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■春退(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-02-12
 
2015年3月15日、青葉はKARIONの金沢公演を見に行ったが、会場近くまで行った時に、偶然KARIONマネージャーの北嶋花恋さんと遭遇し
 
「まだ時間あるし、楽屋に来られません?」
と言われて、友人たちと一緒に楽屋に招き入れられた。
 
楽屋には和泉と小風、それにゲストコーナーに出演するアクアが来ていた。(ちなみにここは女性用楽屋である。小風に「まあまあ」と言われて連れ込まれたらしい)
 
アクアが青葉に会釈するので
 
「あれ?知り合い?」
と和泉から訊かれる。
 
「僕、昨日川上先生にヒーリングしてもらったんです」
とアクアが言う。
 
「へー。どこか体調が悪かったんだっけ?」
と和泉。
「おっぱいを大きくしてもらうとか?」
と小風。
 
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「おっぱいはまだ大きくならなくてもいいかな」
とアクアは恥ずかしそうに言う。
 
「『まだ大きくならなくてもいい』ということは『そのうち大きくしたい』とか?」
と小風が突っ込む。
 
「いや。そういう訳では・・・・」
とアクアは恥ずかしがっている。
 
「クライアントのことは守秘義務があるので基本的に言えませんが、おっぱいを大きくする訳ではないです。むしろ男性としての発達を促すようにヒーリングしましたよ」
と青葉は言う。
 
「なんてよけいなことを」
と小風。
 
「女性としての発達を促してあげればいいのに」
と小風は言う。どうも小風もアクアを去勢したい立場のようだ。
 

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「でもアクアちゃんって、ロックギャルコンテストで優勝したんでしょ?実際女の子になりたかった訳じゃないの?」
と和泉が訊く。
 
「あれ友だちが勝手に僕の写真を書類に貼って応募したんですよ」
「なるほどー」
「この世界、割とそういう人って多いよね」
 
「今ドラマの撮影やってるんでしょ?俳優さんにならなかったら何になりたかったの?」
「カーレーサーもいいなと思ってたんですけどね」
「おお、格好良い!」
 
「小学4年生くらいだったかな。学校にフォーミュラ・ドライバーの井原慶子さんが来て、講演なさったんですよ。それで格好いいなあ、こういうのもいいなあと、友だち何人かと話してたんですよね」
とアクアは言う。
 
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小風は思わず和泉と顔を見合わせた。
 
「つまりだね、アクア君」
と小風が言う。
「はい?」
「君、女性レーシングドライバーになりたかったのかな?」
「え!?」
 
青葉は笑いをこらえていた。
 
「でもレーサー志望だったのなら、これ見せてあげるよ」
と言って和泉がバッグの中から何か取り出す。
 
「ライセンスですか?」
「あ、国内B級ライセンスも持っているよ」
と言って和泉は別のカードも取り出した。
 
「わあ」
「これは講習受ければすぐもらえるんだよ。実際のレースには出場禁止と事務所から言われているから国内A級とか国際ライセンスは、歌手を引退しない限り取れないけどね」
「ああ」
 
「この免許証の方は、一昨日もらってきたばかりなんだ」
「へー」
と言ってアクアがよく分からないような顔で和泉の免許証を見ているので、小風がコメントする。
 
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「アクア君、その免許証の種別欄を見てごらん」
「え?」
と言ってアクアはよくよくその免許証を見る。
 
「あ!空欄が無い」
とアクアが声を挙げる。
 
「え?見せてください」
と言って何にでも興味津々な美由紀が覗き込む。
 
「すごーい!フルビッターだ!」
と美由紀。
 
「え〜?」
と声をあげて他の子もその免許証を見る。青葉も見たが、免許証の種別欄が全て文字で埋まっていた。
 
「今月上旬に大型二種を取って、この金曜日に最後の牽引二種を取ったんだよ。これで全種類の免許がそろった」
 
「凄いですね」
 
「私たちの世代でフルビッター狙っていた子もいたけど、中型免許創設で挫折したのよね」
と三島さんが言っている。
 
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「あれは2007年に創設されたんですよ」
と和泉が言う。
 
「でも和泉のフルビッターも2017年まで2年の命なのよね」
と小風。
 
「そうなんだよ。悔し〜い」
「何があるんですか?」
「準中型ってのができるんだよ」
「あらあ」
「むろん中型以上を持っている人はその免許で準中型も運転できるから免許を取ることはできない」
 
「そうか。あれって、上位の免許を持っていたら下位の免許は受験できないんですね?」
 
「そうそう。だからいきなり普通免許を取ると、原付と小型特殊は受験できなくなる」
 
「ということはフルビッターを狙うには、普通免許取る前に原付と小型特殊を取らないといけないわけですか」
と美由紀が確認する。
 
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「うん。もし君たちの中で狙おうと思っている人がいたら順序に気をつけてね」
「それと準中型ができるまでは、それより上は受験しちゃいけない訳ですね」
「そうそう」
 
「青葉狙ってみない?」
と美由紀が言う。
 
「なんで?」
「だって青葉、車の運転うまいしさ」
「ちょっと〜! こんな所でそういうの言っちゃダメ」
と青葉は焦って言った。
 

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しかし和泉のフルビット免許を見た青葉は、ちょっと興味を引かれたので学校で担任の先生に運転免許はいつから取ってもよいのか確認してみた。
 
「自動車学校に通うのは3年生は1学期の終業式が終わった後であればいいよ」
と先生は言う。
「ああ、夏休みに取りたい子はいますよね」
「むろん誕生日が来てないと通えないけどね。学校によっては誕生日の2ヶ月前から入れる所もあるけど、どっちみち仮免試験は誕生日が来ないと受けられない」
「なるほど」
 
「それと受験する生徒は自動車学校に通えるのは9月いっぱいまでだから」
「あぁ・・」
「だから実質夏休みの間に取ってしまうくらいの気持ちでないと難しいね。学校の授業に出ながら自動車学校にも通うのはなかなか大変だよ」
 
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「かも知れないですね」
 
青葉はこの時点では自分が水泳部に入って夏はインターハイに出ることになるとは夢にも思っていなかった。ただコーラスの大会が9-10月だから夏休みも合宿とかにはいけず通学で取らないといけないなというのだけ考えていた。
 
「原付とか自動二輪はどうですか?」
「それはバイトとかの関係で必要な子は1年生から取れる」
「なるほど」
「バイトとか関係無くても3年生なら1学期の終業式が終わったら取っていいよ」
「なるほど、それも夏休みなんですね」
「うんうん」
「小型特殊はどうですか?」
 
「小型特殊? なんかそんなの必要なバイトでもするの? でも普通免許を取りに行くんなら、普通免許で小型特殊も運転できるよ」
 
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「いえ、だから普通免許取る前に取ろうかなと思って」
「フルビッター狙いか!」
「はい」
「なるほどねぇ」
と言って担任は笑っていた。
 
「それも夏休みになったら取っていいよ」
「ありがとうございます」
「じゃまあ頑張って。でも受験勉強優先だね」
「はい、もちろんです」
 

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それで青葉は夏休みになったら、まず道路法規の勉強をして原付を取って少し置いて小特を取って、それから自動車学校に入ろう・・・と思っていたのだが、ここでこの時点で予想していなかった事態が発生する。
 
それが水泳部に入ったことであった。
 
6月に富山県大会を通過して、まずは北信越大会に出ることになった時点で青葉は自分のスケジュールを再確認した。
 
終業式は7月17日(金)であるが、翌18日から20日まで水泳の北信越大会がある。そして7月23日から26日まで、冬子さんに頼まれて苗場ロックフェスティバルにサックスの伴奏で出る。正確にはフェスは24〜26日であるが23日に移動して夕方くらいに出演者の打ち合わせがあるはずだ。その後、ちょっと東京まで来てよと言われているので、行ってくるが、これが1日で済まないような気がしていた。
 
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北信越大会をもし通過できた場合、インターハイは8月17-20日に京都である。すると8月前半は水泳の練習と合唱の練習でほぼ潰れる可能性がある。となると自動車学校に行けるのは、インターハイが終わった後になる。
 
それで青葉は原付を取りに行くのは水泳の北信越大会が終わった7月20日の翌日、7月21日にすることにしたのである。
 

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7月1日から3日まで期末テストがあったが、その3日の試験が終わった時、噂好きの純美礼が言い出した。
 
「幻のクラクションって言うんだって」
 
「何それ?」
と例によってそういう話が好きな美由紀は乗ってくる。
 
「その場所を通る時に突然クラクションが聞こえるんだって。それで何?何?とバックミラーみたり目視で左右見ても自分の車以外にそれらしき車を見ないというのよね」
 
「それ自分の車のクラクションをうっかり押しちゃったとかは?」
と日香理は例によって現実的な解釈をする。
 
「クラクションって私、実際にお父ちゃんの車の押してみたけど結構重いよ。ちょっと触ったくらいで鳴るものじゃないと思うなあ」
 
「だったら電気系統の故障とか」
「だけどその話、1台や2台じゃないから」
 
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しかし噂として純美礼の所に流れて来たのであったら、元は1つの話だったのが重力レンズで曲がった星の光みたいに複数の経路で伝わってきただけという可能性もあるよな、と青葉は思った。
 

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水城は気分転換がしたくなり、ジャージを脱いで半袖ポロシャツにチェックの膝丈スカートを穿くと化粧水で顔を拭いたあときれいにメイクしてから、靴下を履きローファーを履いて、深夜部屋を出た。駐車場に駐めている愛車・ブーンに乗ってエンジンを掛ける。コンビニに行こうかとも思ったが、その前に少しドライブしようかとも思い、町外れに進路を取る。
 
田舎はほんっとに夜間車が少ない。約15kmほど国道をドライブしたのに、途中ですれ違った車はゼロ。猫1匹とタヌキの親子を見ただけである。よく寄る道の駅に駐めて後部座席に移動し、今頼まれている仕事に関する構想を練っていた。
 
少しうとうとしていたら、隣に車が停まる。見るとパトカーである。警官が2人降りてきて、1人は自分の車の右、1人は左に立つ。水城は後部座席の左側にいたので、左側の警官がノックをした。ドアを開ける。
 
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「何でしょうか?」
「恐れ入ります。運転免許証を拝見できますか?」
「はいはい」
 
と言って水城はバッグを取ろうとした。
 
え?
 
無い!?
 
「あれ?どこに行ったかな」
と口に出しながら、助手席の座席の下とか、ダッシュボードとかまで開けてみるも《忘れてきた》のは明白である。やばぁ。よりによってこんな時に警察と出会うなんてと思いながらも必死に探す振りをする。
 
「おかしいなあ。さっきコンビニに寄った時は確かにあったんですけど」
などと口に出すが実際にはコンビニには寄ってない。先に寄ってればバッグを忘れてきたことに気づいていたのに!
 
「あ、いいですよ。お名前と住所をお聞かせ頂けます?」
と警官が言うので
 
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「J市W町2−74、水城茂と言います」
 
警官は水城が男名前を名乗ったので一瞬「え?」という感じの表情をした。しかしたまにあるのだろうか。その問題はスルーして
 
「車検証を見せて頂けます?」
と言う。
 
「はいはい」
と言って水城はダッシュボードから車検証を取り出して警官に見せた。なるほど。先に口頭で言わせておいて、その後で車検証を見せろと言うのがミソだなと水城は思った。それで本人確認ができるわけだ。
 
「確認しました。ドライブですか?」
と尋ねられる。
 
「ええ。仕事の構想を練るのにちょっと出てきたんですよ」
「これからどちらか行かれます?」
「いえ。もう帰ろうと思ってました」
「そうですか。ではお気を付けて」
「はい。ありがとうございます」
 
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ということで警官はパトカーに戻って行った!
 
水城は絶対、免許証不携帯で切符を切られると思っていたので「助かったぁ!」と思った。田舎の警察は素敵だ!!
 

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水城はパトカーが出ていくとすぐに運転席に戻りエンジンを掛け家に帰ることにした。本当は隣町までドライブしたかったのだが、行くにしても免許証を取ってきてからでないとやばい。
 
15kmの道を運転して戻る。何も無い海岸線の道をひたすら走って、やがて町並みが見えてくる。再度他の警官に出会ったりしませんようにと思いながら自宅方面に向かう。市街地の端付近にある消防署の前を通った時
 
突然のクラクション。
 
へ!?
 
と思って水城はバックミラーを見るが何も映ってない。嘘!?と思いながらも水城は左側後方を目視確認した上で左側に寄せて停めた。
 
周囲を見回すが、車らしきものは見当たらない。
 
おかしいなあと思い、車を降りてみた時、水城は目の前を巨大なトレーラーが通過していくのを見た。
 
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え〜〜〜〜!?
 
車内からはあんなトレーラー全然気づかなかったのに!?
 

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