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■春一(3)

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トッピングを注文する。
 
幸花は牛肉天、初海はエビ天、明恵はまぐろ天を頼む。
 
「みんな取材費で落ちると思って高いのばかり注文してる」
と真珠は言って、自分は“半熟?卵”を頼んだ。
 
「この“半熟?卵”というのは、完熟になってたり生だったらごめんなさい、ということなんですよね」
 
「そうなんですよ。その日の気温とか水温とかにもよるので、うまく半熟になるかどうかは保証できないんです」
 
「今までこれ5回頼んで4回が半熟でした」
「それは運がいいですね」
と店長は言っている。
 

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店長さんと、もうひとりの従業員さんがうどんを茹でている間に、支配人さんからお話を聞く。
 
「ここの従業員は元々そこの火牛氷見体育館の管理人なんですよ。でも体育館の管理人は、そこに居ることが仕事の大半なので暇だったことと、管理人の中にきつねうどんが好きな人が多かったことから、うどん屋さん作っちゃおうかという話になって、私が麺の茹で方とか味付けとかを指導することになったんです。ですから、ここは自分たちが食べるために作ったお店で、社員食堂みたいなものですね」
 
「それとお客さんの大半がそこの体育館の利用者みたいですね」
「そうです。近くの中学の剣道部とか、近くの高校のバスケット部とかがこの体育館を利用していますが、部活が終わってからここできつねうどんとお稲荷さんを食べて帰るというのが定着していますね。そういう中高生限定で定期券も発行しているんですよ」
 
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「今流行りのサブスクリプションですね?」
「そうです。そうです」
 

初海が真珠と幸花が支配人さんにインタビューしているのを撮影している間に明恵は従業員さんがうどんを茹でている所や、稲荷寿司ロボットが動いている様子を撮影している。
 
「あの稲荷寿司ロボットも面白い動きしますね。器用にお稲荷さんを作っていくし」
「はい。従業員はうどんを茹でるのと御飯を炊くのに神経を使うので、お稲荷さんを作るのはロボットにやらせています。人間が作るとどうしても油揚を破ってしまうことがあるし、ひとつひとつの御飯の量も不均一になります」
 
「でもその御飯は手炊きですね」
「はい。石川県産“ひゃくまん穀 ”を水に充分浸透させてからルクルーゼを使ってガスで炊いています」
 
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やがてうどんができてくるので、各自セルフサービスで店外に並べられたテーブル席の所に持って行く。カメラはそのきつねうどんを映す。
 
「このうどんは、麺より油揚げの方が多いのが凄いですね」
「それ従業員たち自身がたくさん油揚げ食べたいから、そういう比率になっちゃったらしいです。私も見て呆れました」
と支配人さんは言っている。
 
真珠が頼んだ“半熟?卵”はきれいに半熟になっていた。それも映す。
「きれいに半熟になってますね」
「当たりですね」
と店長さん。
「これで6回中5回が半熟でした」
「それは凄く運がいいです」
 
それでみんな食べるが幸花が
「これ本当に美味しいですね」
と言っている。
 
「出汁は北海道羅臼産の昆布で取って、醤油は地元の**醤油店の醤油です。油揚げは地元の##豆腐店のもので、材料は北海道美唄(びばい)市の契約農家の有機栽培大豆です。F1ではないものを使用しています」
と支配人さんが説明する。
 
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「何でも中高生向けと一般向けで違うものを使っているとか」
「実はこの美唄市産の大豆は栽培に手間が掛かって生産量が限られてるんです。部活の中高生は食欲が旺盛すぎてそれでは足りないので、中高生向けは、同じ北海道産ですが、旭川の食品メーカーの特級大豆を使用しています。これもF1ではないものです」
 
「それ私食べ比べてみましたけど、確かに微妙に味合いは違うんですが、どちらも美味しいですよ」
と真珠は言う。
 
「F1というのは、一代雑種という奴ですよね」
と幸花。
 
「そうです。今日本の農産物の大半がF1になっちゃってます。農家は毎年種(たね)のメーカーから種を買わなければなりません。でもここで使っている油揚げに使われている大豆は固定種なので、その大豆を畑に播いて育てることで、ほぼ同等の大豆を作ることができるんです」
 
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「醤油のほうは地元産の大豆ですね」
「そうです。地元の醤油メーカーの醤油ですが、その醤油屋さんが自家栽培している大豆が使用されています。これもF1ではない固定種です」
 
「このトッピングの牛肉天も美味しいんですが、この牛はどこの牛ですか?」
「牛は北海道美幌町の契約牧場の牛肉を買っています。豚肉は網走の契約農家のものです。他にも北海道産のものが多いです。ふくらぎ(ぶりの小さいのの北陸での呼び方 (*12) )は地元氷見産のものを契約鮮魚店から買ってます」
 
(*12) 北陸では鰤(ぶり)は、こぞくら→ふくらぎ→がんと→ぶり、と出世する。呼称は地域によって微妙なバリエーションがあり“こざくら”だったり“がんど”だったりする場合もある。
 
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ふくらぎは体長30cm程度のもので、スーパーで700円くらいで売っているので三枚に下ろしてもらって買ってきて、初日は半身をお刺し身で食べ、翌日は半身を焼いて食べ、最後は中骨をお吸い物にして食べると、家族4人で3食分くらいあってリーズナブル。1匹丸ごとで買うと2万円くらいする鰤に比べて庶民的だし脂身も少なくてヘルシーである。
 

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やがて食べ終わるが、真珠と明恵は丼・皿・箸を自分で洗っている。
 
「これマイ丼とかは自分で洗うんですよね」
と幸花が言う。
 
「従業員さんが洗うなら、紙の丼のほうが手間が掛かりませんからね。感染防止の観点からも、従業員さんは使用済み食器に触らないほうがいいんですよ」
と真珠が言っている。
 
それで食器を洗った2人はキッチンペーパーで水分を拭き取り、ストッカーに納めた。その様子も初海が撮影した。
 
「ちなみにストッカー内の“使用された”食器は毎日夜間に高温水で自動洗浄されて高温の風で乾燥させますので、万一洗い方が甘かった場合も衛生上の問題はありませんから」
 
と支配人さんは補足した。
 

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23日夕方、吉川日和は、オーディションを受けに東京に行っていた妹の萌花から電話を受けた。
 
「5位に入賞したよ」
「すごーい!おめでとう!」
 
「これで私は8月からは東京暮らし」
「わあ、頑張ってね」
 
「でも私が5位だったんだから、お兄ちゃんが出てれば2位か3位だったと思うなあ」
「無理だよ、ぼくは高校生だし、そもそも男だし」
「でも優勝した人も男の子だったよ」
「マジ?」
「きっと男の子でも凄く優秀な人は採ってくれるんだよ」(←話をちゃんと聞いてない)
「そうなのか」
「お兄ちゃんも津幡の教室にレッスンに行ってみない?昇格試験で本部生になる道もあるよ」
「うーん。。。」
「レッスンは日曜日だから部活とぶつからないし」
「そうだなあ」
「取り敢えず歌を鍛えるのにはいいよ」
「それは少し興味を感じる」
 
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7月26日(火).
 
1月に“人形供養”のW神社から保護した12体のビスクドールは、千里の眷属・大裳の手でメンテナンスされていたのだが、その作業が終わったので、千里は真珠・明恵と一緒にそれをS市の渡辺さんの所に持っていった。
 
千里のMazda CX-5 に、真珠と明恵、それに必要になる気がしたので、九重も連れて行った。むろん九重(徳都縦久)が助手席で明恵と真珠が後部座席である。若い女の子が2人乗っているので九重は饒舌で、2人も結構彼の話に笑う。それで九重もご機嫌だった。
 
S市の中心部から少し離れた所にある、渡辺さんの自宅に行く。この家には渡辺薫(1955)・高(1955)の夫婦、ふたりの娘の珠望(1978)とその夫・川口昇太(1978)、その2人の子供の・遙佳(2004)・歩夢(2009)・広詩(2011) の合計7人が住んでいる。
 
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薫がヴァイオリニスト、高がピアニスト、そして遙佳と歩夢もピアノを弾くし、歩夢はフルートも上手い、という音楽一家なので、普通の家なら仏間がある位置にミュージック・ルームがある。
 
「私もハズも信心なんて無いから。死んだ時は坊さんとか呼ばなくていいし戒名とかも要らないからと娘たちには言ってる」
と薫は言っている。
 
音響のために、ここの一階は天井が3mほどもある。それでこの家は階段の傾斜がかなり急である(違法っぽい)。ミュージックルームは反響壁1枚と空気層を置いた防音壁2枚の三重構造になっている。この家は2000年代になって建て替えたものである。先日の地震でもびくともしなかった。
 
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「もし受け入れできないということでしたら、持ち帰って金沢ドイルの家に置きますから」
と断ってから、千里は12体の人形を見せた。
 
「あら可愛い」
と言って薫は12体の人形をひとりずつ抱きしめた。
 
「みんなきれいな顔をしてますね。6万円という約束でしたけど、それでは悪いので30万円お支払いしたいのですが」
「大丈夫ですか?地震でたくさんお金が掛かっているのに」
 
「議員さんが元の美術館の土地を買い取ってくださったので今少しだけ余裕があるんですよ。その件も含めて色々お世話になっていますし」
「分かりました。いただきます」
 
それで薫さんは30万円の入った封筒を千里に渡す。千里は受け取りを書いて渡すと、お金の入った封筒は中も見ずにバッグにしまった。
 
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「確認しないんですか?」
と夫の高が言うが、真珠がコメントした。
「千里さんは数えましたよ。封筒の重みで瞬間的に金額を計算しました」
「え〜!?」
「そういうネタバレをしないで」
と千里は笑って言っている。
 
「そして実際に1枚ずつ数えると高確率で数え間違う人なんです」
「それもバラさないでよ」
 
「面白い方ですね!」
 

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「それと少し金沢コイルさんにご相談したいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「ちょっと2人だけで話したいのですが」
と薫が言うので、真珠・明恵・九重が席を立ち、高と一緒に仏間に移動した。
 
2人きりになったところで薫はこういう話をした。
 
多分6月中は疲れから熟睡していて夢も見なかったのだろうが、7月に入った頃から頻繁に夢を見る。様々なシチュエーションから進行して最後は自身がずぶ濡れになり高い熱が出ていて、同様に熱を出して震えてる何体かの人形が自分に助けを求める。
 
それで思うのだが、ひょっとして人形美術館の建物の中に取り残されてしまった子が何体か居て、その子たちが雨に濡れて助けを求めているのではないかと。
 
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「助けを求めている人形の個体名は分かりますか?」
「はい」
と言って、薫は全部で10体の人形の名前を書いた髪を見せた。
 

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「この子たちは輪島に運んだ子たちの中には居ないんですね?」
「分かりません。それを確認するには、輪島に置いている箱を全部開けて名前をリストと照合する必要があるので」
「ああ」
 
それは多数の人手と、膨大な手間・時間が掛かるだろう。
 
「金沢のドール展に出品した人形の名前と管理番号は記録したのですが」
「その中には居ない?」
「この子たちはそのリストには入っていません」
 
「だったらやはり埋もれている可能性ありますよ」
「やはりそう思われます?」
「あの時何度も確認はしましたが見落としがあった可能性があります」
「ですよね。それでどうしたものかと思って」
「掘ってみましょう」
「でもあの土地はN県議さんにお売りしたし」
「なに。落とし物をしたかも知れないと言って許可を取ればいいんですよ」
「取れます?」
「ちょっと電話します」
 
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