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(C)Eriko Kawaguchi 2017-04-07
7月6日(火)に1ヶ月ぶりに大学に出てきた千里は、3時間目の講義が終わったので帰ろうとしていたら、ちょうど学食の前を歩いていたところで友紀に呼び止められた。
「千里〜、今日暇?」
「忙しいけど」
「バスケの練習があるの?」
「今日自体は練習が無いから学校に出てきたんだけど、今夜中に合宿所に戻らないといけない。明日から20日まで、また合宿で出てこられないんだよ」
「たいへんね〜。じゃ、、ちょっと付き合わない?」
「いやだから忙しいと」
「バスケの練習じゃなかったらいいじゃん」
そんなことを言われて、結局“いつもの”ガストに拉致されていく。
「でも、千里も最近かなり素直になってきているよね」
と友紀は言う。
「そう?」
「自分が女だということをかなり認めるようになってきている」
「何それ〜?」
と千里は言うが、同級生女子の中では友紀にいちばん自分の“女子的言動”を見られている気もするなあと思う。女子トイレでもかなり遭遇しているし。
朱音にもかなり見られているが、朱音は自分を「女の子になりたい男の子」と思っている感じがある。友紀は自分を「ほぼ女」と思っている。
友紀はじっと千里の顔を見る。
「千里君、君は男ですか?女ですか?」
「私が男の訳ないじゃん」
と千里は笑って言う。
「だったら、今みたいな男か女か微妙な服装はやめて、もっと女らしい服にしたら〜?。今日のフランス語の授業の時にも鈴木君が悩んでいたけど、いまだに千里を男の子と思い込んでいる子、けっこういるよ。取り敢えずスカート穿いて出てくるとかさ?」
「そうだなあ、それもいいけどね〜」
「スカートくらい持ってるよね?」
「それは持ってるよ」
「だったら穿いてくればいいのに」
「じゃ、今年の代表活動が一段落したら考えようかな」
「ああ、それでもいいかもね」
「でも実際問題として、身体はどこまで直してるわけ?」
「女子選手として認められる程度かな」
「うーんと・・・・」
「私、高校1年の時は最初の頃、男子の試合に出てたんだよ」
「へー!」
「ところが、あんたほんとに男?って言われてさ」
「そりゃ言うわ」
「で、性別検査を受けさせられちゃって」
「ふーん」
「そしたら、あんた女じゃん。以後は女子の試合に出ること、と言われて男子の選手カード取り上げられて、女子の選手カードを渡された」
「じゃ、そんなに早く性転換してたんだ?」
すると千里は困ったように言う。
「それが私、性転換した覚え、無いんだけどね〜」
「じゃ、ひょっとして生まれた時から女だったとか」
「それだったら苦労しないんだけど」
と言って千里はため息をついた。
「友紀だけに見せてあげる」
と言って千里は自分の携帯を開いて操作している。
「これ高校時代の私ね」
と言って千里が見せた写真は旭川N高校の女子制服を着た千里の写真である。髪も腰まであるロングヘアーである。
「おぉ、ちゃんと女子高生してる!」
と言って友紀は喜んでいた。
この日の女子会には、なぜか紙屋君まで参加していた。美緒が連れてきたらしい。
「紙屋君も、女子の中に居てもなんか違和感無いね〜」
「まあ僕はホモだから」
「千里が女子の中に居ても誰も違和感持たないけどね」
「そりゃ千里は女の子だから」
「そのあたりの微妙な話が実はよく分からないのだが」
と由梨亜が言う。
「紙屋君って恋愛対象は男の子だよね?」
「そうだよ」
「千里って恋愛対象は男の子だよね?」
「もちろん」
「でも紙屋君の傾向と千里の傾向は明らかに違う」
「同性愛か異性愛かという意味でいうと、紙屋君は同性愛で、千里は異性愛」
と恋愛学の権威?の美緒が言う。
「千里のは異性愛なのか!」
「だって、千里自身は女の子で、男の子が好きなんだから、これは間違い無く異性愛だよ」
「なるほどー!」
「逆に紙屋君は自分は男の子だと思っているから女装しないよね?」
「うん。僕は女装しない」
と本人は言ったが、美緒が
「(紙屋)清紀の女装は可愛い」
とバラしてしまう。
「あれ?でも去年の学園祭の時に紙屋君にメイド衣装を着せても男にしか見えなかった」
という声も出る。
「そのトレードマークのヒゲを剃って、ちゃんと眉も細くして、お化粧すれば、充分女の子に見える」
「ほほぉ」
「それ見てみたい」
「勘弁して〜」
「だいたいいつも清紀は女の子下着つけてるし」
と美緒。
「そのあたりは微妙な所で。実は男物と女物をミックスしてる。でも僕は女の子になりたい訳じゃ無い」
「千里は女の子下着だよね?」
「私、男物の下着なんて持ってないよぉ」
「いや、千里はそもそも男物の服自体を持ってないのではという疑惑がある」
「そうそう。今着ているポロシャツは左前の女の子仕様だし、穿いているズボンもそれレディスだよね?」
「うん。私はメンズはサイズが合わないよ」
「でもレディスパンツ穿いていたら、おしっこする時に困らない?」
という声があるが
「千里が立っておしっこする訳無い」
という声がすぐにあがる。
「そもそも千里には立っておしっこをするために必要な器官が存在しないはず」
「そうだったのか」
千里は笑っていた。
この日の話題の後半は、成人式の話になった。
「やはり振袖なのかな〜」
「私、レンタル予約した」
「やはりレンタルでいいよね〜?」
「たった1回着るだけだもんね」
「朱音は買う予約したらしい」
「へー」
「あの子そのためにずっと去年は毎月1万積み立ててたんだよ」
「えらーい」
「買うといくらくらいするの?」
「朱音が予約したのは20万円だって」
「高い!」
「振袖ってそんなにするの?」
「いや、20万円は振袖としてはかなり安い部類」
「そうなの?」
「一番安いもので10万、高いものは50万、100万、200万、エンドレス」
「エンドレスか・・・・」
「いや50万も高いものではなく安い部類だと思う。100万くらいが境界線」
「1度しか着ないものに100万は出せん」
「今年の1月の成人式でアイドル歌手の満月さやかが着ていたのは1000万円だって言ってたよ」
「ひぇー!」
「でも更に高いものもある」
「そんなの誰が着る訳?」
「お金持ちのお嬢様だろうね」
「2〜3万円で買える振袖はないのか?」
「いや、だからレンタルするんでしょ。レンタル料だって最低で5万円くらい、高いと30万円くらいする」
「レンタルで30万!?」
「いやー」
「そんなの無理〜」
「電子工学科の**さんは今年1月の成人式はドレスで出たって」
「あぁ、そういう人もいるよね?」
「なんか安心した」
「ドレスは少数派かも知れないけど、成人式は出ることに意義があるのであって、高価な振袖を着るためにあるのではない」
「普段着で出る人もいるらしいよ」
「今博士2年の**先輩はセーターとスカートで出たって」
「それは**先輩らしいと思う」
「うん。あのくらい格好良い人だと、それがまた様(さま)になる」
「男子ではけっこう普段着派いるんじゃない?」
と紙屋君を見て言う。
「男子は背広派と紋付き袴派がいるけど、普段着派も割といる」
と紙屋君が言う。
「やはり男子は楽だな」
「私、性転換しようかな」
「性転換手術の代金の方が高いよ」
「でも背広なら安いのだと1〜2万で買えるのに」
「女子だけ高い服を要求するのはおかしいよね〜」
「あと受け狙いでコスプレ派もいる」
「私、そっちに走ろうかな」
「最近では、成人式には出ないけど、振袖着て記念写真だけ撮るという人もあるらしい」
「それは何か違う気がするなあ」
「いや写真撮る時だけ借りた場合、レンタル料が安い。0円という所もある。但し撮影料と着付け代で3万円くらい」
「あ、それいい!」
「私もそれでいい気がしてきた。成人式にはドレスで出ればいい」
「あと、お仕事の都合とかで成人式に出られなくて、そういうの利用する人もあるのでは?」
「成人式にも出してくれない会社で仕事したくない」
「同感、同感」
「ね、ね、みんなで振袖見に行かない?」
「どこに?」
「そごうとかなら、みんなで見られるんじゃない?」
「ああ、あそこならいいか」
「2〜3人で見に行ったら、うまく言いくるめられて買うはめになりかねないじゃん。これだけの人数で行けば買わなくて済むよ」
「それは言えてる」
「紙屋君も行くよね?」
「僕は振袖は着ないけど、まあ見に行くかな。逆に男の子が1人ではそんなの見に行けないし」
「よし」
「千里も行くよね?」
「そうだね。見に行ってみようかな」
「よし」
それでガストを出た後、みんなで電車でガスト近くの西千葉駅から千葉駅まで電車を1区間だけ乗り、そごう千葉店に行った。
ぞろぞろと和服売場に行く。
「おぉ、振袖が展示されている」
「これきれーい」
「お金の余裕があったら、こんなの着てみてもいいかなという気になるね」
「こういうのって、やはり本来はお金持ちのお嬢様だけが着るもんだったんじゃないのかなあ」
「そんな気もする〜」
「庶民はどうしたんだろう?」
「大正時代とかなら、洋装じゃないの?」
「あ、そうかも」
そんなことを言いながら千里たちが“振袖”を見ていると、お店の人が出てくる。
「いらっしゃいませ、和服のご用命ですか?」
とにこやかに尋ねる。
「見てるだけでーす」
と多数の声。
「はい、自由にごらんになって下さい。訪問着にご関心がおありですか?」
「ん?」
「あのぉ、これ振袖ですよね?」
「いえ、それは訪問着でございます」
「え〜〜〜〜〜!?」
「あのぉ、振袖はあります?」
「はい、こちらに」
と言って店員さんが連れて行ってくれる。
「こちらが振袖でございます」
と言って指し示してくれる。
「何が違うんだっけ?」
「なんかさっきのと似た服に見える」
「訪問着と振袖は同じ技法で作られるのですが、袖の長さが違いますね」
「あ、こちらの方が袖が長い」
「はい、それで袖を振って歩くので振袖と申します」
「なるほどー!」
「見学だけでいいですので、カタログ差し上げますね」
と言って、みんなにカタログを配ってくれる。結構分厚い。千里もカタログをもらったがも紙屋君にも渡そうとして、一瞬ためらっている。
「あ、僕はいいです」
と紙屋君。
「男性はあまり振袖は着ませんよね」
と優子。
「そうですね。男性の方(かた)で振袖をお召しになる方は少ないですね」
と店員さん。
「少ないって、着る人もいるんですか?」
という質問に店員さんは困っている。