広告:彼が彼女になったわけ-角川文庫-デイヴィッド-トーマス
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■娘たちの予定変更(20)

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「先日のゴタゴタはネットでもいろんな噂が書き込まれているけど、僕までフル代表候補に入れる話があったんだって?」
と試合後の食事会で誠美が言う。
 
「そうなんだよ。あの時、ほんの1時間くらいの間に白井さんの代わりにエントリーさせる選手を決めないといけなくて、たまたま華香はつかまったけど、サクラも誠美も所在をつかめなかったらしい。国外に出ていたり、あるいは怪我とかで入院中だったりするとやばいから、連絡がすぐ付いて、特に怪我とかもしていなかった華香を代表に入れたんだよ。それと誠美の場合はビザの申請が間に合わない恐れもあったから」
 
と千里は言う。これは9月3日に、A代表田原監督・U20篠原監督・千里・玲央美・彰恵・江美子・亜津子に、名古屋から駆けつけて来た(U20主将の)朋美まで集まって「こういうことだったことにしようよ」と言って、できるだけ傷つける人が少なくて済むストーリーを考えて決めたものである。
 
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「あれビューティーマジックとも揉めてるみたいね」
「うん。法廷闘争になるかも。白井さんが『騙された。これは詐欺だ』って怒っていて、チームとバスケ協会を訴えると言っているみたい」
 
「白井さんにしてみれば、自分の人生をめちゃくちゃにされた気分だもん。怒って当然だよ」
と誠美は彼女に同情するように言った。
 
「しかし何か今年はトラブルが多すぎる。僕が出るはずだったU24のジョーンズカップは参加をキャンセルになったし。あれもなんで〜〜!?と思った」
 
「主力4人がリトアニアで合宿中だったからなあ」
「あれももう少しうまくできなかったのかなあ」
 
「取り敢えず華香には、フランスとチェコのお土産よろしくと言っといた」
と誠美は言う。
「ああ、お土産大変そう」
 
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9月6日(月)。
 
高梁王子・中丸華香、そして花園亜津子を含む日本代表12名は成田から事前合宿地のフランスへと旅だって行った。日本代表のユニフォームは連番なので4-15である。本来6番を白井さんが付けるはずだったのを急遽華香がつけることになった。華香は「うっそー!?1桁なの?」と騒いでいた。
 
(4番がエレン、5番が羽良口さんである)
 
そして玲央美と千里は田原監督と富永代表から「君たちにも本当に申し訳無い」と言われ、16と17の背番号の同じデザインのユニフォーム(ホーム用+アウェイ用+練習用+スタジャン)を渡された。
 
ふたりはそのユニフォームを着て当日成田まで行き(代表選手は専用のバスだが千里たちは電車。但し運賃は協会から渡されている)、亜津子・華香とハグして「お互い頑張ろうね」と言い合った。王子は明るく「アメリカやロシア倒してきますね」と言っていたので、握手して「うん。頑張れ頑張れ」と言って送り出した。
 
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しかしその後、4-15の背番号を付けた12人で記念撮影しているのを見たら、物凄く悔しい思いが込み上げてきた。千里は玲央美に言った。
 
「悔しいよぉ」
 
玲央美は言った。
「優勝しようよ」
 
「そうだね」
と言ってふたりは力強く握手をして、12名の代表が臨時ゲートの方に行くのを見送った。千里の燃えるような瞳に気付いたのか偶然なのか、三木エレンが振り返ってこちらを見ると笑顔で手を振った。千里はエレンに深くお辞儀をした。
 

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9月7日(火)夕方。
 
千里はまたインプに荷物を積んで北区の合宿所に入った。明日から12日までU20の第四次強化合宿が行われるのである。元々の日程では今回の合宿は10-12日の週末のみの予定だったが、スターター格の2名が抜けてチームの構成が変わってしまうことから新体制に慣れるため、少し長めにおこなうことになった。
 
集まってきたのはこういうメンツである。
 
4.PG.入野朋美(愛知J学園大学)159cm
5.PG.鶴田早苗(山形D銀行)164cm
6.SG.村山千里(ローキューツ)168cm
7.SG.中折渚紗(茨城県TS大学)166cm
8.SF.前田彰恵(茨城県TS大学)169cm
9.PF.橋田桂華(茨城県TS大学)173cm
10.SF.佐藤玲央美(ジョイフルゴールド)182cm
11.PF.鞠原江美子(大阪M体育大学)166cm
12.PF.大野百合絵(神奈川J大学)175cm
13.PF.渡辺純子(札幌P高校)180cm
14.C.花和留実子(H教育大旭川校)184cm
15.C.熊野サクラ(ジョイフルゴールド)180cm
17.SF.竹宮星乃(神奈川J大学)167cm
18.PG.森田雪子(東京N大学)158cm
 
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夕食を食堂で取った後、会議室に集まるように言われる。高居チーム代表からU20アジア選手権の日程が変わってしまったこと、その件で各所属企業あるいは学校に麻生会長の直筆署名入りの協力依頼書を作成したので、後で内容を確認して欲しいことが説明される。
 
そして日程変更によってフル代表の世界選手権とU20アジア選手権の日程が重なってしまい、両者を兼任する選手がどちらかにしか出られなくなってしまったことが説明される。そして高居さんはハッキリと、千里と玲央美に王子の3人が実はフル代表に組み込まれ、発表される予定だったことを言った。
 
しかし、日程が重なってしまったことから、苦渋の決断で、高梁をフル代表に、村山・佐藤をU20に振り分けたことを説明した。更にフル代表を発表した後で、白井さんがFIBAからエントリー拒否されたため、急遽中丸華香をその補充として出したこと。結果的にU20も2人補充せざるを得なくなったことが高居さんから説明された。
 
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「長い説明だった」
と星乃。
「結局よく分からなかった」
とサクラ。
 
「まあ今4から15付けてる12人でU20を闘わざるを得ないということで」
と玲央美が言う。
 
「突然言われて驚いております。今回の大会は国体とも日程が重なっているので、私が国体に出場しないからお呼びが掛かったと聞きました。国体の予選に負けて凄く悔しい思いしていたのと、6月にU18で中国の死んだふり作戦にやられたのが悔しかったのと、その2つの悔しさをぶつけて、中国には雪辱を果たしたいと思っています。同じ中国とは言ってもカテゴリーが違いますが、江戸の仇を長崎で討つ気持ちで。それと高梁さんにはとてもかないませんけど、その半分でも戦力を埋められたらと思っています」
 
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と渡辺純子が言った。
 
彼女は先日のインターハイではプライドを捨てて、2人がかりで王子を停めるダブルチーム作戦で王子を封じている。
 
「枠が2つ空いたと聞いた時は、出番が来たかと思ったのですが、純子ちゃんを候補選手以外から緊急補充ということで、正直がっかりしました。でも現地までは連れて行ってくださるということなので、U20のお笑い担当として雑用でも何でも引き受けますので、よろしく」
 
と星乃は正直な感想を言っている。ここまで言っちゃうあたりは星乃だから許容される内容かなという気もした。
 
篠原監督が特にコメントして、星乃にはトレーナー名目、雪子にはマネージャー名目でベンチに座らせるのでコートにとっても近い場所でアジアのトップ戦力たちの戦いを見てそれを自らの糧にして欲しいと言った。雪子も「スコア係と雑用がんばります」と言った。
 
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「華香が急遽フル代表の方に出ることになったので代わりに頼むと言われて驚きましたが、出してもらう以上は、華香の戦力を補って余るくらい頑張るつもりです」
 
と留実子は言った。
 
「うん、頼もしいね。男らしくていいよ」
 
と篠原さんが言うと、留実子は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
 
留実子はいつも発言はわりと男らしいのだが、こういう反応は結構女の子らしい面もある。そのあたりで鞠古君はこの子に魅力を感じているのかも知れないなあと千里は思った。
 

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この週の練習では篠原監督のコネで、W大学の男子バスケット部の人たちに練習パートナーを務めてもらった。
 
とにかく外国チームとの試合で課題になる、背の高い選手、フィジカルの強い選手との戦いに慣れることが主目的である。彼らには、女子選手との接触を恥ずかしがらずに、思いっきり当たってきてもらっていいと言って練習を始めた。実際彼らは割り切って思いっきり当たってきたので、身体の小さな早苗や渚紗が吹き飛ばされる場面もあったが、さすがにサクラや留実子はフィジカルが強い。ゴール下の乱戦で、むしろ男子の方が吹き飛ばされたりして
 
「君すごいねー」
とマジで褒められていた。
 
江美子なども166cmで身体はあまり大きい方ではないのだが、190cm代の男子選手にも全く当たり負けない。このあたりはやはり千里と一緒にやっている出羽での修行の成果かな、と千里は思った。むろん168cmの千里も全く当たり負けないし、190cmの選手のブロックをかいくぐって、たくさんロングシュートを撃った。
 
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「なんでその体格差で吹き飛ばされない?」
と渚紗が言うが
 
「重心が入っていれば、そう簡単には負けないよ」
と千里が言うので、その後、渚紗は千里や江美子のプレイをかなり観察していたようである。
 
男子選手たちが休んでいる間は、スクリーンプレイやトラップなどの連携プレイの練習をしたり、色々な組合せで1on1をやった。
 
W大学の男子チームは2時間くらいやったら30分程度休んでいるのだが、U20女子代表チームはほとんど休まずにひたすら練習をしている。
 
「あのぉ、君たち休まなくていいの?」
と向こうは控えめに質問してきた。
 
「代表練習の時は、休みは基本的にありません」
と朋美が答えると
 
「ひゃー」
という声があがっていた。W大学のメンバーの中にはU24(Univ)の男子代表候補になっている選手もいたのだが「うちの代表チームの練習はこんなに濃くない」と言っていた。
 
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千里はU20の練習とフル代表の練習の「密度」の違いを感じていたのだが、もしかしたら、こういう濃厚な練習をするのは、篠原チームだけなのかも知れない。
 

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今回の合宿では、フル代表のリトアニア遠征の際に浮上した日本選手には多い「撞き出しのトラベリング」について千里が説明し、千里と玲央美・彰恵の3人で違反になる場合とOKな場合とを模範演技した。
 
「すみません。分からなかった。もう一度」
という声が掛かり、10回くらいやる羽目になったが、理解した子も
 
「これ回避するのはどうするんだろう?」
と言うので、回避の仕方も模範演技してみせる。
 
「これは結構練習しないと、うまくできない」
という声に、高田さんが
「僕が見てあげるから特訓しようよ」
と言う。
 
「トラベリング取られるのはもったいないから特訓頑張ります」
と、特に危ない数名は答えていた。
 

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9月12日。日本バスケット協会は創立80周年の記念祝賀会を行った。これに合宿最終日であった千里たちU20チームも参列してと言われた。
 
祝賀会には湧見絵津子や加藤絵里などのU18代表、原口紫や水原由姫などのU17代表も参列した。純子はこの日はU18の所に並んだ。
 
世界5位のU17チーム12名、アジア準優勝のU18チーム12名が壇上に昇って、あらためて報奨がおこなわれた。U17とU18を兼任している小松日奈と水原由姫は慌ただしく両方を行き来していたが、報奨金の袋を2つもらって嬉しそうにしていた。
 
その中でU17監督(福井W高校監督)の城島(きじま)さんがこんなことを言っていた。
 
「昨年のU16アジアの最終戦では、久保田・永岡・小松の3人で調子よく得点を重ねていたものの、最後に久保田が足がつってしまい、交替を余儀なくされて、そこから逆転されてしまいました。しかし今回その3人は最後の5位決定戦で40分間フル出場して最後まで走り回ってくれました。それで私は思ったのです。日本の走り回るバスケットは40分間走り続けたら世界に通用するんだと」
 
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その話を聞いた千里が何気なく呟いた。
 
「私、次バスケチーム作る時は“40分”って名前にしようかなあ」
「次作るってそれいつよ?」
と玲央美が笑いながら訊く。
 
「たぶん私も結婚したり赤ちゃん産んだりしたら、いったん引退すると思うんだよね。でも、ずっと家庭に閉じこもってはいられないじゃん。子供の手が空いたりしたら、多分バスケの好きな子に声掛けてチーム作って練習するようになると思うんだよ。その時、その名前を使う」
 
「千里って、京平君を自分で産むつもり?」
「そのつもりだよ」
「ほほぉ」
「子持ちの主婦であっても40分間走り回れるチームだよ」
「それはそれで凄い」
 
「思ったんだけどさ」
「うん?」
「私高校2年のインターハイでは正直全国で通じる選手が少なかったら、実質40分間フル出場に近かった」
「ああ確かにあの頃の千里はそうだった」
「それが高3の時は結構ハイレベルな選手が増えたし、U18チームとかだと才能豊かな選手がたくさん居たから、結果的にベンチで休んでいる時間も長くなった」
 
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「・・・・・」
「やはりバスケット選手って本当は40分走り回れる体力が無いといけないのかも知れないね」
「まあウィンターカップの死闘の時は、最後はもう身体が動かない子が何人もいたよ」
 
「あれは・・・・楽しかったね」
と千里が言うと玲央美は苦笑する。
 
「まあ、思い起こせば楽しかったかもね。あまりああいう試合はしたくないけど」
と玲央美。
「うちは後少しの頑張りが足りなかった」
と千里。
 
「ほぼN高校の勝ちという場面もあった。逆転できたのは奇跡。チームファウルなどという不思議なルールに助けられた」
 
「ファウルした方にアドバンテージが与えられるって、何とも不思議なルールだよね。でもインターハイの彰恵たちとの試合もそうだった。ほぼ向こうの勝ちだったのをトリックプレイで同点に追いついて延長で逆転」
 
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「千里はたまにトリックプレイするけど、最後の勝負所でやるから、相手はうまく引っかかる」
 
「私、レオにもJ学園の日吉さんにも勝負所で審判の死角でユニフォームひっぱられて手許が狂ったけど、ああいうのもここぞという時のプレイだよね」
 
「あははは。まあ勝負は終わってみるまで分からない」
「だよね〜」
 
 
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娘たちの予定変更(20)

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