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■娘たちよ胴上げを目指せ(8)

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控室で着換えていたら、第2体育館の試合は台湾が勝ったという報せがそちらで試合を撮影しながら観戦していた日本スタッフの近江さんから入ってきたのである(携帯の妨害電波発信は終了している)。
 
「うっそー!?」
「だったら明日の相手は?」
「3位になった台湾になる」
 
「台湾が物凄く頑張った?」
 

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結局この日の結果はこうなった。
 
30(木) 16SG56×−○78インド 20台湾68○−×66韓国 20日本70×−○72中国
 
予選リーグの成績はこうなる。
 
チーム 勝 負勝点| 得 失 率
1.中国 5 0 10 | 386 256 1.5078
2.日本 4 1 9 | 420 258 1.6279
3.台湾 3 2 8 | 354 298 1.1879
4.韓国 2 3 7 | 366 282 1.2979
5.IN 1 4 6 | 220 374 0.5882
6.SG 0 5 5 | 146 424 0.3443
 
これで準決勝の組合せは、日本−台湾、韓国−中国となった。
 

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“情報漏れ”について台湾・日本・インドのネット民たちが主体になって共同で検証をしていた(韓国や中国からも若干の参加があった)。
 
まず“怪しい行為”だが、早苗がボールを取られたプレイに関しては、ビデオをかなりリプレイして多くの人が検証した結果、これは林選手がうますぎるという判断をする人が多かった。また玲央美のチャージングに関しては、実際には接触が起きていないようにも見えることから、中国側のフロッピング(*1)ではという意見も半数くらいあった。
 
韓国側は残り1:50の所でA選手がダブルドリブルを取られ、残り0:40でB選手がトラベリングを取られている。A選手のダブルドリブルについては審判に笛を吹かれた時「オモ?(あれ?)」と言って首を傾げている姿が、とても演技とは思えないと判断する人が多かった。試合終盤では疲れているので自分が今までドリブルしていたことを、うっかり忘れてしまうことはよくある。
 
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B選手は“撞き出しのトラベリング”である。審判に笛を吹かれて、思わず抗議しようとして他の選手に停められ、不満そうにしながらも手を挙げて認めている。これもとてもわざととは思えないと多くの人が判断した。
 
それで負けた日本にも韓国にも怪しい行為は無かったというのが大多数の意見となった。
 

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(*1)フロッピング(flopping)は相手にファウルされていないのに、派手に倒れたりして、まるでファウルされたかのように装う行為。サッカーのシミュレーション(ダイビング)に相当する。スポーツマンらしくない行為であるため、常習犯“フロッパー”はファンの評価を著しく下げる。
 
ゲーム上は判明すればテクニカル・ファウルを取られる上、NBAでは2012年秋以降高額(数十万円)の罰金が科されることになった。
 

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日本−中国戦が終わったのは21:42:06、韓国−台湾戦が終わったのは21:43:24である。日本−中国が先に終わっている以上、日本と中国には向こう側の試合の結果を見て勝った方がいいか負けた方がいいかを考えることはできなかったはずである。
 
さて1位中国、2位日本となった場合、韓国も台湾もできたら準決勝は2位の日本とやりたい。そのためにはこの試合、勝たなければならない。負けた方が有利になるなら敗退行為があり得るが、勝った方が有利になるなら「わざと勝つ」というのができない以上、こちらも相手試合の結果は知らなかったと考えるべきである。
 
そういう訳で、情報コントロールはきちんと機能した、というのが大多数の意見であった。
 
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「でも少数意見もあるんだよね」
と玲央美は言った。
 
「日本は最終的には負けたけど、残り1分で5点リードしていた。すると、これは日本が勝つのではと韓国の情報係さんは考えた可能性がある。こちらの残り1分は向こうの残り2分半。実際問題として韓国は残り2分からダブル・ドリブルとか、トラベリングとか、ミスをして台湾ボールになって、それで台湾が逆転勝ちを収めている。日本が勝つならこちらは負けたいと考えた可能性はある。それにね。これ4日目までの結果だけど」
 
と言って玲央美は試合成績をノートパソコン上でコピー&ペーストしてこのように並べた。括弧内は点差である。
 
IN36×−○70中国(34) IN44×−○84日本(40)
SG20×−○86中国(66) SG20×−○90日本(70)
台湾60×−○78中国(18) 台湾60×−○94日本(24)
韓国70×−○80中国(10) 韓国62×−○82日本(20)
 
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「つまりね。予選リーグの各国と中国・日本の対戦成績を見ると、全ての試合で日本の方が中国より大きな点差を付けて勝っている。つまり予選リーグに関してだけ言えば、日本の方がマジ度が高いと韓国は考えていたと思う。中国はそもそも決勝トーナメントに行ければいいと思っている。日本はそういうので手を抜かない国民だから、予選リーグも全力。韓国にだけは星乃と純子を使わなかったけど、全ての選手を毎回使っている訳ではないし、偶然と考えたかも知れない」
 
と玲央美は解説した。
 
「予選リーグでの中国・日本の試合では、中国はわりと適当で日本はマジにやるから、日本が勝つ可能性が高いと最初から判断していたと」
と千里。
 
「そうそう。それで実際に情報屋さんから獲得した情報で残り1分で日本が5点リードというので、やはりこれは日本が勝つと思って、そこからわざとミスして負けた。韓国の勇み足」
 
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と玲央美は言ってから
 
「という可能性も考えてみたけど、まあ妄想だろうね。実際あのビデオ見たらあのダブルドリブルやトラベリングがわざととは思えないよ」
と言って笑った。
 
「こちらは準決勝の相手が韓国だろうと台湾だろうと、勝つだけだけどね」
 
と千里は言った。
 

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「ところであの玲央美ちゃんのチャージングの真相は?」
と千里は訊く。
 
「あれ、うっかりぶつかっちゃったんだよね〜。相手の倒れ方がやや大げさな気はしたけど、あの程度はフロッピングにはならないと思うよ」
と玲央美は言った。
 
「ついでに来年春からの新しい規則では、あのくらいの接触はチャージングにはならなくなる」
「ノーチャージセミサークルか」
「バスケは格闘技だって、40年前から言っているのに、やっと部分的に公認される感じかな」
「玲央美もだけど、王子(きみこ)にとっても物凄く有利になるルール改訂だよね」
 
「うん。逆に小さなセンターしか居ないチームはとっても不利になる。ゴールを守るすべが無くなる。今まではファウルもらうことで停めていたのに」
「まあ、そのファウルもらう行為が、そもそもスポーツマンらしくないという考え方もあったけどね」
 
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「バスケットにライト級とかヘビー級とかできたりして」
「そういう方向性は嫌だ」
 
「そういえば千里ってセンターをやったこと無いんだっけ?このチームでは目立たないけど、女子の平均からはかなり背が高い部類だよね?彰恵も渚紗もミニバスの頃はセンターだったと言ってたし」
 
「私はずっとサーヤと一緒だったから、センターはいつもあの子だったんだよ」
「なるほどー!」
 
「だから私はリバウンドの練習なんて、ほとんどやったことない」
と千里。
「私はセンター随分やらされたけど、実はリバウンド取るのが下手」
と玲央美は言った。
 
「万能選手っぽい玲央美ちゃんにも、弱点はある訳だ」
 

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10月1日は休養日となり、現地の日本人会の人たちが、日本食を作って、選手・スタッフをもてなしてくれた。お米もちゃんと日本産のこしひかりを使っている。インド料理に少し飽き始めていた選手たちが一様に喜んでいた。
 
「やはり日本のお米は好きだ。チェンナイのお米も嫌いじゃないけど」
などと言っている子もいる。パリさんまで
「久々の日本食美味しい〜。また日本に行きたい」
などと言っていた。
 
「肉じゃが美味しい」
「ラーメン美味しい」
「天麩羅美味しい」
「カツ丼美味しい」
「お好み焼き美味しい」
「茶碗蒸し美味しい」
 
「久しぶりに豚肉を食べた」
「さすがに牛肉じゃないですね」
 
「牛肉もこういう大都市では入手可能ですけど、取り敢えず遠慮しました。豚肉はヒンドゥー教徒には禁忌ではないので、豚肉売っているお店は市内に数軒あるんですよ」
と林田さん。
 
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ヒンドゥー教徒は(牛は神聖なので)牛肉を食べない。イスラム教徒は(豚は不浄なので)豚肉を食べない。
 
「ちなみに皆さんは?」
「仏教徒とキリスト教徒が多いです。今日はムスリムの人はお休みです」
「なるほど」
 

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この食事会には、地元の方でも、豚肉の禁忌が無い方でしたらどうぞ、と言って受け入れたので何だか炊き出しのような感じになり、近所の子供たちとかだけではなく、かなり微妙な風体(ふうてい)の人たち、年齢や性別が不詳な人たちまで集まっていたが、日本人会の人たちは、彼らにも同様に笑顔で紙の容器に入れた味噌汁、ラーメンなどをふるまっていた。
 
並んでいる人の年齢性別に数人の選手で
「何歳くらいと思う?」
「あの人の性別は?」
と小声の日本語で話していたら
「こちらもたぶん性別不明」
という声もあがっていた。
「いや多分ふつうに男子選手と思われている」
「そうかも」
 
その人物はあまりに怪しい格好をしていたので、日本人会の林田さんは最初てっきり路上生活者かと思ったという。
 
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しかし“彼”のファンだという、留実子が気付いて走り寄った。
 
「Are you ********?」
と彼に英語で話しかけた。
 
「No. I am nothing else than an trifling old man, My lovely Japanese lady」
と彼はややたどたどしい英語で答えた。
 
「I'm OK at all. Could you shake hands with me?」
「All right」
と言って彼が握手してあげると、留実子は感動しているようである。
 

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「どなたか、マラーティー語が分かる方おられませんか?」
と留実子が言うと、東山さんという50代の女性が名乗り出た。彼女も彼の正体に気付いた。
 
マラーティー語で話しかけて、彼に椅子を勧める。ついでに彼女も握手してもらっていた。
 
「日本から来た女子バスケット選手たちを日本食でもてなしていたのです。お味噌汁でもお持ちしましょうか?」
 
「それよりも私は会うべき人がいたので、やってきた。ここに、山・千・3という単語に象徴される人はいませんか?」
 
東山さんがそれを訳すると
 
「それは千里だな」
とみんなの意見。
 
「私の名前はムラヤマ・チサト、ヒンディー語でカン(村)・パールヴァト(山)・ハジャール(千)・ベガー(里)で、誕生日が平成3年3月3日です。平成というのは日本の天皇の在位年で定まる年です。西洋の暦では1991年3月3日、インドの太陽暦では1912年になります。またバスケットボールのスリーポイント女王を何度も取っています」
 
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と千里がゆっくりとした口調のヒンディー語で言った。
 
(ベガーは本当は約1kmであるが似たような単位ということで代用した)
 
「おお!」
と彼は嬉しそうに言うと、千里の両手を自分の両手で握る。
 
ん?と思い、千里が掌を開くと、そこには通し穴のついた珠が3個あった。
 
「君はヒンディーが分かるんだね」
と言って、彼はヒンディー語で千里に語りかけた。しかしその後はやはりマラーティー語で話す。
 
「色違いの石英。君は紫色のが似合う。君の妹になる人には桃色、君の姉になる人には緑色が似合う」
と彼が言うのを東山さんが日本語に訳してくれる。
 
「妹になる人?姉になる人?」
と千里が尋ねる。
 
「君はあと半年くらいの間にそういう契(ちぎり)を結ぶことになるだろう。この珠の加工については、君のお師匠さんに依頼しなさい」
と彼が言う。
 
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「はい。そうします」
 
千里と彼の会話は、千里がヒンディー語で話し、彼がマラーティー語で言うのを東山さんが日本語に訳してくれるという、三角方式で進んだ。彼はたぶんヒンディー語でも話せるのだろうが、自分の“波動”を千里に直接感じさせるためにマラーティー語で話しているのだろう。
 
「君のお師匠さんによろしく。それと来年の夏くらいに、君はシュンガクに会うと思うけど、先に待っているからRCでも酌み交わそうと言っておいて」
 
「シュンガク?RC?」
「その名前の人に会ったら、そう伝えてもらえばいい。もう僕はこの世ではあいつと会えないだろうから」
 
「お伝えします」
と言った。
 

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千里と彼の対話が一段落した所で、東山さんが林田さんの視線に応えて言った。
 
「この日本のスープは、海藻、豆、米だけで作られていて、動物の素材を使っていません。もしよかったら、お召し上がりになりませんか?」
 
彼は笑顔で
 
「ごめんなさい。僕はもうほとんど御飯を食べなくてもいいようになっているんだよ」
と言って丁重に断っていた。
 
「それに僕は食べようと思えばいつでも何でも食べられる。そんな僕よりも1人でも多くの飢えている人たちに食べ物をあげてください」
と彼は話した。
 
「分かりました」
と東山さんも笑顔で答えた。
 
「でも僕は日本の文化にも大いに興味があるよ。若い頃に南総里見八犬伝と平家物語を読んだ。平家物語は日本人の思想の基本が色濃く反映されている。手塚治虫も藤子不二雄も好きだけど、こちらではなかなか手に入らない」
 
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などと言うので、千里は
「では帰国したら、そちらに全集をお送りしますよ。日本語版でも良ければ」
と言った。
 
「おぉ!それは嬉しい」
と言い、彼自ら《宛名の紙》を書いて千里に渡した。デーヴァナーガリー文字で書かれているので千里には読めないが、美しい文字だと思った。
 
彼は代金や送料の心配をしたが、千里はその分、社会貢献してくだされば結構ですよと言った。
 
彼は最後にもう一度留実子に求められて握手してから去って行った。
 
 
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娘たちよ胴上げを目指せ(8)

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