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■娘たちの予定変更(28)

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夕食を取ってから、各々の部屋にいったん入る。しかし20時頃、緊急事態が起きたので、会議室に集まってくださいという連絡が入る。千里は玲央美の部屋でお茶を飲みながら話していたのだが「やはり来たね」と言って一緒に会議室に向かった。
 
中に入ると篠原監督と高居代表が難しい顔をしている。千里たちは割と早かったようで、その後少しずつ人が集まる。10分ほどした所で篠原さんが言った。
 
「全員来たかな?」
 
「橋田さんと大野さんがいません」
とキャプテンの朋美。
 
「うん。実はそのことなんだ」
と篠原さんは言った。
 
「実はさきほど橋田君は腹痛を訴えて医務室に行ったのだが、看護婦さんが、これは急性虫垂炎の疑いがあると言った」
 
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「え〜?」
「うっそー!」
などという声があがる。
 
篠原さんは続ける。
 
「それで高田コーチと、なりゆきで医務室まで付き添ってくれていた大野君とが一緒に病院に急行した。そして医師の診断で間違い無く急性虫垂炎だと診断された」
 
一同がざわめいている。
 
千里も玲央美も腕を組んで篠原さんの方を見た。
 
「博多に住んでいるお母さんに連絡した所、すぐにこちらに向かうということだった。多分7時くらいの飛行機になりそうということで、病院に到着するのは夜10時半頃になると思う」
 
「治療方針は手術ですか?抗生物質ですか?」
と朋美が質問する。
 
「現時点では分からない。しかしどっちみち、明日インドに飛び立てる状態ではない」
 
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彰恵が質問する。
「選手登録はどうするんですか?」
 
高居代表が苦渋の表情で答えた。
「FIBAに問い合わせた。急病の場合は本日のスイス時間で17時、日本時間で本日の24時までなら、医師の診断書があれば選手の入れ替えを認めるということだったので、英文の診断書を書いてもらうよう高田君の方でお願いした。事務の坂倉さんが今取りに行っているので、それが来たら交替の申請書を出す」
 
「交替要員は?」
と朋美が訊いた。
 
「もちろん竹宮君で申請する。竹宮君いい?」
と高居さんに訊かれて、星乃は
「はい」
と答えた。半ば困惑するような顔をしている。代表になるのは内心嬉しいかも知れないが、こういう形での交替では、どういう顔をすればいいのか分からないであろう。
 
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「しかし、なんでこんなに次から次へとトラブルが起きるんですかね」
と朋美が言っている。
 
「うん。しかしここまでこんなにトラブルが起きたのなら、もう起きるようなトラブルは全部起きてしまったろうから、この後はストレートに優勝できると思うよ」
と高居さんは言った。
 
「そうしたいですね」
と朋美も答えた。
 

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桂華のお見舞いに行きたいという子が多い。それで結局全員でお見舞いに行くことになった。
 
「病院はどこですか?」
「B病院という所なんだけどね」
「電車か何かの移動になります?」
「ジョギングだな」
「え〜〜〜!?」
「僕が付き合うから心配しないで」
 
それで全員ウォーキングシューズ又はランニングシューズに履き替え、片平コーチが先頭に立ち、末尾を割としっかりしてそうな玲央美が務めてジョギングを始める。15分ほどで病院に到達する。
 
病院の夜間入口付近で少し息を整る。高田コーチに桂華が入院した病室を確認する。中に入る。エレベータで5階にあがり、病室に行く。
 
大量人数で来たので高田コーチが驚いている。
 
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「桂華どう?」
と先頭で入って行った千里が訊く。
 
「今薬で抑えてもらっているけど、痛い。どんどん痛くなっている」
「わぁ・・・」
「何もこんな時に発症しなくてもなあ」
「最悪の日だよね」
 
「でもあんたインドに行ってからでなくて良かった、って母ちゃんに言われた」
「それは確かだ」
「機内とかで発症しても恐いよね」
「そのために緊急着陸で途中の国の病院に緊急入院なんて事態も恐い」
「言えてる」
「台湾とかタイみたいな医療水準の高い国ならいいけど、どうかした国だと、そちらの方がやばかったりする」
 

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そのまま桂華と会話をするが、桂華もおしゃべりしていると、痛いのも少しは紛れるようであった。21時頃桂華の母が到着する。随分早い到着だが、そもそも知人の見送りで福岡空港に来ていたので、すぐ航空会社のカウンターに行き、娘の急病ですぐ東京に行きたいと言ったら、本来ならもう締め切りになっていた飛行機に急遽乗せてくれたらしい。羽田から赤羽までも、物凄くいい連絡で辿りつけたと言っていた。
 
「最初タクシーに乗ろうかと思ったんですけど、東京のタクシーは渋滞に引っかかると恐ろしいことになるって、娘が言っていたのを思い出したので気は急(せ)くものの電車を乗り継いで来ました」
とお母さんは言っている。
 
いったん千里たちは病室の外に出る。
 
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桂華とお母さん、それに高田コーチだけ残り、主治医の先生と話し合っているようである。
 
少ししてお母さんが出てきて廊下にいる千里たちに言った。
 
「みなさんにもご心配掛けて申し訳ありません。手術することにしました。今夜0時頃から手術だそうです」
 
「私、ついてますから」
と千里が言った。
 
それで千里と星乃の2人が残り、他の子は22時で帰ることにした。
 
「ところで帰りもジョギングですか?」
と純子が質問する。
「当然」
と片平コーチは答えた。
 

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みんなが帰った後、星乃がどうも桂華と2人で話したがっているようだと感じた千里は「飲み物買ってくるね」と言って病室を出た。
 
わざと病院の外まで出て、近くのコンビニに行ってくる。ついでに雑誌の立ち読みもする。やがて《びゃくちゃん》から『もういいよ』というメッセージが入るので千里は暖かいペットボトルのミルクティーを4つ買うと、コンビニを出て病院に戻った。
 
「ごめーん。つい雑誌立ち読みしてた」
と言って、紅茶を星乃とお母さんに渡した。高田コーチも席を外しているようであった。
 
「あら。私にまで?ありがとう」
と言ったお母さんまで涙を拭いた後があった。むろん星乃も桂華もたくさん泣いた跡があった。
 
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「千里、私、凄く頑張る」
と星乃は言った。
 
「うん」
と千里は笑顔で答えた。
 

手術は結局前倒しで23時すぎから始められた。
 
高田コーチが「君たちは寝てなさい」と言うので、千里も星乃も和室に案内してもらい、毛布を借りて身体に掛けて寝た。
 
1時頃、看護婦さんが「手術は無事終わりましたよ」と知らせに来てくれたので、ふたりは起きて病室に行った。
 
「まだ手術した所だけ麻酔が効いているから痛みが分からない」
と桂華は言っていたものの、表情は明るかった。
 
「どのくらい入院しないといけないんですか?」
「腹腔鏡による手術で切った箇所が小さいので、2〜3日で退院できるらしいんですよ。でも週末に掛かるから月曜日の退院になると思います」
とお母さん。
 
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「じゃ、ダイはその後インドに飛んできて、練習相手になってね」
と千里。
「さすがに勘弁して」
と言って、桂華は笑った。
 

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桂華がけっこう元気そうなのを見て、高田コーチ、千里、星乃も引き上げることにした。高田コーチがタクシーを呼び合宿所に戻る。
 
「ジョギングせずに済んだ」
などと星乃は言っている。
 
「じゃ、君たちは戻ったらすぐ寝ること。朝8時出発だから」
と高田コーチは言っている。
 
しかし星乃が話したそうにしていたので、千里たちは深夜の合宿所のロビーで自販機でお茶を買って飲みながら話した。星乃は自分の偽らざる気持ちをふたりにだけ話した。星乃はまた泣いていた。千里も涙が出てきたし、高田コーチも今にも涙が出てきそうな顔をしていた。
 
桂華はU18の時、本来は代表落選確実だったのを、星乃が怪我したから自分が代わりに代表に入れてもらったと、ずっと思っていたらしい。だから今度はその借りを返せて重荷が下りたような気がしたと桂華は星乃に言ったという。
 
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星乃はその桂華の考えを否定した。自分は代表に来るまでは凄い自信を持っていた。天狗になっていた。しかし玲央美、彰恵、千里などと一緒に代表合宿をしていて自分の力不足を感じていた。完全に天狗の鼻をへし折られた。あの時怪我しなくても落とされていたのは自分だと思うと星乃は桂華に語ったらしい。そんな積もる話をする内にふたりはたくさん泣いたという。
 
しかし最後に高田コーチは言った。
「だったら君が頑張らないと、橋田君は君が代わりを務めることに納得しないぞ」
「はい。それで死ぬ気で頑張ることにしました」
と星乃も言った。
 
「死なれたら困るんだけど。これ以上選手に事故があったら僕が死にたいよ」
「はい、死なない程度に死ぬ気で頑張ります」
 
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千里も高田も吹き出した。
 
「これ預かってきたんです」
と言って、星乃はお守りを出す。千里はびっくりした。唐津の鏡山神社のお守りである。
 
「インターハイの時以来、ここの神様がいつも桂華を守ってくれるんだそうです。だから私がこれを持っていればいつも桂華と一緒にいることになります。試合中は身につけてられないけど、コートに持ち込むバッグに入れておきます」
と星乃は言った。
 
へー!松浦佐用姫(まつらさよひめ)様に気に入られたのかな?と思うと少し楽しくなった。
 
桂華は2007年の唐津インターハイの時、松浦佐用姫の従者に乱暴なことをしたとして松浦佐用姫から足が重くなるようにおしおきをされていた。しかし千里の助言で姫を祭る鏡山神社にお参りに行き、それを解除してもらった。多分神社に行ったことで足の不具合が治ったことから、桂華はその後もしばしば鏡山神社にお参りしていたのではなかろうか。
 
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「うん。2人分頑張ろう」
と高田コーチは笑顔で言った。
 
「はい!」
と星乃も明るく答えた。
 

フランスに渡っているフル代表は9.10-12にベルギーとの国境に近いリール近郊Villeneuve d'Ascqで国際親善試合をブルガリア・カナダ・フランスと行い、ブルガリアに勝ち、カナダとフランスに敗れた。
 
その後9.17-19には、リールとパリのちょうど中間付近にあるAmiensおよびBeauvaisで行われた国際親善試合でフランス・ブラジル・アルゼンチンと戦い、ブラジルにだけ勝って、フランスとアルゼンチンに敗れた。
 
9月20日には大会が行われるチェコのBrnoに移動した。今回の大会はBrno, Ostrava, Karlovy Varyという3つの町にまたがっておこなわれる。
 
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亜津子や王子に華香たちが参加するフル代表の世界選手権、千里や玲央美に純子たちが参加するU20アジア選手権、そして絵津子や紫・由実たちが参加する国体は、いづれも、もうすぐである。
 
 
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