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■春水(13)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-11-25
剣崎矢恵は語る。
「それで父が生前言っていたんですよ。時々桜の夢を見る。それが物凄く怖いって。でも詳しいことは聞いていなかったんです。自分が見るまでは想像もできないものでした。でもうちの家って長らくお花見に行ってなかったんですよね。それも父が見ていた桜の夢のせいだったんだろうな、と後から思いました」
「それでその桜の夢というのは?」
「ひたすら桜の木が並んでいて、どこまで行っても桜なんですが、誰もいないんです。私ひとりだけが歩いていて。でもその内、座り込んでしまって。すると桜の花びらがたくさん落ちてくるんだけど、その中で私の身体が少しずつ溶けていって、最後は骸骨だけになっちゃうんです」
「骸骨になっても自分の意識はありますか?」
「あります。でもこれ、人によっては怖くなって途中で目が覚めるんじゃないかって思いますね」
人は概して危険な夢を見た時は、自分を守るためにその夢を中断させて覚醒させる。しかし稀に夢の中で自分が殺されても、しっかり意識を保つことのできる人がいる。概して霊的な能力の高い人で、幽体離脱などの才能のある人も多い。
青葉はあらためて剣崎矢恵を見たが、確かに結構な霊感を持っていると思った。占い師くらいにはなれそうである。
その時、青葉はハッとした。
「あのぉ、失礼ですが、矢恵さんの性別は?」
彼女はニコリと笑ってから答えた。
「生まれた時は男の子でしたよ」
「だったら性別が変わってしまったんですか?」
「ええ。この桜の夢にはいくつかのバージョンがあるんですが、その中に特にシンボリックな夢がいくつかあったんです」
と言って、矢恵は手帳を取り出す。
「これ何か意味があるかもと思って見た日付を記録していたんです」
「それは凄い」
「最初に桜の夢を見たのは2011年6月3日なんです。この時は記録していなくて、次の夢を8月26日に見た時、これはこないだの夢の続きだと思って記録したんです。この最初の日は金曜日ですが、学校の創立記念日で学校が休みだったので3連休になったのの初日だったことを明確に覚えていたので日付が判明したんですよ」
「なるほど」
「この最初の夢は、桜の花びらが舞っている中で座り込んでいたら、白いドレスを着た女の人が来て『こちらにいらっしゃ』と言うんです。それで連れて行かれて古めかしいお屋敷のような所に入ったら、学生服を脱いでと言われたので、脱いで渡したんですよね」
「お屋敷に入ったんですか?」
「入ったらいけませんでした?」
「それは何とかいえませんね。その後は?」
「学生服を渡した所で目が覚めました」
「なるほど」
「8月26日の夢は今度は靴を脱いでと言われたので青い運動靴を脱いだんです」
「少しずつ脱がされていくんですか?」
「これがその後の夢の内容です」
と言って、矢恵はそのエポック的な夢の内容と見た日のリストを見せてくれた。
2011.06.03 学生服を脱ぐ。
2011.08.26 青い運動靴を脱ぐ。
2011.11.18 靴下を脱ぐ。
2012.02.10 学生ズボンを脱ぐ。
2012.05.04 ワイシャツを脱ぐ。
2012.07.27 アンダーシャツを脱ぐ。
2012.10.19 トランクスを脱ぐ。
「これで完全に裸にされちゃったんですよね」
「3ヶ月くらいおきに見てますね」
「そうなんです。季節毎に来る感じかなと最初の頃は思っていました。少しずつずれて行ったんですが」
「なるほど」
「そしてこの後はいよいよ身体を改造されちゃうんです」
2013.01.11 喉仏を削られる。
「この後、本当に喉仏が無くなっていって、声もトーンが高くなって、声変わり前のハイトーンに戻ってしまったんですよ」
「困りませんでした?」
「何ふざけた声出してる?とか言われましたけど、そういう声しか出ないし」
「ああ」
2013.04.05 睾丸を取られる。
「そこに寝てと言われるんで寝たら、これ邪魔だから取っちゃうねと言われて、取られちゃいました。痛くはなかったです。目が覚めてから触ってみたら本当に無くなっているんでびっくりしたんですよ。でもよくよく確認すると体内に入り込んでいることに気付きました。まあこのくらいはいいかと思ったんですけどね」
2013.06.28 ペニスを切られる。
「夢の中ではまな板のような物の上に置かれて、包丁みたいなのでストンと根本を切り落とされました。痛くは無かったです。実際には、この夢を見た後、どんどん縮んでいって、当時小さい時で5cm、大きくなったら12cmくらいあったのが、3ヶ月後までには完全に皮膚の中に埋もれて、刺激しても5mmくらいしか出てこないようになりました。当然立っておしっこできなくなったので、個室専門になりました」
「それも大変だったでしょう?」
「友だちに馬鹿にされるし、個室が埋まっていると他のフロアまで行って空いてる所探したり、大変でした」
「病院には行かなかったんですか?」
「家族とか先生には言わなかったから」
「ああ」
2013.09.20 割れ目ちゃんができる。
「夢の中ではコテのようなものを押しつけられて強引に割れ目にされてしまいました。これもびっくりしましたね。最初縦に窪み始めて、それがどんどん深くなっていくんですよ。それでおちんちんだったものがその窪みのいちばん上に収まってクリちゃんに変化したんです。尿道はそこから分離して、クリちゃんより少し下の所から出るようになりました」
「完全に女の子の形になってしまったんですね」
「はい」
2013.12.13 ヴァギナが作られる。
「夢の中では初めて男の人が出てきて、その人のおちんちんを身体の中に無理矢理入れられて、その後が穴になったんです。リアルでは、割れ目ちゃんの一番奥の所が窪み始めて、穴ができてどんどん深くなっていきました。指を入れてみて深さを確認していたのですが、最終的には中指全部入れても底に届かなくなりました」
2014.03.07 子宮が埋め込まれる。
「夢の中では赤ちゃん産めるようにしてあげるね、と言われてヴァギナの奥に何か埋め込まれました。リアルでは表面的には特に変化は無かったんですが、お腹の付近の感覚が変わったので、夢の通りのことが起きているんだと思いました」
2014.05.30 卵巣が埋め込まれる。
「夢の中では赤ちゃんの実(み)の入った袋を入れるねと言われてヴァギナの所からずっと奥まで何か押し込まれて、先の所で左右に分かれて更に押し込まれた感覚がありました。それでこれは多分卵巣だと思いました。でも物理的には体内に入り込んでしまった睾丸が卵巣に変化したのかも。実際、この後、完全に自分の体質が変わったんですよね。ヒゲが生えなくなったし、筋肉も落ち始めて、脂肪が付くようになって。体育の時に『お前、女みたいな身体付きだな』と言われました。それからこの時期になって、ヴァギナの入口の所に膜ができてしまいました。それから7月下旬には初めての生理がありました。その後、ずっと生理は定期的に来ています。当時は母親に知られないようにこっそりナプキン買って対処していました」
「病院には?」
「この時期まではまだ行ってません」
2014.08.22 バストが作られる。
「夢の中では女の人がお餅を練って、胸の所にぺたん、ぺたん、とくっつけちゃったんです」
「お餅ですか!」
「リアルでは、これむしろ前回埋め込まれた卵巣の作用だと思うんですが、急速に胸が膨らみ始めました。体育の時間にクラスメイトから『お前、胸があるんじゃないか?』と言われて、それで保健室の先生に通報されちゃって、『あんた女の子じゃない!』と言われて、親が呼び出されて病院に行かされて、それで女性化していることがバレちゃったんですよ」
「1年半くらい掛けて女性化していますよね。むしろその間、バレなかったほうが不思議です」
と青葉は言った。
「それで裸にされて観察されると、どう見ても女の子の身体にしか見えないということで、性器も女性の形状だし。MRI取られて、卵巣と子宮があること、前立腺が無いことを確認されて、生理があることも話したので、『ほんとに以前は男の子だったんですか?』と逆に訊かれました」
「ああ」
「それで染色体も調べられるとごく普通のXXだし」
「うーん・・・」
「それで母が、この子の父親も子供を作った頃は間違い無く男性だったのに、女性化してしまっていたことを話して。それでお医者さんも悩んでいました。常識的に考えると、女性化する遺伝子とかがあるのかもとも思うのですが、父がXXだったら、外見的に男性だったとしても精子を作れる訳がないので、そこから私に同じ形質が遺伝するわけ無いんですよ。だから父親がXXだったのなら、私は別の男性のタネで生まれたのではと医者は思ったようです」
「でもそれはご両親が否定していたことですよね」
「はい。英語のジョークに『うちは代々子供のできない家系なんだ』とかいうのがあるそうですが、まあそれに近い話ですね」
「それで結局どうしたんですか?」
「お医者さんは最初話を聞いて、女性半陰陽で本来の女性的な部分が思春期になって発達してきたもの、と考えていたようなのですが、半陰陽的なものが、どこにも見当たらないので、この子は女性であって、男性とみなされていたのは誤りであるという診断書を書きたいと言われまして、私は元々女の子になりたい気持ちがあったから、私はそれでいいと言いました。それで母もその方針を了承してくれて、家庭裁判所にその診断書を出して、結局私の性別は出生届が誤っていたということになって、2015年3月3日付けで、私は戸籍上女性になりました」
「なるほど。学校はどうしたんですか?」
「今まで男子として通っていたのを女子として通うのは大変だろうから転校したらと勧められたのですが、私は友だちと別れたくないと言って、そのまま高校3年の4月から女子生徒として学校に通いました」
「みんな驚いたでしょう?」
「ええ。でも気心知れている友人たちばかりだから、性別の変わった私を受け入れてくれました」
「良かったですね」
「名前も恵矢(けいや)をひっくり返して矢恵(やえ)にしたんですよ」
「なるほどー」
「女子たちからは『一緒に着換えよう』と言われて更衣室に連れていかれて、自分の居場所を認めてもらった思いで嬉しかったです。もっとも、しっかり観察されましたけど」
「あははは」
青葉はそれも自分は中学1年の時、2年の時とやられたなあと昔のことを思い出していた。
「それで私は女子高生として暮らし始めて。でも夢は続いて行くんですよね」
と矢恵は言った。
2014.11.14 髪が長くなる。
「夢の中ではウィッグを被せられたんですが、リアルでは学校で私が女子だということが発覚して以来、学校の先生から髪を伸ばしなさいと言われて伸ばし始めたので、実際このくらいの時期には普通の女子の髪の長さになっていたんですよ。だからこれは夢とリアルがシンクロしていました。ここまでは夢がトリガーになって現実の変化が起きていたのですが」
「追いついてしまったんですね」
「そうなんですよ。それでこの後は、リアルが先行しているんです」
2015.02.06 パンティを穿く。
2015.05.01 ブラジャーを着ける。
2015.07.24 キャミソールを着る。
2015.10.16 パンティストッキングを履く。
2016.01.08 ブラウスを着る。
2016.04.01 スカートを穿く。
2016.06.24 女性用ブレザーを着る。
2016.09.16 パンプスを履く。
2016.12.09 お化粧をする。
「これで完璧に女子の格好になっちゃったんですよね。私が高校在学中であったら、きっと女学生の扮装になっていたんでしょうけど、卒業してしまったから、普通の若い女性の姿になったんだと思います」
と矢恵。
「昨年度は浪人しておられたんですね」
「そうなんですよ。やはり身体の変化が進んで、特に高校3年の一年間は私の身体の内部がどんどん女の子の身体に作り変えられていく感じで、気分が悪くなることも多かったし、勉強があまり手につかなくて、それで国立落としてしまったんです。経済的に私立は難しいので、それで昨年度1年間しっかり勉強しなおしてK大に入りました」
「しっかり勉強してK大に入ったのが偉いです」
「あまり遠い所の大学だと交通費とかも掛かると言われて、K大と富山のT大の選択だったんです。うち津幡なので」
「なるほど。でもそれはなかなか厳しかったですね」
「ええ、大変でした。そしてその後の夢がこれです」
2017.03.03 肌襦袢を着る。
2017.05.26 長襦袢を着る。
「もしかして成人式の振袖を着せられようとしてます?」
「そんな気がしたんです。それで5月の夢を見た後、母に相談したんです。私、バイトして頑張ってお金返すから、成人式に振袖着たいって」
「お母さんはどう言いました?」
「妹が死んでしまって、振袖はうちには縁が無いなあと思っていたけど、そうだよね。あんたが振袖を着ればいいよね、と言ってくれて、それで一緒に見に行ったんですよ、あの日。そしたら川上さんと遭遇して」
それは後で確認すると6月3日のことであった。桜の夢を見始めてからちょうど6年目ということにもなる。
「結局あそこで買ったんですか?」
「40万円の振袖を2年ローンで買いました」
「それは良かった」
と青葉は笑顔で言った。
「全国チェーンのお店も見たんですけど、母が気に入らないと言って」
「なるほど」
「それでやはり昔ながらの作り方している所で買おうよというので、あそこに行ったんです。母が10万出してくれて、残り30万は私がバイト代で返します」
「頑張ってください」
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