[携帯Top] [文字サイズ]
■春水(6)
[*
前p 0
目次 #
次p]
お盆明けの8月17日、アクア・フェイ・ヒロシ・丸山アイ・城崎綾香(久寿美役)・藤原中臣(海野刑事役)・山田隆幸(蔵星支配人役)・新田金鯱(永石役)および、ボディダブル役8人、そして撮影クルーや数人のマネージャーは、一緒に香港に飛んだ。
この映画の前半は《喫茶店キャッツ♥アイ》、《犬鳴警察署キャッツ特捜班》、美術館、ホテル内のカジノなどを舞台にしたシーンが続くのだが、後半はカジノを持つクルーズ船が舞台となる。
その客船のシーンの多くはセットで撮影するのだが、船の外観の撮影、船のデッキでの撮影、クルージング中の海を背景にした撮影などなどを本物の客船で撮ろうという趣旨なのである。
この撮影に、香港で現役引退していた豪華客船を改修して近距離夜間クルーズ&船上ホテルとして運用しているアフロディテアン社が協力してくれたのである。客船を船上ホテルとして運用している所は多いが、この客船クィーン・セレネ号はちゃんと走ることができるし、夜間宿泊している間に近隣の海を航行するのが売りとなっている。
1970年に建造された船で、最近の《豪華客船》のように最初から《海上ホテル》志向で造られ、数階建てのホテルが船に載っているような形のものとは違い、巡航能力が高く、船としてのフォルムがとても美しい(その代わり船のサイズの割に定員が少ないし、眺望も良くないし船内設備も少ない)。
脚本家さんはこの船に数年前から注目をしていたので、今回映画会社を通して打診してみたら、撮影協力OKの返事が得られた。そこで、撮影隊が香港まで行くことになったのである。
ちなみに3日間のこの船の貸切料金は3000万円である。最初は1億円という提示だったのだが、アクア主演映画と聞いて、アクアのファンだというオーナーが大胆に値引きしてくれたのである。3000万円は事実上実費に近い。
3人のアクアをどうやって海外に連れて行くかについて山村勾美こと《こうちゃん》は少し悩んだ。
アクア本人は3人に増殖した後、自主的に新幹線の切符や航空券を買い、ホテルなどもできるだけ同じホテルに、無理なら近くのホテルに取って移動していた。その時3人のアクアが必ず別の便になるように気をつけていた。《こうちゃん》がマネージャーになった後も、そのアクアの手法を踏襲していたのだが、海外に行く場合、パスポートの問題がある。
香港は日本人の場合90日以内の短期滞在にビザが不要だが、もちろんパスポートは必要である。
そこで素直に《くうちゃん》に相談してみた。
すると《くうちゃん》は笑って快諾してくれて、アクア3人の内2人を日本から香港のホテルに転送してくれた。
「ところで、こうちゃんさん、最初は『四谷勾美』にしていたのに、どうして山村勾美という名前に変えたの?」
と“龍虎たち”は《こうちゃん》に質問した。
「最初に言ったように千里にちょっと事故があってさ。それで今、千里は霊的な力を失って、俺や他の眷属とも交信ができない状態なんだよ。それで眷属は全員、開店休業に近い状態だから、それもあって俺はしばらく、お前専門になることにした。でも俺は千里の眷属だし、それを忘れないようにと思って、村山の苗字をひっくり返して、山村を名乗ることを考えた。だから、俺は他人から『山村さん』と呼ばれる度に、自分が千里の眷属であることを思い出せる」
と《こうちゃん》は真顔で説明する。
「千里さん、早く良くなるといいね」
と龍虎たちは言う。
「私は千里さんは半年もすれば完全復活すると思うな」
と龍虎Fは言う。
「それだけの事故に遭って半年は厳しいと思う。僕は2年くらい掛かると思う」
と龍虎Mは言ったが
「ある程度は復活すると思うけど、完全な復活は厳しいかも」
と龍虎Nは言った。
《こうちゃん》はこの3人、やはり性格が違うなと改めて思った。
なお、その千里の方も実は分裂していて日本代表の活動や海外のリーグ戦に参加するため、同時に別の外国に行っていたりするのだが、千里は実は元々パスポートが2個あったので、それを《きーちゃん》はうまく利用して出入国記録に矛盾が出ないようにしている。
2010年に美鳳が“悪戯”で村山武矢を戸籍筆頭者とする千里が生まれながらの女性になっている戸籍と住民票をでっちあげていた(オリジナルは留萌の戸籍だが、こちらは旭川の戸籍になっている)。その時、《きーちゃん》はこれは何かに使えるかもと思い、その戸籍を使って千里名義のパスポートを申請していたのである。2つのパスポートを《きーちゃん》はパスポートM,パスポートFと呼び分けているが、実際にはMもパスポートを作った時の係の人のミスにより最初から性別はFになっている。こちらは海外遠征や雨宮先生による唐突な海外呼び出しのお陰で査証欄には多数のスタンプが押されている。
■パスポートM
2008.05(17) U18アジア選手権代表に選抜されたので作る(M).
2013.05(22) 失効
2015.03(24) ユニバーシアード代表に選抜すると言われて更新
2017.04(26) 千里の分裂でM1,M2,M3に枝分かれ
2018.02(26) 川島信次との婚姻に伴い川島千里名義に切り替え(K).
2020.11(29) 村山の苗字に復氏。記載事項変更で村山千里名義に(M4).
2021.04(30) 細川貴司との婚姻。新婚旅行後新たに細川千里名義に切り替え(H)。有効期限2031年4月。
■パスポートF
2010.04(19) 美鳳の悪戯に乗じて貴人が作成。未成年なので有効期限は5年。
2015.04(24) 更新。20歳を過ぎているので有効期限10年。
2017.05(26) クローンを作る(F1,F2).
2017年4月以降“千里たち”はこのようにパスポートを使い分けている。
■千里1 2017.04-08 (M1) 2018.03 (K) ■千里3 2017.04-08 (F) 2017.08-2018.03 (M3) 2018.03-2020.04 (F2)
■千里1+3 2020.04-2021.04(F2) 2021.04- (H)
■千里2 2017.04-08 (M2) 2017.08-2018.03 (F1) 2018.03-2020.11 (K+F1) 2020.11-2021.04 (M4+F1) 2021.04- (F1)
千里1が新婚旅行に行った2018年3月は綱渡りの運用になった。
千里3は2018.03-2020.04の間、村山千里名義のF2を使っていたので自分が結婚していることを知らなかった。
千里2は2018.03-2021.04の間、入出国にはK/M4を使用し、普段はF1の方を提示していたので、LFB/WBCBLの関係者も千里が結婚していることを知らなかった。なお千里は2017年にフランスの就労許可を取ったので2022年にはフランスの永住権も獲得している。
さて、アクアの映画撮影の方である。
香港に着いた初日17日はクィーン・セレネのオーナーがアクアのファンだというので、結局、アクア・フェイ・ヒロシ・丸山アイおよび中村監督の5人がオーナーからディナーに招待され、オーナーはアクアと握手して記念写真を取って、サインをもらって更に1曲歌ってもらって、とてもご機嫌であった。
(『アクアのファン』という人はしばしば怖いので《こうちゃん》は付いていきたかったものの、丸山アイが「僕が付いてるから大丈夫」と言ったのでお任せした)
クルーズ船は、点検のためドック入りの予定があり、その前、8月18-20日の3日間だけ借りられるということだった。その間に、来生3姉妹がレオタード姿でデッキを歩いているシーン、来生泪(るい/演:ヒロシ)と船のボディーガード(演:ポール)とのロシアンルーレット対決、船のレストランで料理を食べるシーン(厨房スタッフは今回乗船していないので外部のレストランで作ったものを持ち込んだ)、船から潜水艦へ名画『危険な女』を持ちボートで移動するシーンなどが撮影される(潜水艦は後でCGで追加する)。また船に実際に走ってもらい、その様子を船内と地上から、更にはチャーターした別のボートからも撮影した。
「ああ、この船にはプールもあるんですね」
と撮影助手の人がなにげなく言った。
「泪(るい)が夜のプールで泳ぐシーン、あれここで撮るか?」
と監督も思いついたように言う。
ちなみにプールの利用と撮影はOKと船長さんは言った。
ところがここに至って、泪(るい)役のヒロシが、カナヅチであることが判明する。
「何〜〜〜?」
「すみません。それ言わなくちゃと思っていた」
「あれだけ楽器を何でも弾きこなす人が」
「楽器はレパートリー多いんですが、運動は全般に苦手で」
「仕方ない。(ヒロシの泪役ボディダブルの)アリスさんは泳げます?」
泳いでいるシーンは顔がほとんど写らないので大部分を吹き替えで撮影できる。
「ごめんなさい。私もカナヅチです」
「むむむ」
アリスは男子水着を着たくなかったので水泳の授業を小学校以来全部見学で押し通したため、泳げないというより泳いだことが無いらしい。
ちなみにヒロシの武内刑事役ボディダブルのポールは泳げるということだったので、彼が渋る所を女物の水着を着けて泳いでもらったのだが(彼は男装者なので、よけい女物を身につけるのを嫌がる)、撮影したビデオを見てみると、男が無理に女水着を着て泳いでいるようにしか見えない。
「これは酷い」
とみんな言う。
「だから言ったのに。変態にしか見えないって」
とポール本人は言っていた。
「監督どうします?」
「仕方ない。脚本を変えよう。稲本さん、変えてもいい?」
と脚本家に了承を求める。
「いいけど、どう変えるの?」
「瞳か愛が泳ぐシーンに変える」
「瞳はダメだよ。その後の展開とつながらない」
と脚本家が言う。
「そうか。ということは愛か」
「うん。愛なら何とかなる」
「アクア君は泳げる?」
「はい、この夏だいぶ練習したので」
「このプールは12mなんだけど、往復くらい泳げるかな?」
「今の所、25mプールを3往復まではできるようになりました」
「おお、さすが」
「元々水泳は得意なの?」
「この春までは全然泳いだことなかったんですよ」
「それで3往復できるようになったって凄いじゃん」
「ボク、小学校の低学年ではお医者さんから激しいスポーツを禁じられていたから水泳とかマラソンとかしてないし、高学年の時は男子のクラスメイトに水着を取り上げられたりして、結局参加できなかったんですよ(半ば言い訳)。中学はプールの無い学校だったし。だから今年高校に入って初めて水泳をしたんですけど、ほぼ女子校みたいな学校で、泳げない子が多いから先生が凄く親切に教えてくれて。それで3回目の授業で息継ぎができるようになって、少しずつ泳げる距離を伸ばしていって。ターンは夏休み前最後の授業でできるようになったんですよ」
「頑張るなあ」
と監督。
「うん。何でも頑張っちゃうのがアクアの良い所でもあり欠点でもある」
と丸山アイが言っている。
「よし。だったら泳いでみてよ。ストーリー展開は後で考えるから」
と監督は言った。
何とも泥縄な話である!
「でも水着持って来てないんですが」
「そのくらい買うよ。サイズは?」
「学校で着ているスクール水着はSです」
「それは男子用水着でしょ。今日は女子用水着を着てもらわないといけないけど、女子の服のサイズは男子のとは1つずれるんだよ。だからMかな?」
と監督は言った。
実際にはアクアは《女子のS》で適合する。監督はまさかアクアが学校で女子用水着を着ているとは思ってもいない。彩佳は結局男子水着を返してくれなかったので龍虎はこの夏ずっと女子水着で水泳の授業を受けた。実際に授業を受けているのはほぼN(時にM)だが《こうちゃん》は他の2人にも別のプールで毎回同等の練習をさせていた。
[*
前p 0
目次 #
次p]
春水(6)