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■春からの生活(19)

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そういう訳で西湖は3月29日(木)の朝から父と一緒にS学園に向かった。服装は母に言われて、セーラー服を着た。
 
「でもお前、セーラー服って割とよく着てるの?」
と父が訊く。
 
「女の子役をする時は、自宅を出る時から女の子の格好して気持ちをそちらに転換しておかないと自然な演技ができないんだよ。それで女子制服っぽい服を何種類か自宅に置いているよ」
 
「お前胸があるみたいだ」
「ブレストフォームつけてるもん」
「どれどれ」
と言って父は西湖の胸に触る。
 
「まるで本物みたいだ」
「これいいブレストフォームだからね。ボクの肌の色に合わせて作られたオーダーメイドだし。股間偽装もしてるよ。触っていいよ」
「ん?」
 
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それで父は西湖の股間に触る。
 
「これ女の股間の感触なんだけど。女になる手術したんじゃないよな?」
「手術とかしてないよ。でもこれで女湯に入れるよ」
「女湯に入って興奮しないの?」
「平常心だよ」
 
と西湖は言いながら、先日丸山アイと一緒に女湯に入った時のことを思い出していた。父は「ほほぉ」と小さな声をあげてから
 
「だったらやはり女子高生ができるよ!」
と言った。
 
「結局、女子高生にならないといけないのかなあ」
 
西湖も昨日はショックだったものの、元々一時は女子高生をやるつもりになっていたので、一晩寝て少しは気を取り直すことができている。
 

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JRで渋谷まで行き、東急で用賀駅まで行って、北口を出てから5分ほど歩いてS学園に入る。校門の所で守衛さんに呼び止められたので、入学予定者で、父と一緒に個人面談に来たと言うと通してくれた。
 
職員玄関を通ると右側にガラス製の大きな壁があり、その向こう側に職員室が広がっている。西湖は右端の所にある受付のガラス戸を開けて、近寄って来た先生に、アマギセイコと名前を告げ、新入学生で個人面談に来たと言った。
 
それで校長室に通された。すぐに教頭先生、二本松先生ともうひとり女の先生が来た。そのもうひとりの女の先生は《S学園養護教諭・川相玲斐》という名刺を西湖たちにくれた。この「斐」の字の読み方がうちのお母ちゃんと一緒だ、と西湖は思った。
 
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「あらためて確認しておきたいのですが、セイコさんは、女性になりたい気持ちがあるのですよね?」
と教頭先生が訊く。
 
すると父は
「いいえ。そのつもりは全くありません」
と言った。
 

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ちょっと待って。そんなにハッキリ言っちゃっていいの?入学許可が取り消されたりしてと西湖は焦った。
 
実際先生たちは顔を見合わせている。想定していたことと違うという感じだ。
 
しかし父は続けた。
 
「本人自身が女の子になるつもりはないのですが、誰が見ても女性にしか見えないという状態になりたいのです」
 
何それ〜〜〜?
 
「どういう意味でしょう?」
と困惑したような表情で教頭が尋ねる。
 
すると父は長い説明を始めた。
 

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「うちは演劇・歌手一族なんですよ。私と妻は舞台俳優をしておりますし、妻の妹は、上野陸奥子の名前で以前歌手をしておりました」
 
「おお!上野陸奥子さんの姪御さんでしたか!」
 
あ・・・ボクは女の子扱いだから、陸奥子さんの姪になっちゃうのか、と西湖は少し新たな発見をした気分であった。
 
「妻と陸奥子さんの父は大阪の方で昭和40年代頃に役者をしておりまして、当時の芸名は柳原蛍蝶(やなはらけいちょう)と言いまして」
 
「柳原蛍蝶さんの孫娘さんでしたか!」
 
えっと。。。おじいちゃんからは自分は“孫娘”になるのかと西湖は頭の中を再組織化していくような気分になる。でもこないだ藤原中臣さんからも孫娘と言われたなと思い起こす。
 
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「ああ、ご存知ですか?」
 
「もちろんですよ。美しい女形(おやま)でした。蛍蝶さんの藤娘、鷺娘、桜姫、どれも物凄く美しくて、男性が演じていることを忘れてしまう名演でした。狐忠信の静御前も美しかったですし、あと凄かったのが『ロミオとジュリエット』を翻案した『富男と珠璃』の珠璃役ですね。私も小学生の頃に見たのですが、少女女優が演じているとしか思えない可憐さでした」
 
と校長先生が言っている。半ば回想モードになっている!
 

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「私の劇団は今『リア王』をやっているのですが、私は次女リーガンの役で」
「おぉ!」
「私の兄が長女ゴネリルを演じていて」
 
「もしかして男性ばかりの劇団ですか?」
「いえ、女優もいますよ。三女コーディリアは、劇団の若手スター山北リルカですし、うちの妻も荒野の魔女、兼フランス王の母の役で出演しています」
と父は言う。
 
「女性の悪役はだいたい男性俳優がすること多いよね?」
と西湖も言う。
 
「そうそう。初期の頃、やはり悪役はみんな女優さんがやりたがらなかったんですよ。やはり悪役をやると、そういうキャライメージが定着してしまいがちじゃないですか」
 
「確かに」
 
「それで『封神演義』の配役で揉めていた時に、うちの兄が『だったら俺が女装して妲己をやってやる』と言い出して、ついでに私に『お前が胡喜媚をやれ』と言われて」
 
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「なるほど」
 
「それ以来、兄はまだ男役もやるんですけどね。私は毎回悪女役で定着しちゃってるんですよ」
と父。
 

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「私は幼い頃から、父のスカート姿を普通に見てたんで、私自身も男の子がスカート穿いてはいけないみたいな概念が全く無かったんですよね」
と西湖は言う。
 
「実際お前もよくスカート穿いてたし、学校にもそれで行ってたよな」
「うん。別に女の子になりたい訳ではないけど、スカートは普通だったです」
 
この会話に先生達が頷いている。
 
「そういう訳で、この子の祖父さんも女形だったし、私も女役の役者として定着しているんで、この子も将来、女役のうまい俳優に育てたいんですよ」
 
え〜〜?そうなの!?と西湖は内心驚愕したが、その驚きを顔に出してしまうほど未熟ではない。役者としての基本として、とんでもないことが起きていても絶対に顔には出さないという修行ができている。
 
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しかし先生達は
「なるほどー」
と言って、納得しているよう。そして父は言った。
 
「江戸時代の女形(おやま)は、修行のために日常的に女装して出歩いていたんですよ。だから、こいつも女役が自然にできる役者になるためには、3年間女子高生生活をさせるのもいいかもと妻と話したんです」
 
あはは、嘘みたい・・・。
 
「そういうことでしたか!」
と言って先生たちは笑顔で頷いていた。
 

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「ですから、こいつには何の配慮もしなくていいです。普通の女の子として扱ってください。もちろん女子制服で3年間通わせます。下着も全部女物にして男物の服は全部捨ててしまいます」
 
え〜〜〜〜!?
 
「学校では女子トイレ、女子更衣室を使い、水泳も女子水着で泳ぎ、身体測定とかもふつうに女子と一緒にさせていいです。生理用品もちゃんと持たせます」
 
「あのぉ・・・おっぱい大きくしておられます?」
 
「胸なんかなくても、裸になって女でないとバレたりはしないですよ。こいつ女の子の友だちに唆されて、何度か温泉の女湯にも入ってますけど騒ぎになったことなんかないですから」
 
「それは凄い!」
 
何度も入ってないよぉと西湖は思った。昨年1月の安曇野の温泉と、先日の丸山アイと入ったスパだけである。むろんそんなことは顔には出さない。
 
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「女湯でも問題ないんだったら、身体測定とか水泳くらい平気ですよね?」
「女湯で問題起きないのでしたら大丈夫でしょうね」
 
「試しに、お前、ちょっと裸になってみろ」
「あ、はい」
 
と西湖は返事をすると、服を脱ぎ出す。男性の校長が慌てて
 
「待って。僕は外に出ている」
と言って部屋の外に出た。
 
男の子が服を脱ぐのに出る必要は無い気もするのだが!?
 

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それで西湖はセーラー服を脱ぐが、下にはブラジャーとパンティーにキャミソールといった女の子下着を着けている。そのキャミソールも脱ぎ、ブラジャーも外すと豊かなバストが露出する。先生たちが息を呑んでいる。そしてパンティーも脱ぐと繁みの中には男の子を示すようなものは見当たらない。
 
「あのぉ、普通に女の子にしか見えないんですけど」
「ですから、女湯でも平気でしょ?」
と父は平然として言う。
 
「それ手術して女の子の形にしている訳ではないんですか?」
という質問が出る。
 
「手術は何もしていません。偽装しているだけです」
「偽装なんですか!?」
 
「服を着てもいいですか?」
「はい、着て下さい!」
 
「この子には常時こういう偽装をさせておきます。ですから、普通に女子として扱ってもらっても問題ありませんよね?」
 
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と父は平然として言う(実際にはこの時はかなり驚愕していたらしい)。
 
「問題無いと思う」
と二本松先生が腕を組んで言った。
 

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西湖が服を全部着終わるのを待って、川相先生は
「あなたのセクシャリティを確認させて欲しい」
と言い、2人だけで別室に入った。
 
川相先生は、用意していたチェックシートと鉛筆を渡して西湖に回答させた。
 
「女性を見てときめきを感じることがありますか?」
「女性を見て性器が反応することがありますか?」
「親しい女性との間に友情を感じますか」
「男性を見てときめきを感じることがありますか?」
 
などなどといった質問が並ぶ。質問は本人の「恋愛傾向」「性愛傾向」「性別の自己認識」「性転換指向」「異性装指向」などを問うもので、ダミー質問を混ぜたり、また正直度チェックをする質問なども混ざって全部で200個くらいあった。
 
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先生は「あまり考えずに瞬間的に思ったものを選んで」と言ってこのシートを渡したので、西湖はこれを7分ほどで回答し終えた。先生は西湖がそろそろ回答し終わるかな、というタイミングで電話をして他の先生を呼んだ。来たのは体育の先生で小川先生と名乗った。
 
「私がこのシートを集計していいですか?」
と小川先生が言うので
「はい、お願いします」
と西湖は答えた。
 
それで小川先生がそのシートを持って出た後、川相先生は
「少し質問していい?」
と言って西湖に質問をし始めた。
 

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面談室を出た小川先生は、職員室に戻って採点・集計をしようと思った。廊下を歩いている時に、
「すみません」
と呼び止められる。40代くらいの女性である。保護者だろうか。
 
「子供の面談で来たのですが、玄関がどこにあるか分からなくなってしまって。2年生の生徒玄関から来たのですが」
「生徒玄関はそちらに行って突き当たりを左に行って下さい」
「ありがとうございました」
 
それでその女性はそちらに歩いて行ったが、彼女が素早く小川が手に持つシートをすり替えてしまったことに、小川は全く気付かなかった。
 

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「少し質問していい?」
と川相先生は面談室の中で訊いた。
 
「はい」
と西湖は答える。
 
「ヒゲは生えますか?」
 
「それはレーザー脱毛しました。私、女の子役ばかりだから、ヒゲを剃っていたのでは剃り跡が見えてしまうので。足の毛と脇毛も脱毛しています」
と西湖は答えた。
 
「オナニーはどのくらいの頻度でします?それともしません?」
 
「しますけど、たぶん他の男の子よりかなり頻度が少ないんじゃないかなあ。月に数回です」
 
このオナニーに関してはかなり詳しく尋ねられた。実際のやり方とか、どういう妄想をするかとか訊かれた。西湖が正直に答えていくと川相先生は深く頷いていた。
 
西湖は実はほぼ常時タックしているので、普通の男の子のようなオナニーができない。それで上から触ってさするようにして気持ちよくなり、射精しないまま頂点に達すると答えた。また妄想としては、男の人と女の人が裸で抱き合ってキスしたりしているシーンを想像すると言った。
 
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「実は私、セックスというのがよく分からないんです」
「ああ、あなたほとんど性教育を受けてないでしょう?」
「そうなんです。たくさん授業を休んでしまったので」
 
「それと実はヴァギナってどこにあるのかも知らなくて」
「自分に付いてないから分からないよね」
「イラストとか見ても全然見当がつかないんです」
 
「実は女の子でもそれが分かってない子もいる」
「え〜〜〜!?」
「鏡とか使わないと自分では見えないから」
「そうなんですか!」
 
「うちの学校の性教育では、女子には特にそのあたりほんとに無知な子がいるから、その付近から教えていくからね。芸能人の生徒も多いから、お仕事で欠課にならないように、だいたい1時間目に性教育の時間を入れているのよ」
 
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「それだったら私も受けられるかも」
 
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春からの生活(19)

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