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■春退(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-02-13
 
東京から戻った翌7月31日、青葉は終業式の前日以来、半月ぶりに学校に出て行った(通知表は終業式の前日にもらっている)。夏休み期間中ではあるが、3年生の進学コースは補習があっているし、近まるインターハイに向けて水泳部の練習もある。2学期になってから行われるコーラスの大会に向けての練習もある。しかしここまで青葉は17日は妖怪?の案件を処理し18-20日の水泳北信越予選の後、21-22日は原付&小特免許取得のため休み、その後更に苗場・東京に行って、全く学校に出ていなかった。
 
補習のテキストも途中からなので結構焦る。ここから頑張らなきゃいけないなと思いながら0時間目の授業を受けていた。
 
ところがその0時間目が終わって1時間目が始まる前に水泳部の顧問の先生が教室にやってきて
 
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「ああ、川上君、出てきたね」
と声を掛ける。
 
「はい?」
「高体連の方から、川上君に健康診断を受けて欲しいという連絡が来ているんだよ。明日が期限だったから、戻って来てくれなかったらどうしようかと思ってた。悪いけど、T病院まで行ってきてくれない?」
 
「はい」
 
それで青葉は顧問の先生から
「開封せず、医師に直接渡すこと」
と書かれた封筒をもらい、結局補習を休んでバスでT病院まで出かけた。
 

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病院の窓口で
「なんか高体連から健康診断を受けてくれと言われたのですが」
と言って封筒を出す。
 
しばらく待っていると、名前を呼ばれ、尿を取ってくださいと言ってコップを渡される。トイレに行っておしっこを出し、提出用の棚の所に置く。そのあと採血しますと言われて検査室に入り、血を取られた。そのあとMRIを取りますと言われてびっくりする。健康診断でMRI? レントゲンくらいなら分かるけど。
 
ともかくもMRIのある別棟に行く。
 
「ピアスとか指環とかしている場合は外して下さい」
「してません」
 
「何か体内に埋め込んでいるものはありますか? 骨を固定するボルトとか、ペースメーカーとか、人工内耳とか」
 
「いえ、身体に埋め込んでいるものはありません」
「入れ墨とかタトゥーとかはしてませんか?」
「してません」
「避妊リングとか入れてませんか?」
「入れてません!」
「コンタクトレンズは?」
「使ってません」
「鉄分を補うようなサプリメントやお薬を飲んでおられませんか?」
「特に常用薬はありません」
 
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とにかく金属があるとやばいということで、色々確認された。その上で服を脱ぎ、ブラジャーも外し、検査着を着る。
 
「だいたい30分くらい掛かると思いますので」
「分かりました。よろしくお願いします」
 

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ベッドに寝たままMRIの筒の中に入れられる。ドンドンドンドンという大きな音がする。青葉はその規則的な音を聞いている内に眠くなってきた。
 
これって寝てもいいんだっけ??
 
どうせ身体を透過して検査するんだから別にいいよね?
 
それで青葉は眠ってしまった。
 
眠っている間に夢を見る。どこかの病院にいるようだ。というか私、今病院に来ていたよね?と思う。しかし、自分が来たT病院ではないようだ。あれ〜?ここどこだろう?と思う内に、細川理歌さんがそばに居るのを見る。それで気づいた。ここは京平君が産まれた大阪の病院だ!
 
貴司さんと理歌さんが何か話している。それを自分が見ている。ベッドに妊婦が寝ているので青葉は彼女に気を送っている。
 
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ところがよく見たらベッドに寝ているのは千里姉である。
 
あれ〜〜?なんでちー姉が寝てる訳?妊婦は阿倍子さんのはずなのに。
 
不思議に思っている内に、帝王切開しますという話で妊婦が運び出されていく。
 
まあ確かにちー姉のヴァギナは人工物だから赤ちゃんが通れるサイズ無いもんなあ、妊娠しても帝王切開しかないよな、などと思う。
 
青葉がそれに付いていき、しばらく外で待っていたのだが、看護婦さんが出てきて
 
「ご親族の方、ちょっと入って下さい」
と言う。
 
「どうしたんですか?」
「子供が産道に移動しはじめたんです。これ自然分娩で行けそうなので」
 
嘘!?
 
それで理歌さんと青葉が分娩室の中に入り、千里の両手を各々握って
 
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「あと少しだよ。頑張って」
などと声を掛ける。千里は物凄く苦しそうな顔をしている。しかし赤ちゃんは青葉たちが手術室に入ってから、5分もしない内に産まれてしまった。あまりのスピードに、医師が会陰切開する間も無かった。
 
「おぎゃあ、おぎゃあ」
と産声をあげる元気な男の子を、助産師さんに続いて青葉が抱いた。
 
ああ、赤ちゃん産むのっていいなあ。私も産みたい。ちー姉、頑張ったね。青葉はそう思いながら、京平を抱いていた。
 

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ハッと目が覚める。
 
「終わりましたよ」
と看護婦さんが笑顔で青葉に語りかけていた。
 
「ありがとうございます」
と青葉も笑顔で返事をして検査着を脱ぎ、下着をつけ制服を着た。本館に戻って伝票を出すと、今度は精神科に行って下さいと言われるので、青葉はまたまた首をひねった。精神的な健康とかもチェックする訳???
 
入ってくださいと言われて入った部屋に居た人はお医者さんではなく臨床心理士のようである。それで、何やら心理テスト!?をされた。
 
「道路を歩いていてお見合いになった場合、自分が譲る方ですか、相手が譲るのを待つ方ですか?」
「自分が譲ります」
「どちらかというと積極的な方ですか、消極的な方ですか」
「消極的かも。あんたは流されすぎるとよく言われるんですよ」
 
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「理科と社会とどちらが好きですか?」
「理科です」
「数学と英語とどちらが好きですか?」
「英語です」
 
なんだかそんな感じのやりとりを数十問くらいしたかと思うと
「はい終わりです」
と言われ、次は婦人科に行けと言われる。
 
いったい何なんだ〜!?
 

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婦人科ではいきなり全部服を脱いで下さいと言われ、裸で立って下さいと言われる。お医者さんはどうも青葉の体付きを観察しているようである!?これが男性の医師であったら、人を呼びたい気分である。
 
「胸触っても良いですか?」
「どうぞ」
 
それで両方の胸を揉まれる! いったい何をチェックしてるんだ〜?
 
「内診をしたいのですが、いいですか?」
「内診ですか?」
「女性器の内部を診察したいのです」
「はあ。構いませんけど」
 
内診自体は過去に何度もされているので意味は解っているものの、なんでここで内診までされないといかんのだ?と青葉は大いに疑問である。
 
「ちなみに処女ですか?」
「いいえ。彼氏と定期的にしています」
 
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というか昨日もしたんだけど。
「内部にクスコという器具を入れて観察していいですか?」
「いいですよ」
 
する時はちゃんと付けてもらってるから、精液は残存してないはずと青葉は考えた。
 
それで上半身は服を着て良いと言われるので着た上で内診台に乗せられる。何度も経験はしているとはいっても、やられる度に恥ずかしい。入れられる感触もあまり気持ちいいものではない。彪志のアレを入れるのは気持ちいいのに不思議だなあ、などと青葉は考えながら診察されていた。
 
「性転換手術をなさったのはいつですか?」
「あ、えっと3年前です。2012年の7月18日に受けました」
「ペニス反転法ですね?」
「いいえ。陰嚢反転法です」
「あら、陰茎じゃないんだ?」
「私のおちんちんは小さすぎて、膣を作るには足りなかったんです。それで陰嚢皮膚と尿道を利用して膣を作り、陰茎皮膚は大陰唇・小陰唇に転用しました」
「なるほどですね」
 
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性転換手術のことを訊かれて、青葉はやっと今日受けている検査の意味が解った。これは健康診断ではない。性別検査だ! そうか。インターハイに出ることになったので、きちんと性別を確認しようということになったのだろう。北信越大会までは適当だったけど、本戦に出るにはきちんと確認されるんだ、というのに思い至る。
 
そういえばちー姉も何度も何度も性別検査受けたなんて言ってたなあ、というのも考えていた。
 
「あなたの骨格はほとんど女性の骨格ですね。去勢あるいは女性ホルモンの摂取を始めたのはいつですか?」
「ある手法で小学5年生の時に睾丸の機能を停止させました。その後、体内で生産される女性ホルモンの量を増やすヒーリングをしてきました」
 
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「ヒーリングですか?」
と医師は困惑したような顔をする。
 
「私のヒーリング能力に関しては射水市の**病院の松井医師あるいは鞠村医師に確認してください。私は手術を受けた患者の傷口を早く治癒させるヒーリングなどを実施できますし、体内のホルモン量を調整することもできます。生理不順の子の改善なども何例も実施してきています」
 
「へー」
と言いつつも医師がこちらの話を全く信じていないのは明らかだ。
 
「でも血液検査の結果を見るとあなたの女性ホルモンはふつうの女性の標準値ですし、男性ホルモンもふつうの女性の標準値ですね」
 
「はい、そうなるように調整していますので」
「その状態を小学5年生の時からですか」
「ええ、そうです」
 
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「うーん。だったら一応国際基準には合致するかなあ」
などと医師は独り言のようにつぶやいた。
 
その後もいろいろ質問されたが、医師は青葉のヒーリングの件については信じていないようではあったものの、長年女性ホルモン優位の状態にあったことは信じてくれたようであった。実際青葉の身体的な特徴はそう考えないとあり得ないと医師は言っていた。
 
そして最後に
「あなたの性別が完全に女性であることは確認しました。その旨、診察書を高体連に提出しますので」
 
「分かりました。よろしくお願いします」
 
そう言って青葉は病院を後にした。
 

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結局、診察が終わったのはもう15時である! お腹空いた!!!
 
学校に戻ってからお弁当を食べていると
「部活前の腹ごしらえ?」
などと美由紀に訊かれる。
 
「今お昼。お昼食べられなかったもん」
「あ、ずっと病院にいたんだ?」
「そうそう。診察が終わるまで何も食べないでくださいと言われたし」
「大変だったね」
「あぁあ、結局今日も補習は1時間出ただけ。みんなに遅れちゃう」
 
「でも青葉はもともと楽勝なところを志望校にしてるし」
「そうでもないよ〜」
 

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千里はアジア選手権(オリンピック予選)に向けて7月24日から8月1日までオーストラリア、そのあと8月10日までニュージーランドで合宿に参加していた。
 
千里は今年2月にまずユニバーシアード代表として2年半ぶりに代表に招集され、アンダーカテゴリーとはいえ、世界4位という立派な成績を収めた。それが終わったかと思ったら今度はフル代表の方に招集されてしまったのである。
 
「実際、千里って2012年の夏から昨年末まで何してたんだっけ?」
と千里とお互いに最高のライバルと認識している花園亜津子から訊かれる。
 
「オリンピックの最終予選が終わったあと、タイに渡って性転換手術を受けたんだよね。身体が落ち着くのを待って2013年夏にいったん引退していた友人たちと声を掛け合って40 minutesを結成して、それを2014年春に正式に東京のクラブ連盟に登録した。それで40 minutesで活動していたら全国クラブ選手権で優勝しちゃったんだよねー。その途中で篠原監督に見つかっちゃったから、ユニバ代表に招集されてしまった」
 
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「そりゃ、あのメンツなら全国優勝して当然」
「実質Wリーグ上位レベルのメンツが揃ってるもん」
 
「いや、実際一時、協会も千里の所在を見失っていたみたいなんだよね」
と佐藤玲央美が言う。
 
「まあ2012年春にローキューツを退団した後、2014年春に40 minutesを登録するまで2年間、正式のバスケ活動はしてなかったからね。だから2012年夏のオリンピック最終予選の時に既に私の所属は曖昧になっていたはず」
 
「でも千里の主張でいちばん理解に苦しむのが2012年夏に性転換手術を受けたという話だな」
と亜津子。
 
「実際、千里は2006年頃に性転換済だったはずだからね」
と玲央美。
 
「まあそのあたりは好きなように解釈していいよ。実際私の性転換手術証明書の日付は2006年7月になっているからね」
「手術証明書がその日付なら本当に2006年に性転換しているはず」
「実際千里が2012年まで万が一にも男の身体だったなんて話になったら大騒動になる」
「3年前も9年前もどちらもずっと昔の話だから、自分自身としてはもうどうでもいい気分になっているんだけどね」
と千里は言った。
 
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