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■春水(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2017-11-17
 
幡山ジャネは昨年のインカレで日本選手権水泳競技大会に出るための標準記録を突破していたのだが、実際に今年(2017年)4月13-16日に行われた同大会に出場し、1500m, 800m の自由形と400m個人メドレーで優勝、400m自由形で準優勝という立派な成績を収めた。
 
この結果を受けて、ジャネは優勝した3種目で文句なく世界水泳の日本代表に選抜された。(他にユニバーシアードの400m, 800m, 1500m自由形および400m個人メドレーの4種目の代表にも選抜された:ユニバーシアードは大学または大学院を卒業した翌年まで出場可能)
 
しかし、身体に障害を持つ選手がこれだけの成績を収めたということ自体が快挙で、これは日本国内だけでなく世界に報道され、ジャネの所にはかなりの取材依頼があった。しかしジャネはその全てを丁寧に断り、練習に集中していた。
 
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ジャネは普段は金沢市内で唯一50mプールのある《金沢プール》という所で練習しているのだが、時間帯や曜日によってはそちらは結構混む。それでしばしば25mではあるものの、K大学のプールに来て練習していた。
 
「ジャネさん、見る度に速くなっている」
と青葉や香奈恵などは言っていた。
 
「青葉もタッチがだいぶうまくなったじゃん」
とジャネさんは言う。
 
「布恋さんにだいぶ指導してもらいました」
「ああ、布恋はタッチだけはうまい」
 
布恋本人も苦笑していた。
 

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2017年5月22日。
 
この日は青葉の20歳の誕生日であった。
 
青葉自身はこの日に富山家庭裁判所高岡支部に性別の取扱いの変更の申立書を提出した。裁判所には朋子にも付いて行ってもらったのだが、この日朋子の方は、同時に未成年後見人の後見終了の届出を、後見事務報告書・財産目録とともに裁判所に提出した。
 
これで2011年4月から6年2ヶ月ほどに及んだ、朋子による青葉の後見は終了し、結果的に朋子と青葉の法的な“親子的関係”も終了した。
 
「法的な親子的関係は終了するけど、私はずっとあんたの親のつもりでいるから、何か悩んだりすることがあったらいつでも頼ってよね」
と朋子は言った。
 
「うん。この後もずっと『お母ちゃん』と呼んでいいよね?」
と青葉も言う。
 
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「もちろん。親子であったという関係は、法的に消滅してもずっと続くんだよ」
と朋子は言った。
 

「ところで来年の1月は成人式でしょ?振袖はどこで頼む?」
「やっぱり振袖なのかなぁ」
「それともコスプレに走る?」
「それ桃姉が許してくれない気がする」
「あの子は自分の時は振袖に結構抵抗したんだけどね」
 
「それ贅沢嫌いな面と、セクシャリティの面とがあるよね?」
と青葉は言う。
 
「うん。あの子はたぶん振袖を着るか、背広とか着て男装で出席するか悩んだと思う」
と朋子も言う。
 
「まあ青葉の場合は、性別に関しては何も悩むことがないから、私も気楽」
「えへへ」
 

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朋子は、青葉の成人式のために振袖の購入資金を貯金していたから自分が出すと言ったが、青葉は桃姉の時と同様に自分と朋子と半々にしようと提案。朋子もそれを了承した。
 
「桃香の時は桃香の結婚資金にと思ってある程度積み立てしていたからさ、あの子が結婚するとは思えないから、その資金を成人式の振袖に注ぎ込もうと思って、こちらで友人が関わっている加賀友禅の工房に200万くらいの振袖を頼もうと思ったんだけど、桃香は激安店で2万円でレンタルすると言って、それで結局東京の呉服屋さんで70万円の振袖を買ったのよね」
 
「よく200万円と2万円なんて隔たりから妥結に到達したね」
と青葉は言う。
 
「うん。今考えたらよく妥結したもんだよ」
と朋子も今更ながら本当にそうだと思った。
 
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「まあそういう訳で、私はその時の資金が余っているし、というか当時残ったお金で株を買っておいたら、600万円になっているし、青葉も資産が凄いことになっているし、加賀友禅の工房、見に行ってみない?」
 
「うーん・・・。だったら見るだけ」
 
それで青葉は6月3日(土)に朋子と一緒に友禅の工房を見に行くことにしたのである。
 

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その日、朋子は友禅工房に行くならと言って少し上等のレディススーツを着た。青葉はいつも大学に行く時に着ているような服を着て出ようとしたのだが・・・
 
だめ出しを食らう!
 
「あんた、その格好で行ったら、妹さんの成人式ですか?って言われるよ」
「えーん」
 
それで朋子が自分で青葉の衣装ケースの中から服を選んで着せる。
 
「なんか恥ずかしいよぉ」
と青葉は情けない声で言うが
 
「女の子はこういう服を着るもの」
と朋子は言った。
 

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それでアクアに乗って金沢まで行ったが、スカートが短くて冷えるので青葉は途中からブランケットを膝に掛けておいた。
 
工房の近くにある駐車場に停め、少し古い町並みを歩いて行く。そこは入ったところが普通の店舗になっており、その先に見学コーナーがあった。
 
8畳くらいの座敷があり、4人の職人さんが絵筆を持って一心に彩色作業をしていた。青葉も朋子も静かにその様子を見学した。
 
その後、隣の部屋に移動すると、いくつかの作品が展示されている。
 
「きれーい」
と青葉は思わず声をあげた。
 
「ほんと美しいよね」
 
一緒に見学している母娘のお母さんの方が
 
「これいくらくらいだろう?」
などと言っている。
 
「たぶん100万くらいするんじゃないの?」
と娘さんが言う。
 
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「きゃー!」
とお母さん。
 
「きれいだけど、お値段もいいわね」
などとお母さんが言っている。
 
その母娘が次の部屋に移動してから、朋子は青葉に小声で訊いた。
 
「これ幾らだと思う?」
「私は300万と思ったけど」
と青葉。
 
「やはり?私も250万くらいするかなと思った」
「たぶんそのくらいの値段だろうね。これ凄くセンスいいもん」
 

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青葉と朋子はその次の間にある染額や小物などの展示も見て、着付け体験コーナーは素通りして表に出た。
 
「目の保養になった」
「うん。きれいだった」
 
青葉は提案した。
「別に揃える訳じゃ無いけどさ、桃姉が70万くらいのだったというから、私も同じくらいの価格のをお母ちゃんと折半で買わない?」
 
「そうだねー。そうしようか?」
「今のお店にも最初に入った部屋に並んでいたよね?」
「そうだっけ!?」
 
それでふたりは店の表に逆戻りして入り直す。
 
「ほら、ここにそのくらいの価格帯のが並んでる」
「ほんとだ!気付かなかった」
 
そんなことを話していたら、店員さんが寄ってくる。
 
「おお、朋ちゃーん!」
などと言っている。どうも朋子の知り合いのようだ。
 
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「見つかってしまったか」
などと朋子も応じている。朋子の知人らしい店員さんは《福田美子》という名刺を青葉にくれた。
 
「訪問着か留袖でも買うの?」
「いや、この子の成人式用の振袖をと思って」
「なるほど〜。良かったらこちらにシミュレーション・コーナーもあるから、バーチャルで着てみない?」
 
と福田さんは言った。『なるほど〜』と言う前に一瞬の間があったのは気にしないことにする!
 
「でも成人式迎えるような娘さんもいたんだ?桃香ちゃんは知ってたけど」
「うん。桃香と7つ違いなんだよ」
「そりゃまた随分間を開けて作ったもんだね」
「まあ、子供って思わぬ時にできるから」
「うんうん。もう打ち止めかと思ったら突然できたりするんだよ」
 
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写真を撮ってもらい、コンピュータの画面上で色々な振袖を着せてみる。
 
「どうもお嬢ちゃんは黒地のものがお似合いの気がするね」
と福田さん。
「私もそう思った!」
と朋子。
 
「そうかな?」
実は青葉はよく分からない!
 
それで黒地の振袖で予算70万円程度ということで絞っていく。
 
「この古典柄・新古典柄ってどう違うんですか?」
と青葉は質問する。
 
「どちらも古典的なモチーフを使用しているんですけどね、古典柄が全身に模様があるのに対して、新古典柄では上半身は模様が入らずに裾と袖に模様を集中させているんですよ。このあたりの作品が新古典柄ですね」
と店員さんは説明してくれる。
 
「なるほどー」
 
「あと、うちはモダン柄の振袖は取り扱っていないんですけどね」
「それはそれでいいと思いますよ〜」
 
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「青葉の場合は古典柄の方がいい気がする」
と朋子。
「そうね。新古典柄だとちょっとバランスが良くない感じだね」
と福田さん。
 
また青葉の場合は、身長が159cmと、ごく普通なので、大きな柄より小さめの柄の方が合いそうということになる。それで結果的に3種類に絞り込まれた。
 
「この柄なら、全部、サイズは違うんだけど在庫があるから実際に羽織ってみません?」
「あ、実物があるなら、それがいいですね」
 
それで奥に通されて座敷で実際に着てみることにした。
 

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青葉は実はよく分かっておらず「なんか格好いい〜」などと思っている。しかし朋子は3種類羽織ってみた後で、少し考え込んでいる。
 
「途中で候補から外したのでね、473番だっけ?金色の牡丹をあしらったの。あれの在庫ある?」
と朋子は言った。
 
「うん。あるよ。持ってくるね」
と言って福田さんが持って来てくれた。
 
「ああ、こちらの方が似合う」
と福田さんが言う。
「ねえ、やはりさっきの3つよりこちらがいい気がする」
と朋子も言う。
 
「青葉って雰囲気がおとなしいから、地味な柄が合いそうなのに実は結構派手なものも合うんだな」
と朋子。
 
「だったらあれも合わないかな?」
と言って福田さんは別の柄も持って来てくれた。
 
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「地の色が黒じゃなくて藍色なんだけどね」
 
それで試着してみる。実は青葉はどれも似たようなもののような気がしている。
 
「ああ、こちらがいい気がする」
と朋子。
「うん。私もこちらがいいと思う」
と福田さん。
 
「じゃこれにしようか?青葉どう?」
と朋子。
「うん。これ結構気に入ったかな」
と青葉も答える。
 
「じゃこれでお仕立しましょう。採寸しますね」
「はい、お願いします」
 

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それで青葉は採寸をしてもらった。今頼むと10月にはできあがるということであった。価格はセット価格で76万4640円とのことである。桃香が東京で買ったものは69万8000円だったらしいが「インフレ分だね」などと朋子は言っていた。実際には東京で大量に売るシステマティックなお店と、金沢の少量販売の伝統的なお店では、似たようなクラスの製品でも価格が10万程度違ってくるのではと青葉は思った。
 
費用の分担については、桃香の時は桃香が30万、朋子が39万8000円出したらしい。それで朋子は「今回も青葉が30万で私が46万4640円で」と言ったが、青葉は「インフレ分を入れて、私が35万、お母ちゃんが残りで」と言い、朋子も「まあそれでいいことにするか」と言った。
 
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朋子は現金で100万持って来ていた。青葉は200万持って来ていた。それでふたりで出し合ってその場で全額払ったので
 
「あんたたち、どちらもそんな大金持ち歩いてるの?」
と福田さんが驚いていた。
 
「まあ今日は特別に。普段は2000-3000円のもんだ」
と朋子。
「私は仕事柄一応30万くらいは持ち歩いている」
と青葉。
 
「何のお仕事なさってるの?」
「この子、音楽関係の仕事してるんですよ。突然あちこちに呼ばれたりするから、交通費分を持っているみたい」
「ああ、大変そうね」
 
霊能者などと言うと、また色々面倒なことになりかねないから、音楽関係と言ってもらった方がいいかなと青葉は思った。
 
現金で払ったので、浴衣と街着、普段使いの草履をプレゼントすると言われたが、青葉は自分では選ぶ自信が無いので、朋子に選んでもらった。
 
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「凄く派手な気がする」
「うん。あんたは少し派手な服に身体を慣らした方がいい」
 

青葉と朋子が浴衣と街着を選んでいた時、さっき友禅の作品展示室で見かけた母娘が振袖を選んでいるようであった。向こうもいったん出口まで行った後、表の店舗まで戻って来たのだろう。
 
「桜はあまり好きじゃないなあ。薔薇とかがいいけど」
「申し訳ありません。うちの店は薔薇模様は扱ってないんですよ。桜の入ってないものなら、こちらはどうでしょう。ほぼ菊で、少し牡丹も入っているのですが」
「ああ、それならいいかな」
 
青葉は、何か桜に嫌な思い出とかがあるのだろうかなどと思った。
 

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