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■娘たちよ胴上げを目指せ(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2017-05-06
 
診察を終えて医師は言った。
 
「心理的には完全に女の子として発達しています。今日はスカートですが、いつもですか?」
「ええ。ズボンとか嫌がるので。学校にも基本的にスカートで行っていますし、ふつうに女児として溶け込んでいるようです」
「学校ではトイレは?」
 
「ふつうに女子トイレを使っています。先ほど説明したような経緯で、最初の内は私もまさかこの子が女の子ではないとは気付かず、それで女児として学校には登録されてしまったので、同級生たちも先生たちも普通の女の子だと思っていると思います。身体測定とか体育の時の着換えも女の子たちと一緒ですし、夏の間の水泳の授業も女の子用のスクール水着をつけて受けました」
 
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「洋服は女の子の服ばかりですか?」
「はい。女の子用しか持ってません。男物の服はいらないと本人も言いますし」
 
「なるほどね」
と言ってから医師は言う。
 
「間違い無く性同一性障害と思いますが、診断書を出すまでにあと2回くらい経過観察させてください。特に次回はお母さんから離して半日ほど観察したいのですが」
「分かりました。半日でも泊まりがけ2日でもいいですよ」
と春美は笑顔で言った。
 

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診察が終わって、ロビーに出たところで
 
「まえださん」
と看護婦が呼ぶ。
 
「はい?」
と春美はこたえた。春美本人は“桃川春美”名義のマウンテンフット牧場の社会保険の健康保険証を使用しており、しずかも“桃川しずか”名義で、その被扶養者として保険証が発行されている。しかししずかの戸籍上の氏名が「真枝和志(まえだかずし)」であることは病院側にも説明している。これはこの子を法的に改名させるため、性同一性障害の診断書をその名義で書いてもらう必要があるからである。
 
「お注射がありますよ」
と言われる。
 
「あ、はい」
と答えながらも、何の注射だっけ?そんな話聞いてない気がするけど、言われたのを私聞いていなかったな?などと思う。
 
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春美はだいたい、人の話をちゃんと聞いてないとよく叱られる。
 
春美がまた私、ちゃんと先生の話聞いてなかったのかなぁなどと自省しているうちに、看護婦はふたりを処置室に案内する。しずかの左腕をアルコール綿で拭いた
 
「ちょっとだけ痛いけど我慢してね」
と言うと、注射器の針を刺して薬剤を注入した。
 
針を抜いてブラッドバンを貼る。
 
「泣かなかったね〜。偉いね〜」
と看護婦が言っていた時、処置室に母娘連れが入ってくる。
 
「すみません。前田です。トイレに行ってました。注射はこちらでよかったでしょうか?」
と母の方が言う。
 
「え!?」
と言って看護婦が驚く。
 
「あのお、あなた前田さんじゃないんですか?」
と春美に尋ねる。
 
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「この子が真枝(まえだ)しずかですが」
 
「え〜〜〜!?」
と言いつつも、看護婦は真っ青になっている。
 
何か起きたようだというのに気付いた医師が診察室からこちらに来る。
 
「どうしたの?」
と尋ねると、看護婦は同じ前田さんであったので、前田ゆう子ちゃんにすべき注射を、間違って前田しずかちゃんにしてしまった、と話す。
 
「そうか。同じ《まえだ》さんだったね。注意しておくべきだった。漢字が違うから僕も気付かなかった」
と医師は言っている。
 
医師がその場でメモ帳に《前田ゆう子》《真枝しずか》と書いてみせると、思わず「わぁ」という声があがる。
 
「あのお、ところで何の注射だったんでしょうか?」
と春美が尋ねる。
 
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「エストロゲンなんですけどね、どうしましょう?」
と医師は春美に訊いた。
 
「エストロゲンなら全然問題ありません」
と春美は笑顔で答えた。
 
「うん。そんな気がした。でも間違って申し訳ありません」
「いえ。こちらはエストロゲンを打って頂くなんて大歓迎です」
 
「一応、しずかちゃんのHRT(ホルモン療法)については、診断書が出た後ということで」
「分かりました」
 
「君は今度から下の名前まで確認するように」
「はい!すみません」
と言って看護婦は医師に謝るとともに、桃川親子、前田親子にも再度謝った。
 
「あと事故報告書を書いてね」
「はい」
 
「あのお、ゆう子のお注射は」
「あらためて薬剤手配します。少しお待ちください」
 
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「あのお、しずかのエストロゲン注射の代金は?」
「もちろん代金不要です」
 
「でももしかして、そちらもGIDなのかしら?」
と春美はそちらの母に尋ねた。
 
「そうなんですよ。1年ほど前からこちらに通院してHRT受けているんです」
「こちらは今日が初診だったんです。あの、もしよかったらアドレス交換しませんか?」
「ええ。ぜひ」
 
と言って、春美は前田範子とアドレス交換した。
 
「あら?あなたは苗字が?」
「それ説明すると物凄く難しい話なんですが、私は法的にはこの子の父親の婚約者兼妹でかつこの子の里親なんですが、遺伝子的にはこの子は私の実の子供なんです」
 
「何か難しい。ごめんなさい。分からなかった」
「じゃ、また今度会った時に詳しく説明を」
「ええ。ぜひ」
 
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1ヶ月ほど前。真枝亜記宏はラーメン屋さんの定休日を利用して枝幸町から美幌町までやってきた。前回は荘内龍一さんの車に乗せてもらってきたのだが、今回は自分の運転免許証(放浪している内にどこかで紛失した)を再発行してもらったので、お店の軽トラを借りて自分で走って来た。
 
定休日の前日、お昼の書き入れ時が終わった後、「スープが無くなったらお店閉めるから」という、荘内さんの娘さん(龍一の叔母)にお店を任せて、(軽くシャワーを浴びたりしてから)午後2時頃に枝幸町を出、200kmの道のりを休憩も入れて5時間掛けて走り美幌町に到達した。
 
亜記宏が到着してから間もなく、函館からミラ・太平(弓恵の兄・美鈴の父)、美鈴・理香子が到着、最後に旭川から天津子・織羽と司馬光子(天津子の叔母で形式的な織羽の保護者)が到着する。
 
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取り敢えず、夕食をごちそうになる。
 
「まあ難しい話は1晩寝てからにしようよ」
という山本オーナーの声で、いったん各々宿舎に入った。
 
ここでミラや理香子たちはオーナー一家が住んでいるB棟に、天津子や織羽たちは女性スタッフの多くが住んでいるD棟に入り、そして亜記宏と春美は普段チェリーツインの演奏や練習に使っているE棟(一応寝泊まりもできるようになっているがふだんは誰も住んでいない)に押し込まれた。
 
「え〜?私たちだけここなの?」
と春美。
 
「この棟は今夜ふたりだけだから、少々大きな声出しても大丈夫だよ。まあ牛舎の牛たちが驚かない程度にね」
と桜木八雲。
 
「しずかちゃんは私と一緒に寝ようね」
と言って桜川陽子が連れていく(桜木八雲では、しずかの貞操?が危ない)。
 
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「えーっと・・・」
と言って、亜記宏はセミダブルのベッドに、避妊具・ドリンク剤・ティッシュペーパー、更にはロウソクとロープ!?まで置かれているのを見て、悩む。
 
「うーん・・・」
と春美も悩む。
 
とりあえずロウソクとロープはタンスの中に仕舞った!
 
「お風呂でも入る?」
「あ、うん」
 
お風呂はちゃんと既にお湯が貯めてあった。ここはチェリーツインの制作が立て込んできた時にそのまま寝泊まりできるようにベッドルームも4つ(気良姉妹用・桜木八雲用・桜川陽子&桃川春美用・紅姉妹用)あるし、お風呂もある。ふたりが押し込められたのは、桜木八雲が使っている部屋で彼女の好みでセミダブルのベッドが置かれているのだが、シーツや布団カバーは新しいものに交換されているようだ。
 
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「冷蔵庫にワイン・日本酒・ビール冷えてます」
というメモまで置いてある。
 
交替でお風呂に入ってきてから
「ビールでも飲む?」
「そうしようかな」
と言って、恵比寿ビールの缶を開けて、タンブラーに注ぎ、乾杯した。
 

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最初はたわいもない話をしていた。春美はお酒はそう強い方ではないので、飲んでいる内に、結構気分が乗ってきた。
 
「ものすごーく気分いいから、セックスさせてあげようか」
と春美は言った。
 
「えっと・・・・」
「私もう、おちんちん取っちゃったんだよ」
「性転換したの?」
「それはまだ。女湯に入るのには支障が無いけど、結婚するにはもう一回手術しないといけない」
「女湯に入ってたくせに」
「それは秘密にして」
「でも取っちゃったのか・・・」
「付いてた方が良かった?アキってゲイなんだっけ?」
「いや。自分ではノーマルのつもりだけど」
 
「ちゃんと逝かせてあげるから」
と言って、亜記宏に抱きつく。亜記宏もその気になったようで、ふたりはベッドに入って服を脱ぎながら愛撫した。
 
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ふたりはまだ春美(美智)におちんちんが付いていた頃も、ちゃんとセックスしていた。春美は常時タックしていたので、実はそもそも亜記宏は春美のおちんちんは1度も見ていない。
 

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「アキ、なんで女物の下着を身につけてるのよ?」
と春美は面白そうに言う。
「いや、何か僕、向こうでは女装趣味者と思われているみたいで。色々世話してくれている人が、女の下着ばかり買ってきてくれるんだよ」
と亜記宏は弁解がましく言う。
 
「いいと思うよ〜。アキのスカート姿けっこう似合うし。お化粧もうまいし」
「別に女装趣味は無いんだけど」
「心配しなくていいよ。アキが女装していても、セックスくらいちゃんとしてあげるから。性転換までされちゃったら困るけど」
 
などと言って、春美は亜記宏のその付近を手で刺激する。
 
「性転換はしないよ!」
 
「おっぱいまでは大きくしてもいいよ〜。女性ホルモンじゃなくてシリコン入れる方式なら。あれ〜?まだ立たない。そうだ。舐めてあげるね」
 
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と言って、春美は身体をずらして布団の中に潜り込み、彼のを舐めてあげる。ところがいつまで経っても立たない。
 
「ごめーん。私、下手くそかなあ」
と春美は戸惑うように言った。
 
「いや。ごめん。僕のはもう立たないんだよ」
「え〜〜!?」
 

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いったん休戦して、コーヒーを入れて飲む。
 
ふたりとも裸のままである。春美は自分のバストやお股に亜記宏の視線が来るのを感じていた。微笑んで彼の手を自分のお股に触らせる。
 
「ほんとにちんちん無くなっちゃったんだね」
などと言いながら愛撫してくれた。
 
しかし彼のは小さいままである。
 
「それ女性ホルモンしているせい?」
「女性ホルモンなんてしてないよ。ほんとに僕はそっちの趣味は無いから」
と彼は言う。
 
「女物の下着つけてて、それ全く説得力無い」
と春美は彼をいじるように言う。
 
「実を言うと、美智(春美)と別れた頃から立たなくなった。だから実は実音子とも、婚約した頃以降、全くセックスできなくなってしまって」
 
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「うっそー!?」
「実音子とは、美智とふたまたになっていた時期はセックスできていた。でも美智と別れた後は1度もできてない」
 
「きっと長年の恋人を裏切った天罰ね」
と春美は冷たく言う。
 
「あれは本当にごめん」
と亜記宏はあらためて謝る。
 
「でもちょっと待ってよ。セックスできないのに、どうやって子供ができたわけ?」
 
「僕がセックスできなくなってしまっても、それは構わないと実音子は言った。人工授精すれば問題無いからと。だけど、産婦人科に行ってチェックしてもらったら、僕の睾丸は機能停止していて、精子も男性ホルモンも生産されていないと言われた。更に実音子のほうも、閉経していて、卵巣の機能が停止していると言われた」
 
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「なぜそういうことに?」
 
「実音子は閉経していることは知っていた。言わなくて御免なさいと僕に謝った。あの子は中学生の頃まではコロコロ太っていたのを高校生の頃に熾烈なダイエットをして120kgから40kgまで体重を落としたらしい」
 
「それ無茶苦茶。そんなことしたら死ぬよ」
 
「それで死にはしなかったけど閉経してしまったみたいだね」
 
「アキは何で睾丸が機能停止したの?」
「実を言うと、僕は元々睾丸は弱かったんだよ。高校生の時におたふく風邪に掛かって、急性精巣炎を起こしてた」
 
「でも私と恋人だった時期はちゃんと立ってたよね」
「あの時期は何とか立ってたし、射精もしていた。でも少なくても実音子と結婚していた時期は1度も立たなかったし、夢精さえも起きていない。その間に僕は筋肉も落ちていって腕力とかも無くなるし、ヒゲとかスネ毛とかも生えなくなってきた。ああやはり睾丸が機能停止したんだな、と僕は思っていた」
 
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