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■春水(10)

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しかし800mを泳いだ後、結果的にはほとんど休む間もなく400m個人メドレーに出ることになった。800mも無茶苦茶体力を使うが、400m個人メドレーもかなりきつい競技である。
 
どこかにエネルギーの予備が欲しい!
 
と青葉は思った。
 
B決勝が終わる。A決勝に出る選手がひとりずつ名前を呼ばれる。青葉は予選4位だったので6コースである。8コースから順に入場するので3番目の入場だ。
 
「第六レーン、川上青葉、K大学」
とアナウンスされ、テレビカメラに至近距離で写されるのに笑顔で大きく手を振って中に入る。さっき800mの時も同様のことをしたのだが、青葉は今回は恥ずかしい思いをしてドーピング検査を受けたばかりでナチュラルハイになっていた。
 
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笛の合図でスタート台の上に上がる。軽く手足を振っている選手が多いが、これは準備運動というよりは緊張をほぐす方が大きい。しかし青葉は緊張のしようも無かった。
 
Take your marks!の声でスタート台の上でピタリと静止する。
 
ブザー音が鳴り、青葉は思いっきり飛び込んだ。
 
最初はバタフライである。
 
スピードは出るものの消耗の激しい泳法である。競技会以外で使われることはまず無い。クロールは普通に使うし、平泳ぎは体力を使わずに泳ぐのに良いし、背泳は息をしっかりしながら泳げる。しかしバタフライには、そういう実用性がほとんど無い。不思議な泳法が生き残ったもんだよなあ、などと青葉は考えていた。
 
1往復してきて背泳ぎになる。個人メドレーは最初がバタフライ、最後が自由形で、途中に背泳ぎ・平泳ぎが入る。急−緩−緩−急という流れである。そして緩の時間で結構な差が出る。上を向いているので他の選手との位置関係がよく分からないのだが、音から判断すると青葉はどうも3〜4位付近に付けているような気がした。青葉はここは体力をセーブしてあまり離されないように泳いでいった。
 
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平泳ぎになる。ハッキリと自分の前に2人いることを認識する。ペースを上げる。4コースを泳いでいる2位の選手を捉える。ターンで少し離されたものの、その後頑張って泳ぎ、何とか抜き去る。あと1人!
 
青葉と5コースの選手との争いである。最後の1往復になる所でだいたい0.3秒差(約50cm)と思った。全力で泳ぐ。向こうもスパートを掛けたように思えたが、実際にはそんなにペースは上がらなかった。やはり疲れているのだろう。
 
40cm 30cm 20cm。最後のターン。
 
相手はラストスパートを掛けるが、こちらもスパートを掛ける。手が水面に付く時に痛いのは気にしない。足が疲れたよぉと言っているのを頑張れと励ます。とっくに限界を超えているのを無理矢理動かす。
 
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10cm 5cm 0cm 抜いた!
 
でも青葉は自分がタッチが下手なのを認識している。相手を0.1秒(約16cm)は上回りたい。抜かれたのを相手も認識したので必死で抜き返そうとしている。こちらも必死で泳ぐ。
 
タッチ。
 

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青葉はハアハア息をつきながら時計を見た。
 
1.KAWAKAMI 4:43.67
2.AKAGAWA_ 4:43.69
3.HAYASHI_ 4:47.23
4.MITAYAMA 4:48.19
 
青葉の顔がほころんだ。
 
隣のコース同士なので握手した。
 
「同着かと思った」
と青葉が正直に言った。すると彼女は意外なことを言った。
「私、タッチが下手なんですよ。だから0.3秒くらい早くゴールできるようにと泳いだんですが」
 
あはは。向こうが上手かったら負けてたな。
 
「私もタッチが下手で昨夜も特訓してたんです」
と青葉。
「だったらお互いタッチが早かったら、記録が0.02秒くらい早かったかも」
と言って、お互い笑顔になった。
 
それで再度握手してから退水した。
 

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男子の400m個人メドレーが行われている間に、女子の表彰式が行われる。
 
青葉は今日2度目の一番高いところに乗り、笑顔で金メダルを掛けてもらった。再度赤川さんと握手したし、3位の林さんとも握手した。
 
それで退場する。ドーピング検査官の人が待っていて
 
「優勝おめでとうございます」
と言って、さっきのメダルも渡してくれた。
 
「ありがとうございます。色々仕事外のことまでお世話になって」
と青葉は言う。
 
「いえいえ。私たちはスポーツ大会の裏方ですし」
と彼女は言っていた。
 
「ほんとは選手と必要以上に仲良くしちゃいけないんですけどね」
「ああ、そのあたりも大変ですね!」
 

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更衣室でいったん水着を脱ぎユニフォームに着換えてから控え席の所に戻った。
 
「おめでとう!」
と言って、みんなからもみくちゃにされた。
 
「でも800mの後、そのまま400m個人メドレーに行ったのね」
「いや、その間にドーピング検査されてた」
「わあ。それ大変そう」
「大変というより恥ずかしかったぁ!」
 
なお、青葉が2つの競技に出たりしている間に、男子1500mでは吉田君は6位、400m個人メドレーのB決勝で蒼生恵が14位、男子の400m個人メドレーで皆橋君は4位だったということだった。
 
「4位!惜しかったね。あと少しでメダルだったのに」
「はい。来年は頑張ります!」
と1年生の皆橋君は元気に言った。
 

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その後、女子100m自由形B決勝に出た希美が11位、200m平泳ぎに出た香奈恵は6位、中原君は4位だった。
 
「中原さんも4位かぁ!」
と吉田君が嘆いていた。吉田君もいつの間にか女子の控え席に来ている。そして女子は中原さんのゴールを見てすぐに出場者の入場口の所に移動した。
 
最後の種目、800mリレー決勝に出場する。
 
リレーのオーダーは提出時間の14:30ギリギリまで議論したのだが、結局青葉がちゃんとタッチできるのに賭けようということになり、香奈恵→杏梨→青葉→希美ということにした。どう考えてもこの方が希美→青葉にするより0.1秒は早いと考えられるからである。
 
リレーの合計時間は各自の所要時間合計と、引き継ぎ時間の合計である。希美→青葉の引き継ぎ時間は0.13くらい、青葉→希美の引き継ぎ時間は0.01くらいである。だったら青葉→希美と引き継いだ方が有利だし、やはり戦略上最速の選手を最後に置きたい。
 
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但し青葉のタッチが遅すぎると、引き継ぎ違反で失格になる。
 
やや危険な賭けである。
 
「これで4位以上ならたぶんシード権取れる」
「青葉次第だな」
「引き継ぎ違反になったら、青葉は部員全員に飛鳥IIでのクルーズをプレゼントすること」
 
「え〜〜!?」
 
「それとも性転換する?」
「やだ」
 

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名前を呼ばれて入場する。K大は予選の成績6位だったので7コースである。
 
(決勝のコース割当ては 4-5-3-6-2-7-1-8)
 
第1泳者の香奈恵がスタート台に就く。
 
スタート!
 
香奈恵は元々そんなにクロールは得意ではない。ただK大水泳部女子の中で200mクロールのタイムが4位だったのでリレーメンバーに入れられているのである。どうしても他の泳者から遅れる。
 
これは仕方ない。問題はどのくらいの遅れで納めるかである。
 
しかし香奈恵も頑張った。一時は最下位だったものの、最後の50mで追い上げて結局7位で戻って来た。6位との差は1秒くらいある。
 
杏梨が飛び込む。彼女は短距離も割と得意だ。ぐいぐい先行する泳者を捉える。6位の泳者を抜き、5位の泳者を抜く。4位の泳者とほぼ同時にタッチした。
 
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青葉が飛び込む。今度は個人メドレーから2時間経って体力を回復している。その回復した体力をこの200mに全部注ぎ込む。
 
まずはほとんど同着だったチームの泳者を引き離す。更に3位の泳者を捉える。ターンの勢いで抜き去り、続いて2位の泳者を捉える。かなり遠い。しかし必死に泳ぐ。2度目のターンで距離を詰め何とか抜き去る。
 
あと1人。感覚的に1位の泳者は3mくらい先と思った。希美ができるだけ楽になるように少しでも1位との距離を詰めなければならない。3度目のターンをした時、相手との差は1m(0.6秒)くらいと思った。
 
全力で泳ぐ。しかし向こうも最後ペースを上げる。
 
タッチ!
 
希美が飛び込む。その泳ぎを見送って退水する。祈るような気持ちで見る。
 
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1位の泳者と希美の距離は青葉が見た時点で60cm(0.35秒)くらいと見た。香奈恵と杏梨が必死に声援を送っている。青葉もそれに加わる。希美が少しずつ追いついていく。50cm 40cm ターン 30cm 20cm ターン 10cm 5cm ....
 
最後のターンはほとんど同時だった。
 
向こうも意識してペースを上げる。希美も必死に泳ぐ。両者並んだままこちらに戻って来る。
 
ほぼ同時にタッチ。
 

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時計を見る。
 
「え〜〜〜!?」
と青葉たちも声を出したが、会場も騒然とした。
 
1.NT-DAI 8:08.64
1.K-DAI_ 8:08.64
3.TT-DAI 8:12.37
 
「同着か!」
 
すぐに表彰式が行われる。表彰台中央に、身体をくっつけあって両チームの8人が登った。相手チームの選手とも身体が触れあうが、ついでに握手したりする。
 
それで8人とも金メダルを掛けてもらった。
 
青葉はこれで今大会5つ目の金メダルである。
 
なお引き継ぎ時間は香奈恵→杏梨が0.21秒、杏梨→青葉が0.09秒、青葉→希美は0.02秒であった。
 
「青葉も少しは進展してるかな」
「ただ希美ちゃんも、少し遅れて飛び込んだでしょ?」
「はい。引き継ぎ違反は怖いからタッチしたと思ってから一呼吸おいて飛び込みました」
 
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「それが安心して飛び込めるようになるまで、青葉はタッチの練習頑張って欲しいな」
 
「よし。青葉は取り敢えず武者修行してもらおう」
と香奈恵が言う。
 
「武者修行?」
「11月の短水路日本選手権に出ておいで。うまい人たちのワザを見てくるだけでも青葉は多分凄く進歩する」
 
「11月に水泳の大会があるんですか? でも日本選手権って、そんな凄い大会に出られるんですか?」
 
「青葉は5月の中部短水路選手権でも、今回のインカレでも参加標準記録を突破している」
「うっそー!?」
 
(短水路選手権(正式には“日本選手権(25m)”)には短水路と長水路での参加標準記録が設定されており、どちらかを突破していれば参加可能)
 
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「このまま2020年の東京五輪を目指そう」
「それはさすがに無理です」
「金メダルを取っておいて何を言っている?」
 
あははは。そういえば私、退部届出しているんだけどな。
 

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なお、女子の表彰式が行われていた間に実施されていた男子の800mリレーB決勝では、K大男子チームは10位に入った。
 
これでK大が参加した競技は全て終了した。大会はその後、男子800mリレーのA決勝が行われて幕を閉じる。
 
閉会式が開かれ、総合成績が発表された。
 
K大女子は総合得点で210点の6位となり、来年のシード権を獲得した。
 
「やったぁ!」
「すごーい!」
「インカレのシード権なんて夢のようだ」
「しかし私はこの大会で引退するし、来年1年生の部員を勧誘しないと、リレーのオーダーも組めないぞ」
と部長の香奈恵が言う。
 

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「そういえば次期部長は誰がやるんだっけ?」
とマネージャーとして参加している3年の布恋が言う。
 
「そりゃ布恋に決まっている」
「え〜〜〜〜!?」
 
「幽霊部員の幸花よりはマシだと思うし」
などと香奈恵は言っている。
 
「そういえば、こないだは幽霊の取材やってたようだが」
「あの子、そもそも大学にあまり出てきてないような」
「ちゃんと卒業できるのかね」
 
「来年のインカレは部長がマネージャー参加になったりして」
と布恋が言っている。
 
「まあそういうのもありでは」
「男子はそれがしばらく伝統になっていたんだけどね」
「そういえばそうだった」
「去年と今年が少し特異だっただけで」
「確かに」
「だから男子は多分佐原だ」
「あぁ・・・」
 
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佐原さんは練習にはよく出てきているものの、大会参加のメンバーに選ばれたことがない。ある意味、布恋と似たポジションである。
 
「代表者会議には布恋が出て行って、選手しか参加できないミーティングには誰か部長代行が出て行けばいいんだよ」
と香奈恵は言っている。
 
「選手を務められる部長代行か」
 
「それは青葉でいいな」
と杏梨。
 
「ちょっと待って。私、退部届を出してるんだけど」
「それは部長の布恋が握り潰すということで」
「うーん。。。。」
 

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