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ボストン天文台のJ.B.K. ローウェンサルのメッセージ。
朗読者1(西宮ネオン)「5月30日から始まったフォーサイス・ハデルスン天体の迷走はやっと終了したようである。6月10日以降は、軌道は規則正しくずれて行くようになった。離心率も少しずつ大きくなってきている。但し現段階では、天体が落下するかどうかはまだ予断を許さない。今の高度であれば、またもし不規則な動きが輪割った場合、予想外の軌道に遷移する可能性もある」
ゼフィランのアパルトマンにノックがある。
「どなたですか?」
とシルビア(木下宏紀)が男声で尋ねると
「掃除夫のチボーです」
とナタリーは答える。
「どうぞ、お入りください、お願いします」
と言って、カジュアルなドレスを着たシルビアは笑顔でドアを開けた。
「あなたは?」
とナタリー(立花紀子)が訊く。
「ジルダルさんの友人なんです(Je suis une amie de M. Xirdal)(*68)。お留守番を頼まれています」
とシルビアは男声で説明した。
(*61) 男性の友人なら un ami, 女性の友人なら une amie になる。シルビアは男声を使いながらも自分を女性名詞で受けている。ami と amie は同音(アミ)だが、その前に付く不定冠詞は男性なら un (アン)、女性なら une (ユヌ)である。ここでは Je suis (I am) の後なので、リエゾンして“ザン/ジュヌ”。全部通すと“ジュスィ・ザナミ/ジュスィ・ジュナミ”になる。Mはムッシュー。
「ああ、お友達!」
とナタリーは意味ありげに答えると、まずは食器を洗い、洗濯をしてから部屋の掃除を始める。本などを整理した上で窓の所に行くので
「窓の付近は掃除しないでください」
とシルビアはナタリーを停めた。
「でもほこりがあるよ」
「窓際の機械に触られると地球が爆発するので」
「きゃー、そんな恐ろしい機械なの?」
「触らない限りは全く大丈夫です」
「じゃ触らないよ」
とナタリーは言ったが、翌日もやはり触ろうとしてシルビアに停められた!!以降、ナタリーとシルビアの攻防は毎日続くことになる!
シルビアの心の声「単に留守番するだけで月に120フランももらっていいのかなあと思ったけど、なるほど。これは大変な仕事だ!」(*62)
(*62) このエピソードも原作には無い映画オリジナルである。念のため。宗教規律の厳しい国のバージョンでは、シルビアの吹き替えは全て女性俳優が行っている。マリの声は男性俳優が吹き替えている。
木下宏紀は「ぼくは男ですし、去勢もしてません」と主張しているが、実際問題として女にしか見えないので、多くの人は性転換手術済みだろうと思っているし、本人も諦めて素直に女子トイレを使っている。§§ミュージックのホームページ上で彼の性別は記載されていない:アクアの性別も消すべきではという意見もある!
字幕:7月6日(月)朝。
ゼフィランは天体に関する最後の操作をおこなった。これで後は直前まで放置しておいても天体は目的の場所に落下させられるはずである。
カメラは部屋の時計を映す。9時である。
ノックがある。
「私(Moi)」
という声。ミレイユである。
「入って(Entre)」
とゼフィランが言うので入ってくる。
「もう大丈夫?」
「うん。これで天体は例の場所に落ちる。最後に大気圏突入の操作は必要だけどね」
「じゃ行こうか?」
「うん」
「下に私の車を停めてるから」
荷物は、ゼフィランの着替え、例の機械を納めたかばん、天体望遠鏡を入れたかばん、様々な部材や道具を入れたかばん、の4つである。
「私が半分持つよ」
とシルビアが言うので、彼女に衣類の入ったかばんと部材の入ったかばんを預け、軌道操作機と望遠鏡はゼフィランが持って3人で下まで行く。道に停めてある、Peugeot Type 91 (2207cc 6人乗り max 70km/h) に乗り込む。
シルビアが手を振って見送り、運転手(座間和春:この車を貸してくれた所有者さん本人!)が車を発進させ、ゼフィランとミレイユはル・アーブル港に向かった。
語り手「ル・アーブル(Le Havre)港に、500tのクルーザー(*67) “アトランティス”(Atlantis) が停泊しています。速度は20ノット以上出る船です(*69)」
紺色の制服を着て、4本ラインの帽子をかぶった船長のエトワール・ダカール(Etoile Dakkar, 演:松田理史)(*63) が敬礼で迎え。ミレイユ(アクア)は彼にキスして返礼した!
(観客の悲鳴!)
再度、元原マミが出て解説する。
「フランスではキスは日本の握手程度の挨拶です」
(*63) 原作では名前は出て来ない。Dakkarという名前は“ネモ船長”の本名から採った。Etoileは“星”という意味。女性名詞!なので
「女の子名前じゃないの?女性キャラということにして女装させる?」
とアクアが言ったが、河村監督が却下した。理史は『少年探偵団』で女装させられたことがあり「可愛い!」と好評だったが、本人は
「あれは10代だからできたんだよ。もう無理」
と言っている。
「18歳で去勢しておくべきだったな」
などとアクアは言っていた(*64)
(*64)映画制作中は、河村監督と美高さんもセックス禁止だが、アクアと理史もセックス禁止である。でないと、外出禁止を守っている他の役者さんに示しがつなかい。アクアは自分のパンティを彼にあげてヌード写真まで渡していた。
画面が戻る。
ミレイユとゼフィランはグリーンの制服を着たパーサーのセルジュ・ベルナール(演:七浜宇菜)(*65) に案内されて船室に入った。2人はひとつの部屋に案内される。豪華なキャビンである。
「ね、もしかしてミルと同じ部屋?」
「そうだけど、何か問題ある?」
「男女同じ部屋はまずいよぉ」
「だってゼフは女の子に興味無いんでしょ?だったら女の子と同じだから全く問題無い」
「なんか誤解されている気がする」
一応部屋の中央をカーテンで仕切れるようになっているので、カーテンを閉めさせてもらった!
語り手「ルアーブル(Le Havre)と目的地、グリーンランドのウペルニヴィク (Upernivik) (*70) までは2800海里(*68)あり、最高速度で航海すれば6日弱で到達できます。しかし往路はあまり無理せず、ゆっくりと走りました」
「7月14日にグリーンランドの首都・ゴットホープ (Godthåb 現在のヌーク Nuuk) に到着します。ここで案内役のグリーンランド人で30歳くらいのタトカという男性(演:ケエク)(*66)を乗せました。彼はデンマークに留学していたので、デンマーク語とフランス語・ドイツ語が話せます(という設定)。それでミレイユたちと会話が可能でした」
「あとどのくらい掛かるんだっけ?」
とミレイユ(アクア)は尋ねる。
「あと540海里ほどですので、急げば22-23時間ほどで着きますが、通ったことのない海域なので、慎重に船を進めたいので2日ですね」
と船長(松田理史)。
「氷山とかにぶつかるとやばいもんね」
「それは怖いですね」
「じゃ明るい内だけ進めるの?」
「1日中明るいですよ」
「そういえば明るいね」
「このゴットホープだとまだ日が沈みますか、今の時期だとだいたい北緯68度を越えたあたりで白夜になりますから、1日中太陽が沈まなくなります」
「ああ。白夜か!目的地も白夜?」
「はいそうです」
「良かったねゼフ。夜が来ないから1日中仕事がしてられるよ」
「寝ないと死ぬと思う」
(*66) ケエクさんは、ドイツ在住のグリーンランド人タレントさんである。今回の撮影のためにモンド・ブルーメ社が所有する Cessna Citation Jet Longitude (12人乗り) に乗せて日本に連れて来、撮影に参加してもらった。この飛行機に実は例の手回し洗濯機なども載せてきた。今回のビデオネーム“タトカ”は亡くなったお祖父さんの名前らしい。彼はドイツ式ローマ字で書いた(“島の形”を "Schima-no-katatschi" などと書く)日本語台本を読んで演技をしてくれた。アクアや宇菜は簡単なドイツ語会話はできるので、結構コミュニケーションが取れていた。彼は当然アクアも宇菜も女の子と思っていたので
「君たち2人とも男装がうまいね」
などと言っていた!
グリーンランド人はヨーロッパ人と接触するようになって以来、ヨーロッパ風の名前もかなり輸入した。ただ、元々男の名前、女の名前という考え方が無いので、輸入した名前も男女気にせず使用される。そのため、しばしば男性のエリゼさんとか、女性のペーターさんがいたりするらしい。
(*67) 原文ではyacht(ヨット)と記述されている。欧米でヨットというのは一般的な遊行船を言い、日本でいうクルーザーはこの意味のヨットの一種である。
欧米的なヨットの定義は、漁船・軍艦・客船・貨物船などではなくオーナーの趣味に使う船でサイズが24m程度以上、雇用した船員が運航し、宿泊可能で豪華!なものである。今回実はゲストルームに作業班を乗せているので船室節約でゼフィランはミレイユの部屋に入れることにした。
しかしヨットと書くと、日本人は小型の帆船を思い浮かべるので敢えてクルーザーと訳している。500tというのは遠洋航海をするには比較的小型の船である。広島県の宮島フェリーが250t程度なので、あれより一回り大きな船を考えてもらうと良い。この船は、当時の一般的な外洋客船の1.5倍程度の速度が出るという設定になっている。
(*68) この部分は原文では800海里と書かれている。しかしGoogle Earth上で実際にルアーブル港から目的地までを測ってみると2600海里ほどある。それで2800海里と書いたのが先頭の2 (deux mille) が脱字したものと判断した。同様の箇所が少し先にも出てくる。原作はヤードとメートルの混乱も見られ、どうも校正が不十分っぽい。
(*69) この船の実際の航行日数を見ると、24ノット以上は出ている。
(*70) 原作のUpernivikは基本的に架空の島と考えた方がよいので、今回の翻案でもそういう扱いにしている。
Google Earth で Upernivik を検索すると、71°15′56″N, 52°48′04″W に、その名前の無人島があるが、物語の記述 72°53′30″N, 55°35′18″W からはあまりに遠すぎる。200kmほど離れている。恐らく名前を借りただけ。逆に物語の緯度経度の場所を見てみると、アーッピラットク (Aappilattoq) という大きな島がある。上記の緯度経度はこの島南部の西岸から 800mほど“西”の海上であり、物語の記述とわりと親和性がある。
なお、この経度は“グリニッジ経度”(*71) で書かれているものと思われる。
この島の西方20kmには Upernavik という島がある(aとiが違う)。空港もあり、人口も比較的多く美術館まである島で、この地域の中心となっている。この付近は物凄く密集した多島海だが、この群島をウペルナビク群島 (Upernavik Archipelago) という。群島の北半分は後述のメルビル湾に掛かっている。
(↑wikipediaより引用。画面右が北。赤く塗ったのがウペルナヴィク、オレンジに塗ったのがアーッピラットク)
以下、作中の“ウペルニヴィク”は架空の島であるとして話を進める。
(*71) 現在ては世界的にグリニッジ天文台を“本子午線”とする経度が全世界で使用されているが、昔はカナリア諸島西端のフェロ島(現エルイエロ島)を本子午線とする経度が使用されていた。ここが“世界の西端”なので、ここを基準にすると“世界の全ての地域”がプラスの経度で記述できるからである。カナリア諸島に基準を置くのはプトレマイオスの時代から行われていた。
しかしイギリスは“日の沈まない帝国”を築き、世界の地図を作ってグリニッジ経度で海岸や島の位置を表記した。またアメリカはワシントン海軍天文台を本子午線にした経度を定めていた。
子午線の世界標準を作ろうということになった時、いったんはフランスが推すフェロ経度の採用が決まったが、イギリスが巻き返して1884年の国際会議で、グリニッジ子午線を本子午線とすることが決まった。フランスは投票を棄権し、1911年に至るまでフェロ経度を使い続けた。
両者は17.662819度異なる。この小説が出版された1908年当時、フランスはフェロ経度を使用していたが、小説に記載されている位置がフェロ経度だとしたら、この場所はクリーンランドのド真ん中の雪原地帯で、そもそも当時の技術では人間が到達不能である。それで使用されている経度はグリニッジ経度であると解釈した。
おそらくヴェルヌは近い内にフランスもグリニッジ経度に移行するだろうと考え、その基準で書いたものと思う。