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■夏の日の想い出・日日是好日(23)
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目次 8
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山幸彦は女性の前に跪いて言いました。
「姫様、私は日向国(ひゅうがのくに)に住む山幸彦と申します。天孫・迩迩芸命(ににぎのみこと)と、大山祇神(おおやまづみのかみ)の子・木花開耶姫(このはなさくやひめ)の子孫です(*61)。私は山で鳥や獣を狩って暮らしております」
「海で魚を獲って暮らしている兄の大事な釣り針を紛失してしまい、それを探しに来たのです。海の中でどうやって探そうと思っていたら、塩椎神(しおつちのかみ)という方に籠を作って頂きまして、それに乗って海に入ったらここに辿り着きました」
「木に登っていた理由(わけ)は?」
「誰か来たので、見咎められるかなと思い、隠れようとして」
「あなたはどうして釣り針を無くしたのですか?」
「1日だけ兄と交替で海で魚を獲ろうとしたのですが、私には海の漁は無理なようで、魚は釣れず、1回だけ引いたものの魚は逃げて釣り針を失いました」
「魚は釣らなかったのですが」
「全然釣れませんでした」
「普段は釣りはなさらないんですか?」
「はい。私はもっぱら山で鳥や獣を狩っています」
「塩椎神(しおつちのかみ)に導かれたのですか?」
「はい。助けていただきました」
「だったらお助けしましょう」
(*61) 古事記・日本書紀ともに山幸彦は迩迩芸命(ににぎのみこと)と、木花開耶姫(このはなさくやひめ)の末子・ほおりの命(みこと)であると記す。しかしそうすると、出雲一族を屈服させて地上の支配者になったはずの迩迩芸命の息子が、長男は漁師をして末子は猟師をしている理由が全く不明である。
そこでこのドラマでは、山幸彦・海幸彦は、天孫の子孫という解釈をした。子孫がたくさんいたらその中には漁師や猟師になった者も居たであろう。
多くの研究家がこの神話は恐らく3世紀頃(卑弥呼の時代より少し後)に九州で天孫族と隼人族の争いがあったのを背景に成立した話だろうと推測している。しかし天孫族も隼人族も元は兄弟だったんだというのがこの話である。
姫は“豊玉姫”(とよたまひめ)と名乗りました。海神・綿津見神(わだつみのかみ)の娘であるということです。
姫は山幸彦を父・綿津見神(光山明剛)(*62) の所に連れて行き、
「日向の国から塩椎神の導きによっていらした山幸彦様という方です。お兄さんの釣り針を無くされて、それで探しておられるということです」
と申し上げました。
「それは遠い所からいらした。ちょっと訊いてみよう」
と海神はおっしゃって、多数のお使いたちを集めておっしゃいました。
「釣り針が引っかかっている魚がいないか調べてほしい」
それで多数のお使いたちは各々調べてみるということでいったん散ります。
海神は山幸彦を歓迎し、まずはお酒を勧めます。いろいろ見たこともない食べ物が出て来ますが、これがとても美味しく感激しました。豊玉姫も山幸彦の傍に寄り、色々なお話をしました。
(*62) 綿津見神(わだつみのかみ)は海の神様であり、“海神”と書いても“わだつみのかみ”と読む。また“海神社”と書いて“わたつみじんじゃ”とも読む。
文献によっては豊玉姫の父の名前は豊玉彦であったとするものもある模様。
綿津見神の出自について古事記は2つの説を載せている。
ひとつは伊邪那岐・伊邪那美(いざなぎ・いざなみ)両神による“神産み”のところで“次生海神、名大綿津見神”とあり、その少し先には“次生山神・名大山上津見神”とあり、大山津見神(大山祇神)と大綿津見神が対の神であることを示唆する。
一方伊邪那岐神の“みそぎ”の所ではこう書く。
於水底滌時、所成神名、底津綿上津見神、次底筒之男命。
於中滌時、所成神名、中津綿上津見神、次中筒之男命。
於水上滌時、所成神名、上津綿上津見神訓上云宇閇、次上筒之男命。
底筒之男命・中筒之男命・上筒之男が住吉三神で航海の神様。
底津綿上津見神・中津綿上津見神・上津綿上津見神が海の神様である。
この2つの綿津見神は基本的には同じ神様とみなされている。
豊玉姫が海神の宮殿を案内してくれたりして、お互いに色々な話をしました。その内多数のお使いたちが戻って来ます。お使いは
「この者が釣り針が掛かっています」
と言って魚たちを連れてきます。海神は各々の魚から鈎を取ってあげます。
「あなたの無くした鈎はこれですか?」
「いえ、それではありません」
山幸彦はそれで多数の釣り針を見ますが、無くした釣り針とは違うと思いました。また色々な釣り針を見ている内に、確かにあの無くした釣り針は特別な鈎だったかも知れない気がしました。
(お使い:今川ようこ・左倉まみ・大空由衣子。魚はCG)
そして一週間後、海神のお使い(直江ヒカル)が連れてきた赤鯛に引っかかっていた釣り針が見覚えのあるものでした。
「あ、これです」
「そうか。見付かって良かった」
「赤鯛さんも喉から鈎が取れて良かったね」
「山幸彦さんもはるばるここまで来た甲斐がありましたね」
と海神も喜んでくれました。
「これは鹿の角で作った釣り針ですね」
「ああ、やはり特別なものなのんですね」
「釣り針は昔は巻き貝の殻で作ったが(巻き貝先端のカーブを利用する)、どうしても割れやすかった。その後鹿の角を使うものが現れた。最近では青銅や鉄で作ることが多いが、鹿の角の釣り針は丈夫なわりに軽く大物が狙いやすいんだよ」
「へーそういうものだったんですね」
兄がこの釣り針を大事にしていた訳が分かったと山幸彦は思ったのでした。
日向の海岸まで綿津見神のお使いの者が送ってくれるということだったので山幸彦(アクア)は帰り支度をして部屋をきちんと掃除していました。そこに豊玉姫(アクア)が護衛(川泉スピン)だけを連れてやって来ました。
「お帰りになるの?」
と豊玉姫が訊きます。
「うん。目的のものが見付かったから。やっと兄に返せる」
と山幸彦は答えます。
「お帰りになるの?」
と豊玉姫は再度同じ質問をしました。
山幸彦は掃除の手を休めて豊玉姫を見ます。
ふたりが見詰め合います。
山幸彦は豊玉姫のそばに歩み寄ります。護衛の侍女が見ていますがそれは気にせず、豊玉姫の両肩に手を置きます。姫はじっとこちらを見ています。山幸彦はそっと姫の唇に口付けしました。
(接触の寸前でブラックアウト(*63))
(*63) 視聴者の声
「これ、してるよね?」
「うん。あの距離からはもう停まらない」
監督の指示では寸止めでMもそのつもりだったが、Fはやっちゃった!
安易に予想されたできごとではあったが。
むろん豊玉姫がMで山幸彦がFである。男アクアが女装し、女アクアが男装するのは両者の雰囲気を近づけるため。
「でもFちゃんは男装してても女性に見える気がする」
「まあアクアは女の子になりましたと発表するのも時間の問題かな」
「嫌だ」
「Mちゃんも女の子らしくなってきてる気がするし」
「ですよねー」
「ちんちんとかもう無いんでしょ?」
「アクアにちんちんがあることは国民が許しません」
「国民が許さないの〜?」
(10月に性別軸を1回転させたことで体型がより女性的になったのだが、そのことをアクアは意識していない)
海神のお使いの運び役(立花紀子)がやってきて、部屋の外に座っている警護役(川泉スピン)に言います。
「お送りする準備はできたが・・・・」
「山幸彦様は今日はお発ちになりません」
お使いは部屋の帳(とばり)を見ます。
「分かった。もし急にお発ちになる場合は呼びに来て。念のため仮眠して待機してる」
「了解〜。良かったら休む前に侍女を誰か呼んできて」
「ハオ」
語り手「結局山幸彦は豊玉姫と結婚し海神の宮殿でそのまま過ごしました。海神は山幸彦に様々なことを教え、また身体も鍛えさせました」
映像は2人の結婚式シーン、2人が仲良くお話ししている所、一緒に食事をし、またお酒を飲んでいるところ、一緒のお布団に並んで寝ている所などを映します。
挿入歌:姫路スピカ『甘い生活』
また、山幸彦(アクア)が先生たち(秋風コスモス・川崎ゆりこ・桜野レイア)から、何やら習っているところ、走っている所、泳いでいる所、腕立て伏せや腹筋をしているところ、警護役(川泉スピン)から剣を習っている所などが映ります。対戦練習では木刀ですが、藁(わら)相手には鉄の剣も使います。
「銅(青銅)の剣とは切れ味が違う」
「鉄の鍛冶が必要ですけどね」
「ああ」
挿入歌:薬王みなみ『練習練習また練習』
また弓矢は元々上手かったのですが、強弓(つよゆみ)や弩(いしゆみ:クロスボウのこと)も学び練習しました。弩は山幸彦も初めて見たのですが(*64) その威力に驚きました。
「これなら虎でも一撃だよ」
「とらって何ですか?」
「物凄く獰猛で強い獣だよ。日本には居ないが中国には居る」
「中国には色んなものがあるし、また居るんでしょうね」
「しかし弩(いしゆみ)には大きな欠点があるのだよ」
「なんでしょう」
「連射ができないこと」
「あ、そうか」
「普通の弓なら次から次へと射ることができる。しかし弩(いしゆみ)は矢をつがえて弓を引くのにどうしても時間が掛かる.だからあまり戦闘向きではないね」
「なるほどー」
(*64) 弩(ど/クロスボウ)は西洋ではBC10世紀頃には使われていた。中国でもBC7世紀頃から使用され戦国時代 (BC53?-BC221) には弩兵集団が登場している。日本では“弩”の字に“いしゆみ”“おおゆみ”などの訓を当てている。
西洋の場合、弩の威力は強烈で当時のかたびら(mail という。金属で編んだ簡易な防具)を軽く貫通した。あまりに強烈で殺傷力が高いため、キリスト教徒に対して使ってはならないなどという禁令を教会が出したが、異教徒の傭兵に使わせた!!
クロスボウの連射性の悪さは常に問題にされてきた。多くは機械的な機構で弓を張っており、重力を利用したもの、足で張るようにしたもの。ハンドルを回して張るものなどがあった。普通は弓を引くのに30秒ほどかかるが名人になると5秒で張れる者もあったという。
しかしそれでも弓を引く間は盾だけが頼りだった。このため中世ヨーロッパでは、弩兵軍団が通常の弓兵軍団に敗北した例もある。(11世紀頃のノルマン人とアングロ人の戦いの中のどれかだったと思うが、どの戦いか確認できなかった)
このドラマで使用したのはハンドルを回して弓を張るタイプである。
山幸彦が豊玉姫と結婚し、海神の宮殿で過ごすようになってから3年経ったある日。
海神の宮殿に、亀が1匹やってきて男の姿(西宮ネオン)に変わります。彼は海神と何やら話していました。
海神はしばらくひとりで考えていました。やがて宝物殿に行くと2つの珠を取り出しました。どちらも掌(てのひら)でちょうど持てるような大きさです。片方は栗のような形、もう片方はバベルの塔のような形です。
海神は自室に戻ると側近(大山弘之)に言いました。
「山幸彦を呼んできて」
「はい」
場面が変わり、集団と集団の戦闘が映る。黄色い剣を持つ者たちと白い剣を持ち白い鎧(よろい)・白い兜(かぶと)を着けた者たちとの戦いだが、白い剣を持つ者たちが圧倒していく。黄色い剣は全部曲がってしまう。やがて黄色い剣を持つ者たちが全て倒され、白い剣を持ち白い鎧・鎧を着る者たちが勝ち鬨(かちどき)をあげる。
(以上は全てCG)
「おい、海幸彦」
と言って家に入ってきたのは村人のヤダイ(鈴本信彦)です。
「ノリハ村もやられようたぞ」
「うちの村まで来るのは時間の問題だな」
と海幸彦(岩本卓也)も答えます。
「明日昼過ぎから戦闘練習やる。お前も来てくれ」
「分かった」
「お、なんか美味そうだな」
「ああ、食って行けよ」
と海冊彦が言うので、ヤダイはお刺し身に舌鼓を打ちます。御飯、更にはお酒までもらっています。2時間ほどおしゃべりしてからヤダイは言いました。
「ところで俺とお前の仲だ。教えろよ。弟は、お前が殺したのか?誰にも言わないからさ」
正直ヤダイは狩りの名人である山幸彦が居てくれたらかなりの戦力になるのにと思っていました。
「死んではいないと思う。口論になって、ここから出て行ったんだよ。ただ遠くに行ってるだけだと思う。自殺するようなタマじゃないし。いづれ帰って来るよ」
ヤダイは“遠くに行ってる”という表現からやはり死んだのだろうなと思いました。しかし今は人を殺した経験のある者はむしろ頼りになります。
映像はクロスフェイドして、村の男たちが木の棒を持ち戦闘練習をしている所を映します。(出演:後述)
挿入歌:薬王みなみ『練習練習また練習』
語り手「キサハ村もトネリ村も“白い剣を持つ軍団”にやられ、次はとうとう海幸彦たちのウド村に攻めて来そうと思われました。白い剣の軍団にやられた村では男は全員殺され、女は奴隷にされていました」
(子供も見ている番組でレイプされたとは言えない)
その夜海幸彦は夢を見ていました。立派な宮殿を背景に弟の山幸彦が立っていて言いました。
「お兄ちゃん、白い剣は鉄の剣だよ。白い鎧・兜も鉄の鎧・兜。青銅の剣では歯が立たない」
「鉄だったのか」
「あの軍団と対決する時は奴らをムナの浜に誘い込んで。こちらはムナ坂の上の峠の付近まで退避して」
「分かった」
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