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■春退(21)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-02-21
 
千里・桃香、そして水城さんと一緒にその道をゆっくり歩いて行く内、青葉は「霧が晴れていく」ような感覚を感じていた。
 
何だろう?この感覚って・・・・
 
「桃香って曖昧なものが嫌いだよね?」
と千里が唐突に言う。
 
「うん。物事は何でもクリアになっているのが私は好きだ。恋愛でもぐずぐずしているのは好かん。『嫌いなわけじゃないんだけど』とかいった訳の分からん話は嫌だ。だから私は好きになったらすぐ告白するし、愛情が無くなったらすぐ別れる」
 
などと桃香は言う。
 
「そういうのいいなあ。憧れちゃう。私は小さい頃から、ぐずぐずするなとか、ハッキリしろとか言われてきました」
と水城さんは言う。
 
「ところで、あんたちんちんあるの?」
と唐突に桃香が訊く。
 
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「ちょっと、桃姉!」
と青葉が注意するものの、水城さんは微笑んで答える。
 
「もうありませんよ」
「じゃ、性転換手術しちゃったんだ?」
「ええ。私はもう肉体的には完全な女です。町内会の旅行では女湯に入りますよ」
「でも、女性と結婚している訳?」
 
「ええ。だからあんたら夫婦で一緒に銭湯に入れるって便利だ、なんて言われます」
「あ、それは私も言われたことある」
 
「結婚した時はまだ男の身体だったんですよ。だから結婚当初は何とか男らしくしようと努力していました」
「それ無理でしょ?」
と桃香はハッキリ言う。
 
「無理でした。私は男にはなれませんでした。ですから結婚する前に女物の服とか全部捨てたのに、結婚してしばらくしてから、また少しずつ買うようになって。お化粧とかもするようになって」
 
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「当然じゃん、あんた女なんだから」
と桃香は言う。
 
「妻にもそう言われたんです。それで結局性転換手術受けることにしたんです。女になりたいのなら、その気持ちを大事にしろ、自分も応援してやるからと言われて」
 
「お嬢さんはまだ性転換する前に作られたんですね?」
「はい。念のため手術前に精子の冷凍保存はしましたが、あの子は冷凍精液ではなく、生でセックスして生まれた子供です」
 
「女の人とセックスすることに抵抗なかった?」
「セックスしている時は、自分が入れているのに、入れられている側に感情移入してしてました」
 
そんなことを淳さんも言ってたかな、と青葉は思った。
 
「妻は私に自分に正直に生きろと言ったんです。それであの子がまだ妻のお腹の中にいる間に私は性転換手術を受けました。妻はわざわざタイまで付いてきてくれたんですよ。麻酔から覚めて最初に妻から『良かったね。女の子になれて』と言ってもらった時は、嬉し涙で手術の痛みも忘れるくらいでした」
 
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「戸籍の性別は修正してないんでしょ?」
「はい。妻は自分との結婚が偽装結婚ではなく、本当に自分のことを好きなのであったら、結婚は維持してくれと言いました。私は本当に好きだと言いました。それで結婚を維持してくれることになったので、私は法的な性別は変更しないことにしたんです。ちゃんと夜の生活もしてますよ。同性婚できたらいいんですけどね」
 
「全く全く。同性婚は認めて欲しいよ」
と桃香も言う。
 
「お姉さんも結婚したい人いるんですか?」
「その人と結婚式は挙げたんだよ」
「へー」
「でも女同士だから籍は入れられない。養子方式で籍をひとつにすることも考えたんだけど、自分たちは親子ではなく夫婦だから、法的に親子になるのは納得できないと言って、それはしていない。だから気持ちの上だけの夫婦だ」
 
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と桃香は言う。千里は黙って微笑んでいた。
 

「桃香は、そんな親子か夫婦か曖昧な形は嫌だと言ってたね」
と千里が言う。
 
「うん。私は物事はきちんとしないと嫌だ」
と桃香。
「桃香ってシュレディンガーの猫の観察者なのかもね」
と千里は言った。
 
「あの話は私には理解できん。猫は生きてるか死んでるかどちらかしかないだろ?生きている状態と死んでいる状態が重なってるとか、そんなゾンビみたいな話は許せん」
と桃香は言う。
 
「桃香って貴重な存在だと思うよ」
「なんだか君たちは神様とか幽霊とか、そういうのに関わっているようだが、私は世の中のことは全て科学で割り切れるものと信じている」
 
「その科学で不確定性原理というのがあるんだけどね」
「それは絶対間違ってる」
「でも不確定性原理が無かったらトランジスタは動作しないよ」
「きっと不確定性原理を越える、超確定性原理が発見されて全ては合理的に説明できるようになるんだ」
 
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水城さんが笑っていた。
 

青葉はこの道を歩いている内に霧が晴れていくような感覚があるのは、やはり桃姉のせいだと認識した。曖昧さを嫌う桃香は自分の周囲のことを強制的に白黒付けていくのだろう。その時、青葉は今度、和実の採卵をする時に桃香に近くに居てもらったらどうだろう?ということを思いついた。
 
うん、それはきっと何か起きるぞ。
 

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そして、4人はその看板の前で立ち止まった。
 
「ちー姉、ここ変だと思わない?」
と青葉は言った。
「うん。ここ何か埋まってると思う」
と千里も言った。
 
「何だ何だ?君たち、何か見えるのか?」
「感じるよね」
「うん。ハッキリ感じる」
「曖昧な話だなあ」
 
そこは消防署の手前70-80mほどの場所である。《急カーブ注意》という看板がコンクリートの土台の上に立っている。
 
「何かあるんですか?」
と水城さんが訊く。
「ここ、何か埋まってます」
と青葉が言う。
 
「消防団の人を呼んできます」
 
水城さんが消防署に駆け込み、消防団員さんを数人呼んできた。
 
「こちら先日、K地区の妖怪騒ぎを解決してくださった霊能者の先生なんです。先生がここに何か埋まっているとおっしゃるんです」
と水城さんが説明すると
 
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「掘ってみよう」
と40代くらいの団員さんが言った。
 
水城さんは青葉を見ながら「霊能者の先生」と言ったのだが、団員さんたちはどうも千里姉のほうを「霊能者の先生」と思ったようだなと青葉は感じた。腰付近までの長い髪を束ねている千里は、充分偉い巫女さんに見えるし、妙な貫禄もある。でもそういう存在は便利だ!
 
自分は随分と、曾祖母、佐竹のおじさん、佐竹慶子、時には菊枝さんなども「ダミー」として使わせてもらったけど、もしかしたら今は千里姉が自分のダミーを務めてくれているのかも知れないという気がした。
 
もっとも千里姉は時に、こちらをダミーに使って何だか凄いことしちゃうんだけどね!
 

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ひとりの団員さんが電動ハンマーを持って来た。
 
「この土台、本来ここまで無かった筈だな」
「たぶん誰かが土台のそばに何か埋めて、その上にコンクリートを敷いて、あたかもここまで土台の一部のように装ったんだ」
 
それで団員さんたちは、その土台の不自然な「延長部分」を壊していった。そして壊してみると、明らかに何かを埋めた跡がある。
 
「おい、スコップ持ってこい」
 
その後は消防団員たちは慎重に掘っていった。
 
「おいこれは・・・・」
「警察呼べ」
 

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警察が駆け付け、その後は警官と消防団員で慎重に掘り進んだ所、人間の死体が埋まっていることが分かった。
 
「病院の先生呼んでくれ」
 
「水城さんたちは見ない方がいい」
とこちらに向かって言う。
「うん。これは女が見るもんじゃない」
などとも言っている。
 
水城さんはやはりこの町では一応「女」に分類されているんだろうなと青葉は思った。
 
「はなむけにこのお酒を供えてあげてください」
と千里がさっき水城さんからもらったお酒を1本消防団員に渡す。
 
「うん、そうしよう」
と言って団員さんは掘っている穴のそばにそのお酒を注いだ。そして手を合わせている。
 
「しかしこれは1〜2年経ってるぞ」
「何か身元の分かるものは無いか?」
という声が聞こえる。
 
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「運転免許証があったぞ」
「あれ?」
とひとりの警官が声をあげる。
 
「この免許証、こないだ消防署の前で事故って大怪我して入院している奴の免許証じゃないか」
 
「なんでそんなものがここに」
 

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警察の事情聴取に対して、当人たちは、全てを告白した。2年前にあの道で今回事故を起こしたのと同じメンツで、夜中にスピードを出して走っていて、老人をはねてしまったこと。怖くなって、あの看板の所に埋めてコンクリートを敷いておいたこと。免許証は紛失していることに気づいて再発行してもらったものの、あそこに埋まっていたというのは思わなかったと供述した。
 
そしてその老人はDNA鑑定で2年前に行方不明になっていた徘徊老人であったことも判明した。
 
結局、7月の事故はあるいはそのはねられた人の亡霊の復讐だったのかも知れないという噂が町には立った。
 
水城さんの町の町内会はあらためて青葉たちに御礼がしたいと言ったが、そのお金は町の交通安全施設の充実に使ってくださいと青葉たちは申し出た。それでそのお金で町には2ヶ所、信号が増えた。また例の場所の急カーブの所には最新型の曲線部誘導標(アローサイン)をガートレールに取り付けた上で問題の「急カーブ注意」の看板もLEDを取り付けて目立つようにした。
 
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事件の処理が進んでいるのを警察などに任せて青葉たちは鉄道で高岡に引き上げた。人間の死体を発見したなどという話に朋子はびっくりしていた。
 
「殺人事件?」
「いやハッキリはしないけど、多分ただの死体遺棄事件だと思う」
と千里が言った。
 
この時点では状況はハッキリしていなかったのだが、ちー姉がそう言うのならきっとそうなんだろうなと青葉は思った。
 
「でもさあ」
と朋子は心配するように言う。
 
「よくそれあんたたちが変に疑われて取り調べられたりとかならなかったね」
 
「え?」
と青葉は声をあげた。そんなことは全然考えていなかった!
 
桃香が言う。
 
「それは私もチラッと思った。これヤバいんじゃないか?って。ふつうなら何の変哲もない看板の下に死体が埋まっているなんて言い出したら、発見者の私たちが真っ先に疑われるよな。それを『霊能者の先生が見つけてくれた』でおさまってくれるというのは、なかなか素晴らしい」
 
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千里も
「うん。田舎って素敵だよね」
と言った。
 
「都会の警察なら、そんな霊能者だの霊感だのって話は信じないもん」
と朋子も言う。
 

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それで唐突に青葉は先日受けた性別検査の時のことを思い出した。自分がヒーリングで女性ホルモンを増加させていたという話をお医者さんが信じてくれなかったという話をすると
 
「そりゃ当然」
と桃香から言われる。
 
千里も
「青葉も下手だね。そういう時は、ちゃんと女性ホルモン剤を飲んでいますと言っておけばいいんだよ。これ持っておきなよ」
 
と言ってバッグの中から錠剤シートを2種類取って青葉に渡した。
 
「これはプレマリン(エストロゲン:卵胞ホルモン)のジェネリックでエストロモン、こちらはプロベラ(プロゲステロン:黄体ホルモン)のジェネリックでDB-10。今度お医者さんに訊かれたら、これ飲んでますと言って薬を見せるといいよ」
 
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すると桃香から突っ込みが入る。
 
「つまりだね。千里君。君は医者から女性ホルモンを飲んでますか?と訊かれたら、こういうのを飲んでますと言って薬を見せるが、実際には飲んでいないわけだ?」
 
「私、高校1年の時まではちゃんと女性ホルモン剤飲んでたよ」
と千里は答える。
 
「それってつまり高校1年の時に性転換手術したんで、もう飲まなくてもよくなったのかな?」
と桃香は突っ込んでくる。
 
「ある人からもう飲まなくていいと言われたから、それからは飲んでない。実際私はホルモン剤飲んでないのに、ちゃんと女性ホルモンの体内存在量が生理周期に合わせて変動するのを感じていた。だからちょうど生理が始まった時から飲んでないんだよ。無くてもいいのにPMSまであるんだよね」
と千里は言う。
 
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「でもそういう方便は青葉も覚えた方がいいよ。誰もが霊的な力とか心理的な療法とかを信じてくれる訳ではない。科学信仰の蔓延した世の中にある程度迎合しておくことも大事だよ」
 
と朋子も言う。
 
「占い師とか巫女とかも、カウンセラーみたいなもんですよ、と言って今の世の中に迎合しているからな」
と桃香。
 
「私にしても青葉にしても、きっと400-500年前のヨーロッパとかに生まれていたら魔女だとか言われて迫害されていたかもね」
と千里。
 
「千里はきっと男だけど魔女だと言われてるな」
と桃香が茶々を入れる。
「実際に魔女狩りでは男性も犠牲になってるよ」
と千里。
「マジ!?」
 
「私、多分前世では魔女だと言われて殺されていると思う」
と青葉が言う。
 
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「だから今度は殺されないように、うまく生きて行こうよ」
と千里は笑顔で言った。
 
「うん、そうする。この薬もらっておくね」
と言って青葉は千里からもらった錠剤シートをコスメバッグにしまった。
 

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