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■春退(4)
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水泳の北信越大会が終わった翌日、7月21日、青葉は朝から富山市内の富山県運転教育センターまで出かけて行った。
用意していた住民票と写真を提出、身分証明書として国民健康保険証を提示した。
がいきなり言われる。
「あんた、これ違うよ。お兄さんか誰かの書類?」
「いえ、本人です」
「でもこの書類は男性の書類だけど」
「私、性転換しているので」
「へ?」
「こちらお医者さんに書いて頂いた性転換証明書です。20歳になるまで戸籍の性別が変更できないんですよ」
と言って松井先生に書いてもらった証明書(日本語)も提示する。
「なるほどー。分かりました」
それで受け付けてもらえた。
試験はだいたい全部正解したとは思ったものの、何とも「微妙」な問題もあったので、解釈違いで不正解になるものも少しあったかも知れないという気はした。しかし無事合格していたので、午後から講習を受けて免許証を受け取る。
この時、青葉は
「ちょっとお話があるのですが」
と言われて40代くらいの女性職員に呼ばれた。
廊下では他の人に聞かれるからと言われて近くの空いている教室に入った。
「性転換なさったということを聞いたのですが」
「はい」
「20歳になったら法的な性別を変更なさるんですね?」
「そのつもりです」
「でしたら、性別を変更した場合、最寄りの警察署でもいいですし、こちらでもいいので、性別変更届けを出していただけますか?」
「はい、分かりました」
「ご覧の通り、免許証の表面自体には性別は記載されていないのですが、免許証内に入っているICチップには本籍地や性別が記録されていますし、警察のデータベースにも性別は記録されているので、それを変更する必要があるのですよ」
「なるほどですね」
「この免許証は平成30年6月22日まで有効ですが、あなたは平成29年5月22日で20歳になられるので、20歳になってすぐ申請なさったら、たぶん7月頃には性別変更になりますよね?」
「はい、そのくらいになると思います」
「裁判所の認可が下りてからだいたい半月程度で役所の書類が書き換わりますので、裁判所からの認可通知が届いてから1ヶ月程度してから、免許証の性別変更の手続きをして頂けますか?」
「分かりました。親切にありがとうございます」
「性別変更の書類は、受付の所にいつもありますので」
青葉は驚いた。
「性別変更ってわりとよくあるんですか?」
「どうでしょう? 書類自体は20年以上前から様式があったようですが、私はまだ関わったことがないですね。例の特例法ができてからは時々来られる方があるとは聞いていますが。昔はたぶん半陰陽で性別を変更した人がいたんではないでしょうか」
「なるほどー」
そういう訳でその日は夕方高岡に戻ったのだが、翌7月22日、また朝から富山まで行き運転教育センターまで出かけていく。本当はこの日は月2回通っている金沢のアナウンススクールに行くはずだったのだが欠席する。
免許センターの受付は昨日と同じ人だった。
「あら、あんたまた来たのね。昨日落ちちゃった?」
「いえ、合格しました。こちら昨日頂いた免許です」
と言って青葉はグリーンの帯の免許証を提示する。
「あら、そしたら今日は?」
「今日は小特を受けます」
「あんた、もしかしてフルビット狙い?」
「はい」
「だったら知ってる?2017年に準中型ってできるんだけど」
「はい。聞きました。ですからそれまで中型は受けません」
「うんうん。頑張ってね」
「ありがとうございます」
それでまた似たような試験を受けたが、受験した部屋は原付の受験者と同じ部屋であった。そもそも小特なんて受ける人はほとんど居ないので、相部屋なのだろう。試験官の説明も原付の人向けの説明だ。昨日と同じ人だったが昨日と同じジョークを言っていた。
実際の試験は今回も「自分的」には全問正解したつもり。ただ例によって微妙な問題を外した可能性はある。それでもちゃんと合格していたので、免許証が発行されるまで待つ(小特は講習は無い)。
やがて時間になり名前を呼ばれるので、昨日受け取ったばかりのグリーンの帯の免許証を返納して、新しいブルーの帯の免許証を受け取った。
昨日の免許証も今日もらった免許証も「平成30年6月22日まで有効」の表示であった。
この免許証を取った翌日は世梨奈・久本照香と一緒に新幹線を高崎で乗り継いで越後湯沢まで行き、苗場ロックフェスティバルにローズ+リリーの伴奏者として参加した。
フェスが終わった後は「ここまで来たついでに」と言われて東京まで行き、冬子たちのマンションの「怪しい物チェック」をするとともに、ローズ+リリーの『摩天楼』という曲の音源制作にも参加した。
作業が終わったのは29日の深夜で、その晩は冬子のマンションに泊まり、翌30日は久しぶりに彪志との束の間のデートをした。
「いっそドライブデートする?」
「あ、それもいいね」
ということでレンタカーでトヨタIsisを借りて、長野までのドライブを楽しんだ。長野駅22:29の最終《かがやき519》に乗って富山に帰還する予定である。
「この車の名前って前から思ってたけど、エジプトの神様みたいな名前だね」
「ああ、それが名前の由来だったと思うよ」
「あ、そうなんだ?」
「青葉なら大沼先生の所のイシス学院も知ってるでしょ?」
「うん。あそこの古くからの参加者や関係者に知り合いが複数いるよ」
「ちょっと例の組織が同じ略称になってるのは迷惑だけどね」
「うん。だから私は例の組織のことはISILと呼んでる」
「ちなみにこの車自体の名前は《アイシス》と読むんだけどね」
「ああ、イシスじゃなかったのか」
「英語読みだね」
「なるほど」
この車を借りたのは「P2クラスなら何でも」と指定すると安くなるという話だったのでそういう指定をしたら、この車が出てきただけなのだが、室内が広くていいね、などという話をし、青葉が仮眠用に持って来ていた毛布などもあるので、時々PAの駐車場の隅に駐めてはゆっくりと「休憩」したりしながら長野方面に走って行った。
「彪志は車買わないの?」
「就職してから考える」
「まだ勤務地は分からないんだっけ?」
「まだ内々定だからね。実際勤務地は3月にならないと分からないかも」
「富山になるといいなあ」
「俺もそうなって欲しいけどね」
少し早めの夕食を東部湯の丸SAで取った後、千曲川さかきPAで「休憩」していた時、物凄いクラクションで目が覚める。続いて急ブレーキの音と、ガチャッという音がした。
何だ何だ?と思って外の様子を見ると乗用車どうしが衝突したようである。
「あらあら」
青いマークXだろうか、それとグレイのウィングロードっぽい車がぶつかっている。その時青葉はPAの出口の方に走って行く白いレクサスを見た。青葉がその車に注目したのは、その車が構内とは思えない凄い速度で走っていたからである。本線への合流車線に向かう所でちょうどこちらの車に真後ろを向ける形になる。その時、青葉はその車のナンバーが417なのを見て『あ、桃姉の誕生日だ』と思ったのを記憶している。
「青葉、服着なくちゃ」
「うん」
レンタカーを突然借りたのでサンシェードの類いがない。事故で野次馬が集まってきた場合、覗こうと思えば外から簡単に覗けるので、お互い慌てて服を着た。あまり慌てていたので彪志のバッグをひっくり返してしまう。
「ごめーん」
「いや大丈夫。服を着たらすぐ拾うよ」
うん。服を着るのが第一優先。
それで青葉もブラなどは後でつけることにしてとりあえず見られても平気な程度に服を整える。それで彪志のバッグの中身を拾おうとしていたら、今度は自分のバッグをひっくり返してしまう。
「わっ」
などとやっている内に、窓がトントンとノックされた。
見ると警官である。通報を受けて出動したにしては随分早い。偶然近くを走行中だったのであろう。後部座席の窓を開けて返事する。
「はいはい」
「恐れ入ります。ご休憩中ですか?」
「ええ、二人で御休憩してました」
と彪志が言うので、青葉は反射的に彪志の脇腹をド突いた。
「今そこで乗用車どうしの衝突があったのですが、目撃はなさってませんよね?」
と警官は訊く。
「すみません。ちょっと仮眠していたもので。私たちもクラクションの音とガチャンって音がしたので起きて『あらら、事故だね』と言っていたんですよ」
「じゃ現場から逃走した車とかも見てないですよね?」
青葉は警官のことばで、事故直後にPAを出て行ったレクサスのことを思い出した。
「事故直後に凄い速度でPAから出て行った白いレクサスがあったのですが、それとは違いますよね?」
と青葉は警官に尋ねる。
「あっ、きっとそれです。衝突した車のドライバーさんは、白い車が突っ込むようにして来たので、それを避けようとして別の車に衝突したとおっしゃってるんですよ」
「だったらそれかも知れません。もし無関係の車だったらごめんなさい。白いレクサスVDでナンバーは417です」
「よくナンバーまで覚えておられますね!」
「私の姉の誕生日が4月17日で、それと同じだと思ったもので」
「ありがとうございます。助かります」
隣に居た警官が電話をしている。おそらく緊急手配するのだろう。
「ご協力ありがとうございます。念のため、運転免許証を拝見できますか?」
「はいはい」
警官が言うので彪志は今床にぶちまけてしまったものを何とか拾い集めたバッグの中から運転免許証を取り出し、警官に渡す。
すると警官が顔をしかめた。
「この免許証は普通免許が付いていませんが」
「え?」
と言って彪志が警官が手に持つ免許証を見て、そこには青葉の写真が転写されているのに気づく。
「あ、すみません。それは連れの免許証です」
と彪志。
「あれ?じゃ私が拾ったほうが彪志の免許証かな?」
と青葉は言って、自分のバッグの中から免許証を取り出す。
「すみませーん。こちらです」
「なるほど。免許取ってから3年ですね」
「はい。昨年11月にブルー免許になりました」
と彪志。
「さっきお互いのバッグをひっくり返してしまったんですよ。それで慌てて中身を拾っている内に免許証が入れ替わってしまったみたいで」
と青葉が弁解する。
「気がつかずにそのまま持っていたら大変でしたね」
と警官も笑顔で言う。
「写真見てギョッとしている所だった」
「私の方は普通免許があれば原付も乗れるから、性転換したんですよとか言えば切り抜けられるかも知れないけど、彪志は無免許で捕まっちゃう」
「まさに今そうなりかけたね」
「他人の免許証を提示したら詐欺罪ですよ」
と警官は一応警告する。
「でも性転換したんですとか美容整形したんですとか主張する人おられません?」
と彪志は警官に尋ねる。
「たまにおられますけど、あなた方は極端に顔の作りが違うから美容整形では難しそうですね」
などと警官は答える。ちょっと話好きっぽい人だ。
「でもまあ怪しい場合は、暑までご同行頂いてよくよくお話を聞く場合もありますね」
「なるほどー」
「千葉からおいでになったんですか?」
「ええ。長野までドライブします」
「そうですか。ではお手間おかけしました。安全運転で」
「はい、ありがとうございます」
それで警官は去って行った。
「いやあ、危なかったね」
「うん。服の方も危なかった」
「でも青葉、いつから免許持ってたの?」
「この21日に取ったんだよ」
「でもこれ帯がブルーじゃん」
「21日に原付を取って、22日に小特を取ったんだよ。だから21日にもらった免許はグリーンだったけど、翌日即ブルー免許になった。グリーン持ってたのは1日だけ」
「へー。上位免許取ったらブルーになるというのは知ってたけど、原付の後に小特でもブルーになるんだ?」
「うん、そうみたい」
「でも小特って、フルビッター狙い?」
「そうそう。だから準中型が創設されるまでは絶対にその上位免許は取らない」
「きっと青葉が取った後で、準々中型ができるよ」
「その時はいったん免許を全部返上して」
「頑張るなあ」
「でも確かに彪志がどう整形手術しても私の顔にはならないかもね」
「まあ骨格が違いすぎるね」
「私の顔は、ひょっとした男性ホルモンやってたらごつくなって彪志の顔になるかも知れないけどね」
「基本的に小は大に変化しても、大は小には変化できない」
「私がもし小学生の内に自己去勢してなくて、男として成長していたらどんな顔になったんだろうなあ」
「想像できないし、想像したくもない」
と彪志はやや不機嫌そうに言った。
「私が男になってたら、彪志は私に恋してなかった?」
「悪いけど、俺ホモじゃないから」
「やってみたらハマるかもよ」
「うーん・・・・」
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