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■春からの生活(15)
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「ごく平常心でいるみたい」
「立っちゃわないか心配だったんですけど、特に反応しませんでした」
「性的に興奮する状況じゃないからね。私も西湖ちゃんも汗を流しにきただけだもん」
「そうですよね!」
それで結局、女湯の浴槽の中でアイと色々なことを話したが楽しかった!
アイはまだデビューしてから3年くらいの筈だが、芸能界の色々なエピソードを知っているようで、実名こそ出さないものの、様々な歌手のハプニングやその後の対処などを話してくれた。
「やはりスタッフを大事にしない威張っている歌手とかは意地悪されるんだよね。ある時は30代の女性歌手があまりに偉そうにしてるから、ライブ中に音響スタッフが彼女のモニターのスイッチだけを切っちゃったんだよね」
「すると聞こえなくなるのでは?」
「そうそう。本人だけ、どういう音で鳴っているかが聞こえなくなる。だからとても歌いにくい。それで彼女、歌っている途中で『こらPA、モニター!』とか偉そうに言うから、ますますPAさんが知らんぷりして」
「ああ」
「最近はぴあとかのシステムのお陰で、チケット代金はきちんと確保されているけど、昔は現金取引だから、色々問題が発生したみたいだよ。ある時は歌手が楽屋まで来ているのに、興行主がお金が無くてギャラをその歌手に払えなくてさ。それで幕はあがらないまま、歌手は帰ってしまったなんてこともあった。お客さんも満席なのに」
「わぁ・・・」
「幕を開ける前に現金でちゃんとギャラを約束通りの額払わない限り、歌手は絶対に歌わない」
「厳しい世界ですね」
「うん。ビジネスは厳しいんだよ」
お風呂にゆっくり入った後は、ユーラシア内のレストランに入り、ここはアイがおごってくれた。
「ボクは2014年12月3日デビュー。西湖ちゃんは2015年4月3日デビューだからボクがジャスト4ヶ月先輩だし」
とアイは言っていた。
「ジャスト4ヶ月って凄いですね!」
西湖はその日、夜9時頃自宅に帰り着いた。少し洗濯物が溜まっているなと思い、今日着ていった服をはじめ、洗濯籠に入っている服を洗濯機に放り込み始めたのだが、ふと気付く。
洗い物が女の子の服ばかり!
ボク最後に男物の服着たのっていつだっけ??
学校にはむろん学生服を着て通学していたものの、実は下には女物の下着を着けていることが多かった。特に最近はブレストフォームを貼り付けっぱなしになっているのでどうしてもブラジャーが必要である。ブラジャー無しでは走ることもできない。女の子って大変だよなとも思う。
ちなみに西湖は両親がなかなか帰宅せず小学4年生頃から、ほぼ一人暮らしの状態が続いているので、食事も自分で作るし、掃除洗濯も自分でする。母が
「これだけ出来れば、あんた立派なお嫁さんになれるよ」
などと言っていたが、多分褒め言葉なのだろう。
ボク、お嫁さんに行く気は無いけどね!?
とは思いつつ、時々自分がウェディングドレスを着て誰かと腕を組んでバージンロードを歩いている様を想像したりしていることを、西湖は意識していない。
3月22日(木)はいったん事務所に出てきてから指示を出すということだったので、朝から信濃町の事務所に出て行った。S学園には正式にお世話になりますという連絡を入れなければと思っていたが、その日は少し寝過ごしたこともあり、昼休みでいいかなと思っていた。
S学園の入学手続きの時にもらっていた年間行事予定表を持っていったので、志穂さんが特に中間・期末テストの日程をデータベースに入力して
「ここは他の子に替わってもらうか、そもそもアクアの予定を入れないようにするからね」
と言ってくれていた。
中学時代は仕事が中間テストにぶつかってしまい、後日1人だけ受けさせてもらったこともあったが、高校ではそれは全部追試になってしまうだろう。
それで志穂さんやコスモス社長たちと打ち合わせしていた時、事務所に醍醐春海(千里)が入って来た。
「おはようございます」
「おはようございます」
と挨拶を交わす。
「コスモスちゃん、とりあえず5曲書いたから、適当に割り振って」
と言ってUSBメモリーと分厚い楽譜を渡している。
「ありがとうございます!助かります」
とコスモス社長が言っている。
西湖は醍醐先生が左手薬指に金色の指輪をしているのを見て、あれ?先生結婚したのかな?と思った。
コスモス・ゆりこと醍醐先生が交わす会話を聞いていると、どうも上島先生の事件を受けて、上島先生が書くはずだった曲、あるいは書いてもらって音源製作をしていた曲を緊急差し替えしたりするのに、様々な作曲家が動員されているらしい。しかし上島先生が逮捕されたのが19日なのに、それからわずか3日で5曲書いたって、醍醐先生は凄い!と西湖は思った。
少し話が一段落した時、醍醐先生はこちらを見て言った。
「西湖ちゃん、大宮万葉(青葉)から聞いたけど高校入試はかなり苦労していたみたいね」
「はい。でもおかげさまで、行く高校がやっと決まりました」
「ああ。何とか行ける所、見つかった?」
「世田谷区のS学園に行くことにしました。というか、それ以外の高校全部落とされてしまったんですけどね」
と西湖が答えると千里は驚いたように言う。
「でもあそこは女子高なのでは?」
「それが入学許可されちゃって。だから3年間女子制服を着て、女子高生として通学します」
「うっそー!? 西湖ちゃんって女の子になりたい男の子だったんだっけ?」
「なりたくないですー。でも受け入れてくれるって言っているし」
千里はしばらく考えていたようだが、やがて言った。
「西湖ちゃん、D高校やJ高校を落とされたのは、性別の勘違いから、願書の不実記載とみなされたのでは、と言ってたね」
「それ私の仮説です」
と桜木ワルツが言う。
「いや、ありえるよ。アクアほどではないけど、西湖ちゃんも男の子の服を着ていても男装女子に見えちゃうんだ」
と千里。
「だったらさ、その誤解を解けば、あらためて入学許可が取れるかも」
「え!?」
「私の知り合いがJ高校の教師をしているんだよ。彼女に連絡を取ってみてもいい?」
と千里が訊くと
「そういう人がいるんでしたら、ぜひお願いします」
と桜木ワルツが言った。
西湖は思わぬ展開に、口の所に手をやっていた。こういう仕草はこの子凄く女の子っぽいよなと千里は思った。
千里は赤いフィーチャホンT-008を開くと、その中から数タッチでその番号を見つけて電話を掛けた。
「一美ちゃん、おはよう。ところでちょっとそちらで確認してもらえないかと思うことがあってね」
と言って、千里はこのように説明した。
知り合いの中学3年の芸能人が先日J高校を受験したが落とされたこと。この子は見た目が女の子に見えるし、名前も女の子っぽいので、どうも他に受けた高校でも、女の子と誤解されて、願書が男になっていて男の子みたいな服で受けに行ったので、願書の不実記載と思われた形跡があること、そちらの高校ではそのような誤解が無かったかを確認できないかと。
「その子、結局どこに行くの?」
と千石一美は尋ねる。
「それが女子高のS学園以外、全部落とされた」
「嘘!?でも男の子なんでしょ?なぜS学園を受験できて合格する訳?」
「ほんとに女の子に見えちゃうんで、女の子になりたい男の子と誤解されて、そういう子ならうちに来てもいいよと言われたんで受験してみたら合格通知をもらっちゃったという訳でさ。それ以外の高校に全部落ちたし、仕方ないから3年間女子高生生活をしようかなんて話をしていた所で」
「本当に女の子になりたい男の子じゃないの?」
「普通の男の子だよ。ただ、役者さんしてて、女の子役が多い。それで女の子の服を着せると女の子にしか見えないし、自然に女の子っぽい行動ができるんだよ。声も女の子の声が出せる」
「それでも普通の男の子なのに女子高生生活しなければいけないというのは気の毒だね。分かった。ちょっと受験担当の先生に聞いてみる」
「お願い」
千石一美からの電話は30分後に掛かってきた。
「確認した。面接の態度が凄く男性的で、男の子になりたい女の子と思われて、受け入れる自信が無いという意見が多くて。それで願書の不実記載を理由に事実上門前払い扱いになっていた」
「単純ミスであるなら、再度入学許可について検討してもらえない?」
「本人と保護者が午前中にこちらに来れない?」
「行かせる」
と千里は答えた。
それで西湖はすぐに両親に連絡を取ってみた。すると父が午前中なら動けるという話である。
千里が乗ってきていたオーリスに、男物の服に着替えさせた!西湖と付き添いの桜木ワルツを乗せ、劇団事務所に向かう。そして西湖の父・天月晴渡を拾って、そのまま世田谷区のJ高校まで走った。
来意を告げると応接室に通され、千石一美、受験担当の先生、教頭先生が出てきて、単純ミスで不合格にしてしまったことを謝罪した。
「では本当に男の子になりたい女の子とかではないんですね?」
「間違い無くこの子は男の子です。生まれた時からちんちん付いてたし、何度も一緒にお風呂入っているから間違い無いですよ」
と晴渡が言う。
ん?男の子になりたい女の子と思われていたのか??
「でしたらこのまま再度面接ということにしてもいいですか?」
「はいお願いします」
それで受験担当の先生と西湖の2人で別室に行き、面接のやり直しをしてくれた。10分ほどで戻って来る。
「私はこの生徒は充分J高校で学ぶのにふさわしいと判断しました」
と先生は言った。
「ただ、先日の入試の時の採点を確認すると、合格基準点に10点ほど足りないのですが」
と困ったように言う。
「そこはおまけで」
と千里が言うと
「分かりました。そのくらいはいいことにしようか?」
と教頭が言うので、受験担当の先生も
「まあこちらのミスもあったし、合格させましょうか」
と言った。
「ではあらためて入学許可を出します。明日にも到着するように郵送しますが、すぐに制服を作ってもらえますか?」
「はい。すぐ頼みます」
「天月さんは、わりと標準的な体型みたいだから、おそらく入学式に何とか間に合いますよ」
と呼ばれてやってきた新入生オリエンテーション担当の先生が言っていた。
入学手続きの書類はその場で西湖と父が記入した。芸術科目は音楽と美術はもう定員一杯なので書道でいいかと言われ了承する。入学金については千里が
「取り敢えず建て替えておくよ」
と言ってバッグから分厚い札束を出すので先生達が驚いている。
「まあ千里ちゃんは毎年億の税金払っているから」
と千石一美が言うと、今度は西湖の父が驚いていた。
公演の開始時刻までに戻らないといけない父は劇団に戻り、ワルツ・千里と西湖で後の説明を聞き、その後、教科書を扱っているお店で教科書セットを購入、体操服、内履き、通学用靴、を扱っている店でそれぞれ購入することにした。
これらの教科書や体操服などは、本当は昨日行われたオリエンテーションで販売したものらしい。
オリエンテーション担当の先生は学校生活に関する注意をした。原則として自動車通学禁止なので、芸能人の場合も緊急の場合以外はそれを守ってもらう。携帯・スマホは校内持ち込み禁止で、仕事での呼び出しは学校を通して行うこと。在学中の原付・バイク・自動車免許取得の禁止、美容整形手術の禁止、パーマ・染色禁止、妊娠・出産・結婚の禁止(妊娠しても妊娠させても退学)、校内でのサイン禁止などを言われる。
「うちは1/3以上の欠席があったり、期末試験で40点未満の点を取って追試でも挽回できなかったら、遠慮無く留年させますので、頑張って出席して頑張って勉強してください」
と先生は言っていた。
校内を少し案内してもらってから学校を出ることにする。オーリスに乗り込んだところで、千里が思い出したように言った。
「西湖ちゃん、通学用のアパートはもう見つけたんだっけ?」
「まだです。S学園に行くことをいったん決めたのも一昨日ですし。でも父も母も4月1日の千秋楽までは時間が無いみたいで、どうしようかと思ってました」
と西湖が言うと
「そういうのも私に言いなさいよ。何とかするから」
とワルツが言う。
「すみません!」
「ねえ、用賀駅の近くに私が少し物を置くのに使っている1DKアパートがあるんだけど、もし良かったらそこを使う? 私の荷物を置いたままにしておいてくれるなら家賃はタダでいい」
と千里は言った。
「どういうものが置いてあるんですか?」
とワルツが訊く。
「今は私の住居のひとつなんだよ。だから私の衣類とか楽器類とか生活用品とかが置かれている。でも他の人と同居することになったんで、大半は多分来週中、遅くとも4月4日くらいまでには別の場所に移動させて、若干の祭具が残るだけになる」
「祭具というと何かの宗教関係ですか?」
「実際見てもらうといい」
と言って、千里はオーリスを用賀駅近くの月極駐車場に入れて、2人をアパートに案内した。
(千里1は新婚旅行中である。ミラは千里2の指示で《つーちゃん》が近隣のスーパーに移動させておいた)
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