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■春一(13)
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「ねえ、お姉ちゃん」
と“妹”は言った。以前は“お兄ちゃん”と言っていたのだが、6月に突然
『兄ちゃんってもう女の子だよね。お姉ちゃんて呼んでいい?』
と訊かれたので
『どっちでもいいよ』
と答えたら
『じゃお姉ちゃんと呼ぶね』
と言って、以降“お姉ちゃん”と呼ぶようになった。
「私最近乳首が立ってる感じで、シャツに擦れて痛いんだけど何か対策無いかなあ」
「4年生にもなったら、そろそろブラジャーが必要かもね。ジュニアブラ着ければいいよ、お姉ちゃんが買ってあげようか?」
あ、自分で“お姉ちゃん”って言っちゃった。
「うん!」
と“妹”は嬉しそうに答えた。
それで2人で出掛けた。ふたりとも半袖Tシャツに膝丈スカートである。
売場のお姉さんに声を掛ける。
「すみません。この子のジュニアブラが欲しいんですけど」
「はいはい。ちょっとサイズ測ろうね」
と言って、お姉さんがメジャーで“妹”の胸囲を測ってくれる。
「これまではブラジャー着けてなかった?」
「ええ。でも最近乳首が立って来ているらしくて」
「じゃSTEP1のブラでいいかな」
と言ってお姉さんが選んでくれた。それを取り敢えず3着買った。
「もう少し必要そうだったらまた買ってあげるね」
「うん」
それでお店を出た。
「そうだ、お姉ちゃん。パンティライナーが残り少なくなってきたんだけど買ってくれない?」
「了解了解」
それで2人はドラッグストアに向かった。
8月21日(日).
墓場劇団と死国巡礼はこの日火牛アリーナで“モニター練習”をした。あけぼのテレビのフィードバックシステムでリアルで観客がいるのに近い感覚の公演ができるのはいいが、観客が多数いる中で演技をした経験の無いメンバーが実際の公演の時にあがってしまうことを亡原死亡や地獄大佐は心配した。
それでまるで多数の観客が見ていて、歓声・笑い・拍手を送ってくれる状態をシミュレーションできないかと相談したら実際にネットライブをする歌手が大観衆を前に歌う練習をするためのシステムがあるということだったので使わせてもらうことにした。
「拍手・笑いなどの操作をうちの技術者にさせる場合、20万円頂いておりますが、そちらで操作するのでしたら10万円でいいです」
「こちらのスタッフにやらせます!」
ということで、地獄大佐の奧さん・ステージ名“地獄提督”に操作してもらうことにした。地獄提督は本名:四国貞子で、本名の方が怖いと言われる。ついでに奧さんの方が地位が高いんだ!と言われる。(提督とは海軍の将軍のこと)
地獄大佐本人は金沢市内の企業に勤めており、奧さんは現在白山市内の公立高校の教師をしていて奧さん“が”単身赴任中である。ふたりはもう10年以上“週末同棲夫婦”をしている。しかし土日しか会えないという環境のせいで、かえって仲が良い。現在小学1年生と幼稚園の子供は、父親の元で暮らし、金沢市内の学校・幼稚園に通っている。
奧さんは公務員の兼業禁止規定で劇団を離れているが、中学高校では英語部、大学時代では喜劇部に居て、演技はうまい。実際大佐ともそこで知り合った。学校では国語の先生をしているが(英語も教える)、日本語でも英語でも朗読が物凄く上手いので生徒たちに人気がある。ついでに授業中のジョークも多い!
それで舞台稽古前にモニター(プロジェクターとスクリーン)を全部点けてみる。
「凄い迫力だ」
「これ10万円というのは、このモニター群の電気代だよね」
「実際そうだろうね」(*29)
地獄提督が操作して、歓声・失笑・小笑い・中笑い・大笑い・爆笑・拍手と出してみる(他に手拍子の機能もある。テンポとバターンを設定できる)。
「物凄い」
「この雰囲気に飲まれたら演技できなくなるな」
「みんな観客は畑の野菜だと思うように」
それで舞台稽古を始めたが、あがってしまい、台詞を忘れてしまう人、立っていられなくなって座り込んでしまう人が相次ぐ。最後までちゃんと立っていて演技ができたのは、泣原死亡、地獄大佐、境界迷子、歌音、安里愛の5人だけだった。残りの8人は
「雰囲気に飲まれた」
と言っていた。
(*29) 使用しているプロジェクーは色々なメーカーのものが混じっているが、平均して16W程度の消費電力である。またスピーカーの消費電力は平均2W程度、パソコンの消費電力は(液晶をオフにしているので)平均10W程度である。
パソコン1万台・プロジェクター1万台・スピーカー2万台の電力消費は30万W=300KWで、3時間で900KWhになる。1Kwh=27円で計算すると2.4万円くらいになる。実際にはLANケーブルの電力消費があるのでこの倍くらい電気を使う。地獄大佐の推察はほぼ当たっている。ただし火牛アリーナの電力は太陽光パネルが生み出しているので、北陸電力の電気は使ってない。太陽光パネルの減価償却費に充てられることになる。
地獄大佐はおそるおそる、火牛アリーナの技師さんに尋ねた。
「あのぉ、これ1万人じゃなくて、例えば5000人とか3000人とか1000人とかの設定にはできませんよね?」
「ああ、できますよ。何人の設定にします?」
「だったら3000人で!」
それで再度10万円払って(地獄提督がPayPAyで!払っていた)、3000台のモニターを点けてやってみたら、さっきよりは小規模であるのと2度目だったこともあり。全員ちゃんと演技ができた。
「でもこれ1万人を経験したから3000人でできたんだと思う」
「最初から3000人なら、やはりあがってた」
と夜野棺桶と黒衣魔女が言い合っていた。
「安里愛ちゃん、初めてなのに、よく1万人でも上がらずに演技できたね」
「学習発表会で劇をしたのの、少し人数が多いくらいですよ」
「偉ーい」
「境界迷子ちゃんも初めてだよね。大舞台の経験あった?」
「私は英語部で毎年文化祭で英語劇してたから」
「なるほどー。どんな役したの?」
「中1の時が白雪姫の母親、中2の時が眠り姫のカラボス、中3の時は小公女のミンチン先生、今年の文化祭では青い鳥のチレットをする予定です。文化祭まで出てから退部します」
「女の悪役ばかりだ!」
「女子がやりたがらないから、私がしてたんですよね」
「・・・・・」
「どうかしました?」
「君女の子じゃないんだっけ?」
「私男の子ですけど」
「うっそー!?」
「歌音ちゃん・安里愛ちゃんといい、劇団のコンセプトが変わってきたりしてね」
などと黒衣魔女が笑っていた。
「そういえばマミ(黒衣魔女の本名)ちゃんは病院でニューハーフさんと間違われたとか」
と死神大鎌。
「そうそう。性転換手術を受けたのはいつですか?と訊かれた。ってなんでオカマちゃん(*30) が、そんな話まで知ってるのよ!?」
(成仏霊子がかなり脚色して広めた。男子トイレを使うように言われたとか、男と一緒にお風呂に入れられたとか)
(*30) 死神大鎌の本名は西岡馬守(にしおかまもり)。これを高校の担任が“うまのかみ”と大誤読して、すっかり“にしおかうまのかみ”とみんなから呼ばれるようになる。
ここで演劇部の友人が、それをアナグラムすると“しにかみ・の・おうかま”になることを発見。演劇部の台本を“死神王釜”のペンネームで書いていた。でも“オカマちゃん”と呼ばれていた!実は本名の一部でもある。
(にし・おかま・もり:西“おかま”森?)
夜野棺桶(本名:春野歓太)に誘われて墓場劇団に加入した時少しアレンジして“死神大鎌”に改訂した。でも“オカマちゃん”のニックネームは引き継がれている!
ちなみに地獄大佐によると彼にはあまり女装させないほうがよいらしい。本当にオカマにしか見えないからとか!?
8月21日(日).
舞花と晃は、母の車に乗って##美容室までやってきた
「あら、舞花ちゃんに妹さんいたんだ?」
「これまではお友達のお母さんがやってる美容室に行ってたんですよ。でもそこがやめちゃったから」
「ああ。この業界、開業する人も多いけど、廃業する人も多いのよね。毎年全国で1万軒開業して1万軒廃業するらしいし」
と店長さんは言っていた。
この日は晃を店長さん、舞花をデザイナーさん(事実上の副店長:店長より上手い!)がやってくれた。なお母はその間に買物に行っていた。コロナ以前はソファに座って雑誌など読みながら待っていたのだが、この美容室では待合場所が閉鎖されている。全て時間指定の予約制である。
晃は髪を切るのに普通の椅子に座るという時点でまず驚いた。床屋さんならあの、いかめしいバーバーチェアに座るのに。洗髪の時だけ似たような感じの椅子に座るが、前向きに俯せになるのではなく、後ろ向きに仰向けにされたのでびっくりした。男と女って、髪の洗い方まで違うなんて。
晃の髪を切ってくれた店長さんは何か話好きっぽい雰囲気だったが、会話すると色々“バレる”かもと思って寝たふりをしていた。でも美容室初体験はなかなか刺激的だった。
でも床屋さんで髪を切られる時より、スッキリした気がした。
8月22日(月).
この日から千里3は東京NTCで女子バスケット日本代表の第5次合宿に入った。現在メンバーは13人で、この合宿の最終日に1名落とされて残り12名でワールドカップ出場のためオーストラリアに渡航する。
人形の移動(8/19-21)が終わった翌々日8月23日(火)、歩夢は遙佳と一緒に歩いて、予約していた“いつもの美容室”にやってきた(月曜日は定休日)。
「こんにちは〜。予約していた川口です」
「はいはい。待ってたよ」
それで2人は、いつものように髪を切ってもらった。
「遙佳ちゃんは高校出たらどこ行くの?」
「金沢美大に」
「凄い」
「行けたらいいんですけど、入れてくれる可能性は低いかも」
「大変だね」
「富大芸文になるかも」
「そっちの方がお金はかからないでしょ?」
「そうですね。国立は安いし。美大は海外研修とかもあるから結構高く付くし」
「最近は海外研修のある大学多いよね」
「ええ。でもコロナが落ち着くまでは、あまり飛行機自体に乗りたくないです」
「船で行く?」
「お金と時間があったら、それもいいかも!」
「歩夢ちゃんは今、中2だっけ」
「はいそうです」
「あんた身体の発達が遅いみたいと心配してたけど、けっこうおっぱい大きくなってきたね」
「なんかこの春から急成長したんですよ。2月頃まではAカップ着けてたのが今Cカップだから」
「ああ、女の子は急成長する時期があるのよね〜」
「短期間でブラを買い直してもらって悪かったです」
歩夢は遙佳が“心の声”で笑っているので、わざわざこちらに“聞こえる”ように笑わなくていいじゃん、と思った。でも琥珀まで失笑していた!
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春一(13)