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■春からの生活(8)
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それで採寸は被服実習室で行いますと言われて、そちらに行く。途中に道順の紙が貼られていたので、迷うことなく辿り着いた。西湖が中に入ると5人ほどの女子が順番を待っていた。全員着衣(セーラー服が多い)なので西湖も安心してその列に並ぶ。
窓側にピンクのクロススクリーンが4個並べてあり、どうも採寸はその向こうでおこなっているようである。「次の方どうぞ」と呼ばれると列の先頭の子が向こうに行っている。西湖が並んだ後も数人の女子が入って来て西湖の後ろに並んだ。
やがて西湖の番になるのでカーテンの向こうに行くのだが、まだ前の子の採寸をしている最中であった。下着姿である。その向こうには採寸が終わったのか服を着ている最中の子もいた。
「ここで服を脱いで下着だけになって下さい」
と言われたので西湖はセーラー服とブラウスを脱いだ。採寸されているのが女子なので、そちらには視線をやらないようにする。西湖は昨日『少年探偵団』の最後の撮影を終えたばかりで、胸にはブレストフォームを貼り付け、お股はタックしたままであったので、これなら女の子の中にいても違和感無いよなぁなどと思った。また西湖はしばしば女子更衣室に連れ込まれているので、女の子の下着姿を見ても特に何も感じない。また西湖は足の毛や脇毛などはレーザー脱毛しているのでお肌もすべすべである(ヒゲもレーザー脱毛しているので西湖はヒゲ剃りをする必要が無い)。
やがて前の子の採寸が終わり、こちらへどうぞと言われる。
バスト、ウェスト、ヒップ、肩幅、袖丈、背丈、スカート丈と測られた。胸の所にメジャーを回された時、このサイズで制服を作っちゃうと違うサイズのブレストフォームは貼り付けられないな、などと考えたが、そもそも自分はここの制服を作ることになるのか?というのを改めて考えた。
「採寸終わりましたが、すぐ作っていいですか?」
「あ、いえ。まだ入学辞退する可能性もあるので、後から注文できますか?」
「いつでもいいですよ。でも入学式に間に合わせる場合は、3月21日の20時までにご連絡くださいね」
と言って、伝票の《製造指示待ち》という所に丸を付けていた。
さっき事務室では3月20日までと言われたのだが、ここでは21日と言われた。たぶん事務室の人は少し余裕を見た日付を言ったのだろうと思う。
それで向こう側に移動して服を着る。下着姿になってスタンバイしていた子の採寸が行われ、次の子がカーテンのこちら側に来て服を脱ぎ始めた。
西湖は着て来たセーラー服を着ると反対側のドアから静かに退出する。
その後、少し不純な動機で校内のトイレ(むろんここには女子トイレしか無い)に入りおしっこをしてみた。その後、校舎を退出し、用賀駅から電車を乗り継いで桶川の自宅に帰った。
千里1は貴司が阿倍子と離婚したのはいいとして他の女性を妊娠させたことにかなり怒っていたので、もうこちらは迷うことなく結婚してやると思った。それで婚姻届けを提出するのに適した日時を占星術で調べ始めた。
以前調べた時に、2月16日の午後がいいという結果が出ていたのだが、それを再確認する。
2月16日の朝6:05に朔(新月)になるから、その後が良い。但しその朔の瞬間からボイドが始まり、そのボイドは月が魚座に入る11:43まで続く。従って婚姻届の提出はそのボイドが終わった後にしなければならない。ボイド期間中に決めたり実行したことは無駄・徒労になりがちである。
こういうおめでたいことは、太陽と月がどちらも地上に出ている間がよいので、当日の千葉地方の日入17:22, 月入17:40ということから、届出をするのに良い時間帯は、2.16 11:44-17:22と分かる。但し、ボイド明け直後は(結婚を司る)7室に土星があるので、よくない。その後には冥王星も控えているので冥王星が7室を通過し6室に入った後が良い。すると14:16以降が良いことが分かる。
「よし。2月16日の15:00くらいに提出するようにしよう」
と千里は再確認するように言った。
ところが、である。
2月15日になって朋子から電話が掛かってきた。千里の結婚に絡むことで少し相談したいというのである。朋子から呼ばれては行かざるを得ない。それで千里は信次の会社まで行って、朋子から呼ばれているのでちょっと高岡まで行ってくること、それで婚姻届は勤務時間中で申し訳ないが、信次の手で明日14:16-17:22の間、できたら午後3時か4時頃に区役所に提出して欲しいと言った。
「細かい時間指定だね!」
「その時間帯が占星術的にいいのよ」
「分かった。ちょっと会社を抜け出して区役所まで行ってくるよ」
「ごめんねー」
それで千里は2月15日の夕方の新幹線で高岡に赴いた。
朋子の相談というのは、桃香のことであった。
現在桃香は無職なので、アパートの家賃から光熱費、生活費と早月を育てるための費用などを全部千里に依存している。しかし千里が結婚したらさすがにそれを千里に出してもらうのは申し訳無いから、高岡に呼び戻そうと思っているということであった。
「でも桃香さんはこちらに帰りたがらないと思いますよ。やはり田舎ならではの人間的なしがらみが嫌みたいだし、レスビアンの桃香さんにとっては都会の方が居心地がいいんですよ。費用は気にしないで下さい」
「千里ちゃんが気にしなくても、旦那さんが気にすると思うよ。だって、いわば結婚しているのに、愛人を囲っているようなものじゃん」
「うーん。。。その愛人を囲っていて、早月は私の隠し子なのではというのは桃香本人からも指摘されました」
「早月ちゃんのこと、信次さんには言っているの?」
「いえ。ちょっと言えないです。私が母親になったのならまだしも父親になっているというのはさすがに言えなくて。って、やはりこれ隠し子なんですかね?」
「うーん。。。」
話し合いは結構夜遅くまで続いたのだが、朋子はやはり桃香の生活費援助はせめて千里の結婚挙式までで停めようと強く主張した。それでやむを得ないからどうしても桃香が高岡に戻りたくないというのであれば、家賃などの支払い口座を朋子の口座に変更した上で、生活費も自分が桃香に送金すると朋子は言った。
「分かりました。確かに結婚している女が、愛人に経済支援を続けるのは筋が通らないですよね」
「そうだよ。そういうのがバレたら、向こうのお母さんとかが怒って、離婚という話になりかねないよ。こういう場合、こちらが慰謝料を払うことになるよ」
と朋子はほんとに心配するように言った。
千里はここに青葉がいたら青葉が何か言ってくれないだろうか、などとも思ったのだが、青葉は千里と入れ替わりに東京に行っているらしい。そして朋子がこのタイミングで千里を呼んだのは、逆に青葉には関わらせないようにするためだったのではないかと千里は思った。
(本当は千里2と謀った青葉がわざとこのタイミングで朋子に桃香の経済問題を言い、千里を呼んで話し合うよう仕向けたのである。青葉は桃香の生活費は朋子が出すということにしておいて実際には自分が出すというのを朋子に提案しておいた)
さて、婚姻届けの提出を頼まれた信次だが、早朝上司から電話が掛かってきて、名古屋支店まで緊急に出張して来てくれと言われた。困った信次は母・康子に婚姻届の代理提出を頼んだ。
「何か占いで婚姻届けは今日の15時くらいに提出するのがいいらしいんだよ。でも出張になってしまって。申し訳無いけど、母ちゃん代わりに提出してくれない?」
「分かった。いいよ」
それで信次は、婚姻届とふたりの戸籍謄本、川島と村山の印鑑、委任状を書いてまとめてファスナー付きのクリアファイルに入れ、康子に渡した。
それで信次は7時頃、千葉駅に向かった。康子は15時と言われたので最初はその時間に行けばいいと思ったのだが、急に不安になった。
実際提出に行って、書類に不備があった場合、代理人にはその場で訂正することができない!それで康子は朝から区役所に行って、書類に不備が無いかチェックしてもらおうと思った。それでOKなら、あらためて15時に行って提出すればいいし、問題点があったらいったん持ち帰り、信次に電話して確認した上で訂正をしてから再度持ち込めばいい。
そこで康子は朝9時に区役所に出かけて、息子が急に出張になったため、代理で提出しにきたことを言い、取り敢えず書類のチェックだけして欲しいと言った。
役場の窓口の人は書類を見ていたが、途中で「あっ」と言ってから康子に言った。
「書類自体には不備はありません。これでいいのですが、おふたりともこれ戸籍抄本を添えておられるようなんですよ。各々おひとりだけ印刷されていますよね。抄本で受け付ける自治体もあるのですが、うちでは戸籍謄本の提出をお願いしているので、再度それを用意していただけませんか?」
「すみません!確認します」
それで康子はいったん窓口から離れ、信次に電話するもつながらない。それでメールを送ってみた。
信次からは10時頃電話が掛かってくる。どうも名古屋駅に着いた所のようである。背景の騒音が凄い。
「それ役場の人が勘違いしているよ。どちらもちゃんと謄本で取ってるよ」
「そうなの?」
「そこに書類ある?」
「うん」
「全部事項証明って印刷されてない?」
「うん。そうなってる」
「どちらもそうなってるでしょ?」
「うん。どちらも全部事項証明と書かれている」
「それが謄本なんだよ。昔は謄本・抄本と言っていたけど、今は全部事項証明・個人事項証明というんだけどね。僕も千里も、1人単独の戸籍だから、全部事項証明をとっても1人しか載ってないんだよ」
「そうなの?」
「ふたりとも分籍してるから、親の戸籍に入ってないんだよ」
「知らなかった!」
まあ言ってないもんなと信次は思う。それは自分に子供(奏音)が出来たことを母に隠すためであった。奏音が生まれる前に分籍しておいたので、奏音を認知したこともその分籍した戸籍に記載された。しかし信次はそこから再度転籍したので新しい戸籍には子供を認知していること自体が記載されていない。隠し子のいることを隠すための常套手段だ。
「だからそれちゃんと窓口の人に説明すれば受け付けられるはず」
「分かった。ごめんね」
そこで康子は再び窓口の所に行くと、さっきの人に
「これは各々1人ずつしか載ってないけど、抄本ではなくて謄本です。各々1人だけの戸籍らしいんですよ」
と説明した。
すると係の人は書類を見て
「あ、ほんとだ!すみません。私の勘違いでした」
と謝った。
そしてその人はあらためて全ての書類をチェックして、
「これで問題ありませんね。ではあなたの届け人さんの本人確認ができる身分証明書を見せて下さい」
と言われる。
「身分証明書って、健康保険証でいいですか?」
「健康保険証だけではダメです。運転免許証はお持ちじゃありません?」
「すみません。運転免許は取ってなくて」
「マイナンバーカードか写真付き住民基本台帳カードとかパスポートとかは?」
「持ってません」
「だったら、年金証書か年金手帳とか、写真無しの住民基本台帳カードとか、・・・」
と言って係の人は本人確認に使用できる書類の一覧を見せる。
「この中の2点があればいいんですよ。但し※のついている書類だけ2点ではダメです」
「保険証と国民年金手帳があればいいですか?」
「その2つならOKです」
「すぐ取ってきます!」
それで康子は区役所を出てタクシー乗り場でタクシーに乗ると、すぐに自宅まで往復して来た。戻って来たのは11時すぎである。
それで戸籍係の所に再度行こうとしたが、結構な順番待ちになっており、康子は番号札を取って待った。11:25すぎになってやっと順番になる。それで再度書類を見てもらう。
「はいOKです。ではこれで受け付けます」
「よろしくお願いします。お手数お掛けました」
それで康子は「大変だったぁ!」と思いながら区役所を出た。そして買物してから帰ろうと思い、近くの大手スーパーに寄った。そして買物をしている時に気付いた。
「しまった!あれは提出するのは15時だった!」
康子は信次に電話をしてみたがつながらないので、メールをして、チェックしてもらうだけのつもりが、うっかりすぐ提出してしまったことを書いて詫びた。信次からは夕方になって電話が掛かってきた。
「何度も出し直したりしてたら間違うよ。面倒なこと頼んでごめんねー。これは不可抗力だよ。本人確認書類が必要というのは僕が言い忘れていた。他人の婚姻届を勝手に提出したりする事件が相次いだから厳しくなったんだよね」
と信次は言っていた。
千里1はその件を東京に戻る新幹線の中で信次からのメールで知った。千里1は「それは仕方ない。お母さんを責めないでね」と信次に返信したものの、腕を組んで考え込んだ。
『これ、私の結婚を誰かが霊的に妨害しようとしている』
と。
千里1もこの時期、この程度の霊感は戻って来ていたのである。
しかしともかくも2月16日付けで千里は川島信次と法的には夫婦になったのであった。
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