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■春一(19)
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2019年春、大学を卒業する同じ高校出身の先輩女子から
「コミュニティラジオのレポーターしない?」
と言われた。
町中で見付けた“面白いもの”やイベントの類いをレポートするのがお仕事である。何か面白いものを見付けた時から仕事が始まるので、勤務時間とかは無い。報酬は“採用された”レポート1件につき3000円という安いものであるが、1ヶ月に30件採用されたら9万円である。実際には先輩は月に3万程度しかもらっていなかったらしい。まあ大学生くらいしか、こんな仕事はしてくれないだろう。元々コミュニティラジオは予算が少ない。
でも楽しそうな気がしたのでやってみることにした。真白のレポートは採用率が高く、結局毎月7-8万もらい、充分なバイトになっていた。
2019年9月に放送された『北陸霊界探訪』の“究極の自爆営業”を見て、
「嘘!?金沢ドイルさんって現役の水泳選手なの!?」
と驚いた。
それでwikipediaを見て、川上青葉さんが1997年生まれと知り
「信じられなーい」
と思った。
番組内で妹の金沢コイル(村山千里)さんが言っていた。
「ドイルは小学生の頃から霊能者してたんです。そういう時、ドイルは小学生なのに、中学生か高校生くらいに見られていたんですよ。あの子すごく落ち着いた雰囲気がありますからね。クライアントも小学生に言われても今一信用しませんけど、中学生や高校生なら信用してくれる。そういう時、あの10歳くらい年上に見られる雰囲気が役に立っていたんです。そして今や20歳くらい年上に見られて、ベテランの霊能者だろうと益々信用されるようになりましたね」
でもテレビを見ながら壱越は言っていた。
「あの妹のコイルのほうがボクは怖い。一見普通の霊感人間程度に見えるけど、何か得体の知れない怖さがある」
(↑壱越にまでコイルの方が妹と思われている)
「多分それは家子(いえこ (*34) )が物凄く強いから分かることなんだろうね」
と真白が言うと、褒められたと思って得意そうにしていた。
(*34) 普段、壱越(いちこつ)に呼びかける時の名前。真名(まことのな)は普段は呼ばない。“壱越”をそのまま中国語読みすると“イーウェ”になるので“いえこ”という名前が生まれた。それに彼は女の子名前で呼ばれるのが嬉しいようである。
2020年の3月から5月まではコロナで授業が無かった。
6月になると、真白たちの大学は出席番号の奇数偶数で分けて、リモートとリアルの授業を週交替でするようになった。真白と美里はどちらも奇数で、同じ組になった。
七尾市で看護師をしている母は「家族に感染させてはいけないから」と言って七尾市内に1Kのアパートを借りてそちらに住むようになった。
実質的な別居だなと真白は思った。父と母の関係が限界っぽいのは前から感じていた。
スポーツ大会は軒並み中止になり、高校最後の学年で今年こそ全国大会に行くぞと言っていた礼恩はその夢を果たすことができなかった。
しかし真白・美里も、双方の家族も幸いにもコロナにやられることなくこの年を生き延びることができた。
2021年春、礼恩は金沢市内の大学(真白たちとは別の所)に進学し、金沢に出てくることになった。同居したいと言われるかと思ったのだが、なんと父が礼恩と一緒に金沢に出てくることにし、父と礼恩で大学に近い所にあるマンションを借りた。父はネットを通して原稿を納品するので、どこに住んでいてもよい。
父と娘の2人暮らしではあるが、父は実質女性なので、傍目(はため)には母娘の2人暮らしに見える。
一方、母は七尾市内のアパートのままである。
これで父と母は完全な別居になったようである。
壱越は言った。
「あの家に誰も住人が居なくなるのはまずい。何とかしてくれ」
「何とかと言われても・・・」
真白は母に電話した。
「あの家誰もいなくなるからさ、お互いに感染させる恐れないじゃん。アパート引き払ってこちらに戻って来ない?アパート代節約。それに
七尾市内に居るよりN町の方が感染確率も低いよ」
「家の周辺に人が居ないもんね!」
それで母が戻ってきたおかげで、この年はこの家を維持できることになる。
しかも壱越が母をガードしているおかげで、母は病院でクラスターが発生した時も無事だった。この時病院内で無事だったのはわずか5人だった。常勤の中では母が唯一だった。
更に、昨年まで母が住んでいたアパートが火事で燃えて死人まで出た。
「あのアパート出てて良かったぁ!」
と母は言っていた。
2021年の夏、バイトをしているラジオ局から言われた。
「実は“エキゾチックななお”を担当している前山さんが旦那さんの転勤で退職するんですよ」
ここは金沢・小松・七尾・高岡に放送局があり、相互に番組の融通もしているが一応各々が独立の会社になっている。真白がバイトしていたのは金沢の局だが辞めると言っているのは七尾局のパーソナリティである。
「え?前山さんの旦那さんって、転勤のあるような企業に勤めてたんでしたっけ?」
と真白は尋ねた。
確か石川県基盤の会社に勤めていると思っていた。
「それがこの不況で経営が苦しくなって、名古屋資本の会社に救済合併されたらしくって」
「ああ」
「男性社員はほとんどが転勤らしい」
ひゃー。ぼく男じゃなくて良かった、と思ってから、あれ?ぼく男だっけ?と一瞬自分の性別が分からなくなった。壱越が笑っている。
「それで良かったらリスナーにおなじみの遊佐さん、“エキゾチックななお”の後継番組として“ななおのーと”という番組作るから、その番組を担当してくれない?君確か七尾に実家があったよね」
「隣のN町ですけどね」
「まあ近所じゃん。やってくれない?」
「ぜひやらせてください」
それで真白は大学卒業後、実家に戻ることになったのである。
都会暮らしを楽しんでいた美里は「え〜〜〜!?」と言ったものの、
「毎週自分で車運転して金沢に出て来よう」
などと言ってくれた。
「東京で奥多摩とかから都心に出るよりは近い」
「確かにそうかもね」
(奥多摩から新宿までは80kmくらい、N町から金沢までは60kmくらい)
結局、美里は七尾市内の司法書士事務所に勤めることにした。自らも司法書士の資格取得を目指す。(司法試験予備試験も受けているがなかなか通らない)
母は
「戻って来てくれるの?ごはん作るの辛かったから助かる」
などと言っていた。真白は母が料理とか作っている所を見たことがない。(多分料理とか苦手なので料理が得意な父と結婚したのだろう)
「コロナもだいぶ落ち着いて来たしね」
などとも言っていたが、本当は父と別居する言い訳としてコロナを利用しただけだろう。
父は
「あそこ大丈夫か?あそこは10年くらいしかもたないと霊能者さんが言ってたけど」
と心配したが
「大丈夫。やりかたがある」
と言った。
大学の卒論を無事提出した後、真白は単身実家に戻ると、まずは以前住んでいた部屋(真白が出た後3年間礼恩が使った)に、正式の神棚を作った。そして家の周囲にバラを植えて、バラの生け垣で家を囲むようにした。
真白の家の周辺はほとんど空き家になっている。真白は一番重要な谷側の守りを固めるため、谷側にある隣家の家と土地を買った。
そこの住人は5年前にこの家を事実上放棄して七尾市内に引っ越していた。向こうは実質放棄した家だし、顔見知りでもあるので、わずか50万円で売ってくれた。真白はこの家にも周囲に薔薇を植えた。またここの神棚の向きを変えて、**神社と繋がるようにした。これでこの家を前衛化した。
次に重要な山側の守りのため、そちらの家も買い取ることにする。ここも3年前に放棄されていたが、調べてみるとここに住んでいた一家は金沢に引っ越していた。真白は金沢に残っている美里と連絡を取り、その家を買い取る交渉をしてもらった。結果わずか30万円で売ってくれた。
「この30万円は私が払っとく」
「ありがとう。あとで返す」
真白はここもバラで囲み、また神棚を調整して**神社に向けて霊的に接続した。
こまでの処理が終わると、母は
「なんか家の中が凄く明るくなった感じ」
と言った。
「この機会に照明も交換しようよ」
と言い、電機屋さんを呼んで、家の中の照明を全部LEDに交換してもらった。
「ほんとに明るくなった!」
と母は感動していた。
更に真白はボイラーを新しいものに交換。バスルームも最新のものに更新した。
「凄く快適になった」
「ぼくと美里の新居だから」
「ああなるほどー。お嫁さん迎えるならきれいにしなきゃね」
と言ってから母は小さな声で訊いた。
「あんたまだ性別変更してないんだっけ?美里ちゃんと婚姻できるの?」
「美里との婚姻優先。だから性別は変更しない」
「なるほどー!」
母はどうも真白が既に性転換手術を済ませていると思っているようだ。
だって体型がどうみても女の体型だし、バストもあるし。トイレには真白の生理用品もあるし!
「あんたヴァギナはS字結腸法で造ったんでしょ?だから降り物が多くて常時ナプキンが必要なんだよね?だってあんたのちんちん小さくて、陰茎反転法ではまともなヴァギナが造れなかったはずだもん」
などとも母は言っていた。
さすが医療関係者!詳しい!と真白は思ったか、どうして自分の周囲の人間って“理解”しすぎの人が多いのだろう?とも真白は思った。
ぼく女の子になりたい気持ちなんて無いのに。
(↑4年間完全女装生活しておいて何を今更?)
それで3月末までに家の改装が終わったところで美里は金沢から戻ってきて、新婚夫婦と母との“女3人”での生活が始まった。真白もラジオ局に週5日出て行って、仕事をした。
真白は「ついでだし」と言って、自分と美里のお弁当だけでなく母のお弁当も作ったが「助かる助かる」と母は言っていた。
ちなみに真白の年金手帳と健康保険証は性別:女になっていた!
(履歴書には性別:男と書いたはずなのに・・・)
社員証にも sex:F と書いてあったし、もらった名刺も角丸で女性的な名刺だった。
七尾のラジオ局での勤務を始めてすぐの頃、市内の病院で幽霊が出るという噂が出た。真白はそのレポートだけするつもりで行ったのだが、見ただけで“幽霊が出る仕組み”が分かったので、
「ここを直してください」
と病院の人に指示して、幽霊が出ないようにしちゃった!
でも自分が処理したと知れて霊関係の依頼が相次ぐと困るので、具体的な改善方法は番組では流さなかった。でも6月にも幽霊関係の処理を1件した。
そして8月になって番組のリスナーから多数寄せられたのが
“七尾城のお地蔵さんの謎”
だった。七尾城から下に降りて来る途中、1ヶ所しかないはずのお地蔵さんを2回、時には3回見るというのである。
真白は自分の車で何度か時間帯を変えて走ってみたもののそういう現象は全く起きなかった。それで真白は歩いてみようと思い、麓に車を駐めて、ウォーキングシューズを履き、所々景色の良い所などで写真を撮りながら、歩いて七尾城に登り始めた。
すると途中で、近くに車が停まり、声を掛けられた。
「真白ちゃーん!」
真白は笑顔になった。
「川上先生、お久しぶりです」
それは7年ぶりに会う川上青葉さんだった。運転席に居るのは『金沢ドイルの北陸霊界探訪』で助手を務めている伊勢真珠さんだ。もしかして自分と同じものを調べに来た?と思ったらその通りだった。
結局川上さんの車に乗せてもらってお地蔵さんの近くまで行く。そして車を降りて3人で歩いてお地蔵さんの所まで行った。
そしてお参りした時、男2人が穴を掘って女を埋めているヴィジョンが見えた。
「あ、分かった」
と真白は言った。
「私も分かった」
と真珠さんも言った。
もちろん青葉さんも分かったようである。3人で探すように歩いて行き、明らかに何かを埋めた跡がある場所を見付ける。それで3人は警察を呼んだ。
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