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そして最終日、決勝戦は岐阜F女子高と札幌P高校とで争われ、P高校が快勝して3年連続の優勝を決めた。
F女子高は昨日のN高校との死闘の疲れが取れておらず緩慢な動きが目立ち、そこをP高校はしっかり突いて、優勝をもぎ取った。
十勝先生が、狩屋コーチが、主将の渡辺純子が、副主将の伊香秋子が、主将代理の工藤典歌が(*1)、みんなに胴上げされるのを、旭川N高校のメンバーは客席からじっと見つめていた。
(今年の札幌P高校は渡辺も伊香も2年の久保田・宮川も日本代表に出て不在のことが多いため、3年の工藤典歌が“主将代理”として実質チームを牽引し、普段の練習でも中心になると共に選手のまとめ役となっていた)
MVPは渡辺純子、BEST5は、水原由姫/神野晴鹿/渡辺純子/鈴木志麻子/湧見絵津子と発表された。得点女王は渡辺純子(僅差2位で湧見絵津子)、スリーポイント女王は神野晴鹿(僅差2位で伊香秋子)、アシスト女王は水原由姫(僅差2位で原口紫)、リバウンド女王はP高校の工藤典歌が獲得した。工藤はブロックショット数も1位だった。
これには工藤がマジで驚いていた。
今年は天才センターが何人もいたのだが、U18代表になっていた4人のセンター、夢原円(愛知J学園)、吉住杏子(東京T高校)、富田路子(大阪E女学院)、小松日奈(愛媛Q女子高)、およびU17代表センターの山本みどり(愛知J学園)が全員、チーム自体が下位で敗れたことからリバウンド女王に届かなかった。岐阜F女子の3人の外国人センターも出場機会が均等に分散したことから、意外に数字があがらなかった。
「えっちゃんはメダルがだいぶ溜まったね」
と8月2日の「3位表彰式」の後、千里は絵津子に言った。
2008年のインターハイ銅メダル、ウィンターカップの銀メダル、今年のU18アジア選手権の銀メダル、そして今回の銅メダルである。
「インターハイの金メダルが欲しかったです」
絵津子は今回が最後のインターハイだった。
「また頑張ろうよ。そしてウィンターカップの金メダルを取りなよ」
「そうですね。まあ明日からその挑戦ですね」
「ん?明日から?」
「いえ。今日からです! 誰か今から少し練習しない?」
と絵津子が言うと、疲れた表情をしていた、ソフィアと不二子がそれに応じ、由実とカスミ、花夜に倫代も志願した。「3年生枠」からハミ出て、自らはウィンターカップに出場できないのが確実な胡蝶と紅鹿も参加した。紫もやると言ったが「あんたはあのクレージーな人たちとは身体のつくりが違うから無理しないこと」と南野コーチに停められていた。
千里はこの8月2日の最終便で羽田に戻った。
8月3日、千里は新島さんに呼ばれてまた渋谷のマンションに出かけて行った。千里の負荷が今年はかなり重いようだと感じた新島さんが、再調整しようよと向こうから言ってくれたのである。千里も正直、U20アジア選手権まではなかなか思うように時間が取れないので歓迎であった。
2時間ほどの話し合い(また例によってその時間の90%は新島さんのグチを聞くことになる)により、千里は8-10月の割当を月6曲から4曲ずつに減らしてもらうことになった。
「済みませんね。私の分、誰かに負担を掛けているんですよね」
「それなんだけど、ローズ+リリーの活動再開が遅れているから、ケイちゃんが、8月8日でKARIONのツアーが終わった後は少し時間が取れるのよ」
「それですけど、ケイがKARIONに蘭子の名前で参加していること、どうもあまり一般には知られてないみたいですね」
「あ、それ私も思った。KARIONの古いファンサイトにはそれを示唆するようなことが書かれていたりするみたいだけど、世間的には認識されてないみたい。まあ特にわざわざ広報することもないということかな」
「へー」
「まあ。それで、あの子に6曲くらい書いてもらえることになったから、その枠を使うことにする。あの子はゴーストライトは、しないから、というか、させないようにしようって、雨宮先生や木ノ下先生で話し合ったみたいだから、鈴蘭杏梨かヨーコージの名前で出してもらう」
確かにケイは“サラブレッド”なので、そういう闇の世界には関わらせない方がいいと千里も思った。正直千里にもこの「闇」はよく分からない。しかし、それより新島さんのさっきの言葉の中に、気になることがあった。
「でもローズ+リリーの再開、遅れているんですか? 高校卒業したらすぐ再開するかと思ったのに。アルバム作っているような話も聞いたけど」
「7月いっぱいはKARIONのほうのアルバムを作っていたみたい。ローズ+リリーのアルバム制作は9月に入ってからになるみたいね。どうもバックバンドの人たちが現在他の仕事をしていて、それまでに退職して専任になってもらうから、それを待つとかいう話で」
「ああ。専用のバックバンドを作るんですか?」
「うん。私も話がよく見えてないけど、そんな話みたいよ。それにやはりマリちゃんの精神的な回復がまだ遅れている感じで」
「大変だなあ」
「だからマリ抜きで1枚リリースしたみたい。これ《ローズクォーツ》という名義になっているけど、たぶんマリ復帰まではローズ+リリーの名前は使わない方針なんだろうね」
と言って、新島さんは今日発売らしいミニアルバム『萌える想い』(この時点ではダウンロード版のみでCDは発売されていない)を掛けてくれた。
「さすがケイは上手いなあ。正直この子の歌を聞くと、私なんか永久にこのままインディーズでいいと思っちゃいます。まあどっちみちバスケと掛け持ちは不可能ですけどね。でも『ふたりの愛ランド・裏バージョン』は、よくこんなのケイが公開同意しましたね。彼女は確かにまるで男みたいな低い声を出せるって雨宮先生言ってましたけど、人前では絶対使っていなかったと思うのに」
と千里は言う。
「うまく乗せられたんだろうけど、二度とこういう音源は出ないだろうから、貴重な録音かもね」
と新島さんは言った。
「だいたいこれカラオケの一発録りっぽい雰囲気で、商品として出す品質の録音じゃないですよ」
「一応その曲はアルバムのボーナストラック扱いで、単品ダウンロードはできないように設定されている。値段を付けて売るような商品ではないという意味かもね」
「なるほど」
「もしかしたら、おふざけで歌ったのを、ケイにも黙ってこっそり入れちゃったのかも」
「だったらすぐ消えるかな」
「あ、そうかも」
実際この『裏バージョン』はネットストアで発売日の8月3日から翌日の4日朝までの24時間ほど公開されただけで4日の朝10時にはアルバムから削除され、代わりに『Sweet Memories』の未公開テイクがボーナストラックとして収録された。その間のダウンロード数は7000件ほどであった。その後発売されたCD版にも収録されなかった。後にケイは「あれは黒歴史」と言っていた。
新島さんとの話し合いを終えマンションを出て、千里は渋谷駅の方に行きかけて、大きな通りに出た所にある呉服屋さんの所で足を止めた。
先日は話の途中で紙屋君が女の子に間違われていたことが判明して混乱してうやむやになったので、結果的に千里はそこの店頭に飾ってある振袖をよくは見ることができなかった。それで改めてショウウィンドウの左端に展示されている振袖を見る。
美しいなあと思ってそれを見ていたら、お店の中から先日の女性店員さんが出てきた。確か鈴木さんとか言ってたなと千里は思う。
「この振袖、可愛いでしょう」
「あ、はい」
「この先生の作品はこういう可愛い雰囲気の絵柄が多いんですよ」
「40代くらいの女性作家かな?」
「よく分かりますね〜」
「いえ。そんな気がしたので」
これは千里がその振袖の絵柄から感じた《波動》の年齢を言ってみたものである。
「先日はお友達があなた男の方だって言ってたけど」
「まあ戸籍上はそうですね」
「全然そう見えないのに。振袖は妹さんか誰かへの贈り物とか考えておられるのかしら?」
「いえ」
と言って千里は少し赤くなって首を振る。
「やはりご自分用ですよね」
千里はコクリと頷いた。
「別に押し売りしませんから、少し商品のご説明しましょうか?」
と鈴木さんが笑顔で言うので、千里も
「そうですね」
と頷いて、彼女に案内されて店内に入った。
先日の男性店員さんが
「あ、そのお客様は・・・」
と言うが、鈴木さんは
「いいの、いいの」
と言って、千里に座敷への上がり口の所に腰掛けるように促す。すぐにお茶が出てくるので頂く。上等の玉露である。
ああ、呉服屋さんって、こういう感じで商談するものだよなあと思う。ふだん洋服屋さんで多数の服がぶらさがっている所から選ぶのに慣れているから、こういう昔スタイルのお店は、千里自身も含めて最近の若い人には「ちょっと恐い」かも知れない。
ただこの呉服屋さんは、土間(Pタイル床)の部分にも多数の和服が衣紋掛けに掛けてある。浴衣や街着などはそのまま展示されているが(盗難防止のチェーンは付いている)、振袖とか留袖・訪問着などは鍵の掛かったガラスケースの中に掛けられている。意識を飛ばしてそちらに付いている値札を見ると、154,000とか182,000なんて値段が付いているものもある。「きゃー」と思う値段だ。
しかしおそらく伝統的な呉服屋さんでは、この部分が無いのではないかと思った。呉服屋さんの元々のスタイルは西洋風に言えばオートクチュールであり、既製品を並べたプレタポルテ型は、浴衣をメインにしているお店以外では少ない。ここはどうもプレタポルテとオートクチュールの折衷方式のようだ。
「女物の和服、浴衣とか持っておられますか?」
「いえ、全然ありません。和服自体、さっぱりわからなくて」
と千里は言う。何度か美輪子に浴衣を着せてもらったことがあるが、自分で所有したものではないし、ひとりで着られない。
「着物の格というのは分かりますか?」
「いや、実はそのあたりもさっぱり分からなくて」
と千里は首を振りながら言った。
それで鈴木さんは、まず和服は礼装・外出着・普段着に別れることを説明し、パンフレットを出してきて図解を示しながら、各々のジャンルにどのような服があるか、そしてどのように違うのかを丁寧に説明してくれた。
振袖や訪問着で使用されている「絵羽模様」については、実物を見せてもらって「すごーい!」と千里はマジで感心して言った。
鈴木さんは30分ほど千里に色々説明した上で訊いた。
「お客様、振袖に興味を持っておられたようですが、成人式か何かに着られます?」
「ああ、成人式か・・・・」
そういえば、そもそも成人式の服装の話題から、呉服屋さんに行ってみようなどという話になったものであった。
「実は何にも考えてなかったんですけど、着てもいいかなあと思い始めた所なんですよ」
と千里は正直に言う。
「お客様なら、振袖似合うと思いますよ」
と鈴木さんはにこやかに言った。
「でも、和服を全然着たことのない人がいきなり振袖着ると、なかなか着こなせないことも多いので、まずは浴衣などで練習なさってはいかがでしょう?今年は猛暑ですしまだしばらく、浴衣を着る機会はありますよ」
と更に鈴木さんは続ける。
それで結局千里は、浴衣で少し和服に慣れてみようかなという気になり、店内に掛かっている浴衣の中から、赤い花柄の浴衣を選んで買って帰った。帯・草履とセットで6000円の品であった。
和服を買ったのは初めてだったので、ちょっとドキドキした。なんか中学生の頃、女物の洋服を初めて買いに行った頃のドキドキ感を思い出す気分だった。