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■春銀(11)
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「僕もこれ穿くの〜?」
と青山は情けない顔をしたが、藤尾さんからは
「堂々とスカート穿けていいでしょ?」
などと言われてしまった。
それて青山はボトムがスカートの女子制服を着て勤務することになってしまったのである。社員証は、部門異動したのを機に交換になり、新たに女子の社員番号(実は研修の時に最初に渡されたのと同じ294400372)の社員証を渡された。
「金沢支店に行った時も、この社員証をかざせば、ちゃんと女子トイレや女子更衣室に入れるから安心だね」
と所長から言われた。
「ちなみに男子トイレ・男子更衣室には入れませんよね」
と藤尾さんが横から確認する。
「そんなの入る必要ないでしょ?」
ということで、青山は完全に女子社員になったのであった。
青山はこの日早々に女子トイレの“洗礼”を受けることになる。お昼休み
「トイレ一緒に行かない?」
と藤尾さんから誘われ一緒に行く。
青山が男子トイレの方に入ろうとしたら
「何やってんの、男子トイレとか入ったら通報されるよ」
「まさか、僕女子トイレに入らないといけないの?」
「当然。だいたい普段は女子トイレ使ってるんでしょ?恥ずかしがることないじゃん」
と言われて女子トイレに強制連行される。
「なんでこんなに列ができてるの?」
「女子トイレって絶対的に足りないからね。建物を設計するのが男だから、女子はトイレに時間かかることを考えずに個数を決めるから足りないのだと思う」
「女性も設計に加えるべきだね」
「全く同感」
しかし藤尾さんと会話していたので、随分恥ずかしさも軽減された。
個室内でのトイレ自体は、普通に使えたが、最初ズボン穿いてて個室に入った時みたいにスカートを下げようとして
「あ、そうか。スカートは下げなくてもそのままできるんだ」
と気付き、パンツ(この日はトランクスを穿いていた)だけ下げてすることができた。
スカートってもしかして、凄く便利な服なのでは?
と青山は思った。
アマテラスパネル事業部での初日の勤務が終わった後、藤尾さんから
「その服で通勤するのはまずいから、通勤用の服を買おうよ」
と言われ、彼女の車に同乗させてもらい、イオン金沢店まで一緒に行った。
「ひろちゃんって優しい顔立ちだから、フェミニンな感じが似合うと思う」
と言って、桜色のビジネススーツ(ボトムは膝下スカート)を選んでくれる。
「僕がこれ着るの〜?」
「似合うと思うけどなあ。試着してごらんよ」
「うん」
それで試着してみたのだが、自分でもわりと似合う気がした。少なくとも気持ち悪くはない。むしろ「この程度の女は居るよなあ」などと思った。
「凄く似合う。こういう可愛いスーツが似合うのはいいなあ。羨ましい。僕なんかごついから、こういう服着ると男が女装してるようにしか見えないもん」
などと藤尾さんは言っている。
「あゆみちゃんって僕少女だったっけ?」
「割とそうだよ。人前では自粛して“私”って言うけど、プライベートでは僕と言う」
「でもあゆみちゃんには似合うよ」
「ひろちゃんは“私”と言えるようにしよう」
「努力する!」
青山は165cmだが、藤尾さんは170cmあり、大学時代は男としてバイトしたことある、などと言っていた。彼女は確かに男でも通りそうだ。高校時代は男子のサッカー部でエースだったらしい。
「女子でも男子チームに入れるの?」
「サッカーはOK。高校のサッカー部で男子チームに入ってる女子は全国で50人くらい居るらしいよ」
「多いのか少ないのかよく分からない」
結局この桜色のビジネススーツと、あとブラウスを3枚、そして
「今日はノーブラだったけど、ちゃんとブラジャー着けてないと変だよ」
などと言われ、ブラジャーを5枚、そのついでに女性用ショーツを9枚買う羽目になった。
更には
「うちの部署はお化粧は不要だけど、少し勉強した方がいい」
などと言われ、カネボウのビギナーズセットまで買ってしまったのであった。
(お化粧の仕方は藤尾さんがかなり丁寧に教えてくれた)
こうして青山の女子社員生活は始まった。
ちなみにこの桜色のビジネススーツを着て翌日初めて女装出勤した日の午前中、他の男の娘社員2人と一緒に記念写真を撮ったものが、なぜか皆山幸花の手に渡り、北陸霊界探訪で放映されてしまったので、それを見た青山はむせ返った。
なぜ幸花の所まで流れていったかは、青山は見当が付かなかった。幸花に電話したら
「女子社員になれて良かったね。もう性転換手術も終わった?」
などと言われた上で、取材源は守秘義務!で明かせないなどと言われた。
でも放送したこと自体については「まあいいよ」と事後承諾しておいた。
放送では一緒に後輩の吉田君の女子制服姿も流れていたので、青山は彼に親近感を覚えた。
「彼も女装が似合う感じだったもんなあ。あの子も僕と同様に女子社員になったのか」
などと、青山はすっかり女装に馴染んでしまい、ネグリジェ姿で美容液パックしながらテレビを見つつ呟いたのであった。
自分は男ですと主張して他の部門に移してもらう、あるいは退職する手もあったはずだが、この部門では、貴重な“男の娘”手、として期待されているし、そういう仕事を進んで引き受けている。何よりも女性だけというのもあるのか和気藹々とした職場なので、仕事自体は気に入ってしまい、彼はここで女装勤務し続ける道を選んでいる。
藤尾さんは「この部署は協調性のある人を選んで配属したみたい。マウントしたがる性格の人がいない」と言っていたが、青山も同感である。だからこの営業所には派閥のようなものも無い。トップセールスをあげている東宮さん(金大出身の才媛だ)も、とても心配りのある人(だから売れるんだと思う)で、自分の成績の優秀さを鼻に掛けたりもしないし、積極的に他の子のヘルプやフォローに回り、本来なら自分の成績にしても良さそうなものを他の子に譲ってくれたりするので、みんなから信頼されている。
そして青山はずっと女装勤務している内に自分は女装わりと好きかもという気分にもなってきた。実はヒゲとか足のむだ毛は永久脱毛しちゃったのだが、さすがに睾丸とかペニスを取る気はない(つもりだ)。
また2020年春に勃発したコロナ禍で、可能なら自家用車かパイクで通勤して欲しいと言われたので、北陸は冬季はバイクが使えないしと思い、軽自動車を買うことにした。藤尾さん、それに仲よくなった男の娘の一人・坂井さんと3人で車を見に行き、主として藤尾さんの趣味!でミラ・トコット(色はライトローズ)を買うことになった(坂井さんはタントを推していて、どちらも可愛いので青山もわりと迷った)。
ちなみに藤尾さんの車は、青山には車種がよく分からないが、とても格好良いスポーツカーであった。エンジン音が物凄い。兄貴からぶん取ったなどと言っていた。こんな高そうな車を、どうやってぶん取ったのか、経緯は聞いていないが、年式はかなり古そうではある。
彼女からは度々ドライブに誘われて(デートではないと思う)同乗したが、北陸道を真夜中に170km/hで走ったりするので
「ちょっと出しすぎじゃない?」
などと言ったりする。
「平気平気。この区間にはオービス無いから」
などと彼女は言っていた。
たまにエンジンがオーバーヒートして止まってしまうこともある。
「さすがに年季が入ってるからなあ」
などと言ってボンネットを開けて水を注入していた。
「そこ、水を入れる所?」
「カーショップに行けばクーラント液って売ってるけど、水で充分」
「へー」
青山は大型免許を持ってはいるものの、車のメカニックについてはさっぱり分からないので、楽しそうに語る藤尾さんの説明を聞いていた。
(実は青山はウォッシャー液の補充もできなくて藤尾さんに毎回頼んでいる。彼女は「これも本当は水でいいんだけど」などと言っていた)
(2020年)8月上旬、その日は土曜日で、藤尾さんは青山をドライブに誘った。彼女の車に同乗するのは、彼女がスピードを出し過ぎる傾向があるのでやや怖いのだが、彼女との会話は楽しいのでわりと好きだった。彼女が運転するので、ガソリン代と高速代は青山が払うことにして、いつも青山のETCカードを彼女の車に差している。
その日は金曜日の夕方から車に乗り、金沢森本ICから高速に乗って
北陸道(上越JCT)上信越道(更埴JCT)長野道(岡谷JCT)中央道(土岐JCT)東海環状道(美濃関JCT)東海北陸道(小矢部砺波JCT)能越道
とループに走って氷見ICで降りた。
途中の妙高SAで濃霧だったこともあり3時間ほど仮眠。恵那峡SAでもやはり3時間くらい仮眠している。むろん2人の間には恋愛感情などは無いので(お互いに女友だちの意識である)、何もHなことはしていない。
「ひろちゃん、オナニーしてもいいよ。音は聞かない振りするから」
「別にしないよ。そのまま寝るよ」
「じゃ僕、オナニーするけど、聞かない振りしてね」
「わざわざ言わなくてもいいのに!」
彼女の寝ている付近からは確かに何かの振動が伝わってきたが、青山は気にせず眠った。
森本で高速に乗ったのが金曜日の21時頃、氷見ICで降りたのが土曜日の18時くらいで、この場合、森本から氷見まで(実際には小矢部東本線料金所まで)の最短距離で料金は計算されて1000円くらいで済むんだと藤尾さんは言っていた。
確かに料金は840円と表示された。
「ほんとに?これキセルにならないの?」
「ならない、ならない。友だちの知り合いがNEXCOに問い合わせたら、それでいいと言われたらしいよ」
「そうなの?」
「ただし鉄道の遠回り乗車と同じで経路が重複しないように一筆描きすることと、24時間以内に出ないといけないんだって。それ以上かかるとバーが上がらないらしいよ。だから鳥栖(とす)Uターンとかよくやる人あるけど、あれは本当は違反になる」
青山は藤尾の説明に半信半疑だったが、取り敢えずいいことにした。でも“とすUターン”って何だろう??
藤尾さんは、このあと国道415号を越えて羽咋に出て、(無料の)能登里山海道を走って金沢に戻ろうと言った。
それで氷見ICそばのローソンに駐めてトイレに行き(2人とも女子用を使う)お弁当などを食べたりして、結局1時間ほど休んだ。そして出発する。
「何かエンジン音変じゃない?」
「うーん。金沢に戻ってからちょっと見てみようかな」
そんなことを言いながら山越えの道を昇っていく。
県境を越えて石川県に入る。前の方にトロトロ走るステーションワゴンがいる。
「邪魔だなあ。追い越しちゃえ」
「こんな見通しの利かない道で危険じゃない?」
「平気平気。向こうから車が来た時は覚悟を決めて」
「ちょっとぉ!」
しかし藤尾さんが前の車を追い越す間、対向車は来ずに青山はホッとした。
「あんなトロい車に付いてってたらイライラするからね。まともに走れないなら、運転しなきゃいいのに」
などと言っている。
この子、運転席に就くとわりと性格変わるよな、と青山は思った。
それで少し走っていた時のことだった。
いきなり左側の脇道から軽バンが飛び出してきた。
「わっ」
とふたりとも声を挙げる。
藤尾さんは急ブレーキを踏むと同時にステアリングを右に切った。
青山は自分の腕ならこの軽にぶつかっていたと思った。元サッカー選手でもある彼女の反射神経と運転技術があったからこそ、衝突をギリギリで回避できた。
しかし車は軽を避けた勢いで右側の道路外に飛び出してしまう。
「ぎゃっ」
と二人とも声を挙げる。
車は結局、枯木にぶつかってしまった。
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