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試合終了後、双方の選手が相手のベンチに挨拶に行く時、武さんと純子が交錯した。その時、ふたりは何か言葉を交わしたようである。後で聞いてみると
「I'll be more strong until next. と言ってました」
と純子。
「純ちゃんは何と言ったの?」
「I'll be most strong in the world. と言ったら、彼女の顔が引き締まってました」
「まあお互い頑張るといいね」
続く20時からの中国−韓国戦を千里たちは客席から観戦した。韓国はもちろん必死なのだが、中国はハナっから半分くらいの力で戦っている感じであった。第3ピリオド、一時的に韓国が頑張って逆転したが、中国はタイムも取らずにコート上で控えPGの白(パイ)さんが各選手に指示を出すだけで対処していた。
最終的には第4ピリオドで突き放して20点差で中国が勝った。
これで明日の決勝戦は日本と中国で行われることになった。
また、中国も日本とともに来年のU21世界選手権の切符を手にした。
(この大会2位以上で世界選手権進出)
ところで今日の試合で中国はここまで1度もコートインさせていなかった12番の朱(チュ)さんと13番の胡(フー)さんが、ベンチにも入っていなかった。その件で、夕方、大会事務局から連絡があり、ふたりが急病のため選手の交替を承認しましたということだった。ふたりの代わりに入るのは新12番・田(ティアン)さんと、新13番・潘(ハン)さんである。
「こんな大会の途中に選手交代が認められるんですか!?」
と朋美が驚いて言う。
「僕もびっくりしたんで確認したら、2人以上の選手が、病気・怪我あるいは死亡でその旨の医師の診断書がある場合は大会中1回だけに限り、交替を認めるらしい。大会要項の何番にありますと言われたんで確認したら確かに書かれていた。2人以上というのがミソみたいだね」
と篠原監督が言った。
「仮病なのでは?」
「かも知れないけど、それよりなぜ中国がここに来て、選手を替えてきたのかということが問題だと思う」
「多分ですね」
と彰恵が言った。
「今日の午前中、U20の13番付けた高梁が練習場に来て、凄いプレイを連発してましたでしょう?それで日本は、その急病条項を利用して中国戦では選手を入れ替えるのではと思ったのではないでしょうか」
「ああ・・・」
「王子が出ることは春頃から決まっていたので、それなりに情報を集め、対策も取ってきたと思います。多分その新たに登録した、田さんと潘さんというのは、高梁王子対策の特訓を積ませていた人なのではないかと思います」
「なるほど」
「ところが9月頭に高梁王子が抜けて、代わりに渡辺純子が入った。中国は慌てて彼女の情報を集めた。幸いにも渡辺はU18アジア選手権に出ていたので実際に対峙した選手もいたし、ビデオもあった。それで急いで渡辺対策をして、その専任マーカーとして朱さんか胡さんを入れたんだと思います。あるいは純ちゃんより、やはりレオやサンが恐いというのでその2人はもしかしたら佐藤や村山対策の人だったかも。ところが高梁が13番の背番号のユニフォームつけて練習に参加しているのを見て、日本が決勝戦の直前に選手を入れ替えるのではと思い、渡辺ではなく高梁が出るのであれば、元々高梁のマーカーとして訓練しておいた選手を入れなければ大変なことになる、ということで本来出るはずだった人を復帰させたんですよ」
「あり得るなあ」
「プリンはマジで恐いから」
「中国の勇み足か?」
「ということは・・・・」
「王子とまるで違うタイプの純子が出れば向こうは混乱しますよ」
「よし。明日の試合で渡辺君は第1ピリオドから使う」
「はい!」
なお、王子の普段着であるが、また日本人会の人にお願いして王子の身体に合うようなクィーンサイズの服を売っている店に連れて行ってもらうことにした。
ところが王子が最初連れて行かれたのは、紳士服を売っている店である。
「あのぉ、すみません。私、女なんですけど〜」
「うっそー!?」
「もしかして、おちんちん切って女になったの?」
「それよく言われますが、おちんちんは生まれた時から付いてなかったようです。母ちゃんのお腹の中に忘れてきたんじゃないか、なんてよく言われました。私、忘れ物よくするし」
王子は毎年傘を3本は無くすらしい。
それで女性用の服を売っている店に行くが、インドはイギリス系の住民もいてけっこう大きなサイズを扱っているものの、それでもなかなか王子の背丈に合うものがない。日本人会の人があちこち電話して調べ何とか超ビッグサイズの女性用の服を売っている所を探し出してくれた。
おかげで、王子はとても女の子らしい可愛い服を着ることができた。
が
「そんな可愛い服を着ているのは王子じゃない」
「王子が性転換して王女になっちゃった」
と随分言われた。もっとも本人は
「アメリカでもこんなビッグサイズの可愛い服を売っている所は無かった。こんな可愛い服を着れたのは小学校の5年生の頃以来」
と言って、かなり満足していたようであった。
彼女は小学4−5年生の頃はハイティーンの子向けの可愛い服を買ってもらっていたものの、その後、女物では合う服が無くなり、やむを得ず普段は男物ばかり着ていたらしい(それでまた女子トイレで悲鳴をあげられる)。
なお、宿に関しては、留実子を王子と同室にして、サクラは渚紗と同室にすることを決め、サクラがお引っ越ししていた。
10月3日。
この日は16時から3位決定戦、18時から決勝戦が行われ、20時から表彰式・閉会式である。
日本チームは王子も含めて午前中、また例の体育館で練習をしてお昼前に引き上げる。この午前中の練習では、わざと王子が13番のユニフォームを着て更に雪子に予備のユニフォームにレタリングの得意な彰恵が加工して捏造した9.MORITAというユニフォームを着せて練習させ、星乃と純子は背番号の無いユニフォームを着て練習した。幾人かの“観客”がそれを見て頷いているようであった。
(雪子にはこの“捏造ユニフォーム”を記念に贈呈した)
練習が終わった後、この体育館を一週間貸してくれた学校の校長先生と生徒代表に挨拶に行き、記念品の色紙と、プレゼントとしてバスケットボールを30個に、この学校にバドミントンの好きな子が多いと聞いたので、バドミントンのラケット10本とシャトル50個も贈った。
お昼はこの日も日本人会の人たちのふるまいで、ジンギスカン、親子丼、鶏の唐揚げ、いなり寿司、讃岐うどん、ラーメンなどが提供された。王子はラーメンを3杯も食べていた。
「すみませーん。員数外なのに」
とは言っているが、遠慮する気は毛頭無い!
お昼の後は少し仮眠して、15時頃に起床。軽食を取ってから、玲央美とふたりでホテルの裏手で軽く汗を流す。シャワーを浴びて身体を引き締めてから会場に行った。
16時から行われた韓国と台湾による3位決定戦は、当初韓国がリードしていたものの、第2ピリオドから投入された台湾の武(ウー)が、ひとりで30点、スリーも3本入れて気を吐き試合をひっくり返してしまった。韓国の高校生選手ハ(河)が彼女を凄い視線で睨んでいた。ハは6月のU18アジア選手権で得点ランキング3位に入った選手である。
(1位純子、2位中国の陸(ルー)、3位韓国のハ(河)、4位絵津子)
結局、台湾はこの武の活躍で1点差で勝利して銅メダルを獲得した。
「武(ウー)さんは完全に開眼したね」
「今回は私が勝ちましたけど、この子絶対、私やえっちゃんのライバルになりますよ」
「彼女が予選で開眼していたら昨日の準決勝は恐かったかもね」
「純」
と玲央美が呼びかける。
「はい?」
「ウーさんは30点取ったよ」
純子は一瞬考えてから言った。
「だったら私は32点取ります」
「よし」
決勝戦は中国がホームになるので白いユニフォーム、日本が黒いユニフォームである。
コートの清掃が行われる。千里たちは気持ちを高揚させて試合に臨んだ。
18時になる。照明が落とされたジャワハルラール・ネルー・第1体育館(Jawaharlal Nehru Gymnasium 1)に、まずディフェンディング・チャンピオンの中国側から、1人ずつ選手の名前が読み上げられるとともに、他の選手とハイタッチしてコートインしていく。
向こうのスターターはこのようであった。
4.PG.馬(マー)/5.SG.林(リン)/13.PF.潘(ハン)/6.PF.王(ワン)/7.C.劉(リュウ)
昨日急遽入れ替え登録された潘さんをいきなり使ってきた。中国選手5人がコート上に並んでいる。その潘さんはひじょうに大きな選手だ。195cm 100kgくらいかなという感じである。王子のパワーに対抗するための選手なのだろう。続いて日本側のスターターが紹介される。
「イリノ・トモミ」
と呼ばれてスポットライトが当てられた朋美がみんなとハイタッチしてからコートに出て行く。
「ムラヤマ・チサト」
と呼ばれて、千里がみんなとハイタッチしてコートに出る。
「サトー・レオミ」
と呼ばれて玲央美が出て行く。
「ワタナベ・ジュンコ」
と呼ばれて純子が出て行く。
この時、明らかにコート上の中国選手たちが「え!?」という顔をした。最後に
「クマノ・サクラ」
と呼ばれてサクラがコート上に出て行った。
キャプテン同士、握手してからティップオフとなるが、中国選手はみんな13番を付けた渡辺純子に戸惑うような視線を浴びせていた。
その純子がいきなり大活躍する。
ティップオフでは劉さんが勝ち、中国側が攻めて来るが、シュート失敗の後、サクラがリバウンドを取って純子にパス。そのままドリブルと玲央美とのワンツーパスで速攻で相手コートに走り込む。そして相手ディフェンダーを交わして、きれいにフックシュートを決める。
相手が攻めて来る。王さんがボールを持ち、千里と対峙する。千里を抜こうとしたが、一瞬にして千里がボールを奪い、純子にパスする。千里・純子・玲央美の間で複雑にパスが交わされ、最後はまた純子がゴール近くまで行く。劉さんはさっきは近づきすぎてフックシュートをやられたので少し離れて守っていたら、純子は3mくらいの距離から両手でミドルシュートを撃つ。
入って0-4.
こうして日本は序盤から純子の連続ゴールを皮切りに0-10まで行く。その間、例の王子対策っぽい潘さんに、中国側は1度もボールをパスしなかった。得点された後のスローインを務めただけである。
中国がタイムを取る。
潘さんを下げて勝(シェン)さんを入れる。彼女に純子抑えを命じたようである。確かに勝さんはわりと純子と似たタイプの選手かも知れない。
しかし勝さんの動きに関しては事前にかなり研究して対策練習もしている。予選リーグの時に玲央美はわざと近接防御したのだが、純子はやはり彼女が苦手な距離を空けた守り方をした。彼女は右に来るか左に来るかが、事前の兆候に全く表れないので停めにくいのだが、距離を開けていると彼女が動き出してからそちらに守りの重点を移すことで停めることができる。そして彼女は遠くからのシュートは苦手なので(その辺りは王子にも近い)ミドルシュートはあまり警戒しなくて済む。
それで純子は8割方、勝さんを停めた。
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娘たちよ胴上げを目指せ(11)