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■春退(18)
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早々に歌ってしまったので、その後はみんな楽な気持ちで他の学校の演奏を聴くことが出来た。
「へー、この学校けっこう上手いね〜」
「この曲かっこいいー。誰の曲だっけ?」
などと言いながら聴いている。
やがて3時間ちょっとの演奏が終わり、審議に入る。審議している間にはゲストにこの会場を提供している大学の女声合唱団が登場し、美しい歌声を聴かせてくれた。
「さすが大学生だね〜」
などと言って聴いていた。
やがて審査が終わり、審査員長が結果を発表した。
「1位愛知県E学園」
と発表される。E学園は昨年も優勝して全国大会に進出している。会場全体から拍手があり、E学園の部長さんは笑顔で壇上にあがるが、平然としている感じだ。
「E学園は全国大会に進出します」
と審査員長が言ってからE学園の部長さんに賞状を渡す。賞状の端に金色のリボンが付いているのが、どうも全国大会に行けるという意味のようである。
「なんか当然って顔してるね」
「いや、ここは本当にうまかったもん。ちょっと別格という感じだった」
「つづいて2位です。評点としては1位に迫るものがあったことを申し添えておきます」
と審査員長は言う。
「2位富山県T高校」
「うっそー!?」
と青葉の周囲で声があがる。そして
「きゃー!」
という嬉しい悲鳴をあげている子もいる。
青葉は空帆から強烈に背中を叩かれて「痛いよ」と言って立ち上がり、壇上にあがったところで審査員長は
「今年は2位のT高校も全国大会に進出します」
と言う。
青葉が見ると、この2位の賞状にも金色のリボンが付いている。T高校の生徒がいる席はなんだか大騒ぎになっている。
青葉も壇上で口に手を当てて戸惑うように喜びを表現し、審査員長にお辞儀をして、それから賞状を受け取る。そしてそのまま会場のT高校の生徒たちのいる方向に向けて賞状を掲げた。青葉が席に戻ると、みんな
「やったね!」
「凄いね私たち」
などと声があがっている。
「東京行ったらスカイツリー見なきゃ」
とお上りさん気分の子もいる。
「でもまたNホールに行けるね」
と日香理が言う。青葉と日香理は中学2年と3年の時、全国大会に参加している。
その後3位の学校も賞状が渡された後、8位までの学校が発表された。同じ高岡から来たC高校は7位であった。昨年は8位だったのでC高校も順位をひとつ上げたことになる。
帰りの《しらさぎ》の中。
「いや、この中部大会でもう引退かなと思ってたのに、引退が延びたね」
と言っている3年生がいる。
今鏡先生が声を掛ける。
「10月中旬まで活動が延長になったけど、受験の都合で活動からはもう退きたいという3年生は遠慮無く言ってね」
「大丈夫ですよ〜。そこまでは活動します」
とみんな言っているが、先生は
「親御さんとかとも話し合って、退きたい人はあとで個別に私の所に来てでも言ってね。それで他の部員から恨まれたりはしないから」
と言う。
「そうそう。受験に専念したい人は遠慮なく専念して」
と空帆もみんなに声を掛ける。
「いや、受験に専念しろと親は言うかも知れないけど、せっかく全国大会に行けるんだもん。それを花道に引退しますよ。全国大会が終わったら受験一色で頑張る」
と言っている子もいる。
「それに全国大会まで行ったなんてのは、内申書でもいいこと書いてもらえますよね?」
という声もある。
「推薦入学の人も、良い推薦状を書いてもらえると思うよ」
と青葉も言った。
月曜日には今鏡先生と青葉が教頭先生に合唱軽音部が中部大会2位で全国大会の参加権を獲得したことを報告。教頭先生は3年生部員についても特例で全国大会が行われる10月10日まで部活動を延長することをその場で認めてくれた。また全国大会には教頭先生も同行しようと言ってくれた。
「もし上位入賞したら、みんなにとやま牛のしゃぶしゃぶをごちそうするよ」
などと教頭先生が言うので
「それ部員に伝えますが、教頭先生その言葉を後悔しないでください」
と青葉は笑顔で言っておいた。
実際その日の昼休みの練習で、上位入賞なら、とやま牛のしゃぶしゃぶという話に歓声があがっていた。
火曜日、青葉は学校を休んで三度富山市の運転教育センターに出かけて行った。受付の人は青葉を覚えていて、例によって性別男の申請書類を何も言わずに通してくれた。
「あんたも早く戸籍修正できるといいね」
とだけ小声で言ってくれた。
筆記試験はまだ自動車学校を卒業して間もないし、この日も富山までの道すがら教則本をしっかり読んできたので、問題無く合格した。それで青葉はこの日の午後、原付と小特がセットされたブルーの免許を返納して交換に原付・小特・普通という3つがセットされた新しいブルーの免許をもらった。有効期限はこれまでの免許と同じく、平成30年6月22日である。
『これで安心して無免許運転できるんだな?』
などと後ろで《姫様》が言うので
『もう無免許運転じゃないですよー』
と答えておいた。
T高校では進学コースの免許取得は9月30日までという制限があるので9月29日に取得した青葉はいわばギリギリの駆け込み取得であった。
9月29日(火)大阪。
阿倍子は悩んでいた。この日、京平の3〜4ヶ月検診に行くことにして予約をしていたのだが、昨夜から急に自分自身が熱を出してしまい、京平に移さないようにとは思いつつも、とりあえず検診に連れて行ける状況ではないのである。そもそも体力不足で自身が病院にも行けない。そして実は食料ストックも丁度無くなっており、栄養を付けたいのに食べるものも無い。
中国に行っている貴司に電話してみたものの、何だかぜんぜん頼りにならない感じであった。名古屋に居る母に電話してみたものの、母はどうも乳幼児検診の意義自体を理解していない雰囲気で電話している内に精神的に疲れてしまった。
私、こういう時に頼れる友だちがいないからなあ。。。
と思っていた時、唐突に千里の顔が脳裏に浮かび、ぶるぶるっと首を振る。あの人にだけは頼りたくないぞ。
と思った時、来客がある。モニターで見ると、その千里である。
「何でしょう?」
とややぶっきらぼうに言う。京平の出産の時にいろいろ親切にしてもらったこともあり、あまりつっけんどんにはできない気分であった。
「貴司から電話あってさ。阿部子さんが風邪ひいて動けないでいるから、悪いけど、病院に連れて行ってくれないかといわれて。それと京平の乳幼児健診もあるんだって?」
阿倍子は物凄くむかついた。なんで貴司って、こういう問題で千里さんを呼び出すのよ〜? 千里さんもなんでノコノコやってくる訳?
しかし・・・
阿倍子は切実だった。実際問題として風邪の症状が酷くて病院どころか買物にも行けない。阿倍子はエントランスのロックを解除した。
「阿倍子さん、熱は?」
「さっき計ったら9度2分あった」
「きゃー。ちょっと見せて」
と言って千里は阿倍子の額にてのひらを触る。
「これは病院行かなくちゃ」
「でも動く気力も無くて」
「連れて行ってあげるよ」
それで千里は阿倍子に厚着をさせた上で、千里が京平を抱いて、阿倍子を連れ地下の駐車場まで行く。今まで泣いていた京平が千里に抱かれた途端泣き止んだことに阿倍子は軽い嫉妬の感情を抱いた。
京平をアウディA4 Avantの後部座席にセットしているベビーシートに寝せる。阿倍子にもその隣に乗るように言い、千里は車を発進させた。車内に置いているリモコンで駐車場のシャッターを開け病院への道を走る。
「千里さん、駐車場の開け方慣れてる感じ」
と阿倍子が言うと
「まあ、貴司が阿倍子さんと出会う前にさんざん乗ったからね。この車も多分私の方が貴司より多く運転してるよ」
と千里は笑顔で答えた。
「千里さん、今でも貴司のこと好きなの?」
「私は貴司とは友情で結ばれている。だから今私は貴司と阿倍子さんと京平のことを応援しているよ。3人の幸せを願っている」
と千里は言ったが、そのことばをそのまま素直には取れないと阿倍子は思った。
「千里さんって香水の類いは使わないのかしら?」
「バスケやってると、そんなのやってられないという感じ」
「あ、そうか」
「汗掻いてシャワーで流してそれだけだよ。私お化粧もあまりしないしね」
「そういえばお化粧してる所も何度かしか見たことない」
「だからさ」
「うん?」
「貴司が何か香り付けて帰宅した時は絶対誰か女と会ってるから、私に報せてよ。即その浮気潰してあげるから」
それって自分は貴司とデートしても香りを残すようなヘマはしないという意味では?と阿倍子は内心思う。しかし・・・
「千里さん、もしかして貴司の浮気潰すのに燃えてる?」
「うん。今までの12年間に40人くらい排除してきた」
「すごーい!」
「貴司と阿倍子さんが婚約した後でも、この3年間に10人以上排除してるよ」
「あの人、そんなに浮気してるの〜!?」
「ほとんど病気だね。いっそちょん切ってしまわない限り、浮気はやまないかも」
「うーん・・・・」
「ちょん切っちゃう?」
「ちょん切りたくなった」
と阿倍子。
「その時は貴司を取り押さえておくくらいは協力するよ」
と千里。
「あはは」
「でも貴司のおちんちん無くなっちゃったら、千里さんは困らないの?」
と阿倍子は訊いてみる。
「別に私は貴司のおちんちんには用事無いから。阿倍子さんが困るかどうかだけじゃないかな」
まあそう簡単には口を割らないか。でも逆に開き直られて自分と貴司は深く愛し合っているとか主張されても困るけどね。
「そうねぇ・・・」
と言いながら阿倍子は考えていた。そういえば貴司と最初の頃は色々睦みごともしてたけど、あいつってEDだからいつの間にか全然しなくなったな。中国から帰ってきたら、立たないまでも、少しいじったりしてあげようかなぁ。。。。
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