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午前中のリトアニア戦では、千里は1,3,4ピリオドに、亜津子は2ピリオドに出すと言われた。これは亜津子が夕方の試合にも出るため、体力を温存させるためである。今日の試合は2試合両方に出るメンバーが何人もいるので、体力の維持に配慮して出番を調整するようである。
「じゃ、あっちゃんの3倍出るから6倍スリーを放り込もう」
「どういう計算なんだ?」
実際この日の千里はとにかくどんどん積極的にスリーを撃った。スリーポイントラインの内側でパスを受けても、わざわざドリブルで外に出てからシュートする。そしてそれを全部ゴールに放り込む。
この日千里はスリーを全部で14本も放り込んだ。対する亜津子はこの試合では3本に留まった。
「6倍いかなかったね」
「残念。責任取って性転換するね」
「それ全然責任取ることにならない」
「でも私のスリーが2本しか入らなかったら、千里が7倍で、千里の予告をクリアしていた」
と亜津子は言う。
「その場合は、あっちゃんが性転換するということで」
「あまり男にはなりたくないなあ」
「亜津子ちゃんは小さい頃、よく男の子と間違えられていたらしい」
とチームメイトの武藤さんがバラす。
「それがコンプレックスで、小学生の頃は可愛い服、可愛い服って着ていたんだけど、『最近は男の子でもスカート穿くのね』とか言われるんだよ」
と亜津子。
「いや、それ言われていたメンツはここには多いと思う」
「ミニバスの試合に出ていて、そちら男女混合チームですか?とかも結構言われたよね」
「ああ、言われた言われた。この大会は女子の大会なので、男子メンバーは遠慮してもらえませんか?とか」
午後は夕方の試合に出ないメンツだけ中学校の体育館で練習をした。千里がひたすらスリーを撃っているので、川越も一緒に練習しようと声を掛けようとしたものの、千里の雰囲気に鬼気迫るものがあり、川越は千里に声を掛けることができなかった。
結局、川越は玲央美を誘って、2人でスリーの練習をした。
「あ、でも村山さん、返球する人がいないと不便じゃないかな」
と川越は玲央美に、ふと思いついたように言ったのだが、玲央美は
「村山の場合、返球係が要らないんですよ。見ててください」
と言うので、川越は千里の練習を見てみた。
シュートする。同時にゴールに向けて走り出す。入ったボールが真下でバウンドするので、それが1回だけバウンドしたところでキャッチして、そのままドリブルでスリーポイントラインの所まで行く。
シュートする。外れる。リングの所でバウンドして横に転がっていったが、壁に当たると、跳ね返って千里の所に転がってきた。
シュートすると同時に走り出す。きれいに入ったので、真下に落ちてきたのをワンバウンドで掴んでドリブルしてスリーポイントラインに戻る。
何度か続いて入った後、バックボードに当たって跳ね返る。ボールはそのまま千里のいる所に戻って来る。
「もしかして、村山さん、入る場合だけゴールにダッシュしてます?」
「ええ、村山とか花園クラスのシューターは撃った瞬間入ったかどうか分かるんですよ。だから入った時はゴールへダッシュする。そして1バウンドで確保する。2バウンド以上しないように素早い動作を課している。でも入らなかったら勝手にボールが戻って来るから、それを待つ」
と玲央美は言った。
「へー」
と言って川越はしばらく見ていた。その内「え?」と声をあげる。
「ね、ね、外れたボールが全部村山さんとこに戻って行く気がするんだけど」
と川越が玲央美に訊いた。
「そうなんですよ。村山が撃って外れたボールはなぜか本人の所に戻るんです」
と玲央美は答える。
「なぜ〜〜!?」
「本人はそれが物理的な法則で当然だと思っているみたい。作用反作用の法則とか言ってました」
「いや、物理的な法則に反している気がする」
「ね?」
と玲央美は半ば呆れるかのように川越に言った。
この日の試合結果はこのようになった。
7.11 9:59-11:40 LTU 67-102○JPN
7.11 19:00-20:17 BUL 50-97 ○JPN
この結果このリーグ戦は日本が2勝0敗で優勝となった。
日本はこの遠征でのトータル3勝0敗である。
試合が終わってから、ホテルに戻り夕食をとった後、花園亜津子・寺中月稀・佐伯伶美・石川美樹の4人が富永チーム代表に呼ばれた。
「何だろうね?」
と千里は隣の玲央美に訊く。
「あのメンツならU24の活動のことだと思うけど」
「あ、そうか。まさか向こうの合宿に参加するために緊急帰国しろなんてことじゃないよね」
「まさか」
彼女たち4人を除いた、他のU24代表は現在18日までの予定で東京で合宿をしているはずである。U24は7月26-30日に台湾で行われるウィリアム・ジョーンズ・カップに参加することになっている。
U24は世代的にはユニバーシアード代表のU24(Univ)と重なっているのだが、大学には行っていないメンバーで構成されている。次世代のフル代表を育てるためのカテゴリーである。これにはローキューツの森下誠美なども入っていて、彼女はそのため今年は頻繁にローキューツの練習や大会を休んでは代表合宿に参加していた。
やがて打合せが終わったようである。亜津子と美樹が厳しい顔をして食堂にやってきた。千里たちはふたりに声を掛けた。
「どうしたの?」
「ウィリアム・ジョーンズ・カップへの参加がキャンセルになった」
「え〜〜〜!?」
「なんでキャンセル?」
「正式には明日発表されるけど、日程が変わっちゃったんだよ」
「嘘!?」
「本当は今月26日から30日まで行われるはずだったのが、台湾側の都合で15日から17日に変更になった」
「こちらの遠征やってる最中じゃん」
「だから、緊急帰国して台湾に行ってくれという話かと思った」
と亜津子。
「でもそうではなく、日本の参加自体をキャンセル」
と美樹。
「うーん・・・」
「U24の主力の内4人がフル代表候補にもなっている。兼任してないのは誠美とか中橋知子さんとか」
「それどちら優先するかが難しいね」
と玲央美が言う。
「協会としてはフル代表が何といっても優先。基本的に上の世代のカテゴリーが優先。だけど、こないだのU18アジア選手権で高梁王子をU20の強化遠征優先にして出さなかった結果、中国に大敗したじゃん。もし今度のジョーンズカップで韓国とかにまで負けたりしたらまずい。と言って私たち4人を緊急帰国させるのは、せっかく強い所とやって強化している最中なのにもったいない。そもそもリトアニアから台湾までは移動に2日掛かる。明日12日に出発しても台湾到着は14日。そんなハードな移動をしてきた翌日に試合なんて、さすがに私も自信無い」
「2日がかりの移動したら調整日に2日欲しい。時差も凄いし」
「それ移動にも時間が掛かるし、その2日間練習ができないというのも痛いね」
「そうなんだよ」
「それで結局、私たちはこのままフル代表の遠征を続けて、ジョーンズカップの方は参加をキャンセルということになった」
と亜津子は説明した。
「つまり万一私たち抜きで惨憺たる成績になったらやばいから、負ける可能性のある勝負は避けようということ」
と美樹が補足した。
U24のこの4人以外は現在東京で合宿中で18日まで合宿が続く予定だったのだが、明日12日に不参加を公表するので、今日までで合宿も打ち切りになり、結局U24の今年の活動はこれで終了になるらしい。
「ウィリアム・ジョーンズカップは、若い世代とはいえ、アメリカと対戦できる良い機会なんだけどなあ」
と玲央美。
「そうなんだよねぇ。それが一番大きい。私もアメリカと闘(や)りたかったよ」
と言って、亜津子は不快そうな顔をしていた。
「でも実際、こういうものの日程をきちんと管理できているのって、日本とかアメリカとか、イギリス・フランス・ドイツとか、少数の国だけみたいだよ」
とU24(Univ)の方と兼任している月野英美が隣のテーブルから移ってきて言う。
「台湾は割とそのあたりしっかりしているイメージあったんだけどなあ」
「うん。半月ずれるだけで済んだから、まだいい方なんだと思う。どうかした国なら、1年くらいずれても、誤差の範囲という認識の所もある」
「そういうおおらかなのが、本当はいいのかも知れないけどね」
そういう訳で、U24チームはせっかく今年の春結成されたのに、大会には参加しないまま、今年の活動を終えることになってしまった。もっともU24(Univ)の方も、本番は来年で今年は大会に出ない。
12日は昨日がダブルヘッダーだったこともあり、休養日となり、ウォータースライダーなどのある“ウォーターパーク”に行くという話であったが、千里は玲央美・亜津子と一緒に監督に直訴し、ウォーターパークには行かずに自主的な練習をさせてもらった。これに彰恵・江美子・美樹・英美・一美・王子・華香も参加して、10人での練習になった。10人という人数になったので、このメンツで紅白戦もした。
SG亜津子 SF一美 SF彰恵 PF王子 C美樹
SG千里 SF玲央美 PF江美子 PF英美 C華香
戦力がほぼ均衡するように組み分けしたので、かなり接戦になって、良い汗を流すことができた。1on1も様々な組合せでたくさんした。監督・コーチはルーカスさんや角川さんたちも含めてウォーターパークに行っているのだが、富永チーム代表が顔を出して色々声を掛けてくれた。
この後チームは13-14日の2日間も、このままドルスキニンカイで、紅白戦を中心とした練習を続けた。
千里はフル代表合宿とU20代表合宿の「密度の差」を感じていた。もしかしたらチーム代表や監督の方針が反映されているのかも知れないが、U20の合宿は物凄く濃厚で、空き時間というものが、ほとんど無かった。しかし特に今回のフル代表遠征は、空き時間だらけである。結局その時間を何人かに声を掛けて自主的に練習している。
また、この3日間の練習は、東京の合宿所でやっているのと変わらない感じで、リトアニアに来ている意義を感じなかった。これが先日のU20ロシア遠征とかU18の時のオーストラリア遠征では、練習パートナーが確保されていて、その人たちとひたすらやり合うことができた。
そんなことをふと玲央美に漏らしたら、玲央美は一言
「年齢の差じゃないの?」
と言った。
「ん?」
「私たちがやっている量の練習はたぶんベテラン選手には体力的に無理」
「うーん・・・・」
「だから逆に私たちの年代は自主的にたくさん練習を加えていいんだよ」
「それはあるかもね〜」
「この後もどんどん練習入れようよ」
「OKOK」
15日はホテルをチェックアウト。荷物を持ったまま練習場に行き、午前中と昼過ぎまで練習をした上で、15時にバスに乗り込んで、いったん首都で空港もあるヴィリニュスに戻ることになる。17時頃ヴィリニュスに到着してホテルにチェックインした。
それで18時から食事ということだったのだが、18時にレストランに行ってみると、まだ食事の準備ができてないと言われる。19時に来てくれと言われたのでいったん引き上げる。ついでにホテル近くのスーパーに行って食料を買い出してきて、若手は何となく広川さん・簑島さんの部屋に集まって、おしゃべりしながら、おやつを食べる。買ってきた食料だけではなく、広川さんたちの備蓄食料まで食べちゃう!
それで19時になって「だいぶお腹空いたね〜」と言いながらレストランに再度集合したのだが、今度は19:30まで待ってくれと言われる。「え〜!?」と言いながら、今度は武藤さんと亜津子の部屋に行く。そこの食料を食べ尽くし!19:30に下に降りて行く。まだ食事が無い!
「いったいいつできるんですか?あなたたちは既に1時間半私たちを待たせている」
と通訳の角川さんが英語で強く言っている。
「済みません。あと45分待って下さい」
とレストランの人は片言っぽい英語で答える。
しかしこの調子では45分待っても本当に食事が出てくるかあやしい。
それで富永チーム代表の決断で、今夜のこのレストランでの食事はキャンセルすることにした。ホテル近くにある中華レストランが問い合わせるとこの人数で入れるようである。
そこでぞろぞろとその中華レストランに行く。
「やっと御飯が食べられる〜」
という声が出ている。
「お腹空いたぁ」
と江美子が言っているが、既に菓子パンを4つと板チョコ半分にポテチを1人で全部食べている。千里もパンを2つ食べている。
それで席についてメニューを見るのだが・・・・
分からない!
メニューはリトアニア語と英語で書かれているのだが、その英語から料理の内容が想像つかないのである!?料理の写真とかは載っていないし、あいにくルーカスさんはもう帰ってしまっている。
ここで中国出身の馬田さんが活躍する。
お店の料理人さんが中国人であることに気付き、その人に尋ねて、ひとつひとつの料理を解読していく。
「これは豚肉のカキ油炒め」とか「これは麻婆豆腐」とか「これは要するに焼きそばのようなもの」とか解説してくれるので、それでやっとみんなオーダーすることができた。もっとも高梁王子などは「私は何でも食べるから」といって、とっても適当に注文していた!