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(C)Eriko Kawaguchi 2017-04-22
2日目の決勝トーナメント。11:40からの準々決勝の相手は東北の強豪・秋田U銀行である。ここには高校時代の玲央美を知っているメンバーがいたこともあり、最初から主力を投入してきた。
しかし玲央美ひとりに警戒しても、昭子のスリーはなかなか停められないし、リバウンドはナミナタやローザ、サクラがほとんど取ってしまう。
結局はまさかの30点差でジョイフルゴールドが勝った。
16:40からの準決勝の相手は熊本のクレンズである。ここはかなり本気でこちらに掛かってきた。向こうの控えセンターと思われる人が玲央美の専任マーカーになり、玲央美を封じようという作戦で来る。
しかし玲央美を停めきれない。
とうとう途中から相手のキャプテンが玲央美のマーカーになる。
しかし玲央美を停めきれない。
そしてこちらは玲央美以外でも、ローザもサクラもナミナタも昭子も更には初美や満子まで点を取りまくる。
結局20点差でジョイフルゴールドが勝った。
これでジョイフルゴールドは2位以上が確定。全日本社会人選手権には3位以上が行けるので、これで玲央美たちは11月の同大会に出られることが確定した。
社会人選手権には全日本クラブバスケットボール選手権で3位になった千里たちのローキューツも出場する。玲央美は久しぶりの千里との対決が楽しみだと思った。
「だけどやはりレオが居るのと居ないのとではまるで違うよ」
と試合終了後、宿舎に戻ってからキャプテンの伊藤寿恵子が言う。
「まあ今回はフル代表落ちしたから参加できたんですけどね」
「あれ残念だったね。レオは充分フル代表になる力があると思ったのに」
「まあ来年また頑張りますよ」
最終日。決勝戦は早苗たちの所属する山形D銀行である。つい先日そちらの練習にも参加させてもらったばかりだし、D銀行に所属する早苗はU20代表として、ほんの数日前までジョイフルゴールドと一緒に練習していた。
山形D銀行は最初から玲央美にダブルチームする作戦で来た。
先日山形D銀行にお邪魔して一緒に練習させてもらった時、鹿野さんがもしこの大会で当たったら、玲央美にはダブルチームでもしないと無理だなと言っていたのだが、本当にダブルチームをした!
むろんジョイフルゴールドには他にも凄い選手がいることは分かっている。しかしやはり先日一緒に練習した感覚から、玲央美は2人掛かりでないと停められないと判断したのだろう。しかも最初玲央美に付いたのはその話をしていた鹿野さん自身と2年目の東海林さんである。2人とも昨年夏も先日もたくさん一緒に練習した相手で玲央美のことを最もよく知る2人である。
しかし練習場での玲央美と、試合での玲央美は違うのである。2人付いているにも関わらず、玲央美はその2人をうまく振り切っては得点をしていく。
これに対して山形D銀行も司令塔の奥山さんがうまく選手のやりくりをして穂波さんや門中を使って得点したり、奥山さん自らゴールを奪ったりする。
試合はシーソーゲームで進んだ。玲央美のマーカーは鹿野さんはずっと出ているが、もうひとりは適宜交替している。玲央美は鹿野さんのスタミナが凄いと思った。
最終ピリオドまで点を取っては取られの展開が続く。
最後に玲央美が疲れの見える鹿野さんを振り切ってゴールを決め勝ち越したものの、残り3秒から山形D銀行は早苗のロングスローインからゴール近くまで走り込んでいた門中さんが華麗にシュートを決めて再逆転し、激戦を制した。
審判が山形D銀行の勝利を告げた後、玲央美は鹿野さんや早苗と抱き合って健闘を称え合った。
「また山形に来た時は気軽に寄ってね」
「そちらも東京に来た時はぜひうちに寄って下さい」
「ホントに寄せてもらおうかなあ。藍川さんの指導も受けてみたい」
と鹿野さんが言っている。
「きっついですよ」
と先週その指導を受けていた早苗。
「だろうね」
そんなことを言っていたら、ほんとに藍川監督が近づいて来て
「鹿野さんも東海林さんも、ぜひうちに来てね。早苗ちゃんもまた来ていいよ。たくさん鍛えてあげるから。いいですかね?」
と最後は山形D銀行監督の月星さんに言う。
「うん。よろしく〜。そちらの選手が山形に来た時も気軽に寄ってね」
と月星監督が言った。
「ではその内、お伺いします」
と鹿野さん。
「うんうん」
と藍川真璃子は笑顔であった。
玲央美は山形D銀行のベンチにマネージャーとして座っていた真美を昭子に引き合わせた。
「こちら男の子を廃業して9ヶ月、女の子修行中の真美ちゃん、こちら男の子を廃業してから2年1ヶ月、医学的にも女の子になってから1年2ヶ月で、女子選手として今大会でデビューした昭子ちゃん」
「わぁ」
と言って2人は握手している。
「女子選手として大会に出られた感想は?」
「凄くいいよ。男子の試合に出ていた頃は、ここは自分の居場所ではないって気持ちでプレイしたから。やっと本来の場所に来れたという気分」
「性転換手術も受けられたんですか?」
「うん。高校3年の夏休みに手術したんだよ」
「すごーい」
「真美ちゃんも頑張ってね」
「はい!」
ふたりは(携帯は控室に置いているので)後でアドレスを交換しようと言っていた。
緋那は貴司をやっと見つけ、そちらに近づいて行こうとした。
ところが、自分と貴司との中間の場所に突然千里の姿が現れた。
え!?
それはまるで空中から唐突に出現したかのようであった。
和服を着ている。
何だか可愛いじゃん。
千里はキョロキョロしている。
緋那はくっそー!と思うと「帰ろ」と呟くように言い、バス停の方に歩いて行った。
バス停まで後少しという所まで来た時、車のクラクションがする。そちらを見ると、反対側の車線に停まった真っ赤なギャラン・フォルティスから手を振る女性(?)がいる。緋那は顔をしかめた。
が、左右を見て道を横断、その車の所に行く。
「緋那奇遇だね」
「研二も奇遇だね」
「どこか行く所?」
「堺に帰ろうと思っていた所だけど」
「だったら乗っていく?僕も用事が終わって大阪に帰ろうと思っていた」
「ふーん。でも随分可愛い格好してるじゃん」
「たまには和服も着てみようかと思って着て出てきた。運転するから足だけはローファー履いてるけどね。草履もそのあたりに転がってる」
「研二、成人式には振袖とか着ないよね?」
「ああ。振袖のレンタル予約したよ」
「まじ!?」
「緋那はどうすんの?」
「羽織袴にしようかな」
「ああ。似合うと思うよ」
「・・・・・」
ふたりは微妙な微笑みで見つめ合う。
「乗らない?」
「乗る。ついでに晩ご飯おごって」
「いいよ」
それで緋那は研二の車の助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。研二が車をスタートさせる。
「僕、着付け教室に通って着付けの練習してるんだよ。緋那にも今度着せてあげようか?」
「着付け教室って女の人ばかりじゃないの?」
「うん。おばちゃんたちに混じって練習してるよ。おばちゃんたちに随分可愛がられている。お互いに練習台になって着付けたりしてね」
「女の人の着付けをするの〜〜!?」
「おばちゃんたちは全然気にしないよ。息子か孫にしてもらってるみたいだって」
「研二、下着はどうしてるのさ?」
「肌襦袢を最初から着けて行ってる。肌襦袢くらいは自分で着れるもん」
「女の人の身体に触って立ったりしないの?」
「恋愛対象外の年齢域の女性に触っても何も反応しないよ。産婦人科医が患者のお股を見ても何も感じないのと似たようなものかもね」
「研二って、女の子になりたい訳じゃ無いよね?」
「僕のこと分かっているくせに」
「まあいいや。今夜はセックスしたい」
「歓迎歓迎。貴司君に振られたの?」
「貴司はガードが甘すぎるんだけど、千里ちゃんの防御が完璧すぎる」
「あはは。いい加減諦めて、僕の指輪を受け取ってよ」
と研二は明るく言った。
今大会の最終順位は1位山形D銀行、2位KL銀行、3位MS銀行、4位クレンズ、となった。今年は上位3チームが全部銀行チームとなった。その3チームが11月の全日本社会人選手権に出場する。
表彰式が終わってわいわい言いながらロビーに出てくると、こちらを向いて拍手している人物がいる。和服を着ている!?
「千里!?」
「準優勝、おめでとう。これで11月は戦えるね。しかも1位じゃないから、準決勝か決勝での対決になる」
と千里は言っている。
千里たちのローキューツはクラブ選手権3位だったので、1回戦は実業団1位との試合になることが、ほぼ確実である。つまり早苗たちとやることになる。
「見に来てたんだ?」
「偵察だよ。3チームとものね。ビデオも撮ったよ」
と言って千里はビデオカメラを見せる。
「ね。もしかして細川君と一緒に来たの?」
と玲央美は訊いた。
千里が“ひとりで”ビデオカメラを操作できる訳が無い!!
「あれ?貴司居た?」
「一昨日見かけたよ」
「へー。見てないな。私は北陸に行っていたんだよ」
「ああ。そんなこと言ってたよね」
だったら北陸から戻ってきて、今日だけ偵察したのかな? 貴司君でなければひょっとしたら麻依子か国香あたりと一緒かも、と考えたのだが、それ以上に、玲央美は千里を見ていて、ものすごーく気になることがあった。それで千里の腕をつかむ。
細い。
「これはいつもの千里ではない」
と小さい声で言う。
「今男の子に戻っているんだよ。だから良く分からないけど高校1年頃の身体かな?何だかこの体、すごく頼りない。男の子って華奢でダメだね〜」
と千里も小さい声で答える。
「じゃ本人なのか。来週までにはちゃんと女の子に戻っているよね?」
「うん。大丈夫。万一の場合は、ちょっとタイに行って身体を直してくるから心配しないで」
傍に居た藍川真璃子が渋い顔をして腕を組んでいる。
「性別はちょっと手術すれば変更できるかも知れないが、筋肉はどうにもならないよ」
「冗談だよ。明日の朝までには元に戻っているはず」
「例の『辻褄合わせ』か」
「どうもそうみたい。来年の6月くらいまで不安定な状態が続くと言われているけど、合宿とか、大会の時はちゃんと女の子に戻っているから大丈夫だよ」
藍川真璃子は呆れたような顔をしていた。
その時、玲央美は唐突に思いついた。
確かめてみたい!
「ね。千里、私と1 on 1 やって、それからスリーポイント勝負もやらない?」
「いいけど。じゃ、昭ちゃんもスリーやろうよ」
と千里は昭子を見ながら言った。
「はい」
「藍川さん、いい?」
「まあいいよ」
と藍川は苦笑していた。
大会の事務局の人にどこか場所を借りられないかと話したら
「世界のスリーポイント女王の村山さんがおられるのなら、エキシビションとして今からやりませんか?」
と言う。
それで和服に足袋という出で立ちの千里、そしてジョイフルゴールドのユニフォームを着た玲央美と昭子、それに話を持ちかけたら「やるやる」と言って出てきた、山形D銀行のシューター石立瑞恵さんの4人で、突然スリーポイントコンテストが始まった。観客の大半はこの後行われる男子の決勝戦を見るために残っていたが、体育館のみでなく公園全体にアナウンスを流すと、体育館を出ていた人がかなり戻って来た。これから試合のある男子チームのメンバーもアリーナに出てきて眺めている。
ルールは“NBA方式”で行われる。
スリーポイントライン上の5ヶ所に置かれたラックに乗せられた各々オレンジ色のボール4球とカラーボール1球、合計25球を“制限時間60秒”以内に撃てるだけ撃つ。入った場合、通常ボールは1点。カラーボールは2点である。全部入れたら30点になる。
観客は千里がおよそスポーツをするとは思えない長い髪に、和服まで着ているので、マスコットガールかあるいはタレントさんと思ったようである。
じゃんけんで順番を決める。
1番昭子、2番石立、3番玲央美、4番千里
となる。玲央美が「うーん」と言っている。
「千里、今わざと負けたでしょ?」
「何なら順番変わる?」
「まあいいや。千里がその身体でどのくらい撃てるのか興味がある」
と玲央美は言った。