館林に着いたのは9時半頃である。《青葉》は帰りは適当に電車を乗り継いで大宮まで戻りますからと言ったのだが、帰りもちゃんと大宮まで送りますよと言う。
 
それでお寺の中で適当に時間を潰してから、再度佐良さんに送ってもらって大宮駅まで行った。矢鳴さんならこの《青葉》が本人でないことに気付いたかも知れないが、佐良さんはこの手のものに慣れていないから、多分気付かなかったろうなと《青葉》は踏んだ。
 
《青葉》が大宮駅で佐良さんにお礼を言って車を降りたのは11時頃である。
 

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一方、本物の青葉は16日朝7時頃に彪志を
「あなた、いってらっしゃい」
 
とキスで送り出してから、晩御飯を作りながらお部屋の掃除をした。そしてできあがった料理を冷蔵庫に入れてから、9時半頃大宮のアパートを出た。
 
そしてNISMO Sを運転して館林に向かい、10時半頃に到着(佐良さんたちとちょうど入れ違いになった)。身代わり人形を受け取ってから、念のため低俗霊が入り込むのを防ぐためのちょっとした仕掛けをした。そして
北関東道/上信越道/北陸道と走って金沢まで走り、剣崎家を訪問して人形を矢恵に渡した。
 
17日、青葉は倶利伽羅峠の道の駅に寄って、そこでケイから11日に受け取っていた『ふるさと』の譜面を“自分好みに”!修正。自宅に戻ってから、千里1の住んでいる用賀のアパートにFAXした。
 
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千里1はこの曲を《まるでケイが書いたみたいな曲》に調整して編曲。それを《きーちゃん》に渡した。
 

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