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お土産を選んだ後、集合時間にはまだ余裕があるので、フードコートのような所でカレーを食べた。
「この味に少し飽きてきていた所だけど、これが最後と思うとまた感慨深い」
と彰恵。
「ここのカレー気に入りました。また来たいです。このままあと10日くらい居たい気分」
と王子。
「プリンは血液型B型?」
「え?どうして分かったんですか?」
「やはりね〜」
「うん。B型の人はインドにハマりやすいと言うね」
「へー」
「インドってハマっちゃう人は凄くハマるし、合わない人は2度と来たくないと思うらしい」
「いや、ユキ(雪子)とかリト(渚紗)はけっこう辛そうな顔してた。ここだけの話」
「ユキはそもそも繊細だからなあ」
「それがあの子の弱点にならなければいいけどね。国内では活躍できても国際試合ではダメということになると辛い」
お土産を買い終わった所でパリさんの案内で両替屋さんに行き、残ったルピーを日本円に交換した。細かい金額になっている子もいるので、いったん全員分を集めてから両替し、日本円を比例配分した。
チェンナイ空港に移動する。
搭乗手続きをしてから空港内のレストランで、デリーから飛んできてくださった駐インド大使さんと一緒に早めのお昼を食べる。結局チェンナイ総領事さんも同席する。
大使さんからは大会に参加していない雪子・王子も含めた14人に素敵なコットンのドゥパタ(ストール)を頂いた。
実は費用だけ大使さんが出して、総領事さんに頼んで調達してもらったタミル産のものらしい。北インドはシルク文化、南インドはコットン文化という傾向がある。
「私選手じゃないのに」
と雪子。
「練習には毎日参加していたんでしょ?君も立派な選手だよ」
と大使。
「私、そもそもチェコに行ってたのに」
と王子。
「聞いたけど、君が決勝トーナメント直前にこちらに来た効果で中国が混乱したんだって?君も充分優勝に貢献した」
と大使。
「女子高生の制服によくドゥパタが入っていると言ってたね?」
と彰恵がパリに尋ねる。
「そうそう。制服ってわりと身体に密着するデザインのものが多いから、元々はこのドゥパタで胸の付近を隠すように設定されているんだけど、だいたいインドの女子高生たちは、胸は覆わずに、肩からそのまま垂らしてる子が多い」
とパリは言う。
「ああ、いづこの国でも制服の着方は勝手にアレンジされるんだな」
この食事会が終わった所で、パリさんと別れる。
パリさんは篠原監督にまた日本に行こうかなあ、などと言っていた。
「君の背丈があれば、給料気にしなければ欲しがるクラブチームとか実業団下位のチームはあると思う。でも来るなら、日本に骨を埋めてもいいくらいの覚悟をして来なさい」
と篠原さんは言っていた。
千里たち選手14人は一緒に買ったお菓子をパリさんに感謝の印として渡した。ひとりひとり彼女と握手し、別れを惜しんだ。
セキュリティを通り、ムンバイ行きの飛行機に乗る。
04(月) MAA 15:10-17:15 (9W0467 2:05) BOM
9Wというのはインド最大の民間航空会社ジェットエアウェイズの記号である。近年は国営のエア・インディアよりずっと評価が高い。
なおチェンナイ空港(MAA)もムンバイ空港(BOM)も、空港のIATA略号は旧市名のマドラス・ボンベイを反映したものになっている。
ここで夕食を取った後、出国手続きをしてインドに別れを告げる。成田行きに搭乗する。
04(月) BOM 20:05-10/5 8:35 (NH944 9:00 737) NRT
優勝した余韻もあったのだろうが、機内ではみんな気持ち良さそうに熟睡していた。
一方チェコに行っていたフル代表は10月3日の決勝戦まで見た後、このような連絡で帰国した。
04(月) PRG(UT+2) 11:35-14:40 (AY2716 2:05) HEL(UT+3)
04(月) HEL(UT+3) 17:15-10/5 8:55 (AY73 9:40) NRT(UT+9)
結果的にフル代表とU20代表はほとんど同じ時刻に日本に帰ってきた。実際にはU20代表の方が先に到着したのだが、記念写真と記者会見は先にフル代表が成田でおこなった。そちらは主将の三木エレンと試合当たりアシスト数1位になった羽良口英子、試合当たりスリーポイント成功数1位になった花園亜津子、の3人がインタビューに応じている。
王子はU20の一行とは別れ、坂倉さんと一緒に成田空港に居残りしてフル代表と合流し、この記念写真と記者会見に臨んだ。実は王子は試合当たり得点数の1位になっているのだが、王子に生で喋らせると危ないと富永代表が危惧して王子のインタビューは無しとし、メッセージを書かせ添削した上で!記者に渡した。
王子以外のU20代表一行は空港からそのまま都内のホテルに向かい、そこでバスケ協会会長の麻生さんに優勝報告をした。麻生さんは昨年のU19の報告会の時と同様にとても柔らかいオーラをまとっていた。満面の笑顔で12名の選手と握手してくれる。
渡辺純子には
「U18では準優勝だったけど今度は優勝できたね」
と声を掛けてあげていた。
そのほか金一封をもらったが
「これがいちばん嬉しい」
という声もあがっていた。
麻生会長と会った後、今度は別室で文部科学大臣と会い、また優勝の報告をした。麻生さんと一緒にやっちゃえば良さそうにも思うのだが、麻生さんは自民党、高木文部科学大臣は民主党なので、協会側が悩んでわざわざ部屋を分けたようである。
その後で大広間に移動し、ここに設けられた雛壇に並んで記念写真と記者会見を行なった。
実は成田でフル代表を取材した記者さんたちが急いで都内に戻ってきて、ここでU20代表の取材をしたようである。お疲れ様である。
この記者会見が終わった後、フル代表も入って合同の祝賀会が行われた。ここに麻生さんも姿を見せて、乾杯の音頭を取ったが、実はU20が記者会見をしている間に、フル代表は麻生会長に世界選手権の成績報告をしていたらしい。
どうも今日は色々大変だったようである。
「3PMPGの1位おめでとう」
と千里は亜津子に言った。
「その言い方すっきりしない」
と亜津子は不快そうに言った。
「あはは」
「トータルの3PMで韓国のビョンに負けた」
(3PM:3points made 3PMPG:3points made per game)
「あっちゃんが32本でビョンは33本だったもんね。でもあっちゃんは8試合、ビョンは9試合だから、平均ではあっちゃんが4.0、ビョンは3.67。日本は決勝トーナメントに行けなかったから、その差が出たね」
「悔しいからまだまだ精進するよ」
「もちろん。そうしてもらわなくちゃ。もっとも2年後のロンドンオリンピックでは私があっちゃんを押しのけて3PM,3PMPG,3P%のトップ取るけどね」
亜津子は楽しそうな顔でその言葉を受け止めた。
「そうそう、そちらはすっきりとスリーポイント女王おめでとう」
と亜津子。
「ありがとう。まあ私は鳥の居ない島の蝙(こうもり)だから」
と千里。
「そんなこと言いながら私の倍以上、スリーを放り込んでいるし」
「フル代表とU20ではレベルが違うよ」
「千里、大学なんか辞めてWリーグに来ない?そして私と勝負しようよ。どうせ、授業なんて出てないのでは?」
「そうだよなあ・・・。取り敢えず今のチームでオールジャパンに出てから考えようかな」
「今度のお正月、来るよね?」
「今度のお正月に行くには、玲央美のチームに勝つ必要がある」
と千里は顔を引き締めて言った。
10月5日(火)のお昼過ぎ。
橋元嵐太郎の父・橋元正吾が主宰する橋元劇団は10月1日(金)から秋田県の金浦(このうら)温泉に来て公演をしていたのだが、劇団員が今日の演目の打合せをしているのに座長の正吾がなかなか出てこないので
「座長、どうしたんですかね?」
という話になる。
「ごめーん。昨夜、市会議員さんに遅くまで付き合ってかなり飲んだみたいで頭が痛いって言っていたのよ。でもいい加減出てきてくれないと困るね。私、起こしてくる」
と言って、正吾の妻(嵐太郎の母)つばさが起こしに行く。
ところが数分後、太夫元で正吾の兄である橋元富雄の携帯につばさから着信がある。
「正吾さんが、正吾さんが、・・・」
と言ったまま、要領を得ない。
「どうしたんだ?」
と言うも、何か重大事件が起きていることを感じた富雄は
「すぐ行く」
と言ってそちらに向かう。
副座長の鯉川竜也も
「僕も行く」
と言って一緒に急行した。
1時間後。
病院の救急処置室から出てきた富雄は一緒に病院まで来てくれた劇団員たちに説明した。
「今すぐ命に関わる状況ではないらしい」
という彼の言葉にホッとした空気が流れる。
「しかし当面入院が必要だし、数日で退院できる性質のものではない」
と富雄は言った。
「今日の公演、どうしますか?」
と副座長の鯉川が訊く。
「中止する訳にはいかない」
と富雄は言った。
「演目は?」
「予定通り今日は国定忠治をやる」
「忠治は?」
「やむを得ん。僕がやる」
「それしかないでしょうね」
とベテランの劇団員・滝沢が言う。
「僕がやる予定だった、日光の円蔵は滝沢さん、してくれない?」
「分かった。やる」
「滝沢さんがする予定だった、板割の浅太郎は愛花梨ちゃん、してよ」
「いいよ。私、けっこう男装は好き」
「愛花梨ちゃんが男装するということは・・・・」
「誰か女装することになるな・・・」
と言って劇団員の視線が中原に注がれる。本人は
「えっと・・・」
と言って額に手を当てている。
富雄は少し微笑んでから
「愛花梨ちゃんがする予定だった、桐生町のお辰は・・・」
と言ってから、救急室の中にいる嵐太郎を呼び出した。
中学生の彼は学校に行っていたのだが、父親急病の報せに早退して駆けつけて来たのである。
「嵐太郎君、お母さんはお父さんに付いていないといけないと思う。でも君は公演に出て欲しい」
「はい。役者は舞台の予定があるなら、親の死に目にも逢えないものと覚悟しています」
と学生服の嵐太郎は言う。
「まあ医者の話では、すぐ命に関わるものではないというけどね。幸いにも発作が起きたのが右側だから」
と富雄は言った。
この時、最初富雄は嵐太郎に女装で桐生町のお辰を演じさせるつもりだったのだが、嵐太郎の言葉を聞いて気が変わった。
「嵐太郎君、国定忠治の妾・お徳をやってくれない?」
「はい!」
嵐太郎は驚きながらも答えたが、これには他の劇団員も大いに驚いた。
「それと座長が踊るはずだったショーでの藤娘も君が踊って欲しい」
「分かりました」
と嵐太郎は緊張して答える。
一般に大衆演劇のステージは、お芝居をやる第1部と、踊りや歌でまとめる第2部とに別れている。
「藤娘は確かに嵐太郎君、何度か踊ったことあったね」
と副座長の鯉川も言う。
「桐生町のお辰は、うちの女房にやらせる。すぐ呼び寄せる」
と富雄は言った。
「間に合いますか?」
富雄の奥さんは仙台に住んでいる。
「仙台からここまで3時間あれば来れるはず。すぐ呼ぶ」
と言って富雄は自分の携帯のアドレス帳トップに登録している妻の携帯に掛けた。
「まあ、万一間に合わなかった場合は、中原君の女装で」
「いいですよ。僕が女装すると、お客さんが1割くらい逃げて行くと思うけど」
と184cm 90kgの中原は笑いながら言った。
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娘たちよ胴上げを目指せ(15)