[携帯Top] [文字サイズ]
■春銀(6)
[*
前p 0
目次 #
次p]
青葉は不本意ながら、千里姉に電話した。千里姉は確かゴルフ・カブリオレも持っていたのではないかと思ったのである。しかし千里姉本人が今忙しいようであった。
「だったら、最高の適任者をそちらに行かせるよ」
「なんか凄く嫌な予感がするんですけど」
これが8月15日のことである。
それでわざわざ金沢まで来てくれたのは、丸山アイ!である。
愛車のフェラーリJ50(推定価格3億円)に乗ってきてくれた。でもきっと、ドライブしたかっただけだと青葉は思った。しかし彼女(彼?)なら、万一事故が起きても、死んでも死なないから、最高の適任者だ。万一車が壊れちゃったら・・・千里姉に弁償してもらおう!
「この車すごーい!」
と幸花も明恵も真珠も見とれている。女の子たちが歓声をあげているので、アイもご機嫌である。
「でもこれドライバーの他には1人しか乗れないですね」
「撮影クルーは別の車で付いてくればいいと思うよ」
「付いていけるならね」
青葉はまた不本意に山吹若葉に電話してみたら、
「私のRX-8、ちょうど能登空港に駐めてたから自由に使っていいよ」
と言われた。車のキーはムーラン羽咋のチーフさんが持っているということだったので、借りて、これを青葉が運転することにする。
(青葉のニスモSで羽咋に行き、キーを受けとって能登空港に行き、能登空港にニスモSを駐めて、若葉のRX-8を運転して金沢に戻る)
アイのJ50にカメラマンの森下が乗り、青葉が運転するRX-8に神谷内・明恵・真珠の3人が乗り、これまでこの“青い軽ワゴン”が何度も出没している国道360号、国道304号などを走ってみることにした。
千里は8月9日(日)に取材で東京に来ていた青葉を彼女のマーチニスモSで高岡まで送って行った。帰りは矢鳴さんにアテンザを持って来てもらって一緒に帰っている。
8月13日(木)は康子のマンション選びと車選びに付き合っている。15日に青葉から“軽ワゴン車飛び出し事故”の件で協力を求められたので、先日会った時に『暇だ暇だ』と言っていた丸山アイを推薦した。アイは千里から話を聞くと
「強い妖怪だったらいいな」
などと楽しそうに言って、16日の夜、愛車のフェラーリを運転して金沢に向かった。夫(妻?)の城崎綾香がずっと映画(アクア主演の『ヒカルの碁・プロ試験編』)の撮影で郷愁村に泊まり込んでいるので、どうも寂しかったようである。
16日は代々木第一体育館にバスケの日本代表が集まって『BASKETBALL ACTION 2020 SHOWCASE』というイベントが開かれたので、これに出席した。
19日には西湖の住んでいたアパート跡に建てていた小型マンション“橘ハイツ”が竣工したので、受領しに行ったが、結局ここのB〜5階をまるごと§§ミュージックに男子寮として貸すことになった。
20日には、康子が先日契約した桶川のマンションに引っ越すのをコシネルズのメンバーと一緒に手伝った。
8月25日(火)は旧七夕で、十二直“さだん”の建築吉日である。それでこの日、春から仙台で建築していた“ツイン体育館”牽牛と織姫が竣工したので、それを受領しに行った。
仙台市の幹部や体育関係者、クレールの和実、牽牛を拠点とするコシネルズのキャプテン・王風玲(ワン・フォンリン)、織姫を拠点とするグリーンリーブスのキャプテン・小野寺秀美、などがテープカットをした。放送局も取材に来ていた。ここでは10-11月には、品川ありさ・高崎ひろかがネットライブをする予定である。
この日はこけら落としで、牽牛で、コシネルズvsグリーンリーブスの練習試合、織姫では、地元の高校、宮城N高校女子バスケ部と宮城K学園女子バスケ部の練習試合が行われた。この2つの高校をはじめ、地元の中学高校のバスケ部やバレー部もここを時々練習に使う予定である。
現時点で考え得る最高の感染対策がなされているので、コロナ下で制約が大きくなかなかまともに練習できずにいる地元の高校ではかなり期待しているようであった。
なお、宮城N高校は、コシネルズの金子さんや、グリーンリーブスの小野寺さんたちの出身校でもあり、ずっと昔、インターハイで千里たちの旭川N高校と対戦したこともある(2007年のインターハイ2回戦)。
§§ミュージックおよび、あけぼのテレビでは、深川アリーナのスケジュールがわりと厳しいこともあり、今後ネットライブはここを中心に開催していく予定である。仙台市長はコロナが落ち着いて、リアルライブができるようになったらぜひアクアちゃんのライブをと言っていたが、その時期までアクアの人気が続いているかは誰にも分からない。
8月19日(水)。〒〒テレビでは、社員2名がCOVID-19に感染していることが判明。激震が走る。
取り敢えず自主制作番組の制作休止が宣言されたが、青葉たちはそもそも局内の設備も使用していないし“制作”前の段階の取材だしということで、作業を継続した(石崎部長からは許可をもらっている)。なお感染が判明した社員との接触があった人は全員PCR検索を受けることになったので、青葉・幸花・神谷内も検査を受けたが、幸花と神谷内は陰性で、青葉は精密検査に回された上で、抗体があると言われた。
「ワクチン接種の治験を受けていたので」
「だったらOKです」
でもちゃんと抗体ができてるんだなあと青葉は再認識した。
そういう訳で、青葉たちの“おとり取材”は続いていたが、一週間走っても、青い軽ワゴン車には出会わなかった。負荷が大きいので、この間、青葉はニュース読みの方はお休みにさせてもらっている。
アイが言った。
「ボクは強すぎるんだと思う。きっと恐れをなして出て来ないんだよ。だからもっと普通の人が運転したほうがいいかも」
「それはありそうですね。アイさんに対抗できる妖怪なんてあり得ないもん」
と青葉も同意した。
「普通の人というと?」
と幸花は言ったのだが、明恵も真珠も神谷内さんまで自分を見ていることに気付く。
「私がこのフェラーリを運転するの〜〜!?」
「うん」
「こんな凄い車運転できないよ」
「普通のMT車が運転できれば問題無い」
「でも万一どこかにぶつけたりしたら」
「きっと修理代は青葉ちゃんが出してくれる」
「うん。そのくらい出すよ」
それで幸花はおそるおそるフェラーリの運転席に座り、アイに助手席に同乗してもらって、慣らし運転で、軽く金沢市の外環(外環状道路 (*2))を一周してきた。
(*2)金沢市には、内環状道路・中環状道路・外環状道路という3本の環状道路がある。ただし外環状道路は、まだ一部未開通区間があるので、そこは適当に近くの道路を通過した。中環・内環は慢性的に渋滞しているが、外環は朝夕以外はわりとスムーズに走ることができる。
「何とかどこにもぶつけなかった」
と幸花はホッとしているが、かなり神経を使ったようだ。
「ちゃんと運転できるじゃん」
「でも大丈夫かなあ」
「何かあった時に対応できる人に助手席に乗ってもらおう」
「それって誰?」
「ひとり思い当たる」
それで青葉が呼び出したのは、吉田君である!
「俺、この番組からは離れていたのに」
「いいじゃん、いいじゃん。ついでに女装してくれない?」
「何でだよ?」
「か弱い女の子が2人で運転しているように見せる方が、向こうも安心する。これって、ほとんど愉快犯みたいなもんだから」
「うーん・・・」
「銀行の女子制服持ってるんでしょ?それ着てもいいよ」
「それは叱られる」
と言って、結局、吉田君は、女子大生風の白いブラウスに青いタイトスカートを穿かせられ、ついでにお化粧もするように言われた。
「お化粧うまくなったね!」
「毎日お化粧して勤務してるの?」
「してない、してない」
「でも自前のお化粧道具セット持ってるんだ?」
「新人研修で買ったんだよ」
「男性社員もお化粧の練習するの?」
「俺、間違って女子社員ということになってたから」
「なるほどねー」
「それで女子制服を着て勤務しているのね」
「男子制服だよ!性別はちゃんと修正してもらったから」
「なるほどー。性別を女性に修正してもらって女子社員になったんだ?」
「逆だよ。正しく男子社員にしてもらったんだよ!」
そういう訳で、丸山アイのフェラーリを、(本物の女性の)幸花が運転し、助手席に女装の吉田君が座る。
それに追随するRX-8は、アイが運転し、助手席に青葉、後部座席に神谷内さんと明恵が乗ることにした。真珠は森下カメラマン、城山ドライバーと一緒に放送局で待機である。
「要するに私たちはオトリなのね」
「そうそう。題してチョウチンアンコウ作戦」
「やはり私たちは餌なのか」
なお、チョウチンアンコウの英名は footballfish (メスの形がアメフトのボールに似ているから)であり、grand fisher は、ブリーチでの造語と思われる。
初日は国道360号で、白山白川郷ホワイトロード(旧・白山スーパー林道)の入口まで走ったが、何も無かったのでそのまま引き返してきた(白山白川郷ホワイトロードは夜間通行止め)。翌日は国道304号で南砺市まで行ったが、やはり何も起きなかった。
(吉田は毎日女装させられている)
「なかなか出会えないなあ」
「提案。千里ちゃんに電話してみよう」
とアイが言う。
「結局それか」
(実は綾香の方は映画の撮影が終わったのにアイが自宅に居ないので「早く帰って来てよ」と言われ、事件をさっさと片付けたくなった)
それで青葉は8月26日、千里姉に電話してみた。千里姉は仙台にいるようだった。そのワゴン車が出そうな道の地図を送ってというので、Mapionで石川富山の地図を出してそれをWindowsのペイントに取り込み、これまで出没情報のあった道路をマークしてからメールした。
千里姉からは
「今日は、この道だと思う。氷見ICを18:30に出発して」
と書かれていた。国道415号の氷見−羽咋間、熊無峠越えの道である。ここは幸花たちの調査では1回出現しただけだったこともあり、まだ今回の“おとり取材”では通っていなかった。
千里姉が吉田君とだけ話したいというので電話をつないでから吉田君と代わった。彼は
「え〜〜〜!?」
と声を挙げたが、
「分かりました。千里さんを信じてそうします」
と厳しい顔で頷いた。
何の話をしたんだろう?と青葉は訝った。
ラッシュを避けるため、16時に金沢の放送局を出発した。フェラーリとRX-8が並んで走っていると物凄く目立つ。国道8号・津幡北バイパスを走っていると、白いマークXが後についた。
「覆面パトカーだね」
と丸山アイ。
「はい。これは私にも分かりました」
と青葉も答えた。
マークXはしばらく青葉たちの車を追随していたが、ずっと速度制限を守って走っている(後から来た車がどんどん追い越して行く)ので、やがてマークXも青葉たちを追い越して先に行った(スピード違反だと思う)。
千里姉からは高速を使わずに行ってという指示があったので、国道8号をずっと走り、四屋IC(国道同士の交点だが高速のジャンクションのような構造)で国道160号上りに乗る(R160は一般的な感覚とは逆に七尾市の川原町交差点が起点。この交差点は本当に小さな交差点なのに、R159, R160, R249という3つの国道の起点である)。
17時半頃に氷見IC近くのローソンに到着する。この時間帯はラッシュが凄い。ローソンでトイレに行って来て、コーヒーやお弁当・おやつも買う。神谷内さんがお弁当を買うから好きなものを言ってと言ったが、青葉・アイ・吉田君の3人は「すみません、後で」と言い、コーヒーだけを飲んだ。
でも幸花はロースカツ弁当、明恵はアジフライ弁当、神谷内さんも牛焼肉丼を食べていた。明恵はアイまで居るなら自分の出番は無いとみてオフモードだなと青葉は思った。吉田君が食事を取らないのは多分、千里姉から何か特命を与えられたのだろう。精神を研ぎ澄ますためには、軽い飢餓状態にすること、特に生臭を取らないことが大事である。
18:30にコンビニの駐車場を出発する。
ちょうど日没である。
「まだ混んでるね」
「それも計算の内だと思いますから大丈夫ですよ」
道路は割と混んでいて流れが遅かったが、やがて町並みを抜け山道に入ると、さすがに通行量も減り、流れも速くなる。
先行するフェラーリの助手席に座る吉田君から確認の電話が入る。
「流れに沿っていけばいいよね」
「うん。それでいい」
18:20頃に県境を越えて石川県側に入る。すぐに右手にドライブインを見るが、まっすぐ進む。大きなカーブがあるのを慎重に進行する。青葉は何の気配も感じなかった。運転しているアイに声を掛けてみるが、彼女(彼?)も今の所何も感じないと言っている。
[*
前p 0
目次 #
次p]
春銀(6)