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■春からの生活(17)
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(C)Eriko Kawaguchi 2018-01-05
天月西湖は3月24-27日の4日間、つくばみらい市のワープステーション江戸に籠もって『ほのぼの奉行所物語』の撮影に参加していて、27日深夜、桶川市の自宅に戻った。
郵便物が2通来ていたが、1つはS学園(酒井学園)からの手紙で入学者オリエンテーションのお知らせと、事前面談の打診であった。西湖はS学園への入学辞退の手続きと入れ違いになったなと思った。
もうひとつの封書はJ高校(純泉高校)からのものであった。そちらも説明会か面談の通知かなと思って開封した。
え!?
西湖は目を疑った。
そこにはこう書かれていた。
「入学辞退の届出を受理しました。今回はご縁が無かったようですが、天月西湖さんの、今後の学業の進展をお祈り申し上げます」
西湖はその文章を10回くらい読んだ。
入学辞退〜〜〜〜!?
なんでこんなのがJ高校から来る訳〜〜〜?
西湖は10分くらい考えてから、深夜ではあるものの母に電話した。
「お母ちゃん、夜遅くごめんね」
「いいよ。こちらは今、楽日(公演の最終日)の予定を色々話し合っていたところだから」
「それでこないだ頼んだ入学辞退の届けだけど」
「うん。あの後、ネットで見ていたら、ホームページからも入学辞退の手続きができることに気付いたんだよ。だからあの後すぐネットでその手続きをしたら日曜日に学校から速達で書類が到着したんだよね。それですぐに記入して投函しておいたよ」
日曜日に投函した書類が学校には月曜日に到着して、それで届出受理のお知らせが火曜日に西湖の自宅に到着したのだろう。
「それ、酒井学園の入学辞退だよね?」
「うん。酒泉高校だよ」
西湖は母がやはり2つの高校の名前をごっちゃにしていることに気付いた。後からこの問題について家族3人で検討した所、実は都内には以前、本当に酒泉高校という名前の私立高校があったので、母はその記憶から混乱してしまっていたようであった。酒井学園の方は昔は田畑女子高校という名前だった。
「お母ちゃん、学校の名前がごっちゃになってる。ボクが受けたのは純泉高校と酒井学園で、辞退したいのが酒井学園、入学したいのが純泉高校なんだけど」
「ちょっと待って」
と言って母は何か見ているよう。
「私が書いたのは酒泉高校の入学辞退届けだよ」
「いや、そういう名前の学校は無いって」
ただならぬ事態なので、母は劇団事務所から深夜車を飛ばして自宅に戻ってきてくれた。父も一緒である。
「私が書いたのはこれだよ。出す前に念のためコピー取っておいた」
と言って母は書類を見せる。
母の字で「酒泉高校ご担当様」と書かれている。しかし西湖は書類の下部に「純泉高校・入試担当」と小さな字で印刷されていることを指摘する。
「う。。。」
父はパソコンで少し調べていたようだが言った。
「この2つの学校は学校法人名が似てる。学校法人酒井学園と学校法人佐久江学園。ホームページのURLもsakaiとsakueで似てる。住所も酒井学園は用賀3丁目52、純泉高校は用賀2丁目52」
「ごめん。私、どこかで間違ってしまったみたい」
と言う母は顔色が青ざめている。
西湖はとても母を責めることはできなかった。公演で物凄く多忙な中、自分の受験のためにかなり無理してくれている。
「俺が明日の朝いちばんに純泉高校に連絡してみる」
と父が言った。
「うん」
3月27日(火).
千里(千里1)は信次とともにハワイから成田空港に帰着したが、信次が千葉の自宅に戻ったのに対して、千里は信次とは別れて世田谷区用賀のアパートに入り
「よし、やるぞ」
と自分に声を掛けて、蓮菜の書いた歌詞を1枚取ると、それに取っ組み合った。
一方、信次はひとりで千葉の自宅に帰宅したので康子が驚愕した。
「あんた、まさか成田離婚?」
「いや、千里は急な仕事が入って会社に行った」
「新婚早々なのに?」
「何か緊急事態が起きているらしい。他の人では対処できないらしくて」
「大変ね!」
「それに僕も4月4日に体外受精しなきゃいけないから、1週間前から禁欲なんだよ。新婚早々の妻がそばにいたら、とても禁欲なんてできないから、逆にこれでいいと思う」
と信次は言った。
「あんたも辛いね!」
「でも新婚旅行はどうだった?」
「負けた」
「へ?」
「体力が凄すぎる。とてもかなわないと思った」
「はあ」
信次がそのように言うので康子はベッドの上で千里がとっても元気で男の信次が精根尽き果てたという状況を想像したのだが、実際には最初の2日ほど千里の観光(?)に付き合って、マノアの滝とか、カイヴァリッジ・トレイルとかに一緒に歩いて行ったものの、とても体力的に付いていけず、3日目以降は千里とは別行動にさせてもらって、ショッピングやビーチでの散歩などを楽しんでいたのである。
むろん夜はちゃんとすることはしたし、千里に初めて“入れてもらった”ので、信次としては満足だった。
千里は「なんだ。それが好きなら恥ずかしがらずに最初から言えば良かったのに」と言っていた。「私男の子役はあまりうまくないんだけどね〜」と言いながらも結構してくれたので、ああ、やはりこの子レスビアンの経験があるなと思った。
千里1が用賀のアパートで頭をアルファとベータの境目の微妙な状態にキープして歌詞にメロディー付けをしていたら訪問者がある。青葉であった。
「ちー姉、お帰り」
「ただいま。ごめん。お土産は信次が持っていったはず」
「大変みたいね」
「大変だよぉ。青葉少し手伝ってくれたりはしないよね?」
「私も4月10日までに10曲って頼まれてる」
「あんたもか!」
青葉は結局3月19日以降ずっと大宮のアパートで頼まれた作曲の作業をしているのである。ただ4月3-8日には日本選手権水泳に出場する。それを言ったら期限を10日までにしてくれた。
「それでこないだ言ってた千葉のマンションの鍵」
と言って青葉は鍵を千里に渡した。
「ありがとう。ん?これもしかしてウィークリーマンションか何か?」
「信次さんに名古屋転勤の辞令が出るみたいだよ」
「嘘!?」
「たぶん明日会社に出て行ったら言われるんじゃないかな」
「なんで青葉は本人も知らない辞令を知ってる?」
「まあ色々情報網はあるし」
「でも名古屋〜? 私東京でしなければいけないこと沢山あるのに」
「名古屋なんて、都内のどこかよりは近いよ」
「確かにね〜。でも名古屋の中の僻地だったら?」
「名古屋駅のそばにマンション借りて、信次さんには頑張って遠距離通勤してもらえばいい」
「よし、そうしよう」
「東京往復は新幹線の定期券買えばいいよ」
「そうする!」
(東京−名古屋間の新幹線定期券は存在しないが、東京−静岡、静岡−名古屋の定期券を持っていれば東京−名古屋ノンストップの新幹線自由席にも乗車可能である。料金は3ヶ月で75万9980円(1ヶ月あたり25万3327円)になる)
「だから今千葉のマンションを借りてもすぐ出ることになるから、取り敢えずマンスリーマンションを借りた。でも名古屋に移動するなら、あらためて名古屋に作業用のマンションを借りるよ」
と青葉は言う。
「分かった。そちらはお願い」
と千里。
実際には既に千里2(の多分眷属さん)が適当な物件を探している所である。
「千葉のマンスリーマンションはもう使えるから今日でも引越できるよ」
「取り敢えず4月4日までは無理」
「4日に体外受精するんでしょ?」
「そうなのよ。だから前日の3日信次と一緒に仙台に入って、代理母さんとも面会しないといけないから2日の午後には一度千葉に行かないといけない」
「4日は体外受精終わったら千葉に戻る?」
「そうなるかな。信次の手術にも付き合わないといけないし。私忙しいのに」
「だったら、ちー姉が2日にここを出た後、4日には千葉のマンションで作業ができるように荷物を移動させようか?」
「それがいいかな」
「じゃ手配しておくよ」
「助かる。よろしく」
と千里は言ったのだが、青葉は自分のスマホを取り出し、あたかも電話でもしているかのような格好のまま、多分この方角だろうと思う付近に視線をやって、
『そういう訳で、騰蛇さん、お引っ越しよろしく』
とオープンモードで話しかけた。
それで青葉は帰ってしまった。
いきなりお願いされた《とうちゃん》はギョッとした。
『おい、青葉には俺たちが見えるのか?』
と《りくちゃん》に訊く。
『物凄くうまく隠蔽されているから普通の霊能者には見えないはず。しかし青葉の能力もハンパ無いから見えていたとしてもおかしくない』
と《りくちゃん》は言う。
『でも千里の引越だし、俺たちでやるか』
『まあ、やってもいいよな』
それで眷属たちは話し合って、次のような計画をまとめた。
・2日午後、千里がアパートを出たら荷造り開始。
・2日夜の内に荷物を軽トラに積んで移動させる。
・音楽・バスケ関係・パソコン・電話機などは千葉市内のマンスリーマンションへ
・寝具・書籍などは桃香のアパートへ。
・衣類など身の回りの品は千葉市内の信次の家へ
・エアコン、こたつ、電気カーペット、空気清浄機、除湿器、洗濯機、冷蔵庫、および調理器具類はそのまま置いておく。
・3日に室内全清掃、エアコンや冷蔵庫の清掃、畳の表替えと襖の張り直しをする。
・引越作業・清掃作業は《とうちゃん》《たいちゃん》《げんちゃん》《いんちゃん》《りくちゃん》の5人で行い、《びゃくちゃん》《てんちゃん》は千里に付いている。
「青龍(せいちゃん)は?せっかく免許取ったから運転頼みたかったのに」
「Jソフトの仕事が忙しいようだ」
「新婚早々大変だな」
「別に青龍が嫁さんになった訳ではないと思うが」
「あいつずっと女装しているけど、メスに性転換するつもりはないのか?」
「もう女装生活は嫌だぁと泣きごと言ってるぞ」
「あいつ素顔も美青年だから女でも行けると思うけどなあ」
「凄く若いよな。1000歳越えてるのにまだ500歳で通る」
「寝ている間に手術してしまおうか?」
「龍の性転換手術ってどうやるんだ?」
「勾陳(こうちゃん)は最近何やってんだ?あいつが一番戦力になるのに」
「霊感を喪失する直前くらいに千里本人からアクアのガードを頼まれていたらしい。だからしばらくアクアに付いていると言っていた」
「千里の指示なら仕方ないな」
「貴人(きーちゃん)も何か最近忙しいようだな」
「話し合いにだけ参加して『後はよろしく』と言ってどこかに行ってしまった」
「あいつは大神様からの直接指令があって何か工作活動をしているらしい」
「大神さまからの!?」
「なら仕方ないな」
「結局、運転できる奴が3人ともダメなのか?」
「私が運転するよ」
と《いんちゃん》が言っている。
「朱雀(すーちゃん)も最近何やってんだ?」
「何か調べ事があるという話だった。それも霊感を失う前の千里の指示らしい」
「千里は結構個別に秘密のミッションをさせていたからなあ」
少し時間を戻して、3月16日(金)の夕方、警察関係にコネの多い、○○プロの丸花社長が、2〜3日以内に上島雷太の逮捕状が請求されるという、警察の内部情報を得た。
これはとんでもないことになると考えた丸花は最初に、元法学生で法律に詳しく正義感も強いので、絶対にこういうものには関わってないと思われたタブララーサの後藤正俊に連絡して善後策を考えたいと言った。後藤正俊は丸花さんに言った。
「上島君が楽曲を提供していた歌手が活動停止に追い込まれるとマジで幾つかレコード会社やプロダクションが倒産しますよ」
と言った。
「どうすればいいと思う?」
「上島君が書いていた楽曲を誰かが代わりに書くしかないです」
「それ無理だろ?」
「だから多人数で手分けするんですよ。ゴーストライターの元締めの東郷誠一さん、多数の作曲家をグループとして抱えている雨宮三森、それにグループ化はしていないものの作曲家のコネが多い蔵田孝治も呼んで4人で少し話しませんか?」
急を聞いてその4人が集まったのが翌日の午後であった。
「上島って、どのくらいのペースで楽曲書いてたの?」
と蔵田が訊く。
「昨年1年間で950曲。これはJASRACのデータベースを検索させて割り出した。ただ2割前後のプラスマイナスがあるかも知れない。多すぎて分析できない」
と丸花さんが言う。
「それで、その内、どのくらいを本人が書いていたの?」
「全部だ」
「いや、それはありえない」
「彼はゴーストライターが嫌いだったんだよ」
「でも不可能でしょ?そんなに書くのは?」
「彼はメロディーだけを書く。歌詞との精密な合わせ付け、編曲は下川君の工房でやっていた。あの工房は事実上、上島君の楽曲製作を支援するために存在している」
全員が腕を組む。
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春からの生活(17)