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8月25日の『ねらわれた学園』の撮影は午後いちばんからの予定だった。ところが西湖とコスモスの2人が朝いちばんに放送局に呼び出された。
疲れた表情の小池プロデューサーと河村監督がいる。他に青山玲子役の馬仲敦美も呼び出されたようで事務所の副社長と一緒に来ている。
「実は、西沢響子役の横川れさとさんなのですが」
「どうかなさったんですか?」
「昨夜テレビ局からの帰宅途中に暴漢に襲われまして」
「え〜〜〜!?」
「エレベータ内に倒れているのを同じマンションに住む人が夜食を買いに行こうとして出たところで発見して119番しまして、病院に運ばれましたが全治6ヶ月の重傷です」
「助かったのなら良かった!」
とみんな声をあげる。
「まだニュースとかには流れていませんね」
「ずっと意識不明で身元がハッキリしなかったんですよ。バッグとかも持っていなくて」
「もしバッグが奪われたのなら強盗ですか?」
「その可能性もあるそうです。今朝やっと意識を回復しまして、それで両親は広島なので、今こちらに向かっていますが、事務所にも連絡が行って、そちらが先に病院に駆けつけたのですが、事務所からこちらに連絡があったのが1時間前でして。たぶんお昼までには速報で流れます」
「もしかして配役変更ですか?」
とコスモスが言った。
「そうです。横川さんの事務所に、ねらわれた学園で彼女の代役ができる人がいないか照会したのですが、中高生の女優さんで今空いている人がいないらしくて。10月になれば横川さんとも仲の良い白島もれあさんが空くらしいのですが、そこまで西沢響子抜きで撮影するのは困難なので」
「撮影は今日から始めなければいけないんです。実は『ときめき病院物語』の撮影がずれこんでしまったので、撮影開始が半月遅れていて、時間的な余裕がないのですよ」
「それで申し訳無いのですが、馬仲さん、青山玲子ではなく西沢響子をやってもらえませんか?」
馬仲は事務所の副社長と顔を見合わせたが、すぐに返事をした。
「やります。よろしくお願いします」
「よかった。それで馬仲さんがやるはずだった青山玲子ですが、天月さんにやってもらえませんか?」
「私はやりたいです」
と西湖は答えてから尋ねた。
「でもいいんですか?私は女子生徒3番の役で、序列的には1番の方、2番の方のほうが優先権がある気がするのですが」
「1番・2番はいづれも今日の撮影では出番が無い予定だったので、掛け持ちしている他の仕事で、2人とも東京に居ないらしいのです。それで3番の天月さんの予定を事務所に問い合わせたら、今日は東京におられるということでしたので」
実は西湖も今日は出番が無い予定だった。今日の撮影ではセリフのある女生徒役は無かったので、むしろセリフのない生徒役の役者さんを教室のセットに並べる予定だったのである。しかし西湖はアクアのライブに関する打合せでたまたま朝から事務所に出てきていた。
西湖は更にコスモスに尋ねる。
「うちの米本は?」
米本愛心もこの『ねらわれた学園』の女生徒役である。セリフがないので、“女生徒3”みたいな番号さえ付いていない。
「あの子は元々歌手志向で演技はあまり訓練受けてないし、青山玲子みたいにたくさんセリフのある役は無理だと思う」
とコスモスは言った。
それで西湖はしっかりと小池プロデューサーを見て言った。
「ぜひやらせて下さい。よろしくお願いします」
「うん、頼む」
それで撮影開始の数時間前になって、西沢響子役は馬仲敦美、青山玲子役は西湖に変更されたのであった。
2人とも急いで台本で自分の台詞を確認していた。
コスモスは「役名のある役をするなら西湖ちゃんにも芸名つけてあげなきゃ」と言っていた。
なお、馬仲と西湖、それにアクアや大林亮平などが翌日午前中に横川の入院している病院にお見舞いに行ったが、元気そうなので全員ホッとした。彼女は最初全治6ヶ月と言われたらしいが、驚異的な回復力で2ヶ月で退院し、実は『ねらわれた学園』でパトロール委員の副委員長役で仕事に復帰した!
犯人はエレベータのモニターカメラの録画映像から特定され逮捕されたが、横川に憧れて、マンション付近をうろうろしていた時に偶然見掛けて襲ったものらしい。騒がれたので持っていたナイフで刺したのだという。横川はゴミを出しに出ていたもので、バッグを奪ったりしたような事実はなかった。犯人は殺人未遂で起訴され懲役3年の刑に服した。拘置所内と刑務所内から横川に謝罪の手紙を書いた。本当に反省しているようだったので、横川はお返事を出してもいいかなと思ったらしいが、事務所の社長が、そんなの出したら受け入れられたと思い、また付け狙われると言って止めた。
8月26日(水).
千里たち女子日本代表の一行はアジア選手権(リオデジャネイロ五輪予選)が行われる中国の武漢(ウーハン)に渡航した。
アジア選手権は1部リーグ、2部リーグに別れており、1部リーグで優勝すればリオデジャネイロ五輪に出場できる。3位以上なら世界最終予選に出場する。1部リーグの下位と2部リーグの上位は入れ替え戦があり、2年後のアジア選手権に反映される。今回1部リーグで五輪切符を賭けて戦うのは次の6ヶ国である。
(前回順位) 1.日本 2.韓国 3.中国 4.台湾 5.インド(1部残留) 7.タイ(2部から昇格)
大会初日の8月29日日本は韓国と対戦する。接戦になったが、59-53で勝利する。30日のインド戦、31日の台湾戦は快勝して、9月1日、最大のライバルである中国と対戦した。
中国代表にはグラナダ・レオパルダのチームメイト・シンユウも入っていた。試合前あかるーく手を振り合ってから始める。前半、金子良美・玲央美などの近接攻撃、千里や花園亜津子の遠隔射撃と使い分けて中国を翻弄し、6点差を付けるが中国は強い。後半建て直してきて、千里を知り尽くしているシンユウがファウル覚悟で千里のスリーを防ぐ。千里が半分くらい止められているので一時亜津子が出て行ったが、シンユウに完全封鎖されて、結局千里に換えられる。シンユウが防御で頑張っている間に中国が誇る190cmコンビが良美や玲央美を凌駕して点を取る。いったんは中国が突き放す。
この試合は欧米レベルだ、と漏らしていた人もいた。
しかし第4クォーター途中で向こうのエースが5ファウルで退場になってしまい、勢力のバランスが崩れる。日本が追いつき、1点差のシーソーゲームから残り1分で同点の場面、シンユウが自ら2点を入れ、なおもバスケットカウントワンスローだったが、このフリースローをシンユウは外してしまう。彼女は頭を抱えて座り込んでしまった。そして、その後、妙子のシュートは外れたものの、玲央美のスティールから亜津子がスリーを放り込み、1点差で日本が辛勝した。
日本は2日のタイ戦にも快勝して予選リーグ1位で決勝トーナメントに進出した。
9月3日は休養日だったが、日本代表チームは朝から晩までずっと練習していた。
4日準決勝の台湾戦は快勝する。
そして韓国に快勝した中国と、9月5日再び対戦する。
この大会で獲得できる五輪切符は1枚なので、勝たなければ五輪は確定しない。
当然激しい戦いになるものと予想された。
ところが・・・中国選手が全体的に調子が悪かった。190cmコンビが2人ともゴールが入らない。シンユウも疲れているような顔をして冴えが無かった。序盤から日本が大量リードする。
前の中国戦で完全に抑えられてしまった亜津子もこの試合ではたくさんスリーを放り込み(この結果この大会のスリーポイント女王は亜津子が取った)、まさかの85-50という大差で日本が勝った。
これで日本女子はリオデジャネイロ五輪の切符を獲得した。団体競技の中では最も早い五輪確定であった。
中国(と3位決定戦に勝った韓国)は世界最終予選に出る。
シンユウに後で電話してみたら「前夜の練習を頑張りすぎたかも」などと言っていた!
「千里、中国のあのガードフォワードと日本語で話してたね」
と江美子が言う。
「彼女は福岡県で育ったんだよ。インターハイにも出てるよ」
「嘘!?」
「日本代表にならないかと勧誘されたこともあったらしいけど、より強いチームで頑張りたいと言って、なれるかどうか確率は低かったけど、中国代表を目指す道を選んだんだよ」
「いや、その選択は正しいと思う。より厳しい環境に自分を置くべき」
と玲央美は言った。
その言葉を聞いて亜津子が考えるようにしていた。
「あの子、“おっとっと、とっとってっていっとったとぉに、なんでおっとっととっとってくれなかったとぉっていっとったとぉ”を美しく発音できる」
「・・・」
「どうかした?」
「今の千里の発音は少しおかしかった」
「私は博多弁分からないし」
千里たち日本代表は9月6日に帰国。あちこちに優勝と五輪切符獲得の報告で回り、7日夕方に解放された。川淵会長もかなり強引な形で改革を進めているところで、このような立派な結果が出てほんとうにホッとしているようだった。
アジア選手権の終了で今年の女子日本代表の活動は終了したのだが、千里はこの時期にいくつかの事務的?な処理を進めた。
まずバスケット協会の方から、ジョイフルゴールド、ローキューツ、40 minutesの3チームにプロ化の打診があった。この3チームは関東で圧倒的に強い。それで3者とも各々運営会社を設立して数年後のプロ化を目指すことになった。雪子などはその話を聞いて、さっさと仕事先をやめてしまったので、会社が設立されるまでの期間、曖昧な強化費?を毎月渡すことにした。
40 minutesのキャプテンは秋葉夕子だったのだが、彼女が子供を産みたいのでキャプテンを辞任するから、千里に次のキャプテンをしてくれないかと言った。それで千里はキャプテンなんてやりたくいので逃げ出すことにした。
この春以降、Wリーグのレッドインパルスの練習にも参加していて、来年の4月以降正式加入しないかと誘われていたのをいいことに、そちらに加入することにして、40 minutesはやめさせてもらうことにしたのである。ただし40 minutesのオーナーとしては残ることになる。それで40 minutesのキャプテンは竹宮星乃が継承することになった。
アクアは8月31日でツアーを終えると、9月1日(火)から初めてのアルバムの制作に取りかかった。
このアルバムからアクアの伴奏はエレメントガードに交替した。これまで龍虎との個人的なつながりもあってゴールデンシックスが担当してくれていたのだが、アクアの音楽活動が今後活発化することが予想される中で、ゴールデンシックスも忙しいので、負荷の問題で新しいバンドを作ることになったのである。
龍虎は・・・これでスタジオに入る度に女装させられなくて済む!と思った。
これまでアクアのファンクラブ会報編集をしていたヤコとエミは、元々サイドライトというバンドをしていた仲間なので、この2人を中心に、エミの知り合いのバンドガールで、ハルという子を引き込んで彼女にキーボードを弾いてもらう。ヤコがギターでエミがベースである。この時点ではドラマーが居なかったので適当な人を探すことにしたが、取り敢えず、桜野みちるの妹の女子大生が赤羽ドラゴンというアマチュアバンドでドラムスを打っているということで、ヤコがわざわざ赤羽ドラゴンのライブに出かけて演奏技術を確認した上で勧誘した。
「もし可能だったら、うちに移籍しません?給料たぶん30万は出ますよ」
「いや、アクアのバックバンドなんかやったら、忙しすぎて大学やめるハメになる」
「だよね!」
それで彼女には取り敢えずアルバム制作中だけ頼むことにした。
「赤羽ドラゴンで“レイア”を名乗っているので、こちらでも同じ名前でいい?」
「はい、よろしく、レイア」
なお、ファンクラブの会報については、エミのゲーム仲間で40代のアマチュア小説家兼占いライター(タロットの達人らしい)の真田さんという(たぶん)女性と、以前イベンターの会報編集をしていてInDesignとIllustrator, Photoshopが使える水原という30代のママさんを沢村のコネで勧誘して入れた。
水原さんは2歳と4歳の子供が居て、保育所に預けて頑張りますと言っていたのだが、コスモス社長は「子連れで来るといいですよ」と言ったので、連れてきて事務所の一角で遊ばせたり昼寝させたりしながら編集作業をしていた。ここはおやつがたくさんあるので、食べ過ぎないように注意する必要があったが、結果的に夜遅くなっても保育所の時間とかを気にせず助かると言っていた。もっとも、彼女の夫はかなり放置されることになった!