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■娘たちよ胴上げを目指せ(13)

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(C)Eriko Kawaguchi 2017-05-13
 
日本がタイムを取る。
 
「やられたな」
と片平コーチが言った。
 
「日本が情報収集をするのが分かっていたから、動画サイトに龍さんのまだ未熟だった頃の映像ばかり上げていたんだよ。日程的にもアップロード者もうまく分散して、不自然さが無いように。そして彼女が上達した後の動画は絶対に出ないようにしていた」
 
「予選リーグでも、韓国戦でも、わざと下手なふりをしていたんですね」
「そうだと思う。呉さんは、実は釣り餌だったんだな。龍さんこそが本当の隠し球だった」
 
「今回は情報戦が凄まじい」
「まあこちらも、相手の誤解に乗じて引っかけたからな」
「それでふたり潰したんだから、けっこうこちらの戦果も大きいですよ」
 
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「さ、気合い入れて行くぞ」
と高田コーチが言った。
 
「龍(ロン)君には、佐藤(玲央美)君、勝(シェン)君には、渡辺(純子)君が付いて。」
と篠原監督は指示した。
 
「はい!」
「はい!」
 

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それで2人が彰恵・百合絵と交替して出て行く。F女子高組からP高校組に交替である!
 
彰恵が悔しそうな顔をし、百合絵が「ごめーん」と言っていたが、片平コーチは「突然あれを見せられたら、誰でもやられるよ。後でまた入れることになるかも知れないし、ベンチから対策を考えていて」と言った。
 
「はい!」
「はい!」
 

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玲央美は龍さんの《イリュージョン》が、物凄い加速度の緩慢切り替えであることをベンチで見ていて認識していた。それで相手の最高速度の感覚に合わせてガードする。
 
それでこの後は龍さんを完全フリーにはしなかった。
 
それでも玲央美は3回に1回は龍さんに抜かれた。いくら原理が分かっても、何の練習もせずに、こういう選手とマッチアップするのは、さすがの玲央美でもかなりきつい。
 
しかしとにかくも彼女の得点能力を半分程度に落とした。純子は第1ピリオドでも勝さんとやっているので、このピリオド“若干ブーストした”勝さんも6〜7割は停めた。
 
結局中国の得点力自体が半分ほどに落ち、一方こちらは玲央美と千里がどちらがスリーを撃つか読ませないようにして相手の守備を中途半端にさせる。すると2人に気を取られている間に、純子がまんまと進入して近くからシュートを決めたりするので、徐々に盛り返していく。
 
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純子は調子よくシュートを決めていたが、1度は純子のシュートがリングとボードの間に挟まってしまった。これはヘルドボールと同様で、ジャンプボール・シチュエーション(*1)になる。このピリオドでは中国のスローインで始まっていたので、日本ボールになる。玲央美のスローインから純子が再度シュート。今度は決めて得点をあげた。
 

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(*1)どちらにボールの所有権があるか不明になった場合“ジャンプボール・シチュエーション”と言って、昔はジャンプボールをしていたのだが、それでは背の高い選手の居るチームが圧倒的に有利で不公平になるので、現在(2003年以降)テーブル・オフィシャル席の所に置かれた、あるいは得点掲示板に組み込まれたオルタネイティング・ポゼッション・アローに従って、ボールの所有権を決定することになっている。
 
この矢印は「次の攻撃権を得るチーム」を指している。最初は試合冒頭のティップオフに負けたチームを指していて、次の場合に切り替わる。
 
・第2ピリオド以降のゲーム再開時
・両チームの選手がどちらもしっかりとボールを掴み両者譲らない場合。
・両チームの選手が同時にボールに触った後、アウトオブバウンズになった場合。
・ボールがリングにはさまった場合(フリースローの途中の場合を除く)。
・最後のフリースローが失敗した後など、どちらもボールを支配していない時に両チームの選手が同時に違反をおかした場合。
 
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ボールの所有権が不明確になる事態が全く発生しなかった場合は、各ピリオド毎に両チーム交替でスローインの権利を得ることになる。
 

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最後の2分になって、玲央美を下げて彰恵を入れる。彰恵はさっき親友の百合絵がやられた分、自分がやり返してやると気合いを入れて出て行っている。玲央美と同様に彼女のハイスピードな動きに的を絞って守備するので、やはり結構な確率で龍さんを停める。
 
結局龍さんは最初の3分間に12点も入れたのに、残りの7分間では、6点しか入れることができなかった。その間に純子が12点、千里が6点、玲央美が4点、彰恵が4点入れている。
 
それでこのピリオドは36-26で、点差を10点に抑えることができた。
 
ここまでの合計は66-71、日本が5点のリードである。
 

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最終第4ピリオド。
 
中国は劉(201cm) 黄(198cm) 王(196cm) 陳(193cm) 田(197cm)と190cm以上の選手を5人入れて来た。田さんは“王子対策”で中国が強引に入れ替えてきた選手のひとりだ。
 
千里はこのメンツを見て「昔の江美子の所のチームの拡大版だ」と言った。当時の愛媛Q女子高にはPG.海島(182cm) SG.菱川(180cm) SF.今江(181cm) C.大取(186cm)と180cm代の選手が4人居て、これを鞠原江美子(166cm)がコントロールしていたのである。
 
「いや、ゆー(大取優雨)たちは180cm代だったけど、このメンツは全員190cm代でスケールが違う」
と江美子は言う。
 
つまり中国は小細工はやめて、パワーで日本を吹き飛ばそうという作戦で来たのである。
 
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対する日本側は、朋美(159)/渚紗(166)/星乃(167)/江美子(166)/サクラ(180)というラインナップである。彰恵も玲央美も千里もさすがにさっきのピリオドで消耗したので少し休ませている。
 
しかしサクラ以外は相手と身長差が30cmくらいある。
 
「やはり身長差に対抗するにはお笑いですよ」
などと星乃が言うので、高田コーチは
 
「ではそのお笑いのパワーを見せてもらおう」
と言った。
 

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第4ピリオドはオルタネイティング・ポゼッションが中国の番なので中国のスローインで試合は再開される。
 
この試合ではティップオフは中国が取り、第2ピリオドは日本のスローイン、第3ピリオドは中国のスローインとなるも、第3ピリオド途中でボールがリングにはさまって日本がスローインを得ている。それで今度は中国の番であった。
 
それで中国が攻めて来るが、確かにこの190cmパワーは物凄かった。日本側が手を広げて防御していても、それを完璧に黙殺して、日本から見ると天井でボールのやりとりがされる感じなのである。ブロックが全く利かない。
 
そして楽々とゴールを決められてしまう。
 
こちらが攻めて行っても、壁が目の前に立っている感じで、シュートがとてもできないし、パスしてもカットされそうである。結局朋美から渚紗へのパスを王さんがカットして、ターンオーバーとなる。
 
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それで2分経って12-4(累計78-75)となり3点リードされた所で日本はタイムを取り、指示を与えた上で、早苗・渚紗・江美子を下げて、千里と玲央美に百合絵を投入した。そして星乃に司令塔役をさせることにする。
 

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「ステラ、お笑いはどうした?」
と玲央美が星乃に声を掛ける。
 
「ごめーん。三題噺を思いつかない。黄と王と田で一題作りたいんだけど」
と星乃。
 
それって相手選手の名前じゃん!
 
「王様が田んぼで農作業していたら泥で汚れてスカートが黄色になった」
と千里は言った。
「むむむ。なんで王様がスカート穿いてる訳?」
 
「さあ。女の王様だったか、女装趣味だったか。あるいは幼くてまだスカートを卒業してなかったか。昔の西洋の男の子って、小さい頃はスカートを穿いていたんだよ。昔のズボンって着脱が物凄く難しくて、子供はスカートでないとトイレが間に合わなかったから」
 
「その話は聞いたことあるな」
などと言いつつ、星乃が悩んでいる。
 
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「取り敢えずステラ、頑張れ」
と玲央美。
 
「うん。頑張る。頑張らないと、桂華に叱られるよ」
 
それで星乃は自分の頬を数回叩いて気合いを入れ直していた。
 

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大柄な玲央美と百合絵が入ったことで、中国もここまでのようにフリーで突っ込んでくることはできなくなった。千里にしても大柄な選手とは嫌というほどやって、その対処の仕方を鍛えられている。
 
このピリオドでは特に千里(168)は王さん(196)とマッチアップした。玲央美(182)が黄さん(198)、サクラ(180)が劉さん(201)、星乃(167)が田さん(197)で、百合絵(175)が陳さん(193)である。
 
やはり千里と玲央美が入ったことで、相手の攻撃速度が落ちた。今までは身長のミスマッチを利用して攻め込まれていたのが、取り敢えず玲央美と千里の所では停まるようになる。
 
王さんは一度千里をパワーで排除して先に進もうとしたものの、身長差28cmもある千里に跳ね返されてしまった。
 
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「不会巴(プーフイバ:信じらんなーい)!?」
などと言っている。この体格差でまさか跳ね返されるとは思ってもいなかったのだろう。
 
当然王さんのチャージングが取られて、日本ボールである。
 

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取り敢えず、千里の所と玲央美の所は突破困難というのを中国が再認識すると向こうはやっと、スクリーンなどを仕掛けてきて、連携プレイにより得点を狙い出す。向こうは星乃の所と百合絵の所が穴だと判断したようで、田さんや陳さんを使って中に侵入しようとする。
 
ところが百合絵は先のピリオド、龍さんに無茶苦茶やられたので、リベンジに燃えていて、このピリオドは物凄く気合いが入っていた。それで身長差18cmの陳さんの攻撃を結構停めた。
 
星乃もどうも自分が狙われているとみると、田さんにボールが渡る前の段階でカットしようと、よく動き回った。この戦略は結構機能した。
 
田さんは無名ではあったが、そこそこ上手い選手であった。おそらくあまり強くないチームにいるために、大きな大会に出てきていなかったのではと千里は思った。陳さんの方はU18にもU19にも出ていた選手だ。
 
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その2人に百合絵と星乃が気合いで対抗している。
 
試合は膠着状態に陥っていく。最初の2分間の得点が12-4だったのに、その後の5分で6-4である。このピリオドの合計は18-8で、累計では84-79で中国の5点リードになっている。
 
ここで日本は百合絵に代えて純子を投入する。ここまで百合絵は充分相手を停めたのでご苦労様という所であった。
 
篠原監督は純子に「ここから10点取って来い」と言って送り出した。
 

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175cmの百合絵が193cmの陳さんに何とか対抗していたのだが、純子は陳さんを圧倒した。
 
日本はここから突破口をつかみ、純子の3連続得点で84-85と再逆転に成功する。しかし相手も田さんが星乃を頑張って振り切って2点入れて再逆転。更に黄さんがまさかのスリーを撃ち、さすがに外れたものの、劉さんがサクラとのリバウンド争いに勝って自らゴールにボールを放り込んで、88-85とする。しかしここで千里のスリーがきれいに決まって、88-88の同点となった。この後、王さんと純子が2点ずつ取って90-90。残りは30秒を切る。
 
中国が攻め上がってくる。
 
王さんがドリブルしながら全体を見回す。千里がその前に出てディフェンスしている。左右に細かく動き回るので王さんとしては、なかなかパスを出しにくい。
 
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その時、王さんは田さんがフリーになっているように見えた。あれ?向こうの小さいフォワードさんはどこに行った?と一瞬思ったものの、その時はもうパスを出していた。
 
彼女がパスを出した瞬間、田さんの後ろに隠れていた!星乃が素早いステップで彼女の前に出ると、ボールを横取り(前取り?)キャッチした。
 
「アイ!?」
と言って田さんがボールを奪い返そうとするも、それより早く星乃は身体を前に投げ出すようにして彼女から逃れると、空中でボールを純子の5mほど前に向けて投げた。そこに一瞬早く走り出していた純子が駆け寄り、飛んできたボールをそのまま床に打ち付けてドリブルに変え、走って行く。陳さん、王さんが必死にそれを追いかける。千里も全力疾走する。
 
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純子は結局ノンストップでゴールの所まで走って行き、美しくレイアップシュートを決めた。
 
90-92.
 
日本が2点のリード、残り8秒。
 
もうショットクロックは停止する。
 

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