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■春からの生活(20)

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「女の子の身体になっちゃう場面を想像することありますか?」
という質問に対して
「あまり考えたことなかったんですが、ここの学校に合格して以来随分想像しました」
と西湖が答えると
「そうよね!」
と言って先生も笑っていた。
 
「これは面談ノーカウントで、参考までに訊いておきたいんだけど、うちの学校に入るなら手術して女の子になって下さいとか言われたらどうする?」
 
「悩んじゃう」
と西湖は本当に困ったように答える。
 
「うん。それでいいよ」
と先生は笑顔で言った上で
 
「女の子になっちゃう所を想像したら、性的に興奮する?」
と訊くので
「します!」
と言うと先生はまた頷いていた。
 
小川先生がさっきのチェックシートを持って来てくれた。小川先生はシートと集計表を渡すとすぐに退出した。
 
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川相先生はチェックシートの集計を見ながら「へー!」と声を挙げた。そして言った。
 
「あなたの性的な傾向は、TG30 TS40 CD90 IdM80 IdF40 RoM20 SxM40 RoF10 SxF10」
 
「どういう感じですか?」
「ひとつ明確なのはあなたは自分を男の子と思っていること」
「そう思っています」
「女の子の服を着るのがとても好きなこと」
「ハマってる気がします」
「もし女の子になってしまっても何とかなる気がする」
「何とかなるかも知れません」
 
「格好いい男の子が居るとときめきを感じることもある」
「それ否定しませんけど異常かなあと思ってました」
「女の子には恋愛的な関心も性的な関心も無い」
「女性の裸を見ても何も感じないからそうかも。こないだ女湯に入っても何も感じなかったし」
 
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「本当に女湯に入ったの?」
「先輩のお姉さんに唆されて入っちゃいました。一応男湯に入ろうとしたんですけど、スタッフの人に追い出されちゃって」
「なるほどねー」
 
「そういう訳であなたはアセクシュアルに近い女装好きの男の子だ」
「アセク・・・?」
 
「説明が難しいけど恋愛やセックスにあまり関心が無いということかな」
「確かに関心は薄いかも」
 
「どちらかというと恋愛よりセックスに関心がある」
「関心はあるんですけど、どういうことなのか分かってなくて」
 
「相手はどちらかというと男の子とでしょ?」
 
「男の子と恋愛したい訳ではないんですけどね〜。でも女の子とはお友だちになっちゃうから、恋愛的な要素が出ないみたいな気はしていました。同じ事務所の女の子のタレントさんとは仲良くしてるんですけど、男の子のタレントさんとは壁がある感じなんです」
 
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「でも女の子に恋愛的な興味も性的な興味も無いなら、女子校の女の子たちの中にいても全然問題無いね」
 
「そうかも知れない気がしてきました」
 

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西湖は川相先生と一緒に元の校長室に戻った。校長先生も戻っていた。川相先生が報告する。
 
「この子の性的な傾向の詳細については、個人情報ということで開示は控えさせて頂きたいのですが、基本的に女の子に恋愛的な興味や性的な興味を持っていません。ですから、女子校の中にいても全く問題無いと判断しました」
 
「そういえば西湖さんは、喉仏が無いですよね?」
と校長先生が言ったが
「私のは目立たないみたいです」
と西湖が答えた。
 
その時、父が一瞬「あれ?」という顔をした。むろんすぐに普通の表情に戻る。
 
「声変わりはしているんですか?」
「してます。だからこういう声も出ます」
と言って男の子の声を少し出してみせる。
 
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「でも最近女の子の役ばかりなので、女の子っぽい声を出す練習を兼ねて最近学校以外ではこちらの声ばかり使っていたんですよ」
と元の女の子の声に戻して言う。
 
「両声類ってやつですね?」
と二本松先生。
 
「はい、そうです」
「それアクアちゃんと一緒に練習したとか?」
 
「アクアちゃんと私は逆方向だったんですよ。私は男の子の声だったのを練習して女の子の声が出るようにしました。アクアちゃんはまだ声変わりしていないので女の子みたいな声なんですが、練習して男の子っぽい声も出るようにしたんです」
 
「なるほどそういうことでしたか」
 

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その後も西湖と父は先生たちと30分くらい話していたが、結局西湖はS学園で女子高生として生活するのに全く問題がないという結論になった。西湖が絶対に男の子とはバレない自信があるというので、西湖の性別についても特に何も他の生徒には言わないことになった。
 
生徒手帳は女子として発行する。もっともそもそもS学園は女子校なので実は「性別女」というのは、生徒手帳自体に最初から印刷されている!
 
登録上の名前は「西湖」でも構わないが、より女の子らしく「聖子」の通称使用とすることにした。実はこの名前は桜木ワルツが考えて提案してくれたものである。この方が運気が上がるとワルツは言った。
 
天月聖子 総23◎立志頭領 天8◎質実剛健 地15○恭謙昇運 人17○不屈昇竜 外6◎福禄強靱
天月西湖 総26△孤独戦士 天8◎質実剛健 地18○難関突破 人10×破滅誤解 外16◎仁心覆幸
 
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画数が同じ「誠子」でもいいが、芸能人としての活躍を考えると「誠子」は地味なので派手な「聖子」の方がふさわしいとワルツは言っていた。
 
なお、通称使用に関しては、卒業証書は通称と本名の両方で発行してもよいと校長は言っていた。
 
また先日母から指摘された「アクア卒業後問題」については、教頭先生がこう説明した。
 
「うちの学校は元々中高一貫校で、中等部から入った生徒は5年生までに卒業に必要な単位はほぼ取得できるようになっているんです。6年生で受験や就職に必要な勉強をたくさんしやすいようにですね。高等部から入った生徒も期間が短いので全部という訳にはいきませんが5年生までに本来なら6年生で習う授業の半分は終えるようにしているんです」
 
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「だったら」
「つまり聖子さんが6年生になった時に絶対必要な単位は普通の高校の3年生の約半分ですので、比較的楽だと思いますよ」
 
「わあ、やはり私、この学校を選んで良かったみたい」
と西湖が言うと、教頭は笑顔で頷いていた。
 
通学については、既に用賀駅近くのアパートを確保していると西湖が言うと、父は一瞬驚きかけたのをぐっとこらえて
 
「ええ。先日忙しい中を縫って確保したんですよ」
と言った。
 
それでその場で住所変更届を書き、アパートの住所を書いて、父にも署名捺印してもらった。
 
「ここは電話番号は?」
「引いても意味無いので無しです。私がひとりで暮らしますし、私は学校に居ない時は仕事に出ているので、私がここに居るのは平日の深夜から早朝だけだと思いますので」
 
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「じゃ連絡は携帯にすればいいですね?」
「はい、それでお願いします」
 

また本題である芸能活動については、できるだけ一週間前までに欠席や早退・遅刻などの予定表を提出して欲しいと言われた。本来は保護者の署名捺印を求めるのだが、西湖は一人暮らしになるし、実家までは遠く、両親は忙しく自宅にさえ居ないことが多いので現実問題として親の印鑑とかをもらうのが困難である。それで事務所の社長印がもらえないかと言われたので、西湖は中学でもだいたい似たことをしていたので、それで行けると思うと答えた。
 
むろん緊急の仕事の場合はその都度対応する。
 
なお欠席は出席必要日数の1/3を越えた場合、進級・卒業できなくなるが、芸能人の生徒に限っては、出席必要日数の1/2以上出ている場合は、不足日数分をレポートによって出席とみなす制度があることをあらためて説明された。主として芸能人向けに、平日の早朝に補講を開いているので、それで授業内容なども補って欲しいと言われた。補講は土曜日、夏休みや冬休みにも開いているが、概して芸能人の場合は出席困難なことが多いんですよね、と教務主任の先生は言っていた。
 
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また普通の生徒は校内での携帯・スマホの使用は禁止なのだが、芸能人の生徒については、仕事の連絡に対応するため、マナーモードにしておく条件で携帯・スマホを常時所持しておくことは認める。但し通話は先生に断って廊下に出てからすることと言われた。
 
むろんスマホを所持していても校内での写真撮影やゲームなどの利用は禁止である。あくまで使っていいのは通話とメールのみ。ポケモンやイングレス、インスタグラム、国盗り、コロニーな生活などの類いをしているのが見つかったら没収になる。実際昨年AKBの子がインスタグラムで没収された例があると言っていた(没収されると親が始末書を書いて自分で取りに来なければならない)。
 
また基本的には自動車通学は禁止だが、文化祭などの行事がある場合は違法駐車をしない前提で車を使ってもよい。また、仕事の都合で必要な場合は普段の日でも、事務所の車での移動、タクシー(学校指定業者の指定ドライバー)などでの移動もOKとするということだった。事務所の車は使う可能性のある車を全てナンバー登録をして、入構許可証をダッシュボードに掲示して欲しいと言われたが、それは問題無く対応できると思うと言った。
 
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また原付・バイクについても、一般の生徒には禁止しているが、芸能活動をしている生徒については、仕事の都合で必要な場合は学校に申請すれば許可証を発行するということだった。なお、自動車免許の取得は3年生の夏休みに解禁されるが、生徒本人の運転による通学は禁止ということであった。
 

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話し合いは明るい雰囲気で2時間ほど続き
 
「それでは4月からよろしくお願いします」
と言って退出した。
 
駅に向かって歩いてる時、父が西湖に訊いた。
 
「お前、以前もっと喉仏大きくなかった?」
「ごめんなさい。こっそり手術して削っちゃった」
「ああ。それなら問題無い」
「問題無いの?」
「病気とかで縮んだんなら問題だと思ったから」
 
そして父は言った。
「お前の身体なんだから、改造したいと思ったら好きに改造していい。ただしあとで後悔しないかだけは考えろ」
 
「うん、分かった」
と西湖は素直に返事した。
 
「ここだけの話、実は去勢したりしてないの?」
「してないよー」
「したくなったら、保護者同意書書いてやるから」
「うん。ありがとう。去勢する気にはならないとは思うんだけどねぇ」
と西湖は言っておいた。
 
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「でも去勢せずにおくと、その内、肩が張ってきて女役やるのに不都合が出てくるぞ」
「うーん。。。。それは少し悩んでみる」
 
「まあ25歳くらいまでには去勢した方がいいな」
「そうなの!?」
 

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駅の近くまで来た時、西湖のスマホにメールが入る。よく見たら2通入っている。1通は面談中に来ていたようだが、サイレント・マナーにしていたので気付かなかったようだ。
 
内容はどちらも「制服できあがりのお知らせ」である。ひとつはS学園の制服、ひとつはJ高校の制服であった。
 
「じゃ一緒に取りに行こうか」
「うん」
 
それでちょうど走って来た流しのタクシーを掴まえてまずはS学園の制服を扱っているお店のある衣料品店に行った。管理番号と名前を告げる。
 
「はい、こちらですね」
と言って渡される。代金は父がカードで払ってくれた。
 
「試着してみられます?」
「そうですね」
 
それで試着室で着てみたが、少しサイズに余裕を持たせて作られているようだ。3年間着るから、身体が成長しても何とか着られるように余裕を見ているのだろう。
 
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試着室から出ると
「なんか凄く可愛いな」
と父が喜んでいた。
 
「うん。2月にJ高校とS学園の試験を受けた時、用賀駅でJ高校の生徒とS学園の生徒が入り乱れているの見たら、S学園の制服の方がいいなあ。こっち着たいなあと思った」
 
「・・・」
「どうしたの?」
「つまり最初から“女子制服”を着たかったんだ?」
「あっ・・」
 

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元のセーラー服に戻ってから、もう1軒のJ高校の制服を扱っているお店のあるショッピングモールに行く。これはセーラー服の子が男子制服を受け取るのは変なので父が受け取ってくれることになり、西湖は注文した時の控えを父に渡した。
 
「はい、こちらになります」
と言って、渡されたものを見て父はぎょっとした。
 
西湖もぎょっとした。
 
しかしふたりともそれを表(おもて)には出さず、そのままお店を出る。そして父は言った。
 
「なんで女子制服なんだよ?」
「ボクもびっくりしたー!」
 
「要するに、お前、採寸の時、女子と間違えられたのでは?」
「それしか考えられないよね」
 
「つまりお前はS学園を辞退してJ高校に入っていても、結局、女子高生になるしかなかったってことだ」
 
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と父が言う。
 
西湖は悩むように言った。
「ボク、自分の人生を考え直すべきかなあ」
 
すると父は言った。
「性転換手術したいのなら、同意書くらい書いてやるし、タイで手術するなら4月2日以降で良ければ付き添うぞ」
 
うちの両親ってなんでこんなに“理解”がありすぎるの!?
 
 
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春からの生活(20)

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