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■春水(11)
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目次 #
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「ところで布恋の弟さんもK大だったよね?」
と香奈恵は言った。
「うん。今年入学した」
と布恋が答える。
「その子、水泳はできないの?」
「私よりは速いよ」
「その子、女装男子だったよね?」
「女装好きみたいだけど、今は猫かぶって男子生徒のふりをしている」
「性転換させて女子水泳部に入れちゃわない?」
「さすがに性転換手術代が無い」
「それは残念だ」
吉田君が何だか嫌そうな顔をしているが、奥村君は少しドキドキしているように、青葉には見えた。
青葉はふと思いついた。
「布恋さん、裕夢君の彼女はどこに入ったんですか?」
「同じK大」
「おっ」
「実は2人は同じアパートに住んでるんだよ」
「すごーい!」
「何て羨ましい、いやけしからん」
「避妊だけはしっかりしろよと言っている」
「でも彼氏が女装趣味でもいいんだっけ?」
「洋服が共用できて便利とか言ってたし、一緒にお化粧の練習してるらしい」
「楽しそうだ」
「青葉もお化粧教えてもらうといい」
「うっ」
「その子、水泳は?」
「聞いてない。今度聞いてみようかな」
「よし。その彼女を水泳部に入れて、ついでに弟さんも男子水泳部に入れて。むろん本人が希望するなら女子水泳部でもよい」
などと香奈恵は勝手な皮算用をしていた。
閉会式が終わったのは18:40である。その後、事務関係の手続きなどをして19:00頃に会場を出た。
打ち上げをしたい所だが、最終サンダーバードまであまり時間が無い。それで青葉以外は次の連絡で金沢に帰還した。
門真南19:10-19:21京橋19:27-19:34大阪20:54-23:29金沢
大阪駅で食糧を調達して、サンダーバードの車内で「静かに」祝勝会をしたものの、後日また集まってやろうということになった。
青葉は別行動となり、次の連絡で東京に移動した。
門真南19:10-19:21京橋19:27-19:34大阪19:38-19:42新大阪20:03-22:33東京
新幹線に乗ってすぐ、千里から電話が入った。取り敢えずオフフックしてからデッキに出て通話する。
「金メダル5つも取ったね。おめでとう」
といきなり言われる。
「わっ、ありがとう。情報が早い!」
「私も東京オリンピックには出るつもりだけど、青葉もそれを目指そう」
「それはさすがに無理だよ」
「でもナショナルチームに招集されたりして」
「でも夏も終わりだから、ナショナルチームも今年はもう終わりでしょ?」
「ところが、今までそれだったのが良くないと言って、冬季も活動を続けることになったんだよ、今年から」
「へー!」
「まあジャネさんは召集されてるみたいだけどね」
「されるだろうね!」
「それでさ、青葉気をつけなよ」
「え!?」
「去年の7月にアクアの『エメラルドの太陽』を発表した時は、アクアがステージ上で倒れたよね」
「あ、うん」
「12月のCD発売記者会見では銃を持った男が乱入してコスモスが人質に取られた」
「うん」
「3月にCDを発表した直後には何も無かったけど、その後、鱒渕マネージャーが入院する事態になった」
「・・・・」
「7月の『ビキニ娘』の発表前日に私は死んじゃったし」
「えっと・・・」
「これどんどん内容がエスカレートしてると思わない?」
「そういえば・・・」
「次は青葉の番だよ」
と千里は言った。
青葉はギクッとした。確かに・・・アクアの周囲で随分トラブルが起きている。3月の時は何も無かったと思ったが、確かにマネージャーのダウンは時期的に重なっているかも知れない。いや、ちー姉が落雷にあったのもその時期じゃん。
「龍虎が小学1年生で大手術受けた時にさ」
と千里は言う。
「うん」
「前夜に身代わり人形をあげたんだよ」
「へー!」
「手術の後、その人形は無くなっていた」
「・・・」
青葉はふと思い出した。
「もしかして修学旅行の時にもらったやつ?」
「そうそう。あの時渡したのもそれ」
「ごめーん。あれは人にあげてしまって」
「うん。それはそうなるだろうと思ったし。それでまたその人形を同じ所で買って、さっき彪志君のアパートの郵便受けに放り込んできたから、それ身につけてて」
と千里。
「ありがとう!そうする。これ呪いか何か?」
「私今霊感とか全然無くなっているから、それ分からない。でも気をつけて」
「分かった」
電話を切ってから、これだけのことを予言しておいて「霊感が無くなっているから」も無いよ、と青葉は思った。
その後は新幹線の座席でひたすら熟睡した。
東京駅では彪志と落ち合い、一緒に新幹線自由席で大宮に移動した。それでコンビニで晩御飯を買い、アパートに戻った。着いたのはもう0時前である。青葉は郵便受けに入っていた紙袋から身代わり人形を取り出す。
わぁ、これ強そう!と思う。それでいつも使っているコーチのトートバッグに入れた。
翌9月4日(月)の朝は朝御飯を彪志と一緒に食べ
「あなたいってらっしゃい」
と言ってキスで彪志を送り出した後、都心に出て§§ミュージックの事務所に行く。
午前中なので、まだ秋風コスモス社長は出てきていないが、川崎ゆりこ副社長が出てきている。
「済みません。昨夜社長は遅くまで作業していたので、今日は頼むと言われまして」
とゆりこは言っている。
「いや、コスモスさん、凄いハードスケジュールでしょ?」
「そうなんですよねー。とにかくアクア関係の打合せも多くて」
「そうでしょうね」
「一応、たいていは私が朝9時から夕方5時まで、社長が午後4時から夜中12時まで事務所に居るようにしているんですよ。この業界は夜型の人が多いから、その方が社長が対応できること多いし」
「なるほどー。大変ですね。4時から5時までの1時間が引き継ぎタイムですか」
「ええ。だいたい私と社長と、桜野みちるちゃんの3人でお茶飲みながら世間話。日野ソナタさんからは『おばあちゃん会議だね』と言われてますが」
「えっと・・・」
コスモス26歳、ゆりこ25歳、みちる23歳だが、日野ソナタ(霧島鮎子)は33歳である。
「みちるちゃんは§§プロの常務なんですよ。コスモスが§§ミュージックの社長、私が副社長で。本当は§§プロ副社長のソナタさんがこの会議には出るべきだと思うんですけどね〜。ほとんど事務所に出てこないから」
「なるほどー」
「まあ私たちがおばあちゃんならソナタさんは化石だね、などと陰口たたいてますけど」
「あははは」
ここまで出来ているアクアの音源を聞かせてもらう。
「これ歌はいつ録音したんですか?」
青葉が『真夜中のレッスン』を書きあげてCubase上でスコアを作成し送信したのは8月10日であるが、当然8月いっぱいはアクアは映画の撮影で全く休む暇は無かったはずである。お盆の最中も撮影は続けられている。
「エレメントガードと5人のスタジオミュージシャンによる伴奏は8月20日くらいまでには出来ていたので、一応その伴奏音源とスコアはアクアに送っておいたんですよ。そしたら、撮影の合間にちゃんと練習していたみたいで」
「凄い」
「8月31日で一応撮影が終わって、9月1日は始業式で学校に出て、午後3時半で学校が終わってそのままスタジオに入って、その日は夜10時まで練習。2日は監督からちょっとだけ撮り直したいところがあると言われて出て行って、結局昨日の朝から夜まで掛けて吹き込んでこの出来なんですが、大宮先生はどう思われますか?」
と川崎ゆりこは訊いた。
青葉は少し考えてから言葉を選ぶように言った。
「私はこの歌はもう直す必要無いと思います」
と青葉は言う。
「やはりそうですか。実はヤコさんと和泉さんも、あと直すとしたら好みの部分で、技術的には充分良い出来だとおっしゃったんですよ」
とゆりこが言う。このプロジェクトは一応青葉がプロデューサーなので、先にこちらの意見を聞いたなと思った。
「それに同意見ですね」
と青葉も答える。
「だったら今日夕方のアクアの作業はキャンセルで、データはこのままマスタリングに回していいですか?」
「ええ、お願いします」
それでゆりこはアクアのマネージャーと、スタジオの技術者に電話をしていたようである。
「でも映画の撮影は毎日朝から晩までだったんでしょう?よく練習する時間がありましたね」
「撮影が終わってから自宅あるいはホテルで練習していたそうです」
「頑張るなあ」
「映画撮影中も凄いバイタリティーだったみたいで。もうアクアは3人くらいいるのでは?とか、実はアクアは7人居て曜日毎に別のアクアが出てきているのでは?とか言われてましたよ」
「ああ、苗場でもそんなこと言ってましたね。そうだ、この曲の発売予定は?」
「映画が12月1日金曜日公開なので、約2ヶ月先行して10月4日水曜日の発売ということで考えているのですが」
「はい、それでいいと思います。10月4日でしたら私も出席できると思います」
「ではよろしくお願いします。平日ですので例によって夕方からの記者会見ですので」
「分かりました」
ゆりこからは、千里姉の回復状況についても尋ねられた。青葉は取り敢えずバスケットの力は既に事故前と変わらないくらい回復したようだし、他の能力も信じられない速度で回復しつつあるようだと言っておいた。ゆりこも
「それはよかったです」
と言っていた。
「あんな回復するなんて奇跡としか思えないのですが」
と青葉は言う。
§§ミュージックでも千里とあらためて接触して話を聞いたらしいが、本人は、どうしても作曲能力の方が戻って来ず、なーんにも良いものが思いつかないということで、当面アクアのCDのカップリング曲には、琴沢さんの作品を使ってくれないかという要請があり、千里がコスモス社長とも2人だけで直接話し合って了承を得たらしい。
ただコスモスは営業政策上、醍醐春海の名前を残したいということだったので、琴沢さんの書いた曲を最終的に千里が編曲して納品するという体制にすることになったということであった。
「確かに編曲作業は、作曲作業に比べると、創作能力をあまり使わなくてもいいですからね」
「醍醐先生は、作曲は0から1を作る作業、編曲は1を3にする作業と言っておられたそうです」
「ああ、確かにそういう感じなんですよ」
「だから掛かる時間は編曲の方が長いけど、使用する脳味噌のパワーは作曲の方が遙かに大きいとも」
「まあそのあたりは作曲家のタイプによっても違うんですけどね。醍醐の曲にはそういうクリエイティブな曲と、もうひとつは工業製品のように生み出される曲があって」
と青葉は言う。
「醍醐先生、年間凄い数の作品を書いておられますもんね」
「ええ。自分の9割の作品は『量産品』なんだよと姉は言ってました」
「それでないと身が持たないでしょうね」
「だからケイさんを心配しているんですよ。姉は明確にその2種を分けているけど、ケイさんは全ての作品を丁寧に手作りしようとしている。それではいつか破綻すると言って」
「あぁ」
鱒渕さんの病状についても話したが、こちらも8月以降急速に回復していて、今の状況なら10月くらいに退院できるかもということだった。
「やはり色々薬を試していて、たまたま物凄く効いた薬があったんでしょうかね」
「そのあたりはお医者さんも心当たりが無いというので首をひねっていたらしいです。ひょっとしたら何か精神的なものがあったのかもということでした。こちらもほんと奇跡のようです」
「退院なさったら、今度は別の人を担当してもらうんですか?」
「山村マネージャーとも話したのですが、鱒渕さんも今更アクアから離れられないだろうから、山村さんと鱒渕さんのダブルヘッド体制にしようかと話しているんですよ。山村さんはこの業界の経験が長いので、鱒渕さんも色々学べる部分もあるだろうし」
「ああ、それはいいかも知れないです。アクアの仕事の量が凄まじいから4人くらいマネージャー付けても多いことはないですよ」
「私もそんな気がします。まあでも退院しても半年くらいは休養させて、来年の春か夏くらいから業務復帰という線で」
「それがいいですよ。復帰したら激務だもん」
本来は今日はアクアの音源制作に立ち会う予定だったのだが、アクアが頑張ったのでもう終わってしまったということで、ゆりこは謝っていたが、楽になるのは悪くない。一応、§§ミュージックからは、高岡から東京までのグリーン席での往復料金相当の交通費とホテル2泊相当の宿泊費をもらっている。
それで新宿で川崎ゆりこ・緑川志穂(アクアのサブマネージャー)と会食してから分かれた。
青葉は高岡には夕方の新幹線で戻ればいいなと思い、新宿からそのまま小田急に乗り、経堂まで行った。どうせ桃姉はあまりまともなもの買ってないだろうしと思い、小田急OXで買物をしてからアパートに寄る。
すると桃香はまだお昼を食べていなかったということで、取り敢えず青葉が買ってきた鯛焼きを食べていた。
「お乳はちゃんと出る?」
「出てる出てる。千里からたくさん水分を取れといわれてかなりお茶も飲んでいるし」
「まあ早月ちゃんの分まで2人分の水分取らないといけないからね」
「どうもそのようだ。しかし夜泣きが辛い」
「ああ、今の時期は大変だろうね」
「きつい時は、千里を呼び出して散歩とかに連れて行ってもらっている」
「ちー姉も大変だ」
「まあ千里もお乳は出るみたいだから、全部千里に任せて寝ている時もある」
「なるほど」
桃香は千里がお乳が出るのは青葉が操作してあげたせいとおもっているようだが実際には京平君にずっとお乳をあげていたからだろうなと青葉は考える。
「千里もやはり7月はほんとに茫然自失みたいな状況が多かったけど、8月に入ってからは、少し落ち着いて来始めたようだ。それに早月の世話をしていると自分もしっかりしなきゃと言っている」
と桃香。
「うん。誰かのお世話をすることで自分を取り戻せるんだよ」
と青葉は言う。ちー姉の急速な回復は早月ちゃんのお陰かも知れないなと青葉は考えたのだが、今の桃香の言葉の中にとんでもない内容が含まれていたことに青葉はこの時は気付かなかった。
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春水(11)