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■春銀(20)

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「良かった。だったらちょっと品川まで来てくれない?」
「いいけど、何か?」
「実は囲碁サークルの大会のメンツが足りないのよ。それで顔貸してくれない?」
「モナちゃん、囲碁サークルとか入ってたんだっけ?仕事忙しそうなのに」
 
「Fly20グループは全部新体制に移行するから、現時点ではみんな休業中。今活動してるのは、上島雷太先生がプロデュースしているColdFly5だけだよ」
 
「え?ColdFly5って、三宅行来先生じゃなかったんだっけ?」
「別に隠してもいないからルキアちゃんには言うけど、ColdFly5を本当にプロデュースしているのは上島雷太先生であって三宅先生は名前たけ。上島先生が複数のグループに関わっていることにしたら、まるで上島先生が実質Flyグループを継承したみたいに見えるからWindFly20だけに関わっているかのように発表した」
 
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「なんか難しそうだね」
「そして実はWindFly20にはプロデューサーが居ない」
「え〜〜〜!?」
「ColdFly20はそもそも売れてないから解散になったけど、WindFly20はある程度の人気があったから解散させる訳にはいかなかった。それで解散しなかったけど、取り敢えずWindFly20は事実上活動停止中。年末までにはシングルとアルバムを作るという話ではあるけどね」
 
「何か大変そうだなあ」
 

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「それで囲碁大会のメンツが足りないのよ。私と美琴ちゃんと泰代ちゃんで出るつもりだったのが、泰代ちゃんが風邪引いちゃってさ」
 
「風邪ってまさか」
「コロナのPTR検査はしたけど陰性だったらしい」
「良かった」
 
PTRじゃなくてPCR検査だけどなとルキアは思った。
 
「でもボク、囲碁のルールなんて知らないよ」
「白黒交互に打つ。相手の石を囲ったら取り上げられる。それだけ分かってれば何とかなるよ。3人居ないと不戦敗で参加できないからさ」
 
「そう?じゃすぐ負けると思うけど」
「それでいい。じゃ出てきてくれる?三密にならないように各テーブルは2m離しているらしいし」
「まあいいよ。今から行けばいい?」
「うん。お昼頃には終わると思うし。それで女子制服着てきてくれる?」
「なんでぇ?」
「だってこれ女子の大会だから」
「だったらボクは参加資格が無い」
「バレない、バレない。ちなみに会場ではトイレに行く時は女子トイレに入ってよね」
「それはモナちゃんに教育されたからだいぶ平気になったけどさ」
「うん、優秀優秀。このまま今年中には性転換手術も受けるといいね」
「そんなの受けないって」
「もう手術終わってたんだっけ?」
 
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とモナから言われて、ルキアはさっきの夢を思い出し、急に不安を覚えてお股の状態を確認した。
 

ともかくもルキアはうまくモナに乗せられて、女子制服を着て、囲碁大会に出ることに同意してしまった。
 
溜息をついてベッドから起き上がり、取り敢えずトイレに行く。ルキアはいつも座ってするが、男性器が付いていることを再確認してホッとする。バストも特に普段と変わらないサイズである(ルキアは事務所の勧めで声変わり防止のために以前飲んでいた女性ホルモンの影響で胸が微かに膨らんでいる)。
 
シャワーも浴びてから、身体を拭き、少しドキドキしながら、ブラジャーをつける。ルキアは前傾姿勢でブラを付けてから後手でホックを留める。ルキアのように小さな胸の子であればこんなことしなくても胸の膨らみを充分カップ内に納めることができるが、気分の問題である。
 
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それからショーツを穿く。ちんちんは後ろ向きに収納するので、穿いた直後は股間に何も無いように見えるが、これは時間が経つと膨らみが目立つようになるのは、男なのだから仕方ない。ただしルキアのちんちんは女性ホルモンの副作用で立たないので、大きくなってショーツから飛び出したりはしない。
 
ルキアはさっきの夢を思い出し、女になる手術とか受けちゃったら、これがもっとピタリとフィットするのかなあとか、ハイレグのパンティとかも穿けるのかなあ、などと考えてドキドキしていた。ファンから送られてくるプレゼントの中にはハイレグのパンティもあるが、穿くとこぼれてしまう。それでだいたい股グリにゴムが入っているタイプを穿いている。
 
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(ルキアが着ている女の子下着やスカートは大半がファンからのプレゼント。アクア同様、ルキアに男の子の服を送ってくるファンは存在しないので衣装ケース内の服がほぼ女の子用のみになってしまっている)
 
女子制服(夏服)の上(ブラウス)を着てリボンを結ぶ。リボンはモナに指導されて、とっても可愛く結ぶことが出来る。夏服のスカートを穿き、ハイソックスを履いた。パスモや生徒手帳、事務所が発行した身分証明書(放送局やレコード会社に入れるQRコードが付いている)、スマホなどをサマンサタバサの可愛いバッグ(ファンからの贈りもの)に入れ、髪をブラシで整え、カラーリップを塗り、赤いローファーを履いてお出かけである。
 
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付き人さんに電話して車で迎えにきてもらったのだが、女子大生の付き人さんは「今日は女の子モード?可愛いよ」と言ってくれた。
 
品川アクエリアスプラザに着いたのは10時前だが、モナたちとはすぐ会えた。
 
「お、可愛い!」
と美琴が言う。
 
「えへへ。自分でも可愛いかもと思った」
 
「でも助かったよ。だったら名簿出してくるね」
と言って美琴が、「主将・山内美琴、副将・坂出モナ、三将・弘田光理」という名簿を本部に提出して来た。
 
参加校は16校ということだった。どうも女子の部員を3人揃えられなかった所が多く、不参加になってしまった学校も多かったらしい。それを聞いてルキアは「いいのかなあ」と思った。
 

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時節柄全員マスクを着けているので容貌も分かりにくく良かったと思った。
 
対局時計の使い方だけ教えてもらい、初戦に臨む。ルキアは早々に負けるつもりだったのだが、向こうの三将も人数合わせの素人っぽかった!
 
お互い終了のタイミングも分からないので、もうこれ以上打てないという所まで行って終局となる。
 
ふたりとも地の数を数えられない!
 
実は主将戦は美琴が勝ち、副将戦は向こうが勝ってルキアたちの対決に勝負が掛かっていた。それで大会事務局の人の許可を取り、お互いの主将が地の整理を代行した。数えてみた所、黒番の相手の地が5目多かった。それで向こうの勝ちかと思ったら「コミを入れて1目半、白の勝ち」と言われた。
 
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「何?コミって?」
「囲碁は先手の黒が圧倒的に有利だから、最初から6目半、白がハンディキャップをもらうんだよ」
「へー!そんなルールがあるんだ!」
 
ルキアの対戦相手も知らなかったようで「へー!」という顔をしていた。
 

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BEST8進出である。準々決勝になる。
 
ルキアはまた早々に負けるだろうと思ったものの、例によって投了のタイミングが分からない。そもそも盤面を見てもどちらが優勢かとか、さっぱり分からない。
 
相手がイライラしているっぽいので、やはりこちらが負けてるのかなあと思い、「負けました」と言おうとした時のことだった。
 
相手が石を打った。
 
「え!?」
とルキアが声を挙げた。次はルキアが打つ番だったのである。
 
「あ」
と相手も気付いた。こちらの稚拙さにイライラして?うっかりしたのかも知れない(「次に自分が打つ手を考えていてうっかりしたのかも」とモナは言った)。
 
「ごめんさない、負けました」
と相手は言った。
 
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「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
と挨拶を交わす。
 
そういう訳で、ルキアは相手の反則で勝ちを拾ってしまった。
 

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準々決勝は美琴が負け、モナが勝っていたので、これでBEST4進出である。
 
準決勝に進出したのは、ルキアたちのJ高校、新宿区のB高校、区外から来たU高校、W高校の4校である。
 
準決勝が始まる前ちょっとした事件があった。
 
大会スタッフが唐突にB高校の生徒に声を掛けたのである。
 
「ね、君、君は本当に女子だっけ?」
「はい、そうですけど」
「証明するもの持ってる?」
「生徒手帳でいいですか?」
「うん」
 
それでその生徒はバッグから生徒手帳を提示した。
「ちゃんと女と書いてありますね。ごめんなさいね。疑ったりして」
 
ルキアはやばい!と思った。自分の生徒手帳には、しっかり男と書かれている。男なのに女子の大会に出ていることがバレたらこの大会で失格になるだけではない。報道されて糾弾されるかも。
 
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そんなことを考えていたら、大会スタッフは今度はU高校の生徒にも声を掛けている。
 
「君は・・・女子生徒だよね?」
「はい、そうですが」
とその生徒は返事している。ルキアは疑問を感じた。さっき声を掛けられた子は、スポーツでもするのか髪も短くしているし背も高い。バスケかバレーでもしているのかもと思った。雰囲気も少し男っぽかった。しかし今声を掛けられた子は、背はやや高い方ではあるが、とても女らしい子で、性別は疑いようも無いと思った。
 
「いや、念のためと思って。生徒手帳か何か、性別を確認できるもの持ってる?」
「済みません。私、補欠で急に呼び出されたもので。何も持ってきてなくて」
と本人が言うと、隣にいるチームメイトが
「間違い無くこの子は女の子ですよ。一緒にお風呂入ったこともあるし。こんな男子がいたら大変ですよ」
などと言っている。
 
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「いや、チームメイトの証言では・・・」
と大会スタッフさんは困っている。
 
「何でしたら裸になってみましょうか?」
「じゃちょっと別室で」
と言って、その子は呼ばれた女性のスタッフさんと一緒に会場の部屋を出ていった。そして5分ほどで戻ってくる。
 

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「確かに女性であることを確認しました」
「疑ってごめんね」
「いえ。ちゃんと生徒手帳持って来てなかったのが悪いんです」
 
ルキアはやばいぞ、やばいぞと思っていた。自分だったら、裸になったら、確かに男性であることが確認されてしまう。
 
しかしルキアは「君、女じゃないでしょ?」などと声を掛けられることもなく、準決勝の対局が始まる。
 
ルキアは動揺していて、対局に集中できなかった。相手は今性別を疑われて別室で裸になってみせた子である。ルキアは対戦しながら、彼女を見ていて、なんでこんな可愛い子が性別を疑われたんだろうと思っていた。自分が芸能人という立場では無かったらデートを申し込みたくなるような魅力的な子である。
 
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ルキアは集中できなかった上に相手がとっても強かったので、3分も打った所で
「負けました」
と言って、投了した。
 
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 
彼女はルキアに
「囲碁打ったの初めてですか?」
と訊いた。
 
「実はそうなんです。私、人数合わせで」
「これを機会に少し覚えるといいですよ。このあたりの発想は良かった。才能あると思いますよ」
と言って、今の対局を再現してみせる。よくこんなの再現できるなと思って、ルキアは見ていた。
 
「そしてここの所で、ここを補強しないといけなかったのに、こちらに打ってしまった。これが敗着ですね」
「でもよくこんなの再現できますね」
とルキアが言うと
「だって、あなたも耳で初めて聴いた音楽、ピアノとかで弾いて再現できるでしょ?」
「・・・ええ、ある程度は再現できるかな」
と言いながら、ルキアはまさかこの子自分の正体知ってる?と思う。
 
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「それと同じですよ。少し囲碁覚えたら誰でもできるようになりますよ。あなた本当に才能ありそう。お仕事忙しいでしょうけど、合間にでもやってみるといいですよ」
と彼女は言った。やはり自分がルキアだというのバレてる〜?と思う。でもそのことは言わないでいてくれるのだろう。だいたい、こんなに実力差があったら、性別とか関係無い気がした。
 
彼女とは他の組の対局が終わるまでの間、10分くらい感想戦をしていた。囲碁の対局をしたこと自体今日が初めてであるが、感想戦(この言葉は後でモナから聞いた)も結構楽しいなとルキアは思った。
 

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なお、準決勝は、ルキアは負けたものの、美琴・モナの2人が勝ったので、J高校チームが決勝戦に進出してしまった。
 
「決勝戦とかちょっとまずくない?」
「何を今更」
「みっちゃんは本当に女の子なんだから気にすることないと思うよ」
「でも・・・」
「3-5月に学校が休校になっていた間に高崎市の病院で性転換手術を受けたんでしょ?」
などと美琴が言う。
 
「は!?」
 
何?高崎市って?どこからそんな地名が出てくる?などと思う。
 
「まだ戸籍上の性別変更が完了してないから1学期は男子制服で通学していたけど、戸籍に反映されたら女子制服で出てくるって、聞いたけど」
「そんなの初耳だ」
 
モナが笑っている。
 
「まあみっちゃんは、いい加減女の子になったことを公表して2学期からは女子制服で通学すべきだね」
とモナも言った。
 
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でもそんなこと言われてルキアは今朝見た夢で女の形になってしまった自分のお股を指で触っていた記憶が生々しく蘇ってきた。あんな夢見るって、ボク、女になりたくなっちゃったのかなあ、などと心が揺らぐ感じだった。
 

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決勝戦が始まる。
 
しかしルキアは1分で投了した!全く勝負にならないと思った(実は勝負にならないことが分かるくらいまで今日これまでの3局でルキア自身が進化したのである)。
 
「負けました」
 
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 
この人とは感想戦は無かった。向こうも感想戦をするレベルではないと思ったのかも!?
 
そのあとモナが10分で投了(その後感想戦してた)、美琴も15分ほどで投了して、J高校は敗退した。
 
でも準優勝である! 終了後の表彰式で、賞状を美琴が受けとり、記念品をモナが受けとった。記念品は銀色のボールペンだった。
 
「優勝は金色のボールペンだったりして」
などと言っていたら、本当にそうだったみたいで、優勝校の子が笑顔で中を見ているようであった。
 
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こうしてルキアの初女子囲碁大会は終わったのであった。
 
 
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