[携帯Top] [文字サイズ]
■春水(14)
[*
前p 0
目次 #
次p]
「そしてつい先日見たのがこれです」
2017.08.18 振袖を着る。
「夢の中ではこないだ買った振袖を着たんですよ。でも帯がまだだから次回かな、と」
「結構リアルと連動してますね」
「そうなんです。今のままだとこれ11月10日に帯を締められて、2月2日に足袋を履かされそうな気がします。でも、ずっとこの夢と付き合っていていいものかと思ったんですよ」
青葉は矢恵が見せてくれたリストを許可を取って写真撮影した。あとで日付が判読できないことがないように幾つかに分けてズームして撮影しておく。そしていくつかの日付を“計算”してみた。
「これ正確に84日おきですね」
「はい。実は私も計算してみて確認しました。全て84日サイクルで来ています。それで84日というのは28日×3 で生理周期の3倍なんですよ」
「・・・生理があるんですよね?」
「この夢を見ている日はですね。生理周期の排卵日に当たるんですよ。だから排卵日の3回に1度、この夢を見ている計算になるんです」
「うーん・・・」
青葉はあらためてリストを眺めてみた。
そして何となく、この最初の夢を見た日の84日前はいつだろう?と思った。それで2011.06.03の84日前を計算してみた
青葉は激しいショックを覚えた。
それは青葉にとっては忘れようもない日。2011.03.11 であった。
「どうなさいました?」
青葉が激しく動揺しているのを見て、矢恵が驚いて尋ねた。
「失礼しました。最初の夢の84日前の2011年3月11日というのが、個人的に辛い思い出のある日で」
「もしかして東日本大震災の被災者さん?」
「ええ」
「どなたか近い方が亡くなられました?」
青葉は無理に笑顔を作って言った。
「姉と両親と祖父母、一気に5人失いました」
「嘘!」
と言って矢恵は息を呑んだ。
そして10秒くらいして
「それは大変でしたね」
「いえ、すみません。私事を持ち込んで」
「とんでもない。あれは未曾有のできごとでした」
矢恵はそう言ってからしばらく考えていた。
「震災の84日後に夢が始まったのは偶然ではないかも知れません」
「というと?」
「むしろそれが原因のような気がしてきました」
「何か心当たりがあるんですか?」
「うちの一家は震災の日に、ちょうど親戚の集まりで仙台に行っていたんですよ」
と矢恵が言うので、青葉は緊張する。
「地震が起きた時間は、みんなでお墓に居たんですが、地震で結構墓石が倒れてですね」
「あれは凄かったですね。うちの界隈もお墓は全滅に近かったです」
と青葉も言う。
「その時、うちの先祖のお墓で、いちばん古い墓石で慶長五年という銘のある墓石が私に倒れて来て」
「怪我しませんでした?」
「反射的に避けて、手で身体をかばったので突き指した程度です。でもその時、お墓の中から何か出てきて、自分の身体の中に入ったような感覚があったんですよ」
青葉はじっと聞いていた。
「ひょっとしたら私、あの時何かに取り憑かれたってことないでしょうか?」
青葉は彼女を霊視してみた。
「ちょっと見た感じでは何かに取り憑かれているようには見えません。ただここはやや騒がしいので、静かな所で一度深く見てみた方がいいかも知れません」
「ぜひお願いします」
「そのお墓はどうなっているんですか?」
「あの時、墓石は結局全部倒れてしまったので、後日親戚でお金を出し合って修復することにして、結局1年くらい掛かったんですけどね」
「あちこち被害が大きかったですからね」
「あの日は津波が収まるまで待ってから下に降りました。山の上にある墓地だったので、そこに居る方が安全だろうと話したんですよ」
「それは良い判断でしたね」
「ええ。下に降りていたらやばかったと思います。おかげでうちの親戚はほぼ全員無事でした。ひとりだけ、寝たきりでその集まりにでてきていなかった年寄りが津波で亡くなりました」
「そうでしたか」
「娘さんは天寿に近かったと思うと後から言っておられました」
「そう思った方がいいと思います」
青葉は確認した。
「仙台の方に親戚筋があるのは、お父さんの家系ですか?お母さんの家系ですか?」
「父の家系です」
と矢恵は答えた。
「母の方は代々北陸なのですが、父の父が仙台の出身で、東京で仕事をしていて、富山出身の父の母と結婚したんです。父は富山で育って津幡出身の母と結婚しました」
「それでお母さんの実家に同居なさったのかな」
「そうです。今住んでいる家は母の父が建てたんですよ。私の両親は苗字は父の苗字を継承していますが、実質入り婿のようなものですね。母の両親はどちらも北陸の人です。母の父は羽咋出身で、母の母は津幡生まれなんです」
「だったら、お祖父さんも他の土地から津幡に来て、お祖母さんと結婚なさったんですね」
「そうなんです。母の母の母も津幡で、母の母の父は五箇山(富山県)と聞きました」
「女系の強い家系なんですね」
「そうなんですよ。実は私の父の家系も女系が強いみたいで、そもそも男性は若死にしている人が多くて。だから2011年の法事の時も高齢者の男性が全然いませんでした。男性はみんな50歳以下という感じでした」
「ああ・・・」
女系の強い家族と女系の強い家族とが結婚した。矢恵の所には強い女系の遺伝子が集まっていることになる。
この日は時間が限られていたので、このくらいまで話を聞いた所で切り上げることにした。青葉は、一度ご実家、そして仙台のそのお墓の所にも行ってみたいと言った。
矢恵は少し考えてから言った。
「川上さん、実際問題としていつお時間取れますか?」
「9月いっぱいは夏休み中でまだ動きやすいのですが、あいにく土日が全部ふさがっているんですよ。来週も東京に出てくるし」
「その東京に出てくる時、土曜か日曜か、どちらかお時間は取れませんよね?」
「えっと、金曜日の午後なら」
「でしたら、金曜日の午後に私と一緒に仙台に行って頂けませんか?私の出席するセミナーは金曜日のお昼で終わるんですよ」
「はい、しかし・・・」
「今週は空いている日はありますか?」
「6日水曜日は空いていますが」
「でしたらですね。これって多分、うちの自宅を見た後で、お墓を見た方がいいですよね?」
「実はそうなんです」
「でしたら、母に電話しますので、水曜日に自宅を見て頂けないでしょうか?」
「話が通るのであればそれでもいいです」
「通しておきます」
「分かりました」
「住所をお渡ししたら辿り着けますかね?あるいは緯度経度の方がいいですか?」
「分かるようでしたら両方」
「じゃメモ書いておきますね」
そのメモをもらってこの日(9月4日)は別れた。
この日は最終の《かがやき》で帰ったので、各停の新幹線《つるぎ》に乗り継いで23:42に新高岡まで戻った。母が迎えに来てくれたのだが、その車を見て
「わっ。来たんだ?」
と青葉は声をあげた。
「夕方納車してくれたんだよ」
と言って、朋子は NISSAN March NISMO S の運転席に就いた。
「先に運転してごめんね」
「ううん。お母ちゃんに運転してもらった方が安心。ゴールドドライバーだし」
「通勤と買物、駅や空港との往復以外にはほとんど運転してないだけだけどね」
青葉は昨年春、大学への通学用に派手なピンクのアクアを買ったのだが、この車は目立って良いし、何でも地味なものを選びがちな青葉の心を振るい立たせる効果もあるのだが、さすがに霊関係のお仕事で使う場合には、ちょっとまずい場合も多く、その度に朋子のヴィッツを借りたり、千里姉の車に同乗させてもらったりしていた。
それでちょっと後悔しているみたいなことを先月千里姉の前で言った時、千里姉は「青葉、お金は余っているんだから、もう1台買えばいいじゃん」と言ったのである。それで朋子とも話したら「お金があるのなら、いいんじゃないの?」と朋子も言ったので、もう1台、霊関係のお仕事用に買うことにしたのである。
それが今日の夕方納品されてきて、早速朋子が青葉を新高岡駅まで迎えに来るのに使ったのであった。
青葉が朋子と話し合って決めた条件は4つ。
・国産の小型乗用車(5ナンバー)の新車(または新古車)。3ナンバーだと細い道に入っていく時に苦労する。また軽自動車はパワーが足りない。富山・能登・加賀は細くて傾斜の急な道が多い。新車というのは朋子が譲らなかった。
・5人乗りで荷室に座席側から直接アクセスできる車(つまりハッチバックやステーションワゴンなど)。トランクが別れている車は豪雨の時荷物が取り出せない。4人乗り・2人乗りは実用性が落ちる。
・色は白とかグレイとかの系統。
・3MT車(運転者がクラッチを操作する車)。ATやCVT,2MT(クラッチペダルの無いMT. DCT,DSGなど)の方が楽だが、アクアがCVTなのでMTの操作を忘れないようにするためこちらはMTにすることにした。また、多分MTの方が霊に介入されにくい。
その条件で、青葉は
・ホンダ Fit RS
・日産 March NISMO S
・スズキ・スイフトスポーツ
・マツダ・デミオ 15XD(diesel)
の4つをリストアップした。それで先月時間の合間を縫って実際にこの4つを試乗させてもらった。その結果、青葉としてはNISMO Sとスイフトスポーツが好みだと思った。しかしスイフトスポーツというと矢鳴さんが乗っているなと思ったので、NISMO Sにすることにした。
それで日産のお店でNISMO Sのブリリアントシルバーを選び、この車にはLSDを付けたいなと思ったので訊いてみたら、お店で取り付けますよということだったのでお願いした。
それが今日納品されてきたのである。
NISSAN March NISMO S (5MT) FF DBA-K13改 1498cc Brilliant Silver
である。マーチにしてはかなりパワフルな車である。LSDを付けたのでカーブも怖くない。
「でもお母ちゃん、MTも大丈夫だったのね?」
と青葉は助手席で言う。
「MTの運転の仕方ってサイトを見て復習した」
「なるほどー」
「家の周りを2回廻って、発進停止したら思い出したよ。昔はATなんて無かったし」
「昔やっていれば思い出すよね〜」
翌9月5日(火)の夕方に、矢恵から電話があり、母に話を通したのでと言って、自宅の電話番号もメールしてきてくれた。それで青葉はご自宅に電話してみた。
「ありがとうございます。実は以前何度か霊能者さんに相談したこともあったのですが、どうも見当外れのことばかり言われて。でも川上さんと話していたらすごく信頼できる気がしたとあの子が言うものですから」
とお母さんは言っていた。
それで青葉は9月6日(水)の朝から、津幡の剣崎矢恵の家に出かけた。
約束の時刻は10時であるが、青葉が津幡に着いたのは9時前である。まずは目的地の周囲を車で巡った後、近くの駐車場に車を駐めてその界隈を歩いてみた。気になった所は風水羅盤で確認したり、スマホに表示されるGoogle Mapを見て方位や位置を確認する。
今回の事件は2014年初夏に取り扱った源平時代のお屋敷に呼ばれて娘になってくれと言われた男子高校生が屋敷に行く度に注射を打たれて女性化していった事件と似ていると青葉は思っていた。
あの子からは後でお手紙をもらったが、今は普通の女子大生になっており、法的な性別も女性に変更してしまったらしい。それどころか彼氏と同棲生活していて大学を出たら「子供を産んで結婚するつもり」という話だった。産んでから結婚するという順序は気にしないことにする!
あの事件では高速道路の工事で屋敷の外塀が壊れてしまい、そこから気が漏れ出してあの家に影響を及ぼしていた。
今回の事件では、今、青葉が見た範囲では、幾つかあやしげなものはあるものの、明確にこれが原因と断定できそうな物は見つからなかった。
[*
前p 0
目次 #
次p]
春水(14)