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■春銀(23)
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「こちら羽鳥セシルちゃん。モデルさんだけど囲碁1級らしい」
と紹介される。
「羽鳥セシルです。よろしくお願いします」
と恵真が言うと
「アクアです。よろしくお願いします」
と“彼女”は言った。
すっごく可愛い!マスクで半分顔は隠れていても、可愛さがにじみ出ている感じである。女の子アイドルには関心が無いつもりだったが、こんなに可愛い子なら、ファンになってもいい気がした。
それで早速碁盤の前に座り対局・・・かと思ったらネット碁らしい。どうもコロナの影響で直接の接触をできるだけ減らす方針らしい。
でもこれなら石の持ち方とか関係無くない?
“消毒済”と書かれた紙が貼られている部屋の、その紙を剥がして個室に入り、ネット碁の操作の仕方を教えてもらった。モニターの上に小型のカメラがついていて、それで打っている最中の表情とかも撮影されるから、対局中あまり変な顔はしないで下さいと言われたが、変な顔ってどんなのたろう?
シナリオがあって、その通りに打つのかと思ったら自由に打って下さいということだった。アクアちゃんはアマ6段くらいの腕前なので、よほどのことがない限り負けることはないということらしい。
へー。アイドルなのに囲碁も強いって凄いね、と恵真は感心した。
それで対局が始まるか、ほんの数手打っただけで、アクアちゃんが本当に強いことを認識した。この子本当にプロ試験が受けられるレベルじゃないの?などとも思った。
80手ほど打った所で投了した。実はどんなに劣勢になっても60手以内では投了しないで下さいと言われていたのだが、50手くらいの時点で既に勝負はほぼ付いていた。しかしこのままでは面白くないだろうしと思い、そこからイチかバチかの勝負を掛けた。しかしアクアちゃんはそれに冷静に対処し、こちらは大石が取られる寸前で最後まで打てばとんでもない大差になることが見込まれたので投了した。
チャット機能で「ありがとうございました」と挨拶を交わしてから対局用個室を出たが、助監督さん?に
「いや、見応えがあった。あの勝負は面白かったよ。この映像もしかしたら映画に残すかも」
と言われてちょっと嬉しくなったが、まあ外交辞令かな?とも思った。
Aさんと品川アクエリアスプラザで会ったのが13時で、熊谷に移動し、感染検査を終えて撮影現場に入ったのが15時くらいである。そのあと対局を収録し終えたのが16時だが
「普通にリアルで打っている所も撮りたい」
と言われて、結局アクアちゃんの代役さんの少女俳優さんとリアルの碁盤で打った(石が本物の貝の白石と(たぶん)那智黒の黒石だった:予算あるなと思った)。なるほど、これならちゃんとした石の打ち方ができないと絵にならないかもねと思う。
恵真にしてもその子にしても、さっきの対局をちゃんと覚えているので、きれいに撮影したネット対局を再現できた。この子もかなりの棋力があるんだろうなと思う。代役さんも、やはり強い人を使っているのだろう。
更にその後、
「受験者の普段の表情も取りたいから」
と言われて、ライダースーツを着て250ccくらいのバイク(Kawasakiと書かれていたが車種とかは分からない)にまたがっている所、喫茶店っぽいセットのテーブルで、他の同年代の女優さん?と同じ制服を着てジュースを飲みながらおしゃべりしている所(おしゃべりの内容はスノーマンの誰が好きかという話!恵真は阿部君推しだが、他の2人はラウール推しと深澤君推しだった)、その子たちと散歩している所、ひとりでマクテリア(という看板が掛かっていた)のテーブルで、チキンを摘まみながら、ポータブルの囲碁セットで囲碁の研究をしている所、などの撮影がされた。
それで結局開放されたのがもう18時半である。Aさんを呼んで、撮影所前で落ち合う。
「これギャラですといって頂きました」
ともらった封筒をそのままAさんに渡した。
Aさんが封筒を開けると1万円札がたくさん入っているので驚く。
「取り敢えず山分けしよう」
といって、その半分の5万円をもらった。
こんなにもらえるの〜〜〜?
「でも遅くなって済まなかった。自宅まで送っていって、遅くなったお詫びもするよ」
と仮名Aさんが言った。
「済みません、お願いします」
それでAさんのフェラーリに乗って自宅に向かう。
「ごめんねー。1時間くらいで済むかと思ったら、監督に気に入られちゃったみたい」
「そうですか?」
「いかつい大学生の男とかの受験生が多いから、可愛い女子高生は歓迎されたのかも知れないね。私は見て無いけど、対局の内容も良かったと聞いたし」
「実力差は圧倒的だったんですが、単純に一方的にやられて終わるのでは面白くないだろうと思ってイチかバチかの勝負を掛けたんですけどね」
「それで面白い局面になったんだろうね。試合には負けたけど、映画としては成功だったんだと思う」
「だって映画ですからね。少しでも面白くしなきゃ」
「うん。そういうサービス精神は、あんたタレント向きだと思うよ」
ボク・・・タレントになることになるんだろうか?さっきは『モデルの羽鳥セシルちゃんです』とか紹介されたけど。
「あ、あそこにも、こうちゃんがいる」
と、バリヌル共和国に来ている千里は言った。
「うん。あいつは当面ここの専任にしている」
と《こうちゃん》
「向こうは7番君か」
「よく見分けが付くな」
「ちなみに、あんたは1番だ」
「千里を連れてくるのは必ず俺だぞ」
「龍虎のそばで世話を焼いているのが2番だよね」
「よく分かっているな」
千里は《こうちゃん7》が多数の現地の人を指揮して、海に浮かべた100m四方くらいのイカダの上にどうも学校のようなものを建築しているようである。
「ここの住宅や学校・商店などは日本の高床式倉庫にヒントを得たもので、床が地面より1m高くしてある。多少の水害があっても生活床面は水没しなくて済む」
「うまいね」
「木造住宅だから軽い。それで水上に浮かべているイカダの上では避けられない揺れも吸収してくれる。これ欧米人に作らせたら煉瓦やコンクリートの家を作って揺れに対処できない」
「アジアならではの文化かな」
「自然のパワーに対抗してはいけない。受け流すことが大事」
「哲学的なこと言うね」
「これ、マリナのアイデアで虚空が思いついたんだよ。海を埋め立てて地面を作ってそこを開発するのは地球規模の気候変動につながる可能性もある。だからたくさんイカダを浮かべて、その上に住宅とか工場とかを作ってしまう」
「台風が来たらどうするの?」
「その時お互いが衝突して破壊が起きないように、イカダ同士は充分な距離を空けて浮かべる。行き来はイカダ同士の間に渡した浮き橋で行き来するけど、嵐が来たら橋は引き上げてしまう。各々のイカダは一応海に垂らしたアンカーで実質固定している。
「ああ、固定しているんだ?」
「でも万全じゃない。強い風には流される。風のエネルギーをできるだけ受け流せるように建物の形を工夫している。更に風力発電機を回すことでエネルギーを少しでも吸収するようにしている。あと、細かい渦のような風もあるだろうけど、基本的には並んでいるイカダ同士は同じ方向に流されやすい。それで全体が同じ方向に流れるのであれば良しとする。
「それは言えるね」
「ここはソリア島。5km先の隣のヌルア島までの間にこうやって海の道を作る」
「壮大な計画だね」
「5km先までつなぐのに10年かかると思う。ソリアとヌルアは元々近いことから古くから交流があってお互い親戚も多い。実は今のソリアの村長とヌルアの村長もお母さんが姉妹で、つまり従兄弟同士なんだよ。だから最初にここを選んだ。ここがうまく行ったら、他の島も結ぶ」
「海上王国ができていく訳だ」
「この国はサンゴ礁でできた島が多くて、みんな海抜が低い。地球が温暖化して海水面が今より5m上昇した場合、全ての国土が水没して、国土が消滅する」
「それどうなるの?」
「領土が無ければ領海も無いから、この国自体が消滅する」
「全部公海になっちゃう訳?」
「マジで海抜10mくらいの人工島を造る計画もある。でも人工的な建造物は領土としては認められない」
「うむむ」
「今オーストラリアが支援して、領土が消滅しても特別に領海を認定して欲しいという働きかけを大国にしている。アメリカなどは好意的だけど、難色を示している国もある」
「色々利権が絡むからね〜」
「人工島を造る計画もあるにはあるけど、費用がかかりすぎて、計画が進んでないんだよ」
「全国民を収容できる島を造るのは大変だね」
「それで次善の策として、イカダを浮かべる案が浮上した。イカダの周囲で海を仕切ってそこを淡水化させるプロジェクトも進めている。同時に塩も生産する。“南洋の塩”として日本や中国で売る」
「一石二鳥だ」
「そして淡水化したらそこに植林する」
「木を植えるんだ!」
「イカダの周囲に緩衝地帯を作って風水害を防ぐのが第1目的。海老などの養殖もして日本に買ってもらう。風力発電機をたくさん造って電気を起こし、工場を動かす。その工場で作った製品を海外に売って外貨を稼ぐ。これはアメリカや日本・中国の大資本が興味を持っていて、虚空の人脈でたくさん営業して回っている。実は電気そのものをオーストラリア・ニュージーランドや日本・中国に買ってもらう案もある。衛星経由で飛ばす」
「外貨を稼がないと資金を投入できないよね」
「そうなんだよ。この“方舟計画”Ark Project では膨大な資金が必要だから、その資金を輸出で稼ぐんだ。果樹園も作ってフルーツも輸出する」
「ああ」
「風力発電所で起こした電気が余ったら、鉄骨を組んで作る揚水発電所に貯めて風の無い日に使う」
「水はたくさんあるから行けそうだね」
「そうなんだよ」
しかし、生死の境をさまよっていた鱒渕マネージャーを助けるために《こうちゃん》が取った行動が、結果的にこんな大きなプロジェクトに発展したというのは驚きである。このプロジェクトは確実に何十万人もの人を救うことになる。
悪戯好きの虚空も、たまにはいいことする!
「植林をするのは、台風の被害を減らすためでもあるけど、そこで木材を生産して、イカダを造るためでもある」
「それって何十年レベルのサイクルだね」
「これは100年単位の計画だよ」
「それを最後まで見届けられるのはあんたたちだけだね。私はたぶんあと30-40年で死ぬだろうし。私の後は、緩菜に付いてあげてよ」
「千里はまだ300年生きるという説もあるけど」
「人間がそんなに生きられる訳が無い」
「千里が人間かどうかについて大いに疑惑があるんだけど」
「龍虎が男の子かどうかよりは確かだと思うけどなあ」
「いやあいつは女の子ライフに味をしめすぎている。きっと今年中には去勢に同意すると思う」
それ、本人の意志と関係無く手術してしまうつもりなのでは?
アクアは7月中旬から8月20日まで(正式な撮了は24日)ずっと映画(ヒカルの碁)の撮影を、主として埼玉県熊谷市の郷愁村でしていたのだが、多忙なアクアはこれに完全には専念することができず、ちょこちょことテレビの撮影やCMの仕事などをこなしていた。実際には映画の撮影をしているのはほとんどMであり、他の仕事はだいたいFの方がこなしていた。
その日、アクアは京都の和服メーカーからの発注で来年の成人式に向けての振袖広告のモデルを頼まれていた。写真形式で、同社のカタログに載るほか、雑誌などにも載るのが主体だが、テレビCM用の動画も撮影する。
メーカーの人は、アクアの振袖写真を何かで見て“振袖がとっても似合う女の子”と思って話を持ちかけてきたので、アクアが男の子と知ってびっくりした。しかし、とっても可愛いから、ぜひと言われて(コスモスが)オファーを受けたのである。
振袖のCMには過去には出たことない!ので業種競合のようなものも無かった。
それで撮影場所が、聖母女学院と指定されていたので、アクアはマネージャーの緑川志穂と一緒にホンダジェットで伊丹に飛び、そこから予約していたレンタカーのアクアで、まずは京都市内の京都聖母学院中学高校に行く。ここは煉瓦作りの美しい建物である。設計者などは不明(イギリス人か?)であるが1908年に建てられた古い建物で、元は日本陸軍・第十六師団指令本部であった。戦後、聖母学院に払い下げられ、建物正面のマリア像などが追加されている。
事前に姫路スピカをスタンドインにして撮影のシナリオが練られていたのだが、振袖は着替えに時間が掛かることもあり、4種類の振袖で朝8時から5時間掛けて昼13時頃までの撮影となる。
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