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■春水(19)
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千里と落ち合う。
「ちー姉、携帯見せてくれない?」
と青葉は言った。
「これ?」
と言って千里は赤い折り畳み式のガラケーを取り出した。
そのガラケーは4月の落雷で焼損した筈だった。しかし、メイド喫茶でマキコが言っていた。ガラケーを持った千里を見たと。そしてその千里は『私の偽物には、確認できただけでも、アクオス持ってる子とアイフォン持ってる子とアローズ持ってる子がいるんだよ』と言っていたと。
では、今目の前にいる千里が本物で、7月に一度死んだのが蘇生した千里(アイフォンを持っていて、ヤマゴのストラップを付けている)は千里の偽物なのだろうか?
そんな筈は無い。偽物:千里の代理を務める眷属:が事故にあって重症を負ったのなら、その眷属は任務から外して治療に専念させるだろう。そのまま千里の代理を務め続けるはずがない。そもそもあの千里が死んだのは羽衣がエネルギーを取り出し過ぎたからである。千里の眷属からエネルギーを引き出せる訳が無い。だからエネルギーを引き出されすぎて死んだのは間違い無く千里本人だ。
今目の前にいる千里は強いオーラを帯びている。昨日一緒にタクシーただ乗り幽霊の処理をした千里と同一人物だと思う。今朝7時に結婚するという電話をしてきた千里は妙にオーラが弱いような気がした。あらためて目の前にいる千里を観察する。これは絶対に人間だ。精霊の類いではない。微かにお乳の匂いもする。早月に授乳しているからだが、そもそもは京平を産んだから授乳できる。偽物にお乳が出る訳ない。
青葉は10分以上、その場で黙って千里を見つめながら考えていた。そして結論に達した。
千里は2人いる!
1人は7月に代表合宿をしている最中に桃香から呼び出されて早月が熱を出していたのに対処し、その後合宿所に戻る途中の東京駅で事故に遭い、いったん死んだものの蘇生した。しかし霊的な力を全て失いバスケの能力も落ちて、日本代表から落とされた。その千里が多分川島信次と結婚しようとしている。
もう1人は別の千里で、日本代表に復帰し、インドまでアジア選手権に行ってきた。タクシーただ乗り幽霊の解決に協力してくれて、一方ではレースに出て、C級ライセンスを取得した。これが多分目の前にいる千里だ。
最近、千里姉が異様なペースで楽曲を書いていたのは、2人居るからだ!
青葉は言った。
「ちょっと電話したいんだけどいい?」
「うん。いいよ」
それで青葉は千里の用賀のアパートの家電に電話した。
千里が電話に出る。青葉は頷く。
「ちー姉、考えたんだけど、やはり不倫をずっと続けるのはよくないよね。さっきは変なこと言って悪かったけど、結婚おめでとう。それでちー姉の披露宴の司会させてくれない? うん。幸せになってね」
と青葉は電話の向こうの千里に言った。電話の向こうの千里はとても弱々しいオーラであった。
電話を切ってから、青葉は目の前の千里に言った。
「ちー姉。この春から、どうも納得の行かないことが多かったんだけど、やっと原因が分かったよ」
「青葉にしては気付くのに時間が掛かったね」
と笑顔で言う千里の左手薬指には金色の結婚指輪が輝いていた。
「その結婚指輪は?」
「貴司との結婚指輪だよ。私は貴司の妻だから」
と千里は明言した。
青葉は千里に詳しい話を聞きたいと言ったのだが、千里は
「自分が見聞きしたことで判断すればいい」
とだけ言って、説明を拒否した!
しかしまあ東京まで一緒に行こうかというので、SAで軽く軽食とお茶を取った後で、一緒に東京に向かった。
上信越道−関越−外環道−首都高(S1-C2)と走って、清新町で降りる。青葉はここに何があるんだろうと思った。
千里のオーリスがイオン葛西店に入るので青葉のアクアも続く。
千里は
「ここから先は私の車に同乗するといいよ。アクアはしばらくここに駐めておけばいい」
と言った。
それでイオンで食料品を買ってから、オーリスに同乗して近くの月極駐車場に入る。そこから少し歩いて、ワンルームマンションに千里は入って行く。
「ちー姉、ちょっと待って。ここは」
「最悪の環境でしょ?」
「これ何とかしないの〜?」
「最悪だからいいんだよ。ここって住民が居着かないから」
「居着かないだろうね!」
千里はエレベータに乗って4階にあがる。
「ここ居るだけで凄く気持ち悪いんだけど」
「だよね、普通の感覚の人なら」
それで404号室に行くのだが、青葉はびっくりした。
「霊道が2つこの部屋だけを迂回している」
「迂回してくれないと、私が住めないから」
それで千里に案内されて中に入ると、その部屋の中だけが物凄く清浄に保たれているのである。
「すごーい」
「ライオンの檻の隣に住んでいても防御壁があれば平気」
などと千里は言っている。
「まさにそういう状況だね。千葉の桃姉と一緒に暮らしていたアパートも凄かったけど、ここはあれより完璧」
「ここは元々私の作曲作業部屋なんだよ」
「楽器がたくさんあるね!」
「ここは住人が少ないし、入ってもすぐ出て行くから、防音工事もしてないのに、楽器を生で演奏して苦情が来ない。まあ、夜間はヘッドホン使うけどね」
「楽器の音より、それ以外のもので落ち着かないだろうね」
「大学2年の時にさあ」
と千里は言う。
「それまで住んでいたアパートが大雨で崩壊したんだよ」
「わっ」
「海外の大会から戻って来たら瓦礫の山になってるから呆然としたよ」
「それはショックだね」
「それで桃香がだったらうちに同居しなよ、襲わないからというから、同居させてもらったんだけど」
「その後半は全く信用できない」
と青葉。
「うん。私も信用してないから、自分の身は自分で守っていた」
「なるほど」
「でもさすがに楽器類までは桃香のアパートに入らないから、楽器置き場として、ここを借りたんだよ。駐車場に近いし」
「もしかして駐車場を先に借りてたの?」
「そうそう。雨宮先生が勝手に借りて、ここ使ってというんだもん。何でも安かったからって」
「あの場所なら安いかも。不便だもん」
「そうなんだよ。JRの駅からあそこまでタクシーに乗る必要がある」
「うん。かなりの距離があるよね」
「それで基本的には楽器置き場だったんだけど、作曲作業していて泊まり込むこともあるから、最低限寝られる設備も置いている」
「2段ベッドの上が寝る場所で、下は楽器置き場な訳か」
「とにかく楽器が多いからね」
「まあ、そういう訳で4月の落雷で私、分裂しちゃったから、1番を表に出して私は裏工作している。だから用賀のアパートに住んでいるのが1番だよ。あの子のアイフォンは故障していてつながらないから、家電(いえでん)に電話した方がいい」
「壊れてるの!?」
「本人は電話が掛けられなくても、自分の操作が悪いから掛けられないと思っている。あの子は本格的な機械音痴だから」
「ああ、やはり少し性格が違うんだ?」
「不均等に分裂したみたいだね。あの子は本当は貴司より桃香の方が好きなんだよ。だから、たぶん信次と結婚しても2年くらいで離婚して桃香との共同生活に戻ると思う」
「そうなの!?」
「青葉は川島信次を見てないよね?」
「今朝話を聞いたばかりだし」
「明らかに浮気性の顔をしている。結婚生活が維持できる訳ない」
「うーん。。。」
顔で浮気性が分かるのか!? それと浮気性の貴司さんと千里2なら結婚生活を維持する自信があるのか?と突っ込みたい気分だったが、やめておいた。
「まあでもあの子は結婚したいと言っているから、させればいいんじゃない?」
と千里は無責任な感じで言う。
「ちー姉、開き直ってるね。でもその1番さんが結婚してしまったら、その間、ちー姉、貴司さんと籍を入れられないのでは?」
と青葉。
「そうだねえ。入れる方法はあるんだけど、まあ時期が来たら貴司とは法的にちゃんと婚姻できると思うから焦っていない。来年中には、もう1人、子供も産むつもりだし」
「貴司さんとの?」
「もちろん」
「京平君の弟か妹になるんだ?」
「うん。その弟か妹かというのが問題でさあ」
「まさかオカマさん?」
「それとは少し違う」
「半陰陽?」
「それとも少し違う」
「うーん。。。」
「まあ時が来たら分かるよ」
「ところでさ、青葉、この電話番号に電話してみない?」
と千里は言って自分の携帯から電話番号をメモ用紙に書いて渡した。
080で始まっているので携帯の番号のようである。
あれ?と思って、自分のアドレス帳を確認する。
これは《千里の携帯電話番号》のひとつだ。
「これは?」
と言って千里を見る。
「掛けてみれば分かる」
と千里は言っている。
それで青葉はその番号に掛けてみた。
「はい」
と言って聞こえてくるのが千里の声なので青葉は驚く!
「こんばんは。私」
「ああ、青葉か。どうしたの?今まだ私、チームの練習場にいるんだよ。あと2時間くらい練習続けるけど」
何〜〜!?
青葉は電話の向こうの千里を「感じ取る」。すると確かに体育館にいることを認識する。そして、この千里のオーラもかなり強い。結婚すると言っていた千里とは段違いである。
青葉は一瞬考えてから言った。
「ちー姉、私今東京に出てきているんだよ。よかったら、練習終わってから食事しない? 私今から川崎に出て行くよ」
「そう?だったら、練習場まで来てくれたら、帰り一緒にどこかに行こうか?」
「うん。じゃそちらに移動するね」
それで青葉は電話を切った。
そしてたっぷり3分くらい考えてから目の前にいる千里に訊いた。
「つまり、ちー姉って3人いるんだ!?」
「まあ、青葉が感じ取るように感じ取ればいいね。ついでに言うと、私が3人に分裂したのと同時に、アクアも3人に別れちゃったから」
「え〜〜〜〜!?」
青葉はイオンまで千里に送ってもらい、少し非常食を買ってからアクアに乗って川崎のレッドインパルスの体育館まで行った。千里はチームメイトたちと熱心に練習していた。
練習が終わってから、青葉のアクアで川崎市内の飲食店に移動する。千里は、「言い忘れたけど、川崎市内にマンション借りたんだよ」と言って、住所を教えてくれた。
「練習場まで電車で3駅なんだよね」
「それは便利だね」
「基本的には寝るだけだから、作曲のデータ送信用に電話回線自体は引いているけど、電話機は付けてないんだ。留守の時間が多いから、そこに掛けられても出られないし」
「確かに確かに」
「連絡用には携帯があればいいしね」
「ちー姉の携帯、見せてもらえる?」
「これ?」
と言って、千里はピンクのアクオス・セリエを見せてくれた。
「海外ではもうガラケーは使えないと聞いたから、スマホに変えたんだよ。これ確か青葉のと同じシリーズだよね」
「うん。私はこれ」
と言って、ブルーのアクオス・セリエを取り出して見せた。
ちなみに千里のはAQUOS PHONE SERIE mini SHV38、青葉のはAQUOS PHONE SERIE mini SHL24である。
『ガラケーが海外で使えない』ということは無いはずだが、多分2番の千里が混乱防止のために取り上げたのだろうと思った。この千里は・・・多分3番と呼んでいいんだろうな。。。他の2人の千里の存在に気付いていないようである。つまり2番が全てを知っていて、3人の千里がぶつからないように調整しているのだろう。
青葉はハッと思った。
今度のアクアの厄払い旅行。アクアは3日間とも参加すると言っていたが、それは本当はアクアが実は3人居るから、その全員を参加させるためだったんだ! だからアクアが3人いることは多分、山村マネージャーとコスモスくらいだけが知っているのかも知れない。
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