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■春退(19)

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行きつけの内科クリニックで阿倍子を降ろすと、千里は
「じゃ、阿倍子さんが診てもらっている間に私は京平を検診受けさせてくるよ」
と言った。
 
「うん。お願い。正直、病院の待合室に京平を置いておきたくなくて。帰りはタクシーででも帰るから」
と阿倍子も言うので、そういうことにした。
 
母子手帳を持っているのを確認して、千里は京平を連れて検診を受ける総合病院に行く。
 
『いんちゃん、阿倍子さんに付いててくれる?』
『了解』
 
そして千里は某所に向かっている最中の《こうちゃん》と《きーちゃん》に問いかける。
 
『今どのあたり?』
『まだ仙台付近。あと2時間くらいかな』
『お疲れ様、気をつけてね』
 

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検診は10時からになっていたのだが、千里が到着したのは9:50くらいである。受付を済ませて、最初は広い部屋に入る。赤ちゃんを連れたお母さんたちがたくさんいる。ミルクをあげている人もいるが、直接お乳を吸わせている人もいる。京平が少しぐずる。千里は、ここならまあいいかなと思い、自分も服を少しまくりあげて京平に乳房を含ませた。勢いよく吸い付く。
 
吸う力が強くてちょっと痛いけど、これけっこう幸せな気分になるなあ、と千里は思っていた。京平に直接授乳するのは実はもう4回目である。
 

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やがて保健師さんのお話が始まる。予防接種の話をしているが、これってパズルだよなあと思っていた。何の後に何をしなければならないとか、いつまでに何をしなければならないとか、何を受けた後は最低これくらいあけないといけないとか、条件がたくさんあるので、予防接種の計画を練るのは、本当に難しい。
 
貴司がかなり悩んでいたので、いくつかの案を貴司とふたりで組み立てておいた(阿倍子は「分からない!」と音を上げたらしい)。京平は先月末にヒブ・肺炎球菌・ロタの接種を受けている。今日は4種混合を受けさせる予定である。しかし今日ヒブを受ける人もいるようだ。
 
その後離乳食のお話があるが、京平の離乳食は急がないことを貴司と阿倍子さん(と千里!)は合意している。昔は離乳食はできるだけ早く始めて断乳しろなどと言われていたが、それはアレルギーなどを増やすと現在では言われている。
 
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そのあと個別に身体測定と診察が行われる。京平は標準より身長も体重もあると言われた。
 
「お母さんも背が高いですね。お父さんもですか?」
「ええ。夫は身長188cm, 私も168cmくらいですから。実はふたりともバスケット選手なんですよ」
「だったら、お子さんもきっと大きくなりますね」
と助産師さんは言っていた。
 
「混合栄養ですか?」
「そうです。だいたいお乳が7割くらいです」
「お乳はよく出ます?」
 
「出ます。私、日中はバスケの練習に出ていて、子供は他の人に見てもらっているのですが、練習中に休憩して搾乳したりしてるんですよ。ですから水分補給も他の選手の倍くらいしている感じで。でもその練習中に搾乳しておいたもので翌日の私が不在中の哺乳もだいたい行けるんです。足りない時はミルクをあげますけど」
 
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「それだけ出るのはいいですね」
 
千里は実際に助産師さんにおっぱいも見てもらったが
「いい感じで張ってますね〜」
と言われた。
 
助産師さんは乳首を少し指で押して「出具合」を見ていたが、それもちょうどいいくらいの出方だと言った。
 
「乳腺炎とかは大丈夫ですか?」
「ええ。今の所特に問題もないようです」
 
お医者さんによる診察でも京平はどこも問題無い、健康そのものと言われた。
 

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別室で予約していた4種混合の予防接種を受けた。そして京平を連れて駐車場に戻り、取り敢えず京平が欲しがっているのでお乳を飲ませていたら、《きーちゃん》から
 
『今いいよ』
とメッセージが来る。
『じゃ、よろしく』
と千里が答えると、千里は京平を抱いたまま、病院の一室の前に居た。千里はドアを開けて中に入った。
 
「おばあさん、お久しぶりです」
と千里は起きて編み物をしていた淑子に言った。
 

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貴司から連絡があった時に全ての計画を立てた。まず阿倍子さんの近くに京平の世話(主として霊的なガード)と搾乳ボトル補充回収のため当番で詰めてくれている子(今日は《すーちゃん》)と《きーちゃん》が位置交換した上で、《きーちゃん》と千里が位置交換して千里は大阪に来ることが出来た。その上で《こうちゃん》に《きーちゃん》を乗せて留萌に飛んでもらった。そして2人が到着した所で《きーちゃん》と千里の位置をまた交換したのである。
 

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「千里ちゃん!?」
「こちら京平君ですよ」
 
「わあ・・・」
と言って淑子は笑顔で京平に触る。
 
「だっこしてみます?」
「いいの?」
「はい」
 
それで淑子は京平を抱いて撫でている。京平も淑子に抱かれておとなしくしている。この子はけっこう人見知りをするのだが、自分の曾祖母というのが分かるのだろうか。
 
「でもどうして千里ちゃんが?」
「阿倍子さん、身体が弱くて北海道までの旅行には耐えられないみたいで。あの人数百メートルも歩いたら、10分くらい休まないといけないみたい」
 
「そんな身体でよく京平を産んだね!」
「産んだ後、死にかけて焦ったんですよ」
「ひゃー」
 
「私、この子が生まれた時、理歌さんと一緒にその部屋に居て阿倍子さんの手を握って励まして、産まれて最初にこの子を抱いたんですよ」
 
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「そんなことしてたんだ?」
「貴司さんったら、ホントに何にも考えてなくて。私や理歌さんが行ってなかったら大変でした」
 
「ああ、理歌が行って色々してあげた話は聞いた」
 

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「でもちょっと今日はこっそり連れてきました」
「あらあら」
 
「だからお母さんにも京平と会ったことは内緒にしておいてください」
「うん、いいよ」
 
と言ってから淑子は急に不安そうな顔をした。
 
「千里ちゃん、じいさんが亡くなる直前に京平の写真をじいさんだけに見せてあげたよね?」
 
千里は微笑んで答えた。
「あれはおじいさんの寿命はどうにもならなかったので。でもおばあさんはまだまだ30年は行けますから、ちゃんと京平が小学校・中学校に入学して、お嫁さんもらって子供産むまでちゃんと見られますよ」
 
「ほんとに?」
 
「ですから、病気しっかり直してくださいね。またこっそり連れてきますから」
「うん。私、頑張る」
 
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と淑子は言った。
 

「でもおじいさんとおばあさんって結構な年の差婚ですよね」
「うん。20歳違う。でも私は後添えだから」
「あ、そうだったんですか?」
 
「宝蔵の最初の奥さんは7つ違いだったんだよ」
「昔はそのくらい結構普通かも知れませんね」
「その人が6人子供を産んで。でも数え年三十三歳の大厄の年に亡くなったんだよ」
「あらあ」
 
「その後私が後添えで入って、2人産んだから」
「じゃ8人兄弟だったんですね」
「そうそう。でも前妻さんが産んだ6人の内2人は小さい内に死んでしまったし、ひとりは大学生の時に交通事故で死んだから、結局今は5人しか居ないけどね」
 
「人数が多いと、亡くなる人も多いですよね」
「特に昔は田舎では子供の死亡率は結構あったんだよ」
 
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「でしょうね。ということは、今は前妻さんの子供が3人と淑子さんの子供が2人残っている訳ですか?」
 
千里がそんなことを言うと、淑子は不思議な笑みを浮かべた。
 
「実は私が産んだ子が3人なんだけどね」
「え!?」
「前妻さんが最後に産んだことになっている晴子はね、実は私が産んだんだよ」
「それ、どうなってるんですか?」
 
「前妻は私の従姉でさ。親戚の集まりで私があの家に行っていた時に宝蔵に手籠めにされちゃって」
「え〜〜!?」
 
「私、まだ高校生だったのに、子供産んじゃったんだよ。でも子供産んだなんてバレたら学校退学になっちゃうじゃん。それで出産したのがちょうど夏休みでバレにくかったし、前妻さんが産んだことにして出生届を出したんだよね」
 
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「わあ」
「その後で、前妻さんが亡くなった後、結局晴子の面倒を見るためにあの家に入っている内に、実質的な宝蔵の妻みたいな形になっちゃって、それで望信(貴司の父)も産んで。婚姻届けは前妻さんの三周忌がすぎてから出したから望信については、子供が先に入籍して母親が後から入籍したという逆転入籍でさ」
 
「あぁ・・・・」
「最後の麗子はちゃんとあの人の妻として産んだけどね」
 
「でも昔はけっこう妾さんが産んだ子供を正妻の子供として入籍しちゃうというのもあったみたいですね」
「うんうん。わりとそういう話は聞いた」
 
千里はこの話を聞いて貴司の「女に対するだらしなさ」って祖父の遺伝では?などと思ったりした。
 
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「でも世の中、スケベな男が多いのは、やはりスケベな男の遺伝子が残り易いからなんでしょうね」
などと千里が言うと
 
「あ、それ私も思ったことある。清廉な男は子孫を残しにくいんだよ」
と淑子も言った。
 
「でももしかしておばあちゃん、礼文から留萌に移動なさったの、そのあたりの関係もあります?」
 
「うん。実は何か言い訳が無いかなと思ってた。やはり血の繋がってない子の所より自分の子供の所のほうがこちらとしては気易いのよ。芳朗も鶴子さんもよくしてはくれていたけどね」
 
千里は淑子の言葉に色々思いを巡らせた。
 

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やや生臭い話はあったものの、その後は淑子が最近ハマっているらしい刀剣乱舞や妖怪ウォッチの話でかなり盛り上がった。
 
「千里ちゃんも結構ゲームするのね?」
「バスケの休憩時間とかにちょこちょこやってるんですよ」
「なるほどー」
 
「そうだ。とっておきの未使用・妖怪メダル、おばあちゃんにあげちゃおう」
と言って千里がかなりレアなメダルを渡すと
 
「これ本当にもらっていいの?嬉しー!」
と本格的に喜んでいた。
「でも使うのもったいないから、ずっと保存しておく」
「きっとレア物を持ってる人はそうしてる人が多いですよ」
 
千里と淑子が難しい話をしている間も、ゲームの話をしている間も、京平はずっとご機嫌で、淑子に「ひいばあちゃん孝行」をしてくれていた。そして実はこの「秘密のデート」をしている最中、《びゃくちゃん》が淑子の治療を可能な範囲でしてくれていた。
 
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京平がおっぱいを欲しがったので千里が飲ませてあげたが、千里が京平に授乳しているのを見て淑子は驚愕する。
 
「千里ちゃんも誰かの子供を産んだんだっけ?」
 
千里はそれには直接答えず、ただこう答えた。
「阿倍子さんはお乳が全く出ないみたいですね」
 
淑子は戸惑うような表情を見せる。千里は更に言った。
 
「でもこの子、物凄く霊感が強いみたい。浮遊霊とかが近くに居ると激しく泣くんですよ。きっと保志絵さんと私と両方の遺伝子を受け継いでいるからでしょうね」
 
「あんた、まさか・・・」
 
「あ、そうだ。これもおばあちゃんへのお見舞い」
と言って千里は、ビットキャッシュの《ひらがなID》を渡した。
 
「おぉ!!」
「1万円入ってますから、退院してゲームできるようになったら、良い装備を買って下さい」
「私これがいちばん嬉しい。早く退院しなくちゃ!」
 
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と言って淑子は喜んでいる。
 

淑子はこの日を境に驚異的な回復を見せ、翌週には退院の許可が出て家に戻り、またまたゲーム三昧の生活に復帰した。淑子が自分もまだ持っていない最新の京平の写真をデータで持っているのを見た保志絵は「あら、貴司がメールして来たんですか?」と尋ねた。
 
「ここだけの話、千里ちゃんにもらったの」
 
と淑子は笑顔で答えた。今度は保志絵が悩んでいた。
 

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