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(C) Eriko Kawaguchi 2022-12-30
振袖姿の語り手(元原マミ)が登場して経過を語る。
「フォーサイス・ハデルスン天体がグリーンランドに落下する31日前の7月18日、ゼフィラン・ジルダルやミレイユ・ルクールらは、落下予定地点のウペルニヴィク島に到着しました。ところが現地に来てみて“落下予定地点”が海の上であることに気付いてしまいました」
画面が分割され、右側に元原マミが映り、左側にゼフィランたちの様子が映る。
「それでどうすんの?わざわざグリーンランドまで来て金玉を海に落として帰るの?」
とミレイユが怒っている。
(アクアが「え〜?再現映像にこれ使うんですか?」と言っていた。監督は金玉が好きなようだ)
ゼフィランは
「難しいけどやってやろうじゃん」
と言って、天体の軌道を修正して、ちゃんと地面の上に落とすと答えた。
語り手「彼らは島に上陸し、小さなテントのような小屋を建てて、そこで天体への操作をしました」
映像は、小屋とその隣の櫓に乗った天体観測台を映す。ゼフィランは天体を観測したり、機械を操作したり、長い桁数の計算をしたりしている。
「現在の予定地点が北岸から251mで、土地の南北長が1249mだから、落下予定地点から251m+1249m÷2 = 875.5m 移動させられたら理想かな」
とミレイユが暗算で数字を言うので、ゼフィランは感心している。
(ミレイユは1250を暗算で半分にして625とし、それに251を足して876という数字を出した上で、0.5を引いた。算数ができる人には難しくない計算だが、小学校で計算を徹底的に鍛えられている日本人と違い、概して欧米にはこのレベルの計算ができない人が多い)
「そこまで移動させられたら理想だけど、多分岸のぎりぎりくらいになると思う」
とゼフィランは答えた。
語り手「しかし初日には落下地点を46mほど南に移動させることができました」
「凄いじゃん。1日で46m移動させられるなら30日で1380m移動させられる。そこまでいったら、今度は南に飛び出しちゃうけど」
とミレイユ。
「移動させられる量は日々小さくなると思う」
とゼフィランは答えた。
語り手「実際翌日は39mしか移動させられませんでした」
語り手「ゼフィランの作業はこの島の北側に張り出すようにしている半島の北岸に建てた小屋の中で行われていました。小屋の中に泊まり込んでいるのはゼフィランとミレイユにセルジュです。毎日朝と晩に、2等航海士のセシル(演:津島啓太)がアルジャンに乗って船から食料と水を持って来てくれました」
「食料は元々たくさん積んできていますし、作業班の人たちがレクリエーションも兼ねて、釣りや狩猟をしているようです。先日は北極熊を捕まえたと言って、大騒ぎしていました。また水は淡水化装置を積んでいるので、不足しない程度には生産することができます」
「石炭だけは無くなると困るので、実は一度まだ余裕がある内に、ディスコ島のゴッドハウン(Godhavn. 現在のケケルタルスアク Qeqertarsuaq)まで行って、買ってきています。この当時のゴッドハウンは準首都として機能していた大きな町でした」
その日ボードで食料と水を持って来たセシルに、セルジュは言った。
「今日は可愛いね」
「あまり見ないで下さい!」
セシルはピンクのチュニックに、白いロングスカートを穿いていた。
「セシル、女子用航海士制服を支給しようか?」
「勘弁して下さい」
「また負けたの?」
「バックギャモン(*88) 大会で最下位になったら、これ着せられました」
「ああ、セシルがバックギャモンに弱いの分かってて、誘ってるよね」
「ぼく、しないと言うのにぃ」
「セシルにこの服を着せることが目的化している」
「ヴァンサンさんといつも最下位争いしてます」
「ああ、ヴァンサンがスカート穿いてるのも見たことある」
「私は彼のスカート姿は見ないようにしている」
「あそこまでスカートが似合わない人も珍しい」
(セシルの出番は最初この場面と後述の測量の場面だけの予定が、この女装があまりに可愛かったので、彼の出番は大いに増えることになった)
(*88) バックギャモンは西洋ではポピュラーなボードゲームである。日本でも平安時代には双六(すごろく)の名前でよく遊ばれていて、囲碁と並ぶ、平安貴族の嗜みだった。囲碁がその後もずっと遊ばれていたのに対して、双六の文化は消えてしまった。江戸時代以降“双六”と呼ばれるようになったゲームは古くは“絵双六”と呼ばれ区別されていた。
語り手「7月も下旬になるとゼフィランもかなりメドが立って来たようでした」
「このペースで行くと、海岸から40-60mくらいの地点に着地しそう」
とゼフィラン。
「ギリギリじゃん。もっと南にはできない?」
とミレイユ。
「いや、これでいいんだよ。隕石は落下した所で止まるわけではない。勢いがあるから、そこから滑走して地面との摩擦で止まる」
「あ、そうか」
「この半島には小さな山があるから、これがブレーキになると思うけど、海岸ぎりぎりくらいに落とさないと、山を突き抜けて国有地に飛び込む可能性が出てくる」
「難しいね」
「海岸に到達しないと、フィヨルドの底に沈んでいくけどね」
「それは困る」
「まあ風もあるから北にずれることはないと思うよ」
「ああ。北風がかなり強いよね」
「あと大気中で燃えてどうしても一部は失われるからね」
「どのくらい失われる?」
「予測できないけど、3分の1から、ひょっとすると半分くらい」
「半分でも相当なものだから、それはいいよ。でも燃えた金(きん)はどうなるの?」
「小さな塵になって、隕石の落下経路に降ると思う」
「ふーん・・・」
語り手「ゼフィランの操作は落下予定日前日8月17日の朝まで続けられました」
「やはり海岸から40-50mくらいの場所に落ちそうだよ」
「順調に来たね」
「さあ、撤収しよう」
とゼフィランは言う。
「撤収するの?天体落下をそばで見ないの?」
とミレイユ。
「天体が落下すると、周囲1km以内は1000度以上の高温になるし、そもそも衝突の衝撃で、このあたりの土地がまるごと地上2-3kmの高さまで吹き飛ぶと思うけど」
とゼフィラン。
「それはさすがに逃げないとやばいね」
セルジュが赤色の花火を打ち上げる。それで“アルジャン”に乗って、作業班のリーダー(新田金鯱)がやってくるので、ミレイユは
「小屋と櫓を片付けて撤退するよ」
と言った。
語り手「このボートの帰りで天体望遠鏡と軌道変更機を持ったゼフィラン、タイプライターを持ったミレイユに、食材や寝具を持ったセルジュがアトランティスに移動します。その後、作業班が上陸して、小屋と櫓を2時間ほどで分解し、アトランティスに回収しました」
「どのくらい離れていれば安全?」
とミレイユが訊く。
「島影なら20kmでもいい」
とゼフィラン。
「ではサジク島の北岸のフィヨルド内に行きましょう。それなら間にタルク島とハヤマ島があるし、フィヨルド内は水深が深いから津波の影響が小さいです」
とダカール船長。
「朝4時頃、天体に関する最後の操作をする。その時は再度上陸させて。その後、その退避場所に移動しよう」
とゼフィラン。
「分かった。あんたを島に降ろしたら私たちは退避すればいいね」
とミレイユ。
「ぼくも連れてってよ。まだ死にたくないから」
「あんたが死ねば遺産は従姉の私が相続するから黄金の流星も私の物になって問題無い」
「遺体が見付からないと死亡届けが出せないと思うけど」
「仕方ないな。回収してやるよ」
ダカール船長とセルジュが呆れて会話を聞いていた。
語り手「それでゼフィランとシャルル1等航海士(坂口芳治)がその作業のために仮眠します。2人は8月18日午前3時半(グリニッジ時間)頃、“アルジャン”に乗って、ウペルニヴィク島に再上陸しました。海岸に機械を設置します。天体は4時すぎに北西の空に現れ、満月よりも明るく輝いていました」
「凄い輝きですね」
とシャルルが少し怖そうに言う。
「今回は落ちないよ。これから降下軌道に入れるから地球を1周回って6時頃にこの付近に落下するはず」
「1時間半で地球を一周するんですか!」
「そうだよ」
「とんでもないスピードですね」
「時速27000kmくらいだね」
「すごーい!」
「時計の秒数を読んで」
「はい」
シャルルがクロノメーターの秒数を読む。ゼフィランはそれに合わせて操作をした。
「よし。これでOK。撤退しよう」
「はい」
語り手「それで2人はアルジャンに乗って島を離れ、アトランティスに戻りました。アトランティスはすぐに発進し、フィヨルドを下って、バフィン湾に面したサジク島の北岸沖に停泊しました」
「6時頃操舵室に居るのは誰?」
「私とローランにエミルです」
とダカール船長。
「機関室に居るのは?」
「私とスーです」
と機関長。
「どちらも大火球が見えたら全員床に座って。立っていたらたぶん倒れる」
「分かりました」
語り手「大火球は5:40頃に北の空に現れました。物凄い明るさです。この北の地では太陽は昇っても低い所にしか居ないのですが、突然南国の昼間のような明るさになりました。起きているクルーたちにはサングラスが配られます」
「あと15分くらい」
とゼフィランは時計を見ながら言う。。
火球がどんどん近づいてくるので、船のクルーたちの間に悲鳴にも似た声があがる。
「ここにはぶつからないから心配しないで」
とゼフィラン。
ミレイユは腕を組んでその火球を見ている。
「あと5分」
火球が近づいてくるが音は比較的静かである。みんな映画でも見ているかのように(*89) その大火球を見ていた。
「あ、分裂してる」
とゼフィランが言う。
「どうなるの?」
「多分問題無い」
(*89) 映画は1895年、リュミエール兄弟により発明された。むろん当時はサイレント映画である。トーキーは1923年に開発された。それ以前にも音声付きの映画は存在した。例えばリュミエール兄弟自身が指揮して1900年のパリ万博で上映された映画は音声付きだったが、この頃は映画のフィルムとは別にレコードを用意して掛けていたので、映像と音声の同期は困難だった。
「ぶつかる」
とゼフィランが言った次の瞬間、東のほうで物凄い爆発音のようなものが2つ続けて起きる。次の瞬間、物凄い波が来て、船はその波に持ち上げられたが、そのまま降りて行った。全員ふわっと浮くような感覚を覚えた。
そして東の方に巨大なキノコ雲ができた。
「何あれ?」
「何ですか?あれは」
「あんな雲見たこと無い」
と多数の声。
「隕石の衝突の衝撃でできたんだよ。凄い勢いでぶつかったから、その付近の土砂を吹き飛ばして、ああいう形の雲ができたんだと思う」
「なんで一番上は平らなんですか?」
「よく分からないけど、押しのけられた空気の抵抗だと思う」
ミレイユは訊いた。
「地面に落ちたよね?」
「たぷん。今の音は水に落ちた音ではないと思う」
とゼフィランが答える。
「見に行こう」
「1時間ほど待て。これから雨が降ってくる。それが収まるまで待たないと危険だ」
「雨?」
とミレイユが言う間もなく、真っ黒な雨が降り出した。
6:13 日出になったはずだが、真っ黒い雨が降っているのでよく分からない。雨は結局2時間ほど降ってから収まった。
「船が真っ黒」
「洗えばいいさ」
「見に行こう」
「うん」
それでアトランティスは発進し、ウペルニヴィクに向かうが、途中で停船する。
「これ以上近づくのは無理です。熱すぎます」
とダカール船長。
「待って」
ゼフィランは、天体望遠鏡を組み立て、島に向ける。
「天体望遠鏡って、地上を見るのにも使えるんですか?」
とダカールが感心している。
「遠くから彼女の様子を伺うのにも使えるよ」
とゼフィランが言うと
「やってみたいな」
とダカールが言う。するとミレイユがダカールを睨んだ。
この程度のジョークで怒らなくてもいいのにとゼフィランは思う。