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■春退(3)

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青葉は水城さん、美由紀と一緒にその付近の界隈を歩いてみた。
 
「あ、美由紀そこ通ったらダメ」
「ん?」
「そのマンホールは避けて歩いてね」
「このマンホール問題あり〜?」
「問題あり。さっきも怪しいマンホールがあった。水城さん、しばらく他の人にも歩く時にマンホールをできるだけ踏まないようにした方がいいと言っておいてください」
 
「分かりました!」
 
青葉が「原因の元」を絞りきれないまま、確かに怪しい雰囲気の漂う界隈を歩いていたら、携帯が鳴る。見るとユニバーシアードのため韓国に行っている千里からなので、びっくりして
 
「失礼します」
と水城さんに断って取る。
 
「はい。どうしたの?ちー姉」
「なんか青葉に電話しないといけない気がしたのよ。三角形の中心点って言葉が唐突に浮かんだんだけど、青葉事件か何かに関わってる?」
 
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三角形の中心点???
 
「ありがとう。たぶんヒントになると思う」
 

それで青葉はいったん水城さんの家に戻り、さきほど印刷してもらった地図を眺めた。
 
青葉はまず神社にマーカーで丸を付けた。そしてじっと見つめる。
 
「あ、これだ」
と言ってから確認する。
 
「ここにお寺のマークがありますが、これって何ですか?」
「そこは大黒堂です。小さなお堂があるんですよ」
と水城さん。
 
「ありがとうございます」
 
青葉はそこにも丸を付ける。この2ヶ所なら、もうひとつは・・・この付近なんだけど、おかしいな?
 
「済みません、水城さん。この付近に何か無いですか?」
「あ、お地蔵さんみたいなのがありますよ」
「お地蔵さんですか!」
 
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「ここはうちのK地区と隣のP地区との境界になるんですよ。そういう所には塞の神(さいのかみ)って言うんですかね、大きな自然石が置かれていたり、お地蔵さんが置かれたりするんだよ、と霊感の強い妹から聞いたことがありますが、たぶんその類じゃないでしょうか。一応近所の人が毎日水とかを供えているようです」
 
「本当に信仰の生きている町なんですね」
「ええ。それも私は気に入っているんですけどね」
 
青葉は水城さんから聞いて、そのお地蔵さん(みたいなの?)の場所にも丸を付けた。
 
この三角形の中心点といったら・・・・
 
例の家じゃん!
 

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「この怪しい家って、この三角形の中心にあるから怪異の出現消失ポイントになっているようですね」
 
「じゃ、その家自体が悪いんじゃないんですね!」
「だと思います。やはりこの付近の秩序が乱れていることが原因ですよ」
 
「良かった。実は中には、あそこの家、**教なんかやってるから、おかしなことが起きるのでは、と言う人もあって」
 
「古今東西、そうやって宗教戦争が始まっちゃうんでしょうね」
と美由紀。
 
「ああ、そうかも知れません」
 
「でも私も**教は嫌いだな。あそこ信者から金ばかり巻き上げて」
と美由紀が言うので
 
「まあまあ、今はそれ関係無いから」
と青葉はたしなめる。
 
「これはたぶん解決できると思います。でも今晩、少し遅くまでここに居させてもらっていいですか?」
「はい」
「私もその怪異を自分の目で見たいので。M駅の高岡方面への最終電車は何時でしたっけ?」
「21:17です。でも私が車で高岡までお送りしますよ」
 
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それで美由紀をM駅まで送ってもらった上で、青葉は水城さんと一緒に家に戻り、夕飯の支度を手伝った。
 
「すみませーん。こんなのまで手伝ってもらって」
「いえ。女同士の助け合いですよ」
と青葉が言うと、水城さんはなんだか嬉しそうな顔をしていた。
 

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やがて18時すぎに、水城さんの《奥さん》が帰宅する。
 
「お帰り」
「ただいま。あら、こちらはミツルのお友達?」
と奥さんは尋ねる。
 
「いえ、ご主人の友人で、川上と申します。私もMTFなんですよ」
と青葉が笑顔で言うと、
 
「え〜〜〜!?」
と奥さんが驚いたような顔をする。水城さんも驚いていたが、声には出さなかった。
 
「じゃ、あなた戸籍上は男なの?」
「そうなんですよ。性転換手術はもうしちゃったんですけどね。性別は20歳になるまで直せないんですよね」
 
「ああ、それは大変ね」
 
「戸籍は男のままですけど、学校には理解してもらって女子制服で通学しているんです」
 
「最近はそういうの許容的になってきたよね」
 
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水城さんは青葉が最近この界隈で起きている「怪異」に興味を持っていて、一度現物を見たいというので、起きそうな時刻まで家に滞在するということを説明した。
 
「ああ、あれは最近毎晩起きているみたいだもんね」
「だいたい最近は9時くらいから始まるみたいだから」
 
それって天文薄明が終了した頃かな、と青葉は思った。携帯で暦計算サイトに接続して確認すると、今日の天文薄明終了は21:04である。また1月頃の天文薄明終了はだいたい18時半くらいになる。部活が終わった中学生が帰る時に見たという話とだいたい一致する。
 

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19時少し前に、ピアノ教室が終わって帰る娘さんを水城さんが迎えに行き、やがて一緒に戻って来る。
 
青葉の自己紹介に、娘さんは
「すごーい。本当に元男の子だったんですか?」
と言って、青葉の胸などにも触っていた。
 
「おちんちん取っちゃったんですか?」
「はい、取りましたよ。もう男の子は引退しました」
「すごいなあ。でもうちのクラスにも1人、男を引退したがっている男の子がいるんですよ」
 
「早く引退できるといいですね」
 
晩御飯も頂いた上で、やがて9時になる。青葉は水城さん、そして怖い物見たさのミツルさんと一緒に外に出た。懐中電灯は持ってはいるが点けない。
 
問題の家の付近をやや離れた所から眺めている。
 
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「そう簡単には現れないかな?」
などと言っていたら、青葉は突然後ろに気配を感じ、ミツルさんを突き飛ばすようにすると同時に自分はワンステップ後ろに下がった。
 
すると青葉とミツルが今居た場所を、物凄い勢いで1頭のライオンが走り抜けて行った。
 
「何あれ?」
とミツル。
 
「動物の姿を見たのは初めてだ」
と水城さん。
 
「あれ、ぶつかられてたらどうなってました?」
「実体があるものではないので、怪我などはしませんけど、病気にはなるかも」
「なるほどー」
 
と言ってからミツルは興味津々な様子で訊く。
 
「川上さんって霊能者さんなんでしょ?」
「よく分かりましたね」
「お父ちゃんと話している内容を聞いてて、どうもその関係の人みたいと思って」
「霊能者にはしばしば性別が曖昧な人がいるんですよ」
「あ。マドモアゼル朱鷺さんとか?」
 
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「あの方もそうでしたね」
「あの人、生きているんでしょうか?」
「私も分かりません。直接会ったことのある方なら、ある程度見当が付くのですが」
「分からないなりにどちらでしょう?」
 
青葉は微笑んだ。
「もしかしたら生きておられるかも。名前も変えて、ふつうのおばちゃんとしてどこかに埋没しているかも。この世の中、身元を明らかにしなくてもできる仕事って割とありますよ。もしかしたら、どこかでラーメン屋さんの皿洗いでもして暮らしておられるかも」
 
「それもしかしたら、御本人としては理想的な生き方だったりして」
「ええ。男であった過去をきれいに捨てて、普通の女として生きていく」
「お父ちゃんも全てを捨てたい?」
とミツルは父親に尋ねた。
 
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「私にはミツルもいるし、お母ちゃんもいる。私は今の生活が幸せだよ」
と水城さんは言った。
 
青葉は水城さんに言った。
「かなりこの怪異の性質が分かりました。ちょっと解決のための準備に少し手間が掛かりそうなのですが」
 
と言って青葉は手帳を見る。
 
「7月21日頃にこちらにまたお邪魔していいですか?もしかしたら日程は少し変わるかも知れませんが」
 
「ええ、私は自営業で締め切りに余裕があるので、前日までに言ってもらえば高岡までお迎えに行けると思います」
 
「21日になった場合は、私はその日富山市に用事があるんですよ。もしそうなった場合は、富山で拾って頂けませんか?」
「いいですよ」
 
それでその日は水城さんに高岡の自宅近くまで青葉は送ってもらった。
 
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ユニバーシアード4位という立派な成績を土産に7月14日に韓国から帰国した千里は、翌15日は今度はフル代表の方に招集され、8月末に中国で開かれるアジア選手権(オリンピック予選)を目指すことになった。それで長期間合宿で時間が取られるので、さすがにJソフトは退職させてもらおうと思い退職願いを毛筆で書いて16日、会社に持っていったのだが、専務はアジア選手権の終わる9月5日まで休職にするから辞めないでくれと言った。
 
そして7月17日(金)。千里はこの日、朝から新幹線に乗って富山に向かった。
 
富山駅で、この日学校を休んだ青葉と合流する。
 
「だいたい道具立ては揃ったんだけど、ちー姉の意見を聞きたいと思って」
と青葉が言う。
「今回はお互いの日程が合うのが今日しか無かったね」
と千里も言う。
 
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青葉は18日から20日まで水泳の北信越大会(インターハイ予選)がある。一方千里は20日夜から東京北区の合宿所に入り、その後、オーストラリア遠征が入るのである。
 
富山駅そばのロッテリアでリブサンドのセットなど食べながら青葉はここまでの状況を語った。
 
「それってさあ。妖怪のせいなのね?って奴では」
 
「うん。基本的にそうだと思う」
「ちがーう! そこは『そうなのよ』と言ってもらわなくちゃ」
「えっと・・・」
と青葉は焦る。ちー姉、なんか詳しいじゃん!
 
「でもだから神社の孫息子さんが戻って来てまた町内の巡回を再開してくれたら収まると思うんだけど、とりあえず半年くらいもつような応急処置をしておきたいんだよね」
 
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「それで高野山★★院の御札とお伊勢さんの大麻と椿大神社の御札か」
 
「どの順序で押さえればいいと思う?」
「対向位置に貼るんでしょ?」
 
「あっ・・・・」
「もしかして青葉、各々のポイントに貼ろうとした?」
「それじゃ意味無いね」
「そうそう。各々の対抗ポイントに貼ることでエネルギーが活性化する」
 

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11時頃、水城さんが富山駅前まで迎えに来てくれた。青葉は
 
「姉で、私と同様に性転換している千里です」
と紹介した。
 
「えー!? もしかして兄弟から姉妹になっちゃったんですか?」
「ですです」
「親も可哀想」
「ああ、そう思うことはあります」
「もうひとり天然女性の姉がいますけど、レスビアンですし」
と青葉は言う。
「子供3人もいて孫ができるのは絶望的ですか?」
 
「それを何とかして作ろうと思っているんですけどね」
「へー」
 

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3人はM村まで行くと、最初に神社と大黒堂と塞の神にその順序にお参りした。その後で、まずは神社の対向位置に行く。そこには公民館があった。水城さんが公民館の館長さんに声を掛け、例の怪異の件で知り合いの霊能者さんに来てもらったので、ここに御札を貼っていいかと尋ねる。
 
「ああ、いいですよ」
 
それで青葉が「念」を込めてそこに神宮大麻を貼った。
 
「凄いね。そういう貼り方、私にはできない」
と千里が言う。
 
「もっと凄い貼り方するんでしょ?」
と青葉は言い返す。
 
その後、大黒堂の対向位置に行く。ここには町内会長さんの家かある。事情を話すと
 
「どうぞどうぞ、どこにでも貼って下さい」
と言うので、青葉はその家の納屋の角に★★院の御札を貼らせてもらった。
 
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最後に塞の神の対向位置に行く。ここには建設会社があった。社長さんに声を掛けると、どこにでも貼ってというので、青葉は資材置き場の入口そばに、椿大神社の御札を貼った。
 
「これで封じたはずです。少し様子を見てもらえませんか」
「分かりました。ありがとうございます!」
 
と言ってから水城さんは少し心配そうな声で言う。
 
「あのぉ、お代はおいくらくらいお納めすればいいですか?」
 
青葉はニコッと笑って言う。
 
「今回は私もたまたま通り掛かりで関わっただけなので無料で」
 
しかし千里はその横から言った。
 
「これで解決したかどうかを1〜2ヶ月、様子を見て頂いて、それで何とかなったようでしたら、地元のお酒でも頂けませんか?」
 
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「はい、そのくらいでしたら」
 
青葉は千里がお酒など頼むなんて珍しいなと思って見ていた。
 

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