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■春からの生活(11)

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3月17日(土)友引。この日の午後、千里は川島信次と千葉市内のホテルで結婚式を挙げ、披露宴を開いた。
 
(千里は結局午前中ひたすら寝ていて、お昼過ぎに千葉に出てきた。疲労で顔が不自由だ!と叫んでいた。美容液パックもしていたが疲労の色は完全には取れなかった)
 
この結婚式・披露宴に出席した千里側の親族は下記である。
 
村山津気子・玲羅(千里の母と妹)、浅谷美輪子・賢二(津気子の妹と夫)、高園桃香、朋子、川上青葉、以上7名。
 
千里はその他にJソフトの社長と同僚8名を呼んでいた。それで合計16名である。千里はバスケ関係者や音楽関係者は、後ろめたさがあって全然呼んでいなかったし音楽関係者には結婚することも言ってなかったが、冬子だけには話したので、冬子はお花を送って来てくれていた。
 
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信次側の出席者は
 
川島康子・太一、片野亜矢芽(太一の婚約者)、川島義崇(康子の夫の弟)と妻の松子・息子の茂雄、松子の長兄夫婦、次兄夫婦、小林成政(康子の兄)夫婦、以上12名。
 
信次の上司である千葉支店長と部長、男性同僚2名。これで合計16名。
 
新郎新婦を入れて34名という中規模の披露宴であった。
 

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多紀音はまるでその披露宴に出席する人のような感じのドレスを着てホテルに入って来た。同僚も来ているから、見とがめられるとやばいと思う。その人たちに見られなければ、結婚式という状況は、知らない顔があっても誰も気にしないから、わりと楽である。
 
花嫁控室を探して廊下を歩いていたら、近くのトイレから千里が出てくるのを見る。意を決して近づいて行く。千里は多紀音に気付かないようで、向こうの方に歩いて行く。結婚式では白無垢か何かを着るのだろうが、まだ普段着である。
 
千里がふいと角を曲がる。多紀音もそれに続いて角を曲がった。
 
え!?
 
そこは階段になっているのだが、千里の姿が見当たらないのである。
 
どこ?と思ってキョロキョロした時、誰かが多紀音の持つバッグを蹴った!
 
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「あっ」
と多紀音が声をあげる。バッグが階段を落ちていく。そして踊り場で止まり、瓶の割れるガチャンという音がすると、白い煙があがった。
 
多紀音は怖くなって、逃げ出した。そして玄関近くにいたタクシーに手を挙げると乗り込んで、駅まで行ってくれと言った。
 

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この日の披露宴では青葉は司会をして、宴を大いに盛り上げた。
 
青葉たちは式・披露宴が行われるホテルに泊まっているのだが、翌朝6時すぎ、青葉がロビーに降りて朝食を食べていたらジャージの上下を着た千里が玄関から入って来て、青葉の姿を認めると朝食券を買ってこちらに来る。
 
その凄まじいオーラの量から「2番」と判断する。
 
ジャージの胸には Marseille Basket Feminin という刺繍がある。これがちー姉の所属しているチームか!と青葉は思った。マルセイユということはフランスのリーグ?背中には 32 QUEUE という背番号と登録名が入っている。やはりMURAYAMAの名前は使っていなかったんだなと思う。
 
実は青葉はこれまで色々調べていたものの、千里2が所属しているリーグとチームを探し出せなかったのである。それでとうとう千里が解答を提示してくれたようである。
 
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「ちー姉、試合は?」
「さっき終わった。疲れた疲れた」
 
と言ってバイキングで取ってきて、ベーコンエッグ、ウィンナー、クロワッサンにスープを食べている。ウィンナーは6本も取ってきているのだが、試合の後だからだろう。ペロリと食べてしまう。クロワッサンも5個くらい食べている。
 
「そうそう。部屋探ししようかと思っていたんだけど、信次さん、転勤になるみたいね」
と千里2は言った。
 
「嘘!?」
「まだ本人は知らないみたい。だから今千葉にマンション借りても1ヶ月くらいしか使わないことになる」
 
「うーん。。。」
「だから千葉市内のマンスリーマンションを契約した」
「ああ、そういう手が!」
 
「これ住所と鍵ね。1番に渡しておいて」
「OK。ありがとう」
 
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「それと信次さん、どこか身体が悪いみたい」
と千里2が言うので
「その件だけど、腫瘍が見つかって、4月上旬に手術するらしい」
と青葉は言った。
 
「あ、そうだったんだ?」
「治療で放射線とかも使うから、体外受精はその1週間前にやるって」
「なるほどー。それで不妊になっちゃうの?」
「いや念のためだよ。生殖器に放射線当てる訳ではないけど、影響が出ないとはいえないから」
 

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「まあマウスによる実験では400radの放射線照射で睾丸の重量は6割減少するらしいから(*2)」
「凄いね」
 
(*2)「マウス睾丸に対するHyperthermia, YM-08310 および Misonidazole と放射線併用効果について」(中野泰彦 1985)
 
「減少するのは精原細胞が死ぬため。ただそれ以上照射してもそんなに減らない」
「なんで?」
「そもそも精原細胞には放射線や熱に弱いものと強いものとがある。20段階以上、感度に差のあるものがあって、中には1400radくらい照射しても平気な精原細胞がある」
 
「それって様々な環境に耐えて子孫を残していくための仕組みなんだろうね」
「だから睾丸ってしぶといんだよ。青葉、まだ睾丸があった頃、睾丸を強い熱に曝して機能喪失させようとしたことない?」
「えっと・・・」
「風呂釜の熱湯が出てくるあたりに睾丸を曝していても、睾丸って死なないから」
 
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「それやったことあるけど、皮膚が火傷するからその後しばらく辛かった」
「辛かったら、切り落とした方が楽になれるよ」
「ちょっとちょっと」
 
ちー姉、酔ってないか?
 

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青葉は別の話をする。
 
「体外受精の時、桃姉の卵子、2番さんの卵子とすり替えたりしなくていい?」
「それはいい。私の卵子は貴司の精子以外とは結合禁止」
「ああ」
「それに朋子母さんが、結果的に自分の孫がもう1人できるというので喜んでいるから、そのまま桃香の卵子で子供を作るのでいいと思う」
 
「それはあるよね〜」
 

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「でも雨宮先生も無茶だよね」
と青葉は言う。
「うん?」
 
「私が14日の夕方、用賀のアパートに行った時は、明日の朝までに仕上げないといけない曲があると言って、必死で書いていたんだよ。それを15日の朝5時半に送信したら、すぐ『これを16日中に頼む』って連絡があったらしい。結婚式前日なのに」
 
「まあ雨宮先生は千里の実力を知っているから、そういう無茶なこと頼むのさ」
と千里2は微笑んで言っている。
 
「1番さんが曲を作っていく過程を見ていたけど、凄いと思った。入力手伝おうかとも言ったけど、大丈夫と言って、キーボードで直接リアルタイム入力していくし」
「まあ私はそれが速いから、速く曲を作れる」
 
どうもそのあたりの能力は3人の千里が全員受け継いでいるようである。
 
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「でも結婚式を翌日に控えてるのに急ぎの仕事って大変だったね」
 
「その曲は上島さんが三つ葉に書く予定だった。でも上島さんが使えなくなったんで緊急に千里に回されたんだよ」
と千里2は厳しい顔で言った。
 
「上島さん、何かあったの?」
と青葉は訊いた。
「数日中に逮捕されると思う」
「嘘!?」
 
「既に雨宮先生、東郷先生、後藤先生、蔵田さんの緊急会談が昨日行われた」
「上島さん何やったの?」
 
「今逮捕秒読みと言われている代議士Sおよび東京都議Tの共犯と、検察は見ているみたい」
 
「うっそー!?」
 
「だから業界からの永久追放・過去の賞全て剥奪の可能性もあるよ。それどころか数年間のムショ暮らしになる可能性もある」
 
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「そんなあ」
「誰にも言わないようにね」
「私には言ってよかったの?」
「私はここには居ない人だからね」
 

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「しかし三つ葉も、ブレイクしそうでブレイクしないよね」
と青葉は話題を変えた。
 
「三つ葉の波音(しれん)は大学に進学すべきかどうか、かなり悩んでいたみたいだけど、今よりもう少しは売れるようになる、というのに賭けることにして大学は受験しないことにしたみたい」
と千里が言う。
 
「あの子たち今給料どのくらいもらってるの?」
「月100万くらいだと思う。そもそも給料制で行かざるを得ない所が辛い。印税方式ではあの子たち、やっていけないんだよ」
「もう少し売れる素材だと思うけどなあ」
 
「あのユニットは高校3年・2年・1年だったから、いちばん上のシレンちゃんの責任は重大だったね。シレンちゃんが大学に行かないことを決めたことで、このユニットが存続していけば、来年のコトリちゃん、再来年のヤマトちゃんも、大学には行かないんだろうね」
と千里は言う。
 
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青葉はその時、先日§§ミュージックで聞いた話を思い出した。
 
「進学問題といえば、アクアの代役を務めている今井葉月(いまい・ようげつ)ちゃんだけど、高校入試で今たいへんみたい」
 
「高校入試なんて、もう終わったのでは?」
「それがまだ終わってないから、問題で」
 
と言って、青葉は先日聞いた話を千里2にした。
 
「女子高のS学園に合格したんだ?」
と千里は嬉しそうに(?)言う。
 
「そうなんだよ。男の子なのに」
「でもJ高校に落とされた?」
「うん。でも確かにJ高校は成績がある程度ないと厳しいみたいだから」
 
「そうかもね。三つ葉の3人は成績がどんなに酷くても芸能活動でどんなに休んでも進級・卒業させてくれるD高校に行っている」
と千里。
 
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「葉月はそのD高校も落とされたらしい」
「あそこを落とされるというのは私も聞いたことない」
「それが性別詐称と思われたのでは無いかと」
と言ってワルツの推測を話す。
 
「だったら、私はもしかしたらセイコちゃんを助けてあげられるかも」
「ホントに?」
 
「取り敢えず、入学式までに女の子の身体になっていたら問題無くS学園に入学できるよね?」
 
と千里2が楽しそうに言うので
 
「そっちの支援なの〜〜〜!?」
 
と青葉は呆れるように声を挙げた。
 

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千里が御飯を食べ終わり(3人分くらい食べたと思う)、
「じゃ先に行くね」
と言っていた所、玲羅が入って来た。
 
「玲羅。これ、美輪子おばちゃんの子供たちにあげといて」
と言って、お菓子を玲羅に渡す。
「あと、TDLに行くと言っていたからなあと思ってお小遣い」
「さんきゅ、さんきゅ」
 
「お姉ちゃんはどこに居るの?」
と玲羅が訊く。
 
「試合で疲れたから、マンションに帰って寝てる。用事があったら電話して」
 
と言い、青葉と玲羅に手を振って出ていった。そのままホテルの玄関から出て行く。たぶん、葛西のマンションで一眠りするのだろう。
 

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その日は昨日に続けて今度は信次の兄・太一と片野亜矢芽さんの結婚式・披露宴が行われた。これに千里(千里1)と信次、青葉と桃香も太一の親族として出席した。朋子は遠慮すると言っていた。桃香は「私は千里の妹の青葉の姉だから親族」などと主張して出席していた。
 
でも桃姉は、太一さんの甥か姪になる子の遺伝子上の母親になる予定だから、まあ披露宴に出席してもいい程度の親族かも知れないよという気もした。
 
ちなみに早月は昨日から朱音に預かってもらっている。
 
太一の方は双方20人くらいずつ招待した、信次の披露宴より少しだけ人数の多い披露宴で、青葉は余興でピアノを演奏しながら『Everything』を歌った。
 

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千里1と信次、太一と亜矢芽は18日夕方、各々新婚旅行に旅立って行った。千里たちはハワイ10日間で、27日に帰国予定である。太一たちはオーストラリア2週間で4月1日に帰国予定である。
 
青葉たちは成田で2組のカップルの出発を見送った。
 
桃香は朱音の所に行って早月を回収して経堂のアパートに行った。朋子も一緒に行った。津気子・玲羅・美輪子たちはこの日も同じホテルに泊まっていて、翌19日はディズニーランドで遊んでから、20日に北海道に戻るということだった。
 
青葉は桃香たちと行動を共にしようかと思っていたのだが、上島先生の件がかなりやばいようなので、情報収集などのため、18日夕方§§ミュージックに行ってみた。最近あまり出社していなかった紅川会長も出てきていて、コスモスとゆりこも、厳しい顔をしてスタッフに指示を出してあちこち連絡を取らせていた。
 
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夜22時頃、川崎ゆりこが出て行ったが、会話の節々を聞いていると、どうも春風アルト(上島先生の奥さん)を保護しに行ったようである。恐らく東京近郊の目立たない地区のホテルにでも連れて行くのだろう。
 
青葉は結局§§ミュージックに泊めてもらい、19日の夕方までそこに居た。紅川さんとコスモスも事務所にずっと泊まり込んであちこちと連絡を取っては情報収集と緊急対応をしていたようである。
 

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