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■春退(23)

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2012年の春から夏に掛けては本当に慌ただしかった。
 
1月千里は4年ぶりに出場したオールジャパンで準々決勝まで進出する快挙を遂げ、その直後、貴司からあらためてプロポーズされた。千里は貴司が用意してくれた1カラット・ダイヤモンドの24金リングのエンゲージリングを受け取り、ふたりは年末くらいに結婚することを約束した。
 
しかしこの後、初めてフル代表候補に選ばれた千里は合宿に次ぐ合宿の日程をこなすことになる。
 
法的に婚姻するには戸籍を女性に直さなければならないので千里は5月、合宿の合間を縫って留萌の実家を女装で訪れ、父に性別変更と貴司との結婚について説明するつもりだったが、性別問題で父が激高し「殺してやる」と言って日本刀を振り回す事態となり、結婚のことまで話せなかった。
 
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結局、このあと千里は性転換の準備のためいったん戸籍を分籍。その上で合宿と合宿の合間を縫って6月6日(水)友引、旭川市内のホテルで、貴司の両親・理歌・美姫と、千里の母と玲羅だけが出席した状態で結納の儀式をおこない、結婚式は12月22日(水)友引におこなうことも決めた。千里の父については母が何とか説得するということで細川家側の了承も得た。
 
千里は6月25日からの世界最終予選まで日本代表と行動を共にしたが、最終予選が始まる直前の6月24日、代表からは落選し、応援席から試合を見守ることになった。千里が帰国したのは7月2日夕方である。
 

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7月6日(金)、千葉市内のアパート。
 
千里から「しばらくデートできない」というメールが来たまま、こちらから電話してもメールしても反応の無いのに業を煮やして、とうとう千里の住むアパート(桃香との共同住居)までやってきた貴司は
 
「あ、いらっしゃーい」
とご機嫌な様子の千里に迎え入れられて、拍子抜けする思いだった。
 
実際問題として千里が返事を出していなかったのは、今更性転換手術を受けにタイに渡るという問題を合理的に説明することが不可能であったのと、2日にトルコから帰国した後しばらくは本当に忙しかったからだった。理学部は卒論は無いのだが、それでも合宿でゼミとかに出ていなかった分を補なう大量のレポートを提出する必要があった。
 
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「ごめんねー。なかなか電話とかできなくて。ビール飲む?」
「う、うん。もらおうかな」
 
それでヱビスビールが出てくる。開けて一口飲んでから言う。
 
「最終予選惜しかったね」
「それってチームについて?私について?」
「どちらもだよ」
 
「まあね。私、三木さんに負けてる気しなかったんだけどなあ。すっごく悔しい」
「多分このオリンピックを三木さんの引退の花道にさせてあげたかったんじゃないの?」
「でも出場枠取れなかったし」
「あれも惜しかったね。あと少しだったのに」
「私が出てたら、絶対あそこでやられてないよ」
 
「その悔しさをバネにまた頑張りなよ。来年はまたアジア選手権だし、再来年は世界選手権(*1)だし」
 
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(*1)バスケットボールのワールドカップは2014年まで「世界選手権」の名前であった。
 

「あんまり悔しかったから、私、三木さんに言ったんだよ」
「なんて?」
「このまま代表枠の勝ち逃げは許しませんからね。4年後のオリンピックの時は私がレンさんを蹴落として代表になりますから、それまでバリバリの現役でいてくださいよって」
 
「過激なこと言うなあ」
「三木さんは言った。『オリンピックに行けなかった主将としての責任取ってこのまま引退するつもりだったけど、サンがそう言うのなら、4年後また勝負しよう。でもまた私がサンを蹴落とすからね』って」
 
「いいじゃん。それでお互いに切磋琢磨できる」
「まあね。だから私も本格的にバスケ頑張るよ。だから貴司のベビーはちょっと待ってね。私、リオデジャネイロ・オリンピックが終わるまでは赤ちゃんなんか産んでられないからさ」
 
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「・・・千里、赤ちゃん産めるんだっけ?」
「産むつもりだけど。あ、それでさ、赤ちゃん産むのにおちんちんが付いてたら邪魔じゃん。だから今月18日にタイに行って性転換手術を受けて、おちんちん取って、ちゃんと女の形に改造してくるから」
 
「は?意味が解らないんだけど?」
「これで性転換手術が終わったら、すぐ戸籍も修正するから。たぶん10月くらいまでには貴司と法的に婚姻できるようになるから後少し待っててね。もちろん12月の挙式には間に合わせるから」
 
「性転換手術って・・・千里、とっくの昔に性転換済みじゃん」
「これから手術受けるんだよ」
「そんな馬鹿な。だって性転換が済んでいるから、2006年秋以来女子選手として活動してきているのに」
「今までは男の子だったけど、試合の時だけ、おちんちん取り外していたんだよ」
「そんな無茶な!」
 
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「まあそれで手術受けてくるから、手術後1〜2ヶ月はとてもデートとかできないからさ、しばらくデートできないとメールしたのよ。手術が終わってちゃんと女の身体になったら、私の新しいバージンをもらってね。それとも結婚式の初夜にそれ取っとく?」
 
千里がそう言った時、貴司は激しい自責の念に襲われた。しかし言うしかない。
 
「すまん」
と言って貴司は千里の前に土下座した。
 
「どうしたの?」
と千里はキョトンとした顔で言う。
 
「本当に申し訳無い。別れて欲しい」
「はあ?」
 
「実は別の女性と結婚の約束をしてしまった。この8日に結納するんだ」
「どういう意味よ?」
「どう謝っても謝りきれない」
 

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貴司は語った。この春に自殺未遂の女性を助けたこと。そして彼女を慰めているうちに、深い仲になってしまったこと。彼女が心理的に落ち着いたらちゃんと関係を清算するつもりだったが、結婚してくれなければまた死ぬと言われて、つい結婚の約束をしてしまい、向こうの両親とも会ってきたこと。
 
「ちょっと待ってよ。私はどうなるのよ? 貴司ってまさか何人も婚約者がいるの?」
 
「いや、そんなに何人もはいない」
「だいたい私の方が先約のはず。私、貴司から婚約指環ももらったし結納ももらったし、式場の予約もしてるし。2012年12月22日、夫婦の日で友引で最高の日だね、なんて言ってたし。だから私、それに合わせてちゃんと戸籍の性別も変更しようとしているのに」
 
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「ほんとに申し訳無い」
と貴司は謝るばかりであった。
 

1年後。
 
2013年7月下旬。
 
貴司は居酒屋で夕食を取っている時に、たまたま隣の席になり、言葉を交わすうちに意気投合してしまったOL風の女性と、そのまま夜のミナミの町を歩き、スナックで一緒にカラオケなどした後、お互いの呼吸で誘い合ってホテルの玄関まで来てしまった。
 
「いいの?」
「うふふ」
 
女は明快な返事はしないものの、同意していることは明かである。それで入口のところで「どの部屋がいいかなあ」などと言いながらパネルを見ていたら、唐突に誰かが貴司の手を握って、その中のひとつ『地獄の部屋』のパネルを押してしまう。
 
へ?と思って振り向くと、貴司の手を握ってパネルを押したのは千里である。そして千里は連れの女に向かって言った。
 
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「申し訳ないけど、私この人の妻なの。帰ってくれない? タクシーチケットあげるから」
と言って千里は勝手に貴司のバッグを開けると、中に入っているタクシーチケットを1枚取り、女に渡した。
 
女はしばらく貴司と千里を見ていたが
「分かった」
と言ってそのタクシーチケットを受け取って去って行った。
 

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「貴司、信じられないよ。来月9日には阿倍子さんと結婚するのに、他の女とホテル行くなんて。あり得ないよ、そんなの」
 
「すまーん」
と貴司は一応反省している顔をしている。
 
「そんな奴は地獄に墜ちるがいい。ひとりでその地獄の部屋に入ってきなよ」
 
そう言うと千里は踵を返して帰ろうとする。
 
「待って。千里、君と少し話したい」
と貴司は言った。
 
「ふーん。何話すの? 今更謝られても知らないよ。私が1年前、どれだけのショックを受けたと思っているの?」
「ほんとにすまん。でもあの時は、結局あまり色々話せなかったし。そのあと何度か会った時もあまり時間無かったし。千里とエンドレスで話したいと思っていたんだ」
 
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千里は少し考えているようだったが、言った。
 
「じゃエンドレスで話を聞いてもいいけど、最高の部屋を要求する」
「最高って?」
「帝国ホテル大阪のスイートルーム」
「うっ。財布が痛いけどいいよ」
「帝国ホテル大阪じゃなくて大阪帝国ホテルだったら貴司のタマタマが潰れるくらい握りしめてあげるからね」
 
「千里の握力なら、マジ潰れるだろ!?」
 

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それでふたりはラブホテルの方は「申し訳無い。キャンセルする」と伝え、改めて帝国ホテル大阪に予約を入れた上で、タクシーでそちらに行った。貴司のカードで払うが、高額なので、フロントの人がカード会社に承認を求める電話をしていた。
 
ボーイの案内で部屋に入る。
 
「さすがいいお部屋だね」
と千里も少しだけ機嫌を直してくれたようである。
 
取り敢えずワインを頼み、それを開けてグラスを合わせる。
 
「貴司と阿倍子さんの幸せのために」
と千里は言った。
「千里が幸せになれるように」
と貴司は言った。
 
「でも今だから言えるけど、あの時は、いっそ私を殺して欲しいと思ったよ。だって、私の22年の人生の内、9年間が貴司とともにあった。貴司から勧められてバスケット始めたし、貴司と会ってなかったら、私たぶん、まだまだ男の子の身体のままだったと思う。2007年1月に結婚して以来、ずっと法的にも貴司の妻になる日を夢見てきた。貴司が他の人と結婚するなんて想定外だったし、私の人生返してよと思った。返せないなら、もうこのまま死にたいから殺してって」
 
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と千里は少し遠い所に視線をやって語る。
 
「僕が何を言っても言い訳にしかならないのは分かっている。でも僕は千里が好きだ。それだけは動かしようのない事実だ」
と貴司は言った。
 
「阿倍子さんのことはどう思っているの?」
と千里は厳しい顔で訊いた。
 
「阿倍子のことも好きだ」
と貴司は言った。
 
「良かったね」
と千里は言った。
 
「へ?」
 
「貴司が『阿倍子のことは何でも無いんだ』とか言っていたら、私今貴司を殺して私も死んでいたと思う」
 
と言って千里はバッグの中から包丁を取り出す。
 
「わっ」
と言って貴司がさすがに肝を潰す。
 
「大丈夫。これは使わないよ」
と言って千里はそれをバッグに戻した。
 
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「貴司はその場限りの言い訳で適当に誤魔化すような人ではない。そういう貴司でなければ、私は願い下げだから」
と千里は言った。
 
貴司は何も答えられなかった。
 

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