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■春からの生活(6)

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21日(日)の夕方、青葉が§§プロを出て、大宮の彪志のアパートに戻ろうとしていたら、千里2から連絡があった。少し話しておきたいということだったのでいったん葛西のマンションまで行った。
 
「ちー姉、試合はよかったの?」
「今朝5時半に終わった。次は日本時間で28日の午前4時」
「ふーん」
 
「それで今日の午後、貴司は阿倍子さんとの離婚届けを提出した」
と千里は厳しい顔で言った。
 
「ちー姉の予測通りだね」
「慰謝料は1000万円。京平の養育費は、京平が20歳になるか、その時点で大学在学中だった場合は22歳になる年の翌年3月まで毎月10万円を送金する」
 
「貴司さん、結構経済状態が悪化していたみたいだけど1000万円あったの?」
「銀行から借りた」
「へー!」
 
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「収入証明書を提出したらしいけど、まだ2017年のは取れないから2016年のを提出してるんだよね」
「今年はだいぶ落ちてるでしょ?」
「うん。去年の給料は年間1000万円を越していた。だから銀行は簡単に貸してくれたんだと思う」
「今年はどのくらい?」
「給料がそもそも40万から30万までカットされている。ボーナスも3ヶ月分出ていたのが1.5ヶ月分に減らされた。だから今年は750万しか無い」
「計算が合わないんだけど?」
「名目上の給料には、家賃補助の毎月25万が入っているんだよ。これだけで300万円ある。だから750万円といっても家賃補助以外は450万しかない」
「バスケの活動をしていて、奥さんと子供がいて、その金額はきついと思う」
「そうなんだよ。だから今あいつはかなり苦しい生活をしている」
 
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「もう美映さんと同棲してるの?」
 
「まだ。阿倍子さんはその1000万円でお母さんから家と土地を買い取った。そのお金をお母さんは相続で揉めていた従姉の人に遺留分として払って、それで実家の権利問題は解決した。これは貴司が雇った弁護士に同席させて、きっちり念書を取ったからこの問題ではこれ以上揉めることはないはず。それで阿倍子さんは実家に戻ることができることになった。だから今週引っ越すよ。その後、美映さんがあのマンションに入ると思う」
 
「じゃ阿倍子さんの手許にはお金は残らなかったんだ」
「まあ貴司が送る養育費の月10万で暮らしていくしかないだろうね。あの人、身体が弱いから、とてもパートとか出られないだろうし」
「生活保護は?」
「自宅土地を持っている人が受けられる訳ない」
「そうか!」
 
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千里1は1月8日に、桃香・早月と一緒に東京に戻った後は、作曲とバスケ漬けの日々を送っていた。バスケは昨年7月のどん底状態に比べると、かなり回復してきていた。それで千里が自分は3月に結婚するのでそれで退団させて欲しいと言うのをコーチは随分惜しみ、だったら休部ということにして落ち着いたら復帰しないかと言ったので、千里もそれで同意した。
 
22日(月)の夕方は、仕事で東京に出てきたという青葉がこちらにも寄ってくれて、差し入れを置いていった。
 
23日(火)朝、アパートの家電が鳴るので取ると、Jソフトウェアの**君である。
 
「村山さん、朝早くからお休みの所、済みません。**商事で今データのバックアップを取ろうとしているのですが、セーブ用のカセットを入れたら502ハードエラーというのが出るんですが、これってやはりカセットが悪いんですかね?」
 
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コンピュータのことに詳しくない千里でもこのくらいは分かる。
 
「それカセットの向きが逆だと思う」
「え?」
「そのカセット、入れる方向が分かりにくいんだよね。しかも逆にでも物理的には挿入可能なんだ」
 
「分かりました。逆に入れてみます」
 
ところが2−3分で再度電話が掛かってくる。
 
「逆に入れたら504ハードエラーになったんですけど」
 
逆というのは千里は上下逆という意味で言ったのだが、この子、間違って前後逆に入れたのでは? このカセットは上下逆にしても、前後逆にしても入ってしまうのである。どう考えても設計が悪い。ただ、前後逆ではカセットの開口部が外側に来てしまうから、普通の人はその向きには入れようとしない。
 
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**君って、私より機械音痴だからなあ。あの子絶対入る会社間違っているよと千里は思ったものの
 
「じゃ、ちょっとそちらに行くよ」
 
と言った。**商事は下北沢なので、車で15分ほどで到達できる。
 
それで千里はミラに乗って**商事に向かった。ところが実際にそちらに着いてみると、後輩の溝江旬子が来ている。
 
「お疲れ様です。修正プログラムを入れに来たら、**君がカセットの入れ方間違えて悩んでいたんで、正しい入れ方を教えましたよ」
「あのカセット、分かりにくいもんね」
「まあ普通の人はダメだったら別の入れ方をしてみるんですけどね。入れ方は4通りしかないから、その内当たるし。あと、書き込みロックも掛かっていました」
「そのカセットのロックって、どちらに押したらロックが掛かるのか表示が無くて分かりにくいよね」
「そうなんですよ。でもこれも両方試してみれば分かるし」
「そうそう」
 
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「でも村山さん、休んでおられたのにすみません。大抵のことは私がフォローできると思いますから、村山さんは休んでいてください」
「ありがとう。助かる」
 
それで千里は無駄足になったものの、自宅に戻ることにした。
 

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それでミラに乗って走っていたら、ビートルズの『Fool on the Hill』のメロディーが鳴る。
 
これは貴司の携帯からの着信なのである。繋がらなければメールでもするだろうと思って放置していたら、何度も掛け直しているようで、ずっと鳴っている。千里は根負けしてミラを脇に停めて電話を取った。
 
そこで千里(千里1)は驚くべきことを聞くことになる。
 
「貴司、阿倍子さんと離婚したの!?」
 
悔しーい!だったら自分は信次と婚約していなければ貴司と結婚できたじゃん。と思ったが、貴司の次の言葉はその可能性を打ち砕いた。
 
「実は他の女性を妊娠させてしまって。その子から結婚を迫られて。阿倍子に土下座して離婚してもらうことにした」
 
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何〜〜!? 他の女を妊娠させただと!?
 
千里は怒りがこみ上げてきて、貴司にありったけの罵りの言葉を投げつけた。
 
「千里にも申し訳ない」
と貴司はひたすら謝った。
 
5分くらいそのやりとりがあった後、
 
「それで頼みがあるんだけど」
と貴司は言う。
 
「何がしたいの?極悪浮気男さん。今すぐ大阪に行って、ちんちん切り落としてやろうか?二度と浮気ができないように」
 
「いや、大阪に来て欲しいんだ」
「ちんちん切って欲しいの?」
 
「その件はあらためて話し合うとして、実は今日は阿倍子が実家に戻るのに引越をしていて」
「うん」
「それを僕が手伝っていたんだけど、喧嘩してしまって」
「まあ喧嘩にもなるだろうね」
 
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「それで千里悪いけど、僕の代わりに手伝ってあげてくれないか?」
「なんで私がそんなの手伝わないといけないのよ?」
 
千里はかなり怒っている。
 
「阿倍子は体力が無くて。でもあいつ友だちとかも全然居ないからさ。兄弟とかもいないし、お母さんは名古屋にいて、お母さんも1日の半分は寝て過ごしている状態だし。だから、頼めるの千里しか居ないんだよ」
 
「私が手伝いに行ったら阿倍子さん不快に思うと思うけど」
「それは承知なんだけど、千里だけが頼りなんだよ」
 

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千里はかなり怒っていたものの、確かに阿倍子さん友だちがいないと言っていたよなと思い、行ってあげることにした。
 
ミラで羽田空港まで走り、伊丹行きに乗る。それでお昼過ぎに貴司のマンションに到達した。案の定阿倍子は千里に「帰ってよ」と言ったが、千里が自分も来たくなかったが、貴司から他に頼める人がいないといわれたこと、また自分も結婚することにしたことを言うと、
 
「千里さんも結婚するの!?」
と驚いたように言い、
 
「だったら手伝って」
と言った。
 
それで千里が手伝う、というより千里が主として荷造りをすることで、引越屋さんが来るのに間に合ったのであった。
 

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2018年2月3日(土)、天月西湖(今井葉月)は品川区のD高校の入試を受けに行った。最近仕事が忙しくて髪を切りにも行けなかったので、前日は仕事の途中で1時間ほど抜け出させてもらって放送局内の理髪店に行き、髪が肩につかないように切ってもらった。
 
「ほんとにそんなに短く切っていいんですか?」
と言われたが
「お願いします」
と言って切ってもらう。
 
西湖は髪を切るくらいでなんでそんなに確認されるんだろう?と不思議に思った。
 
3−4日は本当は撮影の仕事が入っていたのだが、今週はアクアと身長が近い白鳥リズムが偶然空いていたので、代わってもらい、試験を受けに行った。この時期、アクアが156cmなのに対して、西湖は158cm、リズムは154cmであった。スピカもしばしばアクアの代役をしているのだが、彼女は162cmあって、アクアとの身長差が6cmあるので微妙である。
 
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しかしD高校に行き、筆記試験(国語・英語・数学)が終わった所で西湖はかなり落ち込んだ。
 
試験問題がほとんど分からなかったのである!選択問題はもうヤマカンで選択肢を選んだが、叙述式の問題はほとんど空白である。一応午後から面接があり、西湖は気を取り直して、明るく面接に臨んだ。質問された内容について大きな声ではきはきと答える。しかし筆記試験が酷かったから、この高校は厳しいかもという気がした。
 
翌日は世田谷区のJ高校に行く。ここも午前中に筆記試験(数学・国語・英語)がある。やはり全く試験が分からなかった!昨日のD高校より悲惨ではないかという気がした。ひたすらヤマカンで回答を書いた。しかし午後からの面接はまた気を取り直して元気に受けた。
 
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4日自宅に戻ってから、おそるおそるD高校のホームページを開いて、合格者の一覧を見る。
 
西湖の受験番号は無かった。
 
翌日5日は学校を休んでずっと仕事をしていた。そして夜遅く帰宅してからJ高校のホームページで合格発表を見る。
 
やはり西湖の受験番号は無かった。
 
ちょっと待って。僕どうすればいいの〜?
 

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西湖は公演の仕事がだいたい片付いたであろう、夜11時頃を狙って母に電話してみた。
 
「どうしよう?僕D高校もJ高校も落ちちゃった」
「あら。でもあんた3つ願書出したからもうひとつあるんじゃないの?その試験に集中して頑張りなさいよ」
 
「えー?でも・・・」
 
だってS学園は女子高だもん。入学するには性転換しないといけないかも。
 
「もうひとつの高校って、あんたが願書自分では書いてなかった高校?」
「うん、そこ」
「そこあまり気が進まないのかもしれないけど、やはり中卒というのは色々大変だもん。高校くらいは出ておいた方がいいし、あまり好みではない高校でも、入れてくれるなら行くべきだよ」
 
いや本当に入れてくれるのか。そこに重大な問題があるんだけど。
 
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「まずはそこ頑張って受けて、何なら他の学校の二次募集とかも視野に入れたら?」
「あ、二次募集ってあるんだっけ?」
「最初の募集だけで定員に満たなかった場合、二次募集をする学校があるんだよ。そのあたりはこれから情報が出てくると思うよ」
「分かった。情報収集してみる。ありがとう」
 

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それで西湖はあらためて芸能活動と両立できそうな学校を東京都以外まで範囲を広げて調べた所、浦和のB学園、船橋市のE学院も芸能活動に許容的であることが分かり、どちらも例年二次募集をやっていることが分かる。それで各高校のホームページで取り敢えず資料を取り寄せることにした。実際の二次募集の要項は一次募集の入学者がほぼ確定する2月下旬に公開されるらしい。
 
そしてS学園をどうするか・・・
 
取り敢えず試験だけでも受けてみようか?
 
でも女子高なんか受けて、ボク、女子高生になることになったらどうしよう?と悩む。西湖が悩んでいるふうなのに気付いた桜木ワルツが西湖を個室に呼んで「悩み事があったら私に言ってみて」と言ってくれた。
 
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それで西湖はD高校とJ高校の両方に落ちてしまったことを泣きながら話した。
 
「J高校はまだいいとして私、芸能人でD高校に落ちた人って初めて聞いた」
と桜木ワルツは言う。
 
「そうなんですか〜?」
「一般の生徒では落とされる人も稀にあるみたいだけど、芸能人では少々成績が悪くても通してくれるんだよ。芸能人だってのは言ったんでしょ?」
 
「はい、芸能コースを選んで、過去の作品とかもちゃんと書いておきました」
「それで落とされるなんて、よほど面接の態度がおかしかったか」
「え〜〜〜!?」
 
「あんた、面接とか全然練習してないでしょ?」
「はい」
 
「私を試験官だと思ってちょっと練習してみようよ」
「はい!」
「そこのドアから入ってくる所からね」
「お願いします」
 
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それで西湖はいったん部屋の外に出て、ノックをしてから「失礼します」と言って入って来た。入る時には一礼をしている。そして面接官(ワルツ)の前まで歩いて来て「よろしくお願いします」と言ったが、まだ立っているので
 
「座って」
とワルツが言う。
「失礼します」
と言って西湖は座った。
 
ワルツは面接でありがちな質問をいくつかした。
「当校を志望した動機はなんですか?」
「中学時代、クラブ活動はしていましたか?」
「あなたの将来の夢は?」
などなど。
 
西湖はそのひとつひとつの質問にきちんと、大きな声で元気に答えた。
 
「質問は以上です」
「ありがとうございました。よろしくお願いします」
「では退室してください」
「はい、失礼します」
 
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それで西湖は一礼して立ち上がり、椅子をきちんと直してドアの所まで行くと一礼してからドアを開け、閉じる前に再度一礼した。
 

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