[*
前頁][0
目次][#
次頁]
春美はハッとした。
「でもでも、アキ、有稀子さんとセックスしたと言ってなかった?」
「彼女とは3回した。うっそー!?これが立つなんてと僕は驚いた」
「じゃ復活したの?」
「彼女と別行動になった後は1度も立ってない。最初の内は性欲だけあって、それを処理できないんで辛かったけど、その内全然物を食べられない状態の中で性欲も消滅した」
春美は考えた。
「だったら、アキのおちんちんはどうにかすれば立つと思う」
「僕も実は美智としたら立つかもと思ったんだけど、ダメだったみたい。もしかしたら、浮浪者同然の生活をしていて死にかけていた睾丸が完全に機能停止してしまったのかも知れない」
「でも私は諦めないよ。これ、その内立たせてみせる」
とそれを触りながら春美は言う。
「そう?僕は美智とイチャイチャするだけでも結構気持ち良かった。射精できなくても、美智とこういうことが、またしたい」
「いいよ。こちらに来た時はいくらでもさせてあげる」
「うん」
と亜記宏も笑顔で頷き、ふたりはキスをした。
そんなことを言いながら、春美は疑問を感じた。
「だけど、アキは射精できないし実音子さんは排卵できない訳でしょ?よくそれで人工授精できたね。卵子を直接卵巣から採取して人工的に育てて、アキは睾丸から直接精母細胞を取った?」
「そのやり方も試してみたけど、受精卵が育たなかった」
「うーん・・・」
「それで・・・これは本当に美智に謝らなければいけないんだけど」
「へ?」
「実はそれで生殖細胞を借りたんだよ」
「というと?」
「美智が去勢する前に精子を冷凍保存したでしょ?」
「ちょっと待ってよ」
「実は、理香子・しずか・織羽の3人は、あの時冷凍保存していた美智の精子で生まれたんだ」
「うっそー!?」
亜記宏はまた土下座している。
亜記宏の説明によると、これでは亜記宏と実音子の間の子供を作るのは不可能だと言っていた時、弓恵(亜記宏の母)と洲真子(実音子の母)から提案があったのだという。生殖細胞を借りようと。
それでふたりには「誰のもの」か説明の無いまま、冷凍精子と冷凍卵子が用意され、それを受精させて試験管の中で育て、充分細胞分裂しはじめた所で実音子の子宮に投入した。それで理香子が生まれた。
実音子は1人子供が生まれただけでも充分満足だったようだが、弓恵と洲真子は「もう1人行こう」「あと1人頑張ってみよう」と言って結局年子で3人の子供を作ることになる。
結局、誰の精子だったのか、誰の卵子だったのか亜記宏も実音子も知らないまま、ふたりは3人の子供の親になった。
最初に卵子の所有者が誰かは気付いた。それは、織羽と多津美の容貌がとてもよく似ていたからである。ふたりはまるで時間差の双子のように似ていて、織羽の1歳頃の写真と多津美の写真をみんなしばしば取り違えた。
この問題について洲真子が、亜記宏・実音子・駆志男・有稀子に謝った。
実は駆志男・有稀子夫妻もなかなか子供ができず、ずっと不妊治療をしていた。多津美が生まれるまでの間に、駆志男が使った医療費は数百万円に及び、それも借金が膨大になってしまったひとつの要因らしい。
その中で卵子の採取は母体に大きな負担が掛かるため、一度に多数の卵子を採取して、すぐに受精させるもの以外は冷凍保存していた。その卵子を勝手に使って、受精させ実音子の子宮に投入したのだという。
有稀子は卵管狭窄で卵子が出てきにくい上に、子宮がハートの形をしたいわゆる双角子宮で、そのためとても流産しやすい。体外受精させた受精卵を子宮に投入して着床はしても、どうしても流産してしまうというのを繰り返していた。(それに加えて駆志男の精子も活動性がひじょうに悪く顕微鏡受精が必要だった)
それで、洲真子の話では、最終的にどうしても有稀子が出産できなかった場合、実音子が産んだ子供のひとりを特別養子縁組で駆志男と有稀子の子供にしたいと考えていたという。それで実音子の子供用に1人、駆志男の子供用に1人、念のためもう1人で3人作ったのだと洲真子は説明した。
「そんな話、なぜ最初にしないんですか?」
と亜記宏も有稀子も怒ったが、どうもその時の様子では実音子と駆志男は承知の上だったような感じもしたという。最終的に有稀子は多津美の出産に成功した(8ヶ月の早産だったが育ってくれた)ので、この特別養子縁組の話は無かったことにしたらしい。
「でもそうすると、有稀子さんは卵子は作れるけど、子宮の形状の問題で流産しやすい。実音子さんは子宮は問題無いけど、卵子は作れないということだったんだ?」
「結果的には理香子・しずか・織羽の3人は、実音子と有稀子が共同でお互いの機能を補いあって産んだようなものだね」
と亜記宏は言う。
「それで精子は?」
「そのことは僕も実は、母ちゃん(弓恵)が亡くなった時に知った」
「え?」
「母ちゃんが亡くなる直前に僕に手紙を書いてたんだよ。その中で理香子たちを作った精子について書かれていて、美智の精子を保存していたものを流用したことを謝っていた。そのことを美智に言うかどうかは僕に任せると。僕は実音子と結婚してしまったことについて、美智に後ろめたい気持ちを持っていたから、結局それを話す機会を逸してしまって」
と亜記宏は本当に申し訳なさそうに言った。
あの時、冷凍アンプルは確か3本作った気がする。その3本が、理香子・しずか・織羽の妊娠に使用されたのだろう。
「だけど、なぜしずかたちは私のこと、最初からママと呼んでいたんだろう?」
と春美は自問するかのように言った。
「実音子は自分の遺伝子上の子供ではないというのがどこか心の隅にあったせいもあるのか、3人に結構冷たくてさ」
「うーん・・・・」
「かなりネグレクトされていた。気をつけてないと、あの子たち御飯も与えられていなかった」
「え〜〜!?」
「だから僕はいつも理香子に『お母ちゃんには内緒』と言って、秘密の場所に乾パンとかクッキーとかを置いていて、3人の非常食にしていた。そういった経緯で、3人とも、あまり実音子が好きじゃなかったみたい。その内、理香子が『私たちの本当のママはどこにいるの?』と実音子がいない時に僕に訊いた」
「うん」
「僕は本当のママも何もお前たちは間違い無くお母ちゃんが産んだ子だよと答えていた。でももしかしたら実音子は僕が居ない時に、あんたらは私の子供じゃないし、とか言ったのかも知れないと思う」
「あぁ・・・」
「その内、交通事故が起きて、駆志男さんが死んで、実音子も重傷で入院して、僕は稚内にラーメン作りの修行に行くことになったし、子供たちの面倒を見る人がいないんで、有稀子が多津美と一緒に3人の面倒を見てくれた。3人も有稀子にはなついていた。有稀子自身も『自分の遺伝子上の子供だし』などと僕には言っていた」
「それで結果的に有稀子さんとアキが子供たちと一緒に逃亡するハメになったわけだ?」
「当時は僕と有稀子の間には何も無かったよ。たださ、ある時、休暇をもらって久しぶりに戻って来た時、それはもう実音子も亡くなった後だったんだけど、ぼくがうっかり運転免許証入れを落として、その免許証入れの中の、免許証とSDカードの間に、美智の写真が挟まっているのに理香子が気付いてさ」
春美は思わず涙が出そうになった。
そんな所に自分の写真を入れていたなんて・・・・
「あ、ごめん。その免許証入れは放浪している時にどこかで紛失してしまって」
「うん。いいよ」
「それでその時、これ誰?と理香子が訊くもんで、有稀子が少し悪戯っぽい目をしてさ『それは理香子やしずかの本当のママだよ』と言ったんだよ」
「あははは」
「更に『本当はパパはこの人と愛し合っていて結婚するはずだったのが、色々あって理香子たちの亡くなったお母ちゃんと結婚したんだよ』とかバラしちゃうし」
「ふふふ」
「それで、理香子たちは美智(春美)のことを自分たちの本当のママだと思い込んでしまったんだな。もしかしたら、理香子たちは美智があの3人を産んだ後、僕が離婚して実音子と結婚したように解釈したのかも」
「それが実態に近い気もするよ。私たち当時はほとんど結婚状態だったし、私は籍は入れられなくても自分はアキの奥さんだと思っていた。まさか二股してるとは思いも寄らなかった」
「あれは本当に御免」
「まあいいけどね。私、あの子たち好きだし」
と春美は明るく言った。
翌朝、春美と亜記宏がとても良い雰囲気を漂わせていたことから、ミラや美鈴、天津子や光子たちも、ふたりが「夫婦に戻った」ようだと判断したようであった。そのため、この日の話し合いはとてもスムーズに行った。
まず、再度子供たちの扱いについて全員で話し合った結果、子供たちは美鈴の所、春美の所、光子の所に「里子に出す」という形を取ることにした。山本オーナーのツテで弁護士さんにも入ってもらい、合意書を作成して、お互いに署名捺印することにする。養育費用に関しては、春美が「自分は今経済的な余力があるから」ということで、取り敢えず今後2年間は春美が3人の養育費を出すことにし、美鈴と光子に送金することにする。この費用負担に関しては2年後に再検討することにした。
また、しずかについては法的に「和志」から「しずか」に改名させようということになり、そのため性同一性障害であるという診断書をもらうのに、札幌の病院を受診することも決めた。
「理香子も性同一性障害?」
「いや、あの子はノーマルの範疇だと思う。男の子になりたいって女の子は普通にいるから」
と美鈴。
「織羽は?」
「一応先日、旭川市内の大学病院で診てもらったんですよ。本人が今の段階では肉体の改造を望んでいないようだし、当面は今のままでいいのではないかとお医者様も言っておられました。ただ曖昧な性腺は癌化しやすいので、定期的に診察を受けることにしました」
と光子が報告する。
「法的な性別はどうするの?」
「とりあえずは保留したままで。たぶん小学校も高学年くらいになったら、本人もどちらの性ということにしておくか、決めきれると思うので、その時点で本人に選ばせます。もしかしたら、女装趣味の女の子か男装趣味の男の子になっちゃうかも知れないけど」
と天津子。
「女装趣味の女の子??」
「あ、間違った。女装趣味の男の子か、男装趣味の女の子か。個人的には女装趣味の男なんて収容所に送って皆殺しにしちまえと思っているんですけど、この子だけは特別に生存を認めてあげることにして」
などと天津子が言うので、春美が困ったような顔をしている。
「海藤さんはとりあえず総理大臣とかにはしない方がいいようだ」
と山本オーナーが言う。
「ずっと将来、もし結婚するなら男性器か女性器かどちらか必要ですが、それも18歳くらい過ぎてから本人があった方がいいかなと言ったら手術してもいいですし。今は取り敢えず女の子に埋没しているみたいですけどね。結局その後も、男の子の意識は1度も出てこないんですよ」
と光子が言う。
「ほほお」
「でも女の子の意識の状態でも、仮面ライダーとかワンピースとか熱心に見ているし、あの子、ロロノア・ゾロが好きだから剣道覚えたいとか言って、今、習いに行かせ始めた所で」
「まあ女の子でも剣道やる子はいるよね」
「ええ。だから目立たないですよ。一緒に習ってる他の女の子と仲良くしてるみたいだし」
[*
前頁][0
目次][#
次頁]
娘たちよ胴上げを目指せ(2)