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■春退(7)

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そういう訳で、青葉はこの日の2組の結婚式をぶち壊して破談にしてしまったのであった。
 
話が立て込んでいるので杏梨と魚君には別の席で朝食を取ってもらうことにして、青葉はこの縁談が完全に破談ということで落ち着くまでを見守った。
 
その日は午前中会場を下見した後、午後から指定練習場所になっていた市内の中学校のプールで練習をし、練習後、冬子に呼ばれて京都駅構内の飲食店で会い、今朝の事件の顛末を差し障りの無い範囲で説明した。冬子の霊的防御のために彼女たちまで結果的に守ることになったとまでは言わない。あくまで、冬子の友人たちが「たぶらかされて」結婚するのは見過ごせなかったからという説明をした。
 

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16日も割り当てられた時間帯に練習し、それ以外の時間帯は道路をジョギングしたりホテルの部屋の中で主として筋力トレーニングなどをしていた。
 
「インターハイって現地でもっと練習するのかと思ってました」
と青葉が言うと
 
「いや、うちは予算が無いから、練習場所があまり取れないんだよ」
と魚君が言う。
 
「なるほどー」
「公式練習場は人数が多過ぎて芋洗いみたいなもんで実際には使えないし、お金のある学校は期間中どこかのプールを貸し切っているんだけど、うちは幾つかの学校と共同で借りたから割り当て時間が短くて」
 
「まあ仕方ないですね」
「今回の遠征の費用も僕ら3人の交通費・宿泊費は学校から出ているけど、先生は自腹だし」
「きゃー、申し訳無い」
「顧問って何かあったら責任問われるのに、割が合わないですね」
と杏梨も言う。
 
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そういえばちー姉の高校時代のバスケ部はOGの中村晃湖さんや村埜カーチャさんたちが多額の寄付をしてくれていたから予算が潤沢に使えたようなことを言っていた。多分、今はちー姉が恩返しに多額の寄付をしているのだろう。私も大学を出て就職したら、可能な範囲で合唱軽音部や水泳部に寄付しようかな、などと青葉は考えた。
 

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千里と江美子は高田コーチと一緒にニュージーランドのP大学で8月16日まで濃厚な合宿を行い、16日深夜の成田行きに乗り、17日朝成田に到着した。但し帰国したのは千里と江美子だけで、高田コーチは本当に武漢の会場と合宿所の下見のため中国に向かった。千里と江美子は18日から(実際には17日の夕方から)国内で始まる日本代表合宿に参加するので、2人が休めるのは今日17日の昼間半日だけである。江美子は都内のホテルでひたすら寝ると言っていた。
 
千里は降機して携帯の電源を入れた時、冬子から1度会いたいのだがというメールが来ていることに気づく。それで「今日ならいいよ」と返事。それで和実が店長をしている銀座のメイド喫茶で会うことにした。
 
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実際にふたりが会ったのはお昼を少し過ぎた時間帯だったのだが、お店は客が多く、和実はてんてこ舞いの状態であった。
 
「今朝帰国したんだ!?」
と千里から聞くと冬子はびっくりしていた。
 
「実はちょっと秘密指令を実行していたんだよ」
「へー!」
「冬たちも忙しいね。昨日は札幌、明日は福島でしょ?」
「よくそういうスケジュールを把握してるね。政子は今日は福島に居るんだよ」
「ひとりにして平気?」
「美空と一緒だから」
「信頼できるのかできないのか怪しい所だ」
「言えてる」
 

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「27日には富山公演もあるんだけど、千里時間取れないよね?」
「ごめーん。今日の夕方から28日まで合宿、29日から9月5日までアジア選手権」
「今朝帰国したばかりで忙しいね!」
「まあ選手以上に忙しいかも」
「結局、ずっと代表チームに付いてるんだ?」
「そうそう。スタッフだから」
と言って千里は微妙な微笑みを浮かべた。
 
「そうだ。9月5-6日は新潟で全日本クラブ選抜があって、これに40 minutes出るんだけど荷物運ぶのに冬のエルグランド借りられない?」
と千里は冬子に頼む。
 
「いいよ。あれ?でも千里はその時期は中国?」
「うん。私は選抜の方には出られないから他の子に頑張ってもらわなきゃ」
「大変だね!出場もしないのに代表チームに付いてないといけないなんて」
 
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「冬たちのライブだって、ステージには出ない多くの人に支えられているでしょ?」
 
冬子はあらためて重要な指摘をされた気がした。
 
「確かにそうだよ。私もその人たちに凄く感謝している」
と冬子は言う。
 
「まあ、今の私はそういうポジションだね」
と千里。
 
「なるほどね」
 

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ふたりはお互いの作曲のことなどについても話していたが、やがて京平の誕生に関わる微妙な話が出てくる。
 
「卵子も千里の卵子なんでしょ?」
と冬子はごく自然な感じで訊いた。
 
ちょうどそこにやっと仕事が一段落した和実がオムレツとコーヒーを持ってきて座った。そして千里は微笑んで言った。
 
「私、採卵台に寝たよ。部分麻酔打たれて、それでヴァギナから採卵用の針を刺すんだよ。麻酔打たれているのにこれが痛いんだ。あの痛さって様々な医療行為の痛みの中でも超横綱級って言うね。お産の痛みの方がまだ生やさしい」
 
「まるでお産をしたことがあるみたい」
「でも千里、卵巣あるんだっけ?」
 
「なかなかうまく行かなくて、何度もリトライした。でも最終的に採卵針の中には確かに卵子が入っていた」
 
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そして千里は和実に言った。
 
「私でさえ採卵できるんだから、和実ならもっと確実に採卵できるよ」
 
和実は何か考えているようであった。
 

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インターハイのために京都に来ていた青葉だが、千里が帰国した17日は、青葉の出番は無く、魚くんが出場する男子400m自由形、200m平泳ぎを見学、応援した。しかし予選で400m自由形は12位、200m平泳ぎは16位で、いづれも魚君は決勝に残ることはできなかった。
 
18日には、杏梨が出場する女子200m自由形の予選と決勝、および青葉が出場する女子800m自由形の予選が行われた。杏梨は残念ながら決勝に残ることができなかったが、青葉はぎりぎり8位に入り、翌日の決勝に進むことが出来た。
 
「頑張ったね」
と杏梨も魚君も喜んでくれる。
 
「北信越大会の時よりずいぶんタイムが良くなってる」
 
「バスケやってるお姉ちゃんとこないだ電話して話したんだよね。それで私って何でも難しく考えすぎるから気楽に行けって言われて。そのおかげかも」
 
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「うん。こういう大会ってプレッシャーに負けちゃう子が凄く多いんだよ」
と3回目のインターハイ出場である魚君は言っていた。
 
T高校の水泳部の生徒がインハイ決勝に進出したのは「多分10年ぶりくらい」とと言って顧問の先生も嬉しそうにしていた。
 

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19日は最初に女子400m個人メドレーの予選が行われたが、これは青葉は10位となり、決勝への進出はならなかった。
 
それから少し置いて女子800m自由形の決勝が行われた。これも思いっきり楽な気持ちで臨むことができて、青葉は予選の順位より1つあげて7位となった。タイムも予選の時より更に良くなっていた。メダルには届かなかったものの、8位までは賞状があるということで、青葉は7位の賞状をもらった。
 
「これは凄いよ。全体集会できっと校長からお褒めの言葉があるよ」
などと顧問は浮かれたように言っていた。
 

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帰りの電車の中で顧問の先生が青葉だけがいる時に小さい声で言った。
 
「川上君、今回は7位だったから良かったけど、もし3位以内に入っていたら再度東京あたりの大学病院で徹底的な性別検査を受けさせられたかもね」
 
ああ・・・・。それでちー姉って最初の年は2度も検査されたなんて言ってたのかな。最初の年、いきなり全国3位ということだったからなあ、などと青葉は思っていた。
 

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19日の深夜、青葉が帰宅すると、和実から電話が掛かってきた。
 
「青葉ちょっと協力して欲しいことがあるんだけど」
「何だろう?」
「私子供作ろうと思うんだよ」
「子供??どうやって?」
 
「体外受精しようと思うんだよ。私から採卵して、淳の精子と結合させて、代理母さんの子宮に入れて十月十日育てる。代理母さんに関しては実は震災の復興ボランティアで知り合った仙台の産科医さんが、その斡旋をしているんだよ。その人に斡旋を頼むことで内諾を得ている」
 
「淳さんって精子あるの?」
「まだある。もうほとんど立たないけど射精は可能なんだよ。液もかなり薄いんだけど濃縮すればいいから体外受精するのには問題無い。それは都内の病院で確認済み」
「いや待って。卵子は?」
「だから私から採る」
 
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「和実、卵子あるの〜〜!?」
「世の中の物事って、過程は人間の論理で進むけど、結果は神の論理でできていると思わない?」
と和実はいきなり難しいことを言った。
 
「人間には有限の時間しかないじゃん。だから数学でよく『これを無限に続けていけば』とか言うけど、実際にはそれは実行できないよね」
と和実は更に言う。
 
「ああ、それは数学の授業聞いてて、疑問に思ったことある」
と青葉も答える。
 
「人間ができる範囲のことを考えるのを直観論理、無限の時間の操作みたいな神にしかできないことまで考えるのを古典論理と言うんだよ」
 
「えっと・・・」
 
「私、性転換前に撮ったMRI写真に何度か卵巣が写ったじゃん」
「うん」
「それは多分、私の卵巣は不確かに存在していると思うんだよ」
「ファジーみたいな話?」
「ファジーに似てる。ファジーは真理値を実数空間に拡張した論理なんだけど、私はその話は怪しいと思っている。むしろこの世の中の真理値は直観論理を数学化したcomplete Heyting algebra, 略してcHaでできていると思うんだ」
 
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「ごめーん。私そういう話、苦手」
 
「だから結論から言うとね、私に卵巣があるかどうかは不確かであっても、卵子の採取が成功する可能性はあると思うんだよね」
 
青葉は少し考える。
 
「それってシュレディンガーの猫みたいな話?」
「うん。それに似ていると思う。あちらはむしろ量子論理だと思うんだけどね」
「なんか話が難しい」
「量子論理と直観論理は、古典論理をはさんで対の関係にある論理なんだよ。たぶんミクロの世界では量子論理が有効で、マクロの世界は直観論理が動いていると思うんだ。古典論理はそれらの論理の近似にすぎないと思う」
 
「ごめん、ついて行けない」
「大雑把に言えば、真でも偽でも無い状態が許容されるのが直観論理、真でありかつ偽でもある状態が許容されるのが量子論理。古典論理では全ての物事は真か偽かどちらかであると考える」
 
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「そうあらためて言われると、古典論理が間違っている気がする」
「でしょ? それで採卵を松井先生にやってもらうことにした」
 
「松井先生なら成功するかも」
「松井先生、すっごい乗り気だった。でも実際性転換者から採卵しようなんて馬鹿な話をまじめにとってくれるようなお医者さんはあの先生以外に考えられないんだよ」
 
「言えてる」
 
「でもその採卵の時、青葉私のそばに付いててくれない?気のせいかも知れないけど、たぶん青葉がそばにいれば採卵針が卵巣に到達する瞬間、卵巣が存在して卵子の採取に成功する確率があがりそうな気がするんだよ」
 
「あり得るかも。でもそれ多分物凄く確率が低いよ」
 
「それは分かってる。でも確率が100分の1でも500回もやれば成功する確率は99%を越えるんだよ」
 
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数学専攻の人らしい発言だなと青葉は思った。青葉も現役高校生だから、
0.99^x=0.01→ x = log0.01/log0.99 = 458,
1-(1-0.01)^500=0.993
という計算ができるけど、普通の人なら100分の1を500回やったら5回くらい成功しそうに思ってしまうだろう。成功の「期待値」と本当に「成功するか」はまるで別物である。
 
「分かった。こちらに来る日は前もって連絡して。できるだけ付いているようにするよ」
「青葉が付いていられるように、採卵作業は夜間にしてもらうことにしたから」
「松井先生も頑張るね!」
 

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