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■春退(2)
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その車はガードレールにめり込むようにしていた。乗っていた20-21歳の男女4人は全員病院に運ばれたものの重体である。幸いにも全員シートベルトをしていたもようであるので即死にはならなかったようであるものの、ガードレールの変形のしようから見ると150km/h以上のスピードを出していたことがうかがわれた。
「運転が未熟なくせにカッコつけてスピード出すからだよなあ」
「ここ直線から突然の急カーブになるから、知らないと危険なんだよね」
「一応急カーブありって警告の看板出しているんだけどねえ」
「運転の経験が浅い奴って、そういうのまで見てない上に道路を甘く見てるんだよね」
などと警官たちは話し合っていた。
「しかし目の前が消防署だからすぐ救急車で病院に運んでもらえたのが幸いでしたね」
と若い警官が言う。
「全く全く。20年も育てて突然こんな暴走で死なれたりしたら親はたまらんから、回復してもらわないと」
「ね、ね、今朝の事故のニュース見た?」
と7月6日月曜日の朝、純美礼は言った。
「ああ、J市で専門学校生4人が乗ったマジェスタが消防署の前のガードレールに激突して4人とも重体ってやつでしょ? まあよく死ななかったよね」
と日香理が言う。
「そこが例の場所なのよ」
と純美礼。
「金曜日に言ってた幻のクラクションの所?」
と美由紀が興味津々な様子で尋ねる。
「そうそう」
「やはり実況見分に行ってみようよ。どうせ今日までは部活禁止期間だしさ」
期末テストは金曜日で一応終わったものの、赤点を取った子の追試などもあるため、今日までは部活禁止・職員室入室禁止になっている。
「誰々で行く?」
「純美礼と私と日香理と、当然のことながら青葉だな」
やはり私も行くのか!
それで4人は学校が終わってから電車に乗るとJ市まで出かけた。現場は実際にはJ市でも平成の大合併で統合された元M村の領域である。M駅から歩いて10分ほどした所に消防署M分団がある。この消防署の前が純美礼の言っていた「幻のクラクション」が聞こえる場所なのである。
既に事故を起こした車は撤去されているものの派手に変形したガードレールが生々しい。
「こういう所って花束を置いたりしないんだっけ?」
「今回は死者が出てないから」
「あ、そうか。惜しいな」
などと美由紀は言っている。
「でもこのガードレール自体けっこう新しいよね」
「割と最近事故があって、交換したんだろうね」
「やはりクラクションのせいじゃないの?」
「でもクラクションくらいで事故を起こす?」
青葉はその「場」の雰囲気を感じ取りながら慎重に話す。
「それが本当に幻であったら、無視しても問題無いと思う。慎重に車を左に寄せて停めたりするのもOK。一番危険なのが突然クラクションを鳴らされて慌てて運転をミスること」
「昨夜はまさにそういう事故が起きたんじゃないの?」
と美由紀が言う。
「可能性はあるけどね」
青葉たちが話していた時、近くに可愛い黄色のブーンが停まり、中から背の高い女性が降りてきた。女性は青葉たちがいるのを見て一瞬躊躇したようであったが、やがてその事故現場まで来ると、その激しく変形したガードレールを見て何か考えている雰囲気。そして向かい側にある消防署を見てまた何か考えている。そしてバッグの中から数珠を取り出すと合掌して何かつぶやくように唱えていた。青葉は微かに聞こえてくる断片から般若心経みたいだなと思った。
彼女が祈り終わって車の方に戻ろうとした時、美由紀が声を掛けた。
「済みません、事故の関係者の方ですか?」
声を掛けられた女性は驚いたようだが、答える。
「いえ。無関係なんですけど、私、事故が起きる1時間くらい前にここを通ったんですよ。それで他人事とは思えないので、お怪我なさった方の回復を祈りたいと思って来ただけなんです」
そして彼女が答えた時、美由紀は何だか嬉しそう(?)な目で日香理を見た。彼女の声が男声だったからである。むろん日香理はポーカーフェイスだ。
「あなたが通りがかった時も何かあったんですか?」
と日香理が尋ねる。
「そうですね。何と言ったらいいか」
「もし良かったら、そこのイオンで一緒にお茶でも飲みながら話しません?」
「それもいいかな。ここで立ち話していても迷惑だろうし」
確かに消防署の前にこんなに人がいると邪魔である。
それで4人は女性のブーンに無理矢理乗り込んで(本当は定員オーバーである)近くのイオンまで行った。
フードコートで適当なものを頼んでくる。青葉はコーヒー、日香理はコーラだが純美礼はテリヤキバーガーセット、美由紀はラーメンを頼んできた。女性は紅茶である。
「実はそれが初めてではなかったんですよ」
と彼女は言った。
「1ヶ月前にもあの消防署の前を昼間通り掛かった時に突然クラクションが聞こえて、その時はえ?え?え?と思っている内にそこを通り過ぎちゃったんですよね。周囲に他に車を見なかったし。もしかしたら脇道にいた車が自分が出ようとしていた時に私の車が通過してしまったんで癇癪起こしてクラクション鳴らしたのかな、くらいに思っていたんですよ」
「いますよね〜。自分ルールでやたらと鳴らす人って」
と日香理も言う。
「あれきっと本人は世の中おかしなドライバーばかりだとか思っているんですよ。実際は自分がすごくおかしいのに」
「ところが昨日は夜中でしょ? 車がいたらライトで気づくはずだから絶対おかしいと思って脇に寄せて停めてみたんですよ。すると車を降りた直後に巨大なトレーラーが目の前を通過していったんです。あんなの居たら、運転している時に絶対気づいたはずなのに」
青葉は少し考えた。
「そのトレーラーって町側から来たんですよね?」
「そうです。対向車線を通過していきました」
「でしたら本来、クラクションを鳴らす必要ないですよね?」
「あ、ほんとだ!今までそのことに気づかなかった」
「青葉、なんで対向車線だと分かったの?」
と純美礼が訊く。
「いや、それは分かるけどさ」
と青葉は少し言葉を濁すが
「そりゃ、日本一の霊能者だもん、そのくらい分かるよ」
と美由紀は言ってしまう。
「あなた霊能者なんですか!?」
と女性が驚いたように言う。
「ええ、まあ」
「竹田宗聖さんとか中村晃湖とかも一目置いているんですよ」
「すごーい」
と言ってから、彼女は悩むようにしてから口を開いた。
「だったら、ちょっと見ていただけないでしょうか?」
青葉は一瞬美由紀と顔を見合わせた。
話が長くなりそうなので、日香理と純美礼は帰して(M駅まで送ってもらった)、青葉と青葉のマネージャーを自称する美由紀の2人だけで彼女のブーンに乗り、彼女の自宅に行った。
古い住宅街の一角に彼女、水城さんの自宅はあった。以前家が建っていた風の所が駐車場になっていて、そこで車を降りる。
歩いて行くうちに青葉は物凄く気になる家を見た。
「あのぉ、水城さんの御自宅、そこじゃないですよね?」
「違います。でも実はそこが問題で」
「なるほどー」
御自宅にあがらせてもらう。水城さんはお茶を入れてくれた。
「おひとりですか?」
「あ、いえ、結婚していて子供が1人います」
と水城さんは言うが、美由紀は、その伴侶が「夫」なのか「妻」なのか、どうも興味津々な様子である。
「でも今日は学校行った後、ピアノ教室に行ってから帰ってくるので遅いんですよ」
「なるほどですね」
「ちょっと待っててください。御飯を炊いてきますので」
と言って、彼女は台所に行って米をとぎ、炊飯ジャーをセットしたようである。
「何にも無い町だけど、面倒なことも無いなと思ってここ気に入っているんですけどね。私みたいな変なのにも、みんな寛容にしてくれるし」
と言って水城さんは語り始めた。「変なの」というのは水城さんの性別問題のことなのだろうが、確かに田舎はそういう変則的な生き方にも割と寛容である。詮索とか噂話はされるが!?
「ここに引っ越して来てからもう10年くらいになるんですが、いい場所だと思ったんですよ。いちばん近いスーパーまで2km, 最寄りのバス停まででも800mくらいあって、車無しでは事実上生活不能であることを除けば、空気も美味しいし、水も美味しいし、わりと静かだし。神経が細いので以前住んでいたところでは私眠れなかったんです。国道のそばだったものですから」
「それは大変ですね」
「小さいながらも神社があって、みんなに崇敬されている感じで。神社の境内の掃除とかも町で当番制でやっているんですよ」
「なるほど」
「神主さんも毎月1回家々を巡回して祝詞をあげていってくださってたんですよね」
「ちゃんと信仰が生きている町なんですね」
「それが2年前にその神主さんがご病気になられて」
「あら」
「祭礼とかは市内の別の神社の神主さんが来てしてくださっているんですが、ここ2年ほど毎月の巡回は停まっているんですよね」
「息子さんとかはおられないんですか?」
「その息子さんが3年ほど前に交通事故で亡くなられて」
「あらぁ」
「でも今お孫さんが皇學館に行っておられて、来年の春に卒業予定なんですよ」
「おぉ」
「それで卒業したらこちらに戻って来て禰宜(ねぎ)になって、家々の巡回もさせてもらいますから、と御本人も言っていて」
「じゃあ、あと半年の辛抱ですね」
「ええ。やはり巡回が途絶えている間は、神社へのお布施もかなり減っていたみたいで、神社の経営って言っていいんですかね、やりくりも大変だったみたいですよ。拝殿の鈴が落ちてしまったのは、工作の得意な氏子さんがこのくらい自分が修理するよと言って修理してくださったんですけど、石段の手摺りがぐらぐらしてるの、どうしよう?でも修理するとなると相当お金かかるよ?とこないだ自治会でも話したんですけどね」
「いや、そういう話を自治会でできるだけでも恵まれている方という気はします」
「かも知れないですね。それで異変は、その神主さんの巡回の停まった後、今から1年半くらい前から始まったんです」
「はい」
「部活をした後、夜7時頃自宅に帰ろうとしていた中学生が真っ黒な衣装を着た人物を見たのが多分最初だったと思います」
「夜に真っ黒な衣装ですか?」
と青葉が訊くと
「忍者?」
と美由紀が尋ねる。
「むしろショッカーの戦闘員で顔が書いてないみたいな」
「現代的忍者衣装ですね」
「確かに」
「でも最初に中学生が見たその人物は特に何をするでもなく、ただ街角に立っていただけだったんです」
「その場所が分かりますか?」
と青葉は尋ねた。
「はい」
と言って水城さんはパソコンを開くとGoogle Mapでこの近所の地図を出し、
「ここです」
と指さした。青葉がこの地図が欲しいというと水城さんは地図をプリントした上でその怪しい人物が最初に目撃された場所にマーカーで印を付けてくれた。
「それを皮切りに、様々な人物が目撃されているんです」
と水城さんは説明した。
「塀の上でダンスしていた男女を見た人もいます。フィギュアスケートのスピンみたいにくるくると回転している人を見た人もあります。ピエロみたいな格好をした人を見た人もあります。それがだいたいこの地区内に集中しているっぽいんです」
「なんか江戸川乱歩の少年探偵シリーズに出てくる怪人の悪戯みたい」
と美由紀。
「あ、それそれ。私も実はそれ連想したんです!」
と水城さん。
「その内、どうもさっき通り掛かった、あの家が怪しいと言い出した人がいて」
「それはどういう経緯で」
「ピエロみたいな格好をした人があの家に入って行くのを見たという人がいて」
「その家の住人か、あるいは訪問者とか?」
「それがふつうに玄関とかを開けて入ったのではなく、すっと家に吸い込まれるようにして消えたというんです」
「うーん・・・」
「別の人は、真紅のドレスを着て口に薔薇を一輪咥えた女性が、その家の壁からすっと出てきたのを見たとか」
「忍者屋敷?」
と美由紀が言う。
「あの家はどなたか住んでおられるんですか?」
「住人はいるのですが、地域の他の人との交流が全くなくて」
「ほほお」
「お仕事は隣町の会社に勤めておられるみたいで、朝早く車で出て、夜遅く帰って来られているみたいです。ですから、昼間は不在っぽいし、実際問題としてほとんど顔を合わせないんですよ」
「なるほど」
「自治会の集会にも出て来ないし、何か特殊な宗教をなさっているらしくて、神社の宮司さんの巡回もそこの家だけはお断りしていたらしいです」
「まあ別に宗教は自由ですけどね」
「ええ」
「都会に住んでいた人とかなら、自治会とか苦手かも」
「ええ。みんなそう言って寛容にしていたつもりなのですが、ちょっとこの怪異とあの家が何か関わっているのではというので、今ちょっとピリピリしているんですよ」
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