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■春水(23)

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中に入って、まずはお参りをした。そしてアイは御札授与所で、芸事発展の御札(その場でお坊さんが『藝事発展』と書いてくれた)と服の内側に付けておく肌御守を頂いていた。
 
もっともアイは
「彼女の芸事が発展して売れちゃったら、僕、捨てられちゃうかも知れないけど」
などと悩ましそうに言っていた。
 
「女性タレントの恋愛は難しいですからね」
「うん。今はあの子と仲良くしていて実は半同棲状態なんだけど、そもそも芸能人同士の恋愛って不安定なんだよね」
 
「同棲しているのなら、もう結婚してしまったら?」
 
「でもアイがフェイに指輪を贈っちゃったから」
「アイさんはアイさんとして、竜男さんは別に結婚してもいいと思いますよ」
 
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「そうだなあ」
と言ってアイは悩んでいるようであった。
 
「法的には結婚できるんですか?」
と青葉はさりげなく訊いてみた。しかしアイはニコリと笑うと
「内緒」
と言った。
 

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散歩しようよと言って境内を歩く。ここの境内は結構な広さがある。
 
「紅葉がきれい」
「ここはそれを見に来る人もあるようだよ。春の桜もきれいだし、初夏のミヤマキリシマもきれい」
「へー」
 
などと言って歩いていたら意外なものを見る。
 
「桜が咲いてる!?」
 
「匂い桜だよ。ルクリア(Luculia)。ちょっと桜に似ているけどアカネ科の植物なんだよね。中国には多いけど、日本では少ないかもね。これは10月から12月頃が開花時期」
 
とアイが説明する。
 
「へー!」
 
それでその匂い桜の傍に寄ってみると、その左右に池がある。
 
「その池に落ちないように気をつけてね。性別が変わっちゃうから」
「へ?」
 
「左にあるのは男化泉。そこに落ちると女が男になってしまう。右にあるのは女化泉。そこに落ちると男が女になってしまう」
 
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「嘘!?」
 
「元々は北京の近くの**山という所にあった泉なんだよ。それをこのお寺の開基の中国人僧・按雀が来日する時、そのふたつの泉の水を汲んできて、ここに壺ごと埋めたら、各々泉となって湧き出したという伝説がある」
 
とアイは言う。
 
**山って・・・それ、羽衣さんが言ってた山の名前じゃん!
 
「アイさん、それいつ頃のことですか?」
 
「按雀は黄檗宗を開いた隠元の弟子なんだよ。隠元は徳川家綱の時代の人だから今から300年以上前のことだね」
 
「その泉って、今も中国にあるんですか?」
「枯れてしまったと聞いている」
「それでここの泉に落ちたら本当に性別が変わるんですか?」
「青葉ちゃん試してみる?ちなみに効果は1回だけだから、男化泉に入った後で女化泉に入っても元の性には戻らないらしいよ」
 
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「遠慮しておきます!」
 
しかししかし・・・これはナナさんが落ちた宦官泉と同じ系統のものだ。こんなものが日本にあったなんて・・・
 
多分多分、矢恵さんをここに連れて来たら、呪いを返納できる!
 

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「アイさん、ありがとうございます。これ今抱えている案件に使えるかも」
と青葉は言った。
 
「ああ。何か楽曲作成のヒントが得られた?」
とアイ。
 
「曲を書いてもいいですね!」
 

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帰りは青葉が運転して名古屋まで行った。
 
「この車、このまま使いたいんですけど、いいですか?料金は私が払いますので」
「うん。いいよ」
 
それでレンタカー屋さんに電話して、延長の申し込みをした。そして
 
「物凄く大事なヒントを得られたのでここまでの料金も私に出させてください」
 
とアイに言って、借りる時にアイが払った、レンタル料+乗捨て料の約11000円を現金でアイに払いたいと言った。
 
「うーん。僕は僕の用事で来たからね。じゃ半分こしよう」
ということで、アイは5000円だけ受け取った。
 
アイと別れるとすぐ、青葉は矢恵に電話した。
 
「矢恵さん、明日くらいお時間ありますか?」
「今日は今からバイトですが、明日なら大丈夫です」
「でしたら、すみませんが、明日の朝一番に、名古屋まで出てきて頂けますか?人が少ない内にやりたいので」
「はい!」
 
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青葉はアクアでそのまま高野山の★★院まで行った。
 
「あれ?今日の車は例の“弩ピンク”のじゃないんだ?」
などと言われる。
 
「今日はレンタカーです。瞬醒さん、こういう御札作れますか?」
 
と言って、青葉は瞬醒に、事件のあらましと、実行したいことの概要を説明した。
 
「ああ、それなら、あの御札が使える」
と言って、瞬醒さんは御札を調整してくれた。
 
実際の御札の制作は、このお寺の次席に入っている瞬山さんに作業してもらった。
 
「僕もかなり体力の衰えを感じているから、僕が作るより瞬山が作った方がより強いものになる」
 
と瞬醒さんは言っている。瞬山さんは長谷川一門主座の瞬嶺さんの甥に当たり、以前は瞬角さんのお寺で長期間修行していた。瞬角さん亡き後はその寺の後継者候補一番手だったのを、二番手の瞬行さんに譲り、一時的に瞬嶺さんのお寺に戻っていた。それが今年の春から★★院に来て次席に就任した。都会のお寺が長かったので、この「何も無い」環境に最初は絶句したらしい。
 
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「お寺の境内にセブンイレブンを開きたい」
などと言って
「それ配送トラックが悲鳴上げるから」
とこのお寺が長い瞬練(元・醒練)さんなどに言われていた。
 

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御札を作ってもらった後は、すぐ帰ろうかと思ったのだが、瞬醒さんが
 
「青葉ちゃん、かなり疲れている。泊まっていった方がいい」
と言うので、その日はお寺に泊めてもらった。
 
ここは男性だけのお寺なのだが、青葉はしばしばこのお寺に泊めてもらっている。ここに泊まった女性は、この10年間で、青葉・菊枝・千里の3人だけらしい。
 
「青葉ちゃんのファンクラブもあるんだけど」
「勘弁してください」
 

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翌10月9日朝、朝御飯まで頂いてから、出発する。
 
名古屋駅には9時頃着いた。しらさぎ2号(金沢5:48-8:51名古屋)で出てきていた矢恵をピックアップする。そして昨日行った、岐阜県の**不動まで行った。
 
まずは一緒にお参りし、その時、
 
『お不動様、境内で呪法をおこなうことをお許し下さい』
と言ってみた。
 
するとお寺の奥の方から明るい雰囲気のレスポンスがあったので、認めてもらったものと解釈する。
 
それで青葉は矢恵を男化泉・女化泉の所に連れて行った。
 
「こんな時期に桜が」
「匂い桜と言って、10-12月に開花するんですよ」
 
矢恵はその桜をしばらく見てから言った。
 
「これ私の夢に出てくる桜です。普通の桜とは少し違う気がしていたんですよ」
 
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「中国には多い品種らしいので、もしかしたらナナさんが落ちた宦官泉の近くにも咲いていたのかも知れませんね」
と青葉。
 
「あ、それ不思議に思っていました。こないだ仙台でおばちゃんたちと話していて気付いたんですが、ナナさんが泉に落ちたのって1939年の秋くらいだったはずなんです。それなのに、夢に桜のモチーフが出てくるから」
と矢恵は言った。
 

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「矢恵さん、その匂い桜の木の下に立って下さい」
「はい」
 
「目を瞑って合掌して下さい」
「はい」
 
それで青葉は★★院で作ってもらった御札を取り出すと心の中で真言を唱えた。
 
『お返しします』
 
と青葉が心の中で念じると、風が吹いて、鳥たちが騒いだ。
 
女化泉の中から大きな《手》のようなものが出てくる。そして矢恵の中から何かを回収して行った。
 
風が止む。
 
静寂が戻る。
 
「もう大丈夫ですよ。目を開けていいです」
「何かが取り外された気がします」
「呪いを回収して行ってくれたんですよ」
 
矢恵はしばらく考えていた。
 
「それで・・・私、男に戻ってしまうことは?」
「それは無いですよ」
と青葉は笑顔で言った。
 
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ふたりが話していたら、老齢の僧がこちらに来た。
 
「君たち、今ここで何かした?」
と訊く。
 
「御住職、境内で勝手なことをして済みません。このお嬢さんに取り憑いていた呪いをここの池が取り除いてくれたんです」
 
「おお、そういうことなら良い。この2つの泉は結構霊験あらたかなんだよ」
と住職は笑顔で言った。
 
「で、君たち、どちらの泉に入ったの?」
「泉自体にはとても怖くて入れません」
 
「うん。入らない方がいいよね。20年くらい前にふざけてて、ここに突き落とされた若い坊さんが女になってしまったことあったし」
 
「ホントに性別が変わったんですか!?」
 
「その子は最初は泣いていたけど、女になってしまった以上、女の人生を楽しもうと言って、一念発起して大学の法学部に入って、今は凄腕の女弁護士になって男顔負けの仕事をしているよ」
 
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「なんか少し違うような気がします」
 
青葉と矢恵は一緒に名古屋駅まで帰り、レンタカーを返してから、しらさぎで金沢まで戻り、その後別れた。
 

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