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8月23日、早朝羽田空港に集合する。
今日からフル代表の深川合宿が始まるので、早朝から集合したのである。6:45のJALに搭乗したのだが、行き先の新千歳の天候不順で飛ぶかどうか分からないまま、機内で1時間待たされる。どうにか飛べるようだということになり8時頃やっと離陸したが、もしかしたら仙台にダイバートするかも知れない、などという恐ろしい話もあった。しかし無事9時半に新千歳に到着した。
田原監督、主将の三木さん、そして札幌P高校出身の石川美樹の3人が新千歳空港に急遽設けられた席で記者会見した。更に美樹は地元のラジオ局に出演するというので別行動になった。
他のメンバーは先行して深川市に入り、練習場となる深川市総合体育館に入って、さっそくウォーミングアップをして、夜明コーチの指揮のもと練習を始めた。監督、三木さん、石川美樹も午後には合流した。
この合宿の後は、8月28日札幌、29日仙台、31日山形と、場所を移しながらニュージーランドとの親善試合をし、9月1日に世界選手権に出るロースター12名が発表されることになっている。今回は3日間の親善試合に出る選手は最初から発表され、専用サイトに公開された。
■1 PG.羽良口 富美山 SG.三木 村山 SF.広川 佐伯 早船 佐藤 PF.横山 宮本 鞠原 高梁 C.白井 馬田 石川
■2 PG.羽良口 福石 SG.三木 花園 SF.広川 佐伯 千石 前田 PF.横山 宮本 花山 簑島 C.白井 馬田 中丸
■3 PG.羽良口 武藤 SG.三木 川越 SF.広川 佐伯 早船 山西 PF.横山 宮本 寺中 月野 C.白井 馬田 黒江
千里と玲央美は札幌の試合には地元だから出すと言われた。他にやはり北海道出身の石川美樹も札幌の試合にアサインされている。
ここで3試合とも出る、羽良口・三木・広川・佐伯・横山・宮本・白井・馬田の8人は確定ということだろう。これはリトアニア遠征の時に玲央美が言っていた話ともほぼ一致する。あの時は佐伯さんまでは玲央美は名前を挙げていなかったが、確かに彼女はリトアニア遠征でも安定したプレイを見せていた。残りの4人をこの試合での様子を見て決めるということなのだろうが、恐らくは既にほぼ決まっていて、最終的に調子を落としていないかを確認して発表するのだろう。
未定の4人の中で高梁王子はまず確定だ。残りの3人の内、石川美樹を記者会見に出したりしているということは彼女も入れるつもりなのかも知れないと千里と玲央美は言い合った。ただセンターを3人選ぶ場合、黒江さんの方が1歩リードしているようにも見えるのだが。
23日午後から25日昼過ぎまで実質2日間おこなわれた深川での合宿では、紅白戦や連携練習が中心であった。見物客がけっこう来ており、羽良口・三木・横山などの有名選手、地元出身の石川美樹と更に玲央美や千里にまで声援が掛かっていた。
ファンサービスでスリーポイント合戦やろうよと三木さんが提案し、シューター4人とスリーの上手い玲央美も加わって5人でスリーポイント合戦をした。彰恵が記録係、江美子がゴール通過の判定係を買って出てくれた。
時間制限をせずに全員25球(5球×5ヶ所)ずつ撃ち、三木さんは15本、川越さんは12本、玲央美は13本入れたが、亜津子と千里は25本全部入れたので「すげー」という声があがっていた。
「あんたたちは遠慮というものを知らない」
と彰恵が!言っていた。
エレンは苦笑していた。
むろん千里たちが“トップシューター”のエレンに花を持たせるような手加減などしたらエレンはプライドを傷つけられてマジで怒るだろう。だからこそ2人は手を抜かなかったのである。
しかしどうも今回の合宿は、強化より広報の方に重点があるようである。やはり玲央美が言っていたように、フル代表というのは看板商品だし、親善試合というのは興行なのだろう。
このスリーポイント合戦を夜明コーチがじっと見つめていた。
25日の午後からは、ずっと見学してくれた人たちのためにサイン会まで開かれた。最初は『代表確定』っぽい8人を並べていたのだが、地元深川のバスケ協会の要請で、北海道出身の石川美樹、玲央美に千里までサイン会の列に加えられた。
サインを求めて並んでいるのは、中学生や小学校高学年くらいの子が多い。むろん実際にバスケをしている子たちだろう。女子が多く来るかなと思っていたのだが、実際には男子も結構いた。各々のメンバーの前に12-13人並んでいた。基本的にはこちらで用意した色紙に書くのだが、ボールとかバスケットウェアを持参していて、これに書いてくださいと頼んでいる子もいた。
千里が鳥が飛んでいくような美しいサイン、玲央美がライオンの顔のように見える格好いいサインを書いていると、玲央美の向こうに座った石川美樹が「ふたりともすごーい」と言っていた。
このふたりのサインは、けっこうもらった人たちが騒いでいたので、バスケ協会の広報班と、テレビ局まで近づいて来て、わざわざ2人のサインを撮影していた。おかげでふたりの所にサインを求めて並ぶ人の数が増え、千里と玲央美は各々25-26人に書いた。
なお、美樹は「サインなんて考えてなかった!」と言って、慌てて直前にチームメイトの川越美夏と相談しながらデザインを考えていたようである。
「でもレオもサンも、サインなんて結構書いているの?」
と美樹は後で訊いた。
「今まで30-40枚書いたかな」
「右に同じ」
とふたりが答えると
「私はサイン頼まれたことない!」
と美樹は言っていた。
「白井さんとこに並んだ人が最初あまりに少なかったから、どうも内輪で動員掛けたみたいな感じだったね」
と後で彰恵が言っていた。
「あの人は3月に代表になったばかりで、知名度がないから仕方ないよ」
と千里は答えた。
馬田さんも昨年夏から日本代表に参加してまだ時間が経っていないが、こちらは何とかなったようであった。
千里や玲央美のサインを求めた人が多かったのは、やはりふたりの死闘を何度も北海道の人たちが見ているのもあるんだろうな、と千里は思った。
つまり玲央美の言っていた“人気”が自分たちも北海道限定では、まま「ある」ということなのだろう。
この日は札幌に移動して、札幌のホテルに泊まった。
翌26日の午後はテレビ番組に10分間ほど出演した。主として監督とエレンさんが話したが、石川美樹も1分くらいアナウンサーと受け答えした。玲央美と千里も一言ずつ発言した。
千里は
「今回は強い人たちに揉まれて物凄く勉強させてもらいました。最終的なメンバーに選ばれるかどうかは分かりませんけど、誰が選ばれても今年の日本代表は物凄く強いと思いますので、みなさん期待してください」
と言った。
後で玲央美から「自分は落選確実だけど」と言っている感じだったと指摘された。
「そうかなあ。できるだけ表現をソフトにしたつもりだったけど」
と千里は答えた。
千里はメンバーを見ていて
・代表は確定したろうと思い、落ち着いている人(広川さんなど)
・ボーダーラインかなと考え、そわそわしている人(佐伯さんなど)
・微妙なので今度の試合で何とかアピールしようと思っている人(黒江さんなど)
・落選確実と思い、意欲を失っている人(花山さんなど)
・達観している人(玲央美など)
というのがいるなと思った。それ以外に高梁王子のように「なーんにも考えていない子」もいる。そんなことを玲央美に言ったら
「私はそんなに達観してないよ」
と苦笑しながら言われた。
「まあでも無理してアピールしようとして怪我でもしたら嫌じゃん」
と玲央美が言う。
「それが達観しているということだと思うよ」
と千里は言った。
「千里もそういう意味では達観派だな」
「彰恵や江美子も同様だと思う。あの2人は最初から補欠での招集だったしね」
「うん。でも今回の一連の合宿ではあの2人とか、私や千里とかのクラスがいちばん鍛えられた。プリンもね」
「まあそれが私たちを招集した最大の目的だろうね、協会としては」
28日の札幌での試合(14:30開始)では、(佐藤)玲央美と(石川)美樹はスターターに指定された。初戦のスターティング5は、このようであった。
羽良口/三木/佐藤/石川/白井
つまり、美樹はセンターではなく、パワーフォワードの位置に入れられた。美樹は今日の試合ではフォワードとして使うというのを直前に言われたらしい。外国出身センターが2人いて、他に安定したプレイをする黒江さんがいる状況では確かに美樹はフォワード役の方が出場可能性はあるかも知れない。これは千里も玲央美も盲点だった。
世界選手権はひたすら大型選手との戦いである。そこに180cmの美樹は貴重なのかも知れない。
しかし美樹がフォワードになるなら、フォワード枠の争いはより激化する。
千里は2,4ピリオドに出してもらった。20分間のプレイ時間の間に8本のスリーを決め「全然ロースター枠、諦めてないじゃん」と玲央美から言われた。そういう玲央美も1,4ピリオドに出してもらい、20分間のプレイ時間で16得点している。ゴール数では千里も玲央美も同じである!他に王子も16得点し、この3人で結局日本チームの得点の4分の3を叩きだした。
一方ニュージーランド側では、アメリカ出身のJillian Harmon(185cm age:23)が物凄く頑張り、ひとりで34得点も取る大活躍を見せた。王子は何度か彼女とぶつかりそうになったが、「あいつ、すげー。負けそう」などと言いながらも頑張って彼女に対峙していた。
「あの選手、千里と誕生日が同じだよ」
「わっ」
「1987年の3月3日生まれ」
「ついでに髪も長い」
「千里ほどの長さではないけど、ああいう長い髪の選手は珍しい」
「しかし体格が違う」
「大きいよね〜」
この試合は、玲央美や千里・王子が頑張ったにもかかわらず、ハーモンひとりにやられてしまった感もあり、結局77-74で負けてしまった。
ところでハーモンはアメリカ生まれのアメリカ育ちでアメリカの大学を出ているが、お母さんがニュージーランド生まれなので、ニュージーランド代表になる資格があったらしい。彼女は2008年の北京五輪にもニュージーランド代表として出場している。
「そういうどこの国の代表になるって、選べるもんなんですか?」
と王子が試合終了後、たたまま近くに居た早船さんに訊いていた。
「普通は生まれた国あるいは両親の国籍で、その人の国籍も定まるけど、彼女みたいに親が他国生まれだったりすると、移動できる場合もある。陸上競技のマリーン・オッティなんてジャマイカ代表として6回オリンピックに出た後、スロベニアに移動して7回目のオリンピック出場を果たしている」
「そんなのもありですか!?」
「バスケットの場合は、1回でもどこかの国の代表になっていたら、それ以降他国の代表にはなれない。だからオッティみたいなことはできない。馬田さんも白井さんも、中国やアメリカでは代表にはなっていないから、日本に帰化したことで、日本代表になる資格が得られたんだよ」
と早船さんは解説する。
「じゃ、私、U19日本代表になってるから、今からアメリカ代表になるのは無理ですね」
「ああ、プリンはアメリカ代表を目指したかったかも知れないね」
「WNBAには行きたいですけどね」
「プリンはWNBAに行けると思うよ。取り敢えずWリーグとかオリンピックとかで実績を重ねるといい」
と早船さんは優しく言った。
「どっちかというと、プリンは男に性転換してNBAに参戦したいのでは?」
「あ、それも狙っていたのですが、母が性転換はやめてと泣いて頼むので、性転換はしないことにしました」
「男の子になりたいんだっけ?」
「別になりたくはないけど、男になってもいい気はします」
「プリンはむしろ女の子に性転換すべき」
という声も出て
「それもよく言われます」
と本人は言っていた。